勇者のその後~地球に帰れなくなったので自分の為に異世界を住み良くしました~

十一屋 翠

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第153話 勇者、決意する

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「ふははははははっ! 残念だったな勇者よ! 貴様がエリクサーを使って我と器を分離するつもりなのは先刻承知よ!」

 真なる魔王の策略によって、俺は唯一の切り札であるエリクサーを失ってしまった。

「まったく、こんな単純な手に引っかかるとはな」

 真なる魔王が笑みを浮かべると、その背後から先ほどの黒い影が姿を現す。
 それは、シルファリアの尻尾だった。
 彼女の尻尾からどす黒い魔力が伸び、その魔力が尻尾の延長として動いていたんだ。

「くそっ、気づいていたのか!」

「エリクサーの素材がある場所に魔物を配置したのは我の配下ぞ。ならば魔物共が倒されれば我に伝わるは当然の事」

 くっ、まさかあの魔物達を倒したせいで情報が伝わっていたなんて。
 真なる魔王達は俺達が思っていた以上にエリクサーを危険視していた様だ。
 ゲームとかなら、お宝を守っている番人を倒しても気づかれない事が多いもんだが、現実の魔王の方が用意周到とは恐れ入った。
 遠距離での通信方法が権力者以外に所有していない世界だからと、無意識に油断していた所為かもしれない。

 いや、そんな事はどうでもいい。
 それよりも問題なのは、エリクサーを失ってしまったっていう事だ。
 これじゃあもうシルファリアを元に戻す事はできない……

「ふはははっ! さぁ終わりだ勇者よ! カオスインフェルノ!」

 真なる魔王から放たれた魔法が空を包み込む。

「くっ、フォースアーマー!」

 自身の体を包む魔力の鎧を発動させ、さらに【魂の力】を纏う事で真なる魔王の攻撃から身を守る。

「ぐぅっ!!」

 くそっ、聖都で戦った時は、【魂の力】を発動させる事で余裕で耐える事が出来たのに、今回の攻撃はこの前以上の威力だ!

「ふははははっ、油断したな勇者よ! この体は時間が経てば経つほど我の魂と馴染むのだ。それはつまり、時間の経過と共に我の力が増すも同然というわけだ!」

「なんだって!?」

 くそ、そういうことか。
 以前戦った時は、真なる魔王はまだ全力で戦えなかったからあれほど有利に戦えたって訳かよ!

 エリクサーを失っただけじゃなく、力の差まで縮まったとあっちゃあ、手加減なんてとても出来ないぞ!
 こうなったら一旦撤退して、もう一度エリクサーを作ってもらうしかないか!

「ふふっ、勇者よ。貴様もう一度エリクサーを作れば良いと思っておらぬか?」

「っ!?」

 今まさに考えていた内容を言い当てられ、俺は驚きに声を詰まらせる。

「言ったであろう? 我とこの肉体の融合は進んでいると。もはや完全なる融合は時間の問題。貴様がここから逃げだせたとしても、新たなエリクサーを完成させる頃には我の魂はこの肉体を完全に支配している頃だろうよ。そうなれば、もはやエリクサーを以ってしても我をこの肉体から分離させる事は不可能!」

「な、なんだって!?」

 今から新しいエリクサーを作ってもシルファリアを元に戻せないだと!?

「さぁ、選べ勇者よ! 愛する女を殺して世界を救うか! 愛する女に殺されて世界を滅ぼすか!」

 シルファリアの顔をした真なる魔王が、見たこともない悪意に満ちた笑みで大量の魔力弾を放ってくる。

「コイツは!?」

 これは俺とシルファリアが初めて戦った時に使ってきた魔法か!
 だが威力も数もあの時とは桁違いだ!

「ぐぅっ!」

「ふははははははっ!」

 真なる魔王が膨大な数の魔力弾とともに、飛び込んでくる。
 その両手には、以前俺の体を切り裂いた邪剣とは比べ物にならないほど禍々しい魔力を放つ赤黒い邪剣が握られている。

「くっ!」

 俺は両の手に握った聖剣と神剣で真なる魔王の剣戟を受け止める。

『いだだだだっ!』

『主人さまこの魔力痛いです!打ち合わないで!』

「無茶言うな!」

 聖剣と神剣がクレームを言ってくるが、こっちもそんな余裕はない。

「くそっ、このままだと押し切られる」

 エリクサーを失い、力の差も縮まっている。
 おそらくここで撤退したら次に戦う時はさらに強くなっている筈だ。
 ならここで逃げるわけにはいかない。

「やるしか……ないのか!?」

 残された手段はもう1つしかない。
 ここでシルファリアを……

「けどそれじゃあ」

 本当にそれで良いのか?
 それが嫌だから俺は彼女を取り戻す為に戦ってきたんだろ。

「くくく、葛藤しておるな。悔やんでおるな? 愛する者を手に掛けることを悩んでおるな?」

 真なる魔王が心底楽しそうに笑いかけてくる。

「やれば良いではないか。たった1人だ。たった1人の犠牲で世界が救われるのだぞ? なら、勇者として我ごとこの器を破壊してみせるが良い勇者よ! クハハハハハハハハハッ!!」

「……ふっざっけっんっなぁっ!」

「ぬぉっ!」

 俺は【魂の力】と魔力を全開にすると、真なる魔王を吹き飛ばす。
 そして真なる魔王が態勢を整える前に、こちらからぶつかっていった。

 赤黒い邪剣が聖剣と神剣を受け止めるが、こちらの勢いを受け止めきれずにその体が後ろへと押し込まれる。

『『痛い痛い痛いっ!!』』

 聖剣と神剣が悲鳴をあげるが、無視して更に押し込む。

「ゴチャゴチャ勝手な事を抜かしやがって! 決めた! 決めたぞ! 何が何でもお前をシルファリアから引き剥がしてやる! 絶対だ! その体ふん縛って逃げれない様にして、監禁してでも山盛り作ったエリクサーを吐くまで飲ませてやる!」

「くっ、馬鹿め。無駄だと言っただろうが。我とこの器が完全に融合するまで、もう時間がないと言ったであろう!  どれだけエリクサーを飲ませようと、無駄なのだ!」

「だったらもっと強力なエリクサーを作って飲ませてやる!」

「分からん男め! その時には器の魂は完全に我に取り込まれておるわ!」

「それでも……!」

『なら、今エリクサーを飲ませればどうでしょう?』

「「えっ!?」」

 突然、そんな声が聞こえたかと思ったら、俺達の間に青い水飴の様な物体が割り込んできた。

『そして失礼します』

「むぐっ!?」

 次の瞬間、水飴は見たことのある女の子の姿になったかと思ったら、あろうことか真なる魔王の口に濃厚なキスをぶちかました。

「っっっっ!?」

 真なる魔王が驚きで体を逃そうともがく。
 だがその体に水飴がべっとりとまとわりつく。

『勇者殿。このままシルファリアさんの体を離さないでください』

「お、おう!」

 俺は水飴の、いやウォーターゴーレムのエリーの言葉を受け、真なる魔王の両手を掴んで抵抗できない様にする。

『うわ危なっ!』

『ひえっ!?』

 そのまま地面に落下する所だった聖剣と神剣の刀身から女性の腕が伸びると、腰の鞘に掴まってその中に収まっていく。

 いやなんだよ、このホラー風景。
 女の子の体内に侵入する人型の巨大水飴と腕の生えた二本の剣が男の体にまとわりついてるとか、大人が見ても泣くぞ。

「つーか、どこから現れたんだ? お前空は飛べないだろ?」

『出撃前に貴方のマントの裏に染み込んで付いてきました。

 マジかよ。

「ごぼっ!」

 真なる魔王が体内に入り込んだエリーを吐き出そうともがく。

「おいエリー、お前一体何をするつもりなんだ!?」

 正直コイツの行動の理由が全くわからん。
 コイツの体は擬似エリクサーであって、本物のエリクサーじゃないんだぞ。
 シルファリアの体に入っても、真なる魔王を追い出せるわけじゃないんだ。

『お忘れですか勇者殿。私は完成したエリクサーを摂取したのですよ?』

「は? いやま確かにそんな事してたけど、大した量じゃなかっただろ?」

『あの後私は残った材料をこっそり体内に投入し、先だって摂取したエリクサーの成分を再現する事に成功しました。つまり今の私は全身がエリクサーと言えます』

「マジか!?」

『もしもの事があった時の事を考えて、私は自らを予備のエリクサーとしたのです。そしてその行動は見事に役に立ちました』

「ああ、そうだな。正直助かった」

 まさかエリーがここまで役に立つとは思ってもいなかったぜ。
 最初はマッドサイエンティストの魔改造したウォーターゴーレムってだけだったのになぁ。

『ですのでこれで勝手にエリクサーの材料を使い切った件はチャラですね』

「それが目的かよ!?」

 やべぇ、コイツ想像以上にちゃっかりしてるというかフリーダムすぎる。

「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 と、その時、真なる魔王が苦しみの声を上げ始めた。

『私の薬効が効き始めたみたいですね』

 どちらかというと、毒に苦しんでいる絵面だけどな。

「お、おご、おごごごごごごぉっ!!」

 苦しみの声が断末魔のように響き渡ったかと思うと、シルファリアの体から、禍々しい真っ黒なモヤが弾かれるように飛び出した。

『どうやらアレが真なる魔王の魂みたいですね』

 と、シルファリアの口からはみ出したエリーが、黒いモヤの正体を真なる魔王の魂だと告げる。
 というか口からスライムがはみ出てボコボコ音を立てながら喋るとちょっと、いやかなりキモいんだが……

「私は念の為シルファリアさんの体内により薬を浸透させておきます。真なる魔王の相手はよろしくお願いいたします」

「お、おう」

 それだけ言うと、エリーはしゅるんとシルファリアの中へと引っ込んで行った。
 目が覚めたら驚くだろうなぁシルファリア。
 自分の体の中から声がするとか、ちょっとしたホラーですよ?

 というか、素直にシルファリアの身を案じるタイミングを逃してしまったんだが……

「おのれおのれおのれ! よくも我が器を! 許さぬぞ勇者!」

 とその時、黒いモヤから聞き取りづらいエコーがかかったかのような声が響いてきた。
 その声には苛立ちが強く感じられる、心底怒っているのが伝わってきた。
 けど、怒ってるのはこっちも同じだ。

「はっ、そりゃこっちのセリフだってーの」

 遂にシルファリアの体を取り戻したんだ。
 もう手加減はしねーぞ!
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