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65 再会
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心配していた追撃もなく、私たちは無事に旧ハイド領の港に帰る事が出来ました。
きっとそれどころではないほどの混乱ぶりなのでしょう。
港には国王陛下の手配で応急医師団が待機しており、エヴァン様はすぐに運ばれていきました。
私たちも二日ほど検査入院をして、それぞれの日常に戻って行く予定です。
エヴァン様の術後経過も思っていたより良好で、ノース国の医師の技術の高さにはイーリス国医師団も驚いているようでした。
ベック副所長や調査員達は、ワンド地質調査研究所に戻って行きました。
ジョアンは副所長に駆け寄って、握手を交わして再会を約束しています。
エヴァン様を乗せた救護馬車に私も同乗して王都へ向かう予定ですが、アランとマリア様のことを放置するわけにもいきません。
ジョアンとエスメラルダはアンナお姉さま達に任せて、私たちは継承問題が落ち着くまでこの地に残ることになりました。
「よく無事で帰って来てくれた。エヴァン卿もローゼリア嬢も」
「叔父様、ご心配をおかけしました。まだまだ時間はかかりそうですが、ノース国との関係もきっと改善すると思います」
私とエヴァン様はハイド家に宿泊することになりましたが、アランとマリア様は港町に宿をとりました。
叔父様が絶対にアラン達を受け入れないと頑なな態度を崩さなかったためです。
気持ちはわかりますし、私に遠慮もしているのでしょうが。
「エヴァン様、どうしましょう」
案内された部屋に落ち付いた私たちは、アラン達の事を話しました。
「まあ、もろ手を挙げて迎えられても思うところはあっただろうけれど、ここまで拒絶するとは予想外だったよ。ハイド伯爵夫妻としては相当な覚悟だったのだろうね」
「そうですね。しかしあそこまでとは思わなかったわ」
平民夫婦としてハイド伯爵夫妻に挨拶したアラン夫婦でしたが、ハイド伯爵夫人はアランの顔を見るなり蹲って泣きはじめ、伯爵は真っ赤な顔でアランの胸倉を掴んだのです。
マリア様が止めに入りましたが、アランがそれを制して成すがままになっていました。
「まずは伯爵の説得からかしら」
「う~ん。すぐには無理だろうね。それよりアランの行動が大切だ。港湾の荷役業務からさせてみようか。その姿を見れば多少は伯爵も考えを改めるかもしれないよ」
「そこから?随分遠回りな気もするけど」
「遠回りに見えるけど、急がば回れって事もあるからね。アランの雇用権は君が持っているんだ。なんせ領主様だし」
「そうなの?そうか…私って領主様なのね?実感が湧かないわ」
「このポテンシャルの高い大領地の領主様、私はそろそろお腹が空いた」
「あらあら、すぐに軽食を準備しますね。夕食もあるから少しだけよ?」
「うん。クラッカーかビスケットで良いよ。ローゼリアと一緒なら何でも御馳走だ」
相変わらずエヴァン様は天然のタラシのようです。
厨房へ行こうとドアを開けたら、ハイド伯爵夫妻が立っていました。
私はすぐに部屋に招き入れて、メイドに軽食と紅茶の準備を頼みました。
「すみません、まだ動けなくて。このまま横になっています」
「もちろんです。せっかくゆっくりされているところを押しかけてしまって申し訳ありません」
ハイド伯爵が頭を下げました。
「どうされましたか?」
エヴァン様が促します。
「アランの事です…」
「私たちの提案はお気に召しませんか?」
「とてもありがたいお話だとは思うのですが、はいそうですかと受け入れるにはあまりも申し訳無くて…でもやはり一人息子でしたから、妻の心労を考えると…迷っています」
「そうですか。奥様のご心痛を考えると確かに大変でしょうね。しかしアランはそこまでの罪を犯したのでしょうか?」
「娘同様のローゼリアを蔑ろにして、私たちを救ってくれた親友ベックの願いを無下にしたことは許せる事ではありません」
エヴァン様が私の顔を見ました。
私は小さく頷いて口を開きます。
「叔父様、私は今とても幸せです。エヴァン様と夫婦になってこの先もずっと一緒に暮らせるのですから。もちろんアランとあのまま結婚していても幸せだったかもしれません。でもどちらの方が私にとってより幸福なのかなんて誰にもわからない事だと思うのです。確かに父と叔父様の約束は反故になりました。でもそれは私やアランが背負う話では無いと思うのです」
「ローゼリア…」
「確かにアランは約束を破りました。でも、そんなたった一度の我儘で人生を棒に振るほどでしょうか?やり直すチャンスは無いのでしょうか?私としては彼の能力をこのまま捨ててしまう方が罪深いと思うのです」
「アランの能力?」
「ええ、客観的に見てもアランという存在はこのハイド港の強みです。原因は何であれ、ワイドル国とのつながりも持っているし、奥様であるマリア様の人脈も見逃せませんよ。ノース国の言語も使えて、この地に詳しい人材となると…他に適任者はいないと思うのです。もしもそれでも決心がつかないとおっしゃるなら、私が領主権限を発動しちゃいますよ?」
「適任者ですか」
「ええ、私はアランと幼馴染ですから肩を持っているのかもしれません。もちろんここの代官としてもっと適任だという人材を叔父様が連れてきてくださったら再考します」
「なるほど…確かに他にはいませんね。しかしローゼリアはそれで良いのかい?」
「ええ、私情を挟んで有能な人材を蔑ろにするほどバカではないですよ?」
「ありがとう。ローゼリア…本当にありがとう」
「叔父様、一つだけ条件をつけさせてください。どうかマリア様を迎え入れてあげてください。彼女も今回のことでとても苦労し、いろいろな経験をされました。ですから偏見を持たずに、一人息子が連れてきた可愛い嫁として接してあげて欲しいのです」
「君は…いや君たちは…本当にそれでよろしいのですか?エヴァン様も?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。妻と話し合ってみます」
ハイド伯爵は何度も頭を下げながら部屋を出て行きました。
「親って大変だね」
「ええ本当に」
「でもローゼリアももうすぐ親になるんだよ?」
「え?」
「なんならすぐにでも協力できるけど?」
私はエヴァン様の言いたいことを理解して真っ赤になってしまいました。
次の日にアランとマリア様を呼んで、ハイド伯爵との話を伝えました。
アランは手を握りしめて俯き、マリア様はじっと歯を食いしばっていました。
「ローゼリア、いやワンド伯爵様。僕はもともと文官です。はっきり言って力仕事に自信はありません。でも…いいえ、だからこそ港湾荷役から始めようと思います。一から学んで事務方となった時に、何を優先すべきかを間違えない人間になれるよう努力します。そしてマリアには港で働く人たちの子供を預かる保育仕事をと考えています」
マリア様も続けて口を開きました。
「私は我儘で傲慢な女でした。望むものは何でも手に入るし、手に入らなければ奪えばよいという考え方をしていたのです。それは姉上にも何度も注意されてきたことです。そしてそんな性格を矯正するために、ノース国に向かう前の半年ほど、孤児院で勉強を教えるという奉仕活動に従事させられました。最初はやれと言われたからやっていただけでしたが、子供たちと触れ合ううちに、自分の心が洗われてくるような気持ちに慣れたのです。できれば続けたいと思います」
「そうですか。それはとても良いことですね。私も少し特徴の強い子供たちを相手にする仕事をしていましたが、何より楽しいと思える毎日でした。ですからお気持ちは良く分かります。親たちにとっても子供を安心して預けられる環境があるのはとても良いと思います。そうだ!無料にしましょう。保育というより託児という考えで公営にするのはどうかしら」
「ありがとうございます。それとローゼリア様、私はもう平民ですしあなた様の領民となる身です。どうぞマリアと呼び捨ててくださいませ」
「そっ…それは…」
エヴァン様が私の手を握って言いました。
「そうだね、その方が二人の立場も良くなるよ。領主に敬語で話される平民って…虐められたら大変だ。だからそこは割り切ってあげなさい」
「はい…わかりました。ではアラン、そしてマリア。後はハイド伯爵とよく相談して、ワイド伯爵領の発展のために全力を尽くしてください」
「「心よりお仕えいたします」」
二人は手をつないで退出しました。
学生の頃はマリア殿下の押しに負けたアランの弱さが悲しいと思っていましたが、男と女なんて切っ掛けはそんなものなのかもしれません。
後はどう育んでいくかですよね?
それから数日後にはエヴァン様の抜糸も終えて、王都へ帰ることになりました。
店に戻ったヤマーダさんが送別会をしてくれました。
王都に戻ったらカーティス皇太子一行も到着しているはずですから、とても忙しくなりそうです。
見送ってくれたハイド伯爵夫妻の横で、穏やかに手を振るアラン夫妻。
その後ろで微笑んでくれるタナーカさんとヤマーダさん。
研究所のベック副所長もミンツ研究員と一緒に来てくれました。
間違いなく私の中の一つの時代が終わったのです。
「ローゼリア?大丈夫?」
「はい、エヴァン。帰りましょう」
私たちはエヴァンの状態を見ながら、通常の行程の倍近い日数をかけて、ゆっくりと王都に帰りました。
きっとそれどころではないほどの混乱ぶりなのでしょう。
港には国王陛下の手配で応急医師団が待機しており、エヴァン様はすぐに運ばれていきました。
私たちも二日ほど検査入院をして、それぞれの日常に戻って行く予定です。
エヴァン様の術後経過も思っていたより良好で、ノース国の医師の技術の高さにはイーリス国医師団も驚いているようでした。
ベック副所長や調査員達は、ワンド地質調査研究所に戻って行きました。
ジョアンは副所長に駆け寄って、握手を交わして再会を約束しています。
エヴァン様を乗せた救護馬車に私も同乗して王都へ向かう予定ですが、アランとマリア様のことを放置するわけにもいきません。
ジョアンとエスメラルダはアンナお姉さま達に任せて、私たちは継承問題が落ち着くまでこの地に残ることになりました。
「よく無事で帰って来てくれた。エヴァン卿もローゼリア嬢も」
「叔父様、ご心配をおかけしました。まだまだ時間はかかりそうですが、ノース国との関係もきっと改善すると思います」
私とエヴァン様はハイド家に宿泊することになりましたが、アランとマリア様は港町に宿をとりました。
叔父様が絶対にアラン達を受け入れないと頑なな態度を崩さなかったためです。
気持ちはわかりますし、私に遠慮もしているのでしょうが。
「エヴァン様、どうしましょう」
案内された部屋に落ち付いた私たちは、アラン達の事を話しました。
「まあ、もろ手を挙げて迎えられても思うところはあっただろうけれど、ここまで拒絶するとは予想外だったよ。ハイド伯爵夫妻としては相当な覚悟だったのだろうね」
「そうですね。しかしあそこまでとは思わなかったわ」
平民夫婦としてハイド伯爵夫妻に挨拶したアラン夫婦でしたが、ハイド伯爵夫人はアランの顔を見るなり蹲って泣きはじめ、伯爵は真っ赤な顔でアランの胸倉を掴んだのです。
マリア様が止めに入りましたが、アランがそれを制して成すがままになっていました。
「まずは伯爵の説得からかしら」
「う~ん。すぐには無理だろうね。それよりアランの行動が大切だ。港湾の荷役業務からさせてみようか。その姿を見れば多少は伯爵も考えを改めるかもしれないよ」
「そこから?随分遠回りな気もするけど」
「遠回りに見えるけど、急がば回れって事もあるからね。アランの雇用権は君が持っているんだ。なんせ領主様だし」
「そうなの?そうか…私って領主様なのね?実感が湧かないわ」
「このポテンシャルの高い大領地の領主様、私はそろそろお腹が空いた」
「あらあら、すぐに軽食を準備しますね。夕食もあるから少しだけよ?」
「うん。クラッカーかビスケットで良いよ。ローゼリアと一緒なら何でも御馳走だ」
相変わらずエヴァン様は天然のタラシのようです。
厨房へ行こうとドアを開けたら、ハイド伯爵夫妻が立っていました。
私はすぐに部屋に招き入れて、メイドに軽食と紅茶の準備を頼みました。
「すみません、まだ動けなくて。このまま横になっています」
「もちろんです。せっかくゆっくりされているところを押しかけてしまって申し訳ありません」
ハイド伯爵が頭を下げました。
「どうされましたか?」
エヴァン様が促します。
「アランの事です…」
「私たちの提案はお気に召しませんか?」
「とてもありがたいお話だとは思うのですが、はいそうですかと受け入れるにはあまりも申し訳無くて…でもやはり一人息子でしたから、妻の心労を考えると…迷っています」
「そうですか。奥様のご心痛を考えると確かに大変でしょうね。しかしアランはそこまでの罪を犯したのでしょうか?」
「娘同様のローゼリアを蔑ろにして、私たちを救ってくれた親友ベックの願いを無下にしたことは許せる事ではありません」
エヴァン様が私の顔を見ました。
私は小さく頷いて口を開きます。
「叔父様、私は今とても幸せです。エヴァン様と夫婦になってこの先もずっと一緒に暮らせるのですから。もちろんアランとあのまま結婚していても幸せだったかもしれません。でもどちらの方が私にとってより幸福なのかなんて誰にもわからない事だと思うのです。確かに父と叔父様の約束は反故になりました。でもそれは私やアランが背負う話では無いと思うのです」
「ローゼリア…」
「確かにアランは約束を破りました。でも、そんなたった一度の我儘で人生を棒に振るほどでしょうか?やり直すチャンスは無いのでしょうか?私としては彼の能力をこのまま捨ててしまう方が罪深いと思うのです」
「アランの能力?」
「ええ、客観的に見てもアランという存在はこのハイド港の強みです。原因は何であれ、ワイドル国とのつながりも持っているし、奥様であるマリア様の人脈も見逃せませんよ。ノース国の言語も使えて、この地に詳しい人材となると…他に適任者はいないと思うのです。もしもそれでも決心がつかないとおっしゃるなら、私が領主権限を発動しちゃいますよ?」
「適任者ですか」
「ええ、私はアランと幼馴染ですから肩を持っているのかもしれません。もちろんここの代官としてもっと適任だという人材を叔父様が連れてきてくださったら再考します」
「なるほど…確かに他にはいませんね。しかしローゼリアはそれで良いのかい?」
「ええ、私情を挟んで有能な人材を蔑ろにするほどバカではないですよ?」
「ありがとう。ローゼリア…本当にありがとう」
「叔父様、一つだけ条件をつけさせてください。どうかマリア様を迎え入れてあげてください。彼女も今回のことでとても苦労し、いろいろな経験をされました。ですから偏見を持たずに、一人息子が連れてきた可愛い嫁として接してあげて欲しいのです」
「君は…いや君たちは…本当にそれでよろしいのですか?エヴァン様も?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。妻と話し合ってみます」
ハイド伯爵は何度も頭を下げながら部屋を出て行きました。
「親って大変だね」
「ええ本当に」
「でもローゼリアももうすぐ親になるんだよ?」
「え?」
「なんならすぐにでも協力できるけど?」
私はエヴァン様の言いたいことを理解して真っ赤になってしまいました。
次の日にアランとマリア様を呼んで、ハイド伯爵との話を伝えました。
アランは手を握りしめて俯き、マリア様はじっと歯を食いしばっていました。
「ローゼリア、いやワンド伯爵様。僕はもともと文官です。はっきり言って力仕事に自信はありません。でも…いいえ、だからこそ港湾荷役から始めようと思います。一から学んで事務方となった時に、何を優先すべきかを間違えない人間になれるよう努力します。そしてマリアには港で働く人たちの子供を預かる保育仕事をと考えています」
マリア様も続けて口を開きました。
「私は我儘で傲慢な女でした。望むものは何でも手に入るし、手に入らなければ奪えばよいという考え方をしていたのです。それは姉上にも何度も注意されてきたことです。そしてそんな性格を矯正するために、ノース国に向かう前の半年ほど、孤児院で勉強を教えるという奉仕活動に従事させられました。最初はやれと言われたからやっていただけでしたが、子供たちと触れ合ううちに、自分の心が洗われてくるような気持ちに慣れたのです。できれば続けたいと思います」
「そうですか。それはとても良いことですね。私も少し特徴の強い子供たちを相手にする仕事をしていましたが、何より楽しいと思える毎日でした。ですからお気持ちは良く分かります。親たちにとっても子供を安心して預けられる環境があるのはとても良いと思います。そうだ!無料にしましょう。保育というより託児という考えで公営にするのはどうかしら」
「ありがとうございます。それとローゼリア様、私はもう平民ですしあなた様の領民となる身です。どうぞマリアと呼び捨ててくださいませ」
「そっ…それは…」
エヴァン様が私の手を握って言いました。
「そうだね、その方が二人の立場も良くなるよ。領主に敬語で話される平民って…虐められたら大変だ。だからそこは割り切ってあげなさい」
「はい…わかりました。ではアラン、そしてマリア。後はハイド伯爵とよく相談して、ワイド伯爵領の発展のために全力を尽くしてください」
「「心よりお仕えいたします」」
二人は手をつないで退出しました。
学生の頃はマリア殿下の押しに負けたアランの弱さが悲しいと思っていましたが、男と女なんて切っ掛けはそんなものなのかもしれません。
後はどう育んでいくかですよね?
それから数日後にはエヴァン様の抜糸も終えて、王都へ帰ることになりました。
店に戻ったヤマーダさんが送別会をしてくれました。
王都に戻ったらカーティス皇太子一行も到着しているはずですから、とても忙しくなりそうです。
見送ってくれたハイド伯爵夫妻の横で、穏やかに手を振るアラン夫妻。
その後ろで微笑んでくれるタナーカさんとヤマーダさん。
研究所のベック副所長もミンツ研究員と一緒に来てくれました。
間違いなく私の中の一つの時代が終わったのです。
「ローゼリア?大丈夫?」
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