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44 クレマンの鉄拳
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「キース、このボンクラは何て言ったの?」
「僕が父親だ。安心して産めばいいってさ。耳を疑ったよ。バカじゃないのか? それとも自分に酔ってんのか?」
トマスが悔しそうな顔でキースを睨む。
ララが肩を竦めた。
「そりゃ美しい友情だわ。トマス、あんたが父親になるってことは、シェリーと結婚するってことね? サムさんはどうするの。彼はシェリーさんと一緒になれることを夢見て今日も耐えているんだよ? それにティアナの気持ちはどうなるのよ」
トマスが今にも泣きそうな顔をティアナに向けた。
「ティアナ……ごめん……僕はシェリーを守らなくちゃ……」
キースが脱力したティアナを抱き上げ、ソファーに座らせた。
クレマンがツカツカとトマスの前に行き、胸倉を掴んだ。
「歯を食いしばれトマス。そして二度と顔を見せるな。病身の母親もいるんだ、街から出ろとは言わん。しかし二度と我々の前に顔を出すな。街で見かけても声を掛けることも許さんぞ。お前がやろうとしていることはそう言うことだ」
クレマンの拳がトマスの頬にさく裂した。
トマスの体が床に崩れ落ちる。
ララがひゅっと口笛を鳴らし、小さく拍手を送るのをウィスが止めていた。
「ティアナのことは絶対に喋るな。もし漏れたらお前だと決めつけて制裁を科す。我々にはその力があることを忘れるな」
トマスが小さく頷いた。
シェリーを促して立ち上がろうとするトマスの後ろでドアが開いた。
「僕を見くびるのもいい加減にしてくれないか? トマス兄さん」
入ってきたのはサムだった。
「サム……お前……」
狼狽えるトマスに一瞬だけ視線を投げたサムが、シェリーの前に跪いた。
「ごめんねシェリー、守ってやれなくてごめん。辛かったよね、悲しかったよね。ごめん、シェリー本当にごめん」
「サム……私、あなたを裏切るようなことになっちゃった」
「裏切ってなんか無いよ。酷い目にあったね。でも大丈夫だ。僕は君を愛しているし、君は僕を愛している。違うかい? シェリー」
シェリーが大粒の涙を流しながら首を振った。
「違わないわ。私はあなたが大好きよ。でも……私の体はもう汚いの」
「汚いなんてことはないさ。あれは事故だ。そう考えようよシェリー。君の心についた傷は僕が必ず治してあげる。君が産んだ子供なら、それは僕の子供だろ? ちゃんと体を治すんだ。そして二人目も三人目も産んで、たくさん家族を作ろう。いいね? シェリー」
「でも……」
「忘れろとは言わない。でも君はもちろん子供にも罪は無い。もし君の心が少しでも楽になるなら、どんな手を使ってでも僕が犯人を殺してやる。それじゃダメかい?」
シェリーがサムの胸に顔を埋めた。
ティアナの手を握っていたキースが声を出した。
「サムが動くまでもない。それは我々の仕事だ。シェリー、どうか私を信じてくれ」
シェリーがキースを見て頷いた。
呆然と立ち竦むトマスに、ウィスが声を掛けた。
「トマス、君は良い奴だけれど、それだけじゃ誰も守れないんだよ。ティアナのことは諦めてくれ。とてもじゃないが君の手には渡せない」
驚いた顔でトマスがウィスを見てからティアナを見た。
ティアナの前に立ちはだかったのはクレマンだ。
「先ほど言ったよね? 二度とその顔を見せるなと」
トマスが息をのみ、頭取が口を開いた。
「君の優しさは尊いが、優しさだけでは守れないものもあるんだよ。君がそこまでやると決めたのは、きっと君たちの生い立ちから来る絆なのだろうね。でもね、トマス君。何かを守るためには、切り捨てなくてはいけないものもあるんだ。それが如何に辛かろうと、切り捨てるという事実に変更はない。残るのは事実だけなんだよ。君の心情など蟻の触覚ほどの意味も無いんだ」
俯いたトマスの足元に水滴が滴る。
「幼馴染の女性を世間の目から守るために、君は君を助けようとした女性を切り捨てたんだ。これが事実だよ。その責任は君が負うしかない」
クレマンが静かな声を出した。
「トマス、君は街を出ろ。幸いサムがシェリーも母親も面倒をみると言っているんだ」
サムが頷いた。
クレマンが続ける。
「君は君なりに最善だと思うことをやろうとしたのだろうけれど、もっと友人を信じるべきだったな。ティアナのことは心配いらない。本人さえ了承すれば明日からでも王女のような暮らしをさせることもできるんだ。安心して消えろ」
ティアナがグッと体に力を入れたが、キースがゆっくりと顔を横に振った。
「ティアナ、彼のためだ。彼は成長しなくてはいけない。強いだけではダメだし、優しいだけでもダメなんだよ。今は笑顔で見送ってやれよ。君の辛さは私が引き受けよう」
ティアナの目からぽろぽろと涙が零れた。
ゆっくりとトマスが近寄ってくる。
「ティアナ、傷つけてしまったね。本当にすまなかった。僕はタダのバカだったようだ。必ず成長してみせるよ。そして一人でも多くの人を救える人間になる。遠くからになるけれど君の幸せを心から祈っているよ」
トマスの言葉にティアナはゆっくりと頷いて見せた。
サムの肩に手を置いて、シェリーの頭を撫でるトマス。
「サム、後は頼むな。シェリー、元気な子を産めよ」
店を出ようとするトマスにティアナが声を掛けた。
「トマス! ミートパイを焼いて待ってるから! もっと上手に焼けるようになるから必ず帰ってきてちょうだい。待ってるからね、ずっとここで待ってるからね」
小さく頷いて出て行ったトマスは、その日のうちに街を出た。
「僕が父親だ。安心して産めばいいってさ。耳を疑ったよ。バカじゃないのか? それとも自分に酔ってんのか?」
トマスが悔しそうな顔でキースを睨む。
ララが肩を竦めた。
「そりゃ美しい友情だわ。トマス、あんたが父親になるってことは、シェリーと結婚するってことね? サムさんはどうするの。彼はシェリーさんと一緒になれることを夢見て今日も耐えているんだよ? それにティアナの気持ちはどうなるのよ」
トマスが今にも泣きそうな顔をティアナに向けた。
「ティアナ……ごめん……僕はシェリーを守らなくちゃ……」
キースが脱力したティアナを抱き上げ、ソファーに座らせた。
クレマンがツカツカとトマスの前に行き、胸倉を掴んだ。
「歯を食いしばれトマス。そして二度と顔を見せるな。病身の母親もいるんだ、街から出ろとは言わん。しかし二度と我々の前に顔を出すな。街で見かけても声を掛けることも許さんぞ。お前がやろうとしていることはそう言うことだ」
クレマンの拳がトマスの頬にさく裂した。
トマスの体が床に崩れ落ちる。
ララがひゅっと口笛を鳴らし、小さく拍手を送るのをウィスが止めていた。
「ティアナのことは絶対に喋るな。もし漏れたらお前だと決めつけて制裁を科す。我々にはその力があることを忘れるな」
トマスが小さく頷いた。
シェリーを促して立ち上がろうとするトマスの後ろでドアが開いた。
「僕を見くびるのもいい加減にしてくれないか? トマス兄さん」
入ってきたのはサムだった。
「サム……お前……」
狼狽えるトマスに一瞬だけ視線を投げたサムが、シェリーの前に跪いた。
「ごめんねシェリー、守ってやれなくてごめん。辛かったよね、悲しかったよね。ごめん、シェリー本当にごめん」
「サム……私、あなたを裏切るようなことになっちゃった」
「裏切ってなんか無いよ。酷い目にあったね。でも大丈夫だ。僕は君を愛しているし、君は僕を愛している。違うかい? シェリー」
シェリーが大粒の涙を流しながら首を振った。
「違わないわ。私はあなたが大好きよ。でも……私の体はもう汚いの」
「汚いなんてことはないさ。あれは事故だ。そう考えようよシェリー。君の心についた傷は僕が必ず治してあげる。君が産んだ子供なら、それは僕の子供だろ? ちゃんと体を治すんだ。そして二人目も三人目も産んで、たくさん家族を作ろう。いいね? シェリー」
「でも……」
「忘れろとは言わない。でも君はもちろん子供にも罪は無い。もし君の心が少しでも楽になるなら、どんな手を使ってでも僕が犯人を殺してやる。それじゃダメかい?」
シェリーがサムの胸に顔を埋めた。
ティアナの手を握っていたキースが声を出した。
「サムが動くまでもない。それは我々の仕事だ。シェリー、どうか私を信じてくれ」
シェリーがキースを見て頷いた。
呆然と立ち竦むトマスに、ウィスが声を掛けた。
「トマス、君は良い奴だけれど、それだけじゃ誰も守れないんだよ。ティアナのことは諦めてくれ。とてもじゃないが君の手には渡せない」
驚いた顔でトマスがウィスを見てからティアナを見た。
ティアナの前に立ちはだかったのはクレマンだ。
「先ほど言ったよね? 二度とその顔を見せるなと」
トマスが息をのみ、頭取が口を開いた。
「君の優しさは尊いが、優しさだけでは守れないものもあるんだよ。君がそこまでやると決めたのは、きっと君たちの生い立ちから来る絆なのだろうね。でもね、トマス君。何かを守るためには、切り捨てなくてはいけないものもあるんだ。それが如何に辛かろうと、切り捨てるという事実に変更はない。残るのは事実だけなんだよ。君の心情など蟻の触覚ほどの意味も無いんだ」
俯いたトマスの足元に水滴が滴る。
「幼馴染の女性を世間の目から守るために、君は君を助けようとした女性を切り捨てたんだ。これが事実だよ。その責任は君が負うしかない」
クレマンが静かな声を出した。
「トマス、君は街を出ろ。幸いサムがシェリーも母親も面倒をみると言っているんだ」
サムが頷いた。
クレマンが続ける。
「君は君なりに最善だと思うことをやろうとしたのだろうけれど、もっと友人を信じるべきだったな。ティアナのことは心配いらない。本人さえ了承すれば明日からでも王女のような暮らしをさせることもできるんだ。安心して消えろ」
ティアナがグッと体に力を入れたが、キースがゆっくりと顔を横に振った。
「ティアナ、彼のためだ。彼は成長しなくてはいけない。強いだけではダメだし、優しいだけでもダメなんだよ。今は笑顔で見送ってやれよ。君の辛さは私が引き受けよう」
ティアナの目からぽろぽろと涙が零れた。
ゆっくりとトマスが近寄ってくる。
「ティアナ、傷つけてしまったね。本当にすまなかった。僕はタダのバカだったようだ。必ず成長してみせるよ。そして一人でも多くの人を救える人間になる。遠くからになるけれど君の幸せを心から祈っているよ」
トマスの言葉にティアナはゆっくりと頷いて見せた。
サムの肩に手を置いて、シェリーの頭を撫でるトマス。
「サム、後は頼むな。シェリー、元気な子を産めよ」
店を出ようとするトマスにティアナが声を掛けた。
「トマス! ミートパイを焼いて待ってるから! もっと上手に焼けるようになるから必ず帰ってきてちょうだい。待ってるからね、ずっとここで待ってるからね」
小さく頷いて出て行ったトマスは、その日のうちに街を出た。
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