勇者のその後~地球に帰れなくなったので自分の為に異世界を住み良くしました~

十一屋 翠

文字の大きさ
55 / 105
連載

第107話 勇者、隣国の王子を治療する

しおりを挟む
 バラサの町の大通りは騒然としていた。

「このお方を誰と心得る! ツギノ王国第二王子ジンク様であるぞ!!」

 なんと激昂したファブリズが傷つけた相手は、隣国の王子だったのだ。

「そ、それがどうした! ボクはこの国の王子なんだぞ! 他国の者であってもボクを侮辱する事は許さないぞ!」

 完全に感情に振り回されているファブリズは自分がどれだけ危険な状況に立っているのか理解できていない様だった。

 自分が傷つけたのが隣国の王族という事は、対応を誤れば隣国への宣戦布告に等しい大問題に発展すると言うのに。
 最も、その事実に気付いたとしてもファブリズが国家の利益を考えて頭を下げる事が出来るかは疑わしいところであるが。

「貴様!」

 しかしファブリズの態度に激昂した護衛の男が剣を抜いてファブリズに構える。
 こらアカン。
 相手は仮にも王子だぞ。

「双方待った!」


 俺はフードを目深にかぶるとファブリズと護衛の間に立って両者に手を突き出す。

「何だ貴様は!?」

「どけ! 貴様その男の仲間か!?」

 ファブリズも護衛も俺の乱入を歓迎していないみたいだが、それどころじゃないだろうに。

「争うより前にそちらの方の治療が先でしょう!」

 俺の言葉に護衛がハッとしてジンク王子の方を振り返る。
 ジンク王子はその豪奢な衣装を切り裂かれ、傷口から真っ赤な血を流していた。
 俺は切りつけられたジンク王子に近づいていく。
 
「ま、待て!?」

 近づいてくる俺を主に近づけまいと立ちふさがる護衛だったが、仮にも勇者である俺にその程度の腕前で妨害など出来る筈がない。
 俺はスルリと護衛をすり抜けると、ジンク王子の前に膝を付き、上位の回復魔法で治療を開始した。

「お、おお!? 回復魔法を使えるという事は貴方は神官殿でしたか!?」

 俺が魔法で治療を開始した事で、ジンク王子の回りに居た護衛達が安堵の息を漏らす。
 回復魔法を使えるのは神官と言う刷り込みがあるからか、護衛達は俺がジンク王子に危害を加えないと理解して安心したみたいだ。
 まぁ俺は勇者であって神官じゃないんだけどね。

「貴方がたに回復魔法を使える方はいらっしゃらないのですか?」

 俺の問いに護衛達の目が仲間のの護衛に向けられる。


「はっ!? そ、そうでした! 私が治療を引き継ぎます!」

 自分が回復魔法を使える事を思い出した護衛の神官が慌てて回復魔法を唱え始める。
 王族の護衛だからな、有事の際に備えて回復魔法の使い手が居るのは当然だと思っていたが、さすがに他国の貴族が自分達の王子に襲いかかるとは思っても居なかったらしく、その動きはお世辞にも優秀とは言いがたかった。

 王子の治療が再開された事を確認した俺は、ファブリズと護衛に向き直る。

「さて護衛の方、その人物は紛れも無くこの国の王子。これ以上刃を向けるといささか面倒な事になりますよ」

 凶行に及んだとはいえ、ファブリズは王族だ。
 王族に刃を向ける行為は不敬以外の何者でもない。
 たとえ他国の貴族であってもそれは同じだ。

「し、しかし……!?」

「そうさ! その通り! ボクはこの国の王子なんだぞー!」

 なおも言い募ろうとした護衛をさえぎって、ファブリズが我が意を得たりと楽しそうに笑う。
 いや、お前いま崖っぷちだからな。

「とはいえ、ファブリズ王子はご自分の結婚式を祝いに来た他国の王族を傷つけられた訳ですから、これは国際問題に発展する大事です。笑い事ではありませんよ王子」

「な、何を言っているんだ!? ボクは王子なんだぞ! それにもう直ぐこの町の領主になってその後直ぐにこの国の王になるんだぞ!」

 そんな訳あるかい。
 お前はあくまでも求心力を失った国王と第一王子の代わり、正しくは貴族達が傀儡政治の為に擁立したでく人形でしかないっつーの。
 レイリィとの結婚だって第二王子と戦う手札を手に入れる為のものな訳で、お前事態に他国と敵対関係になってまで保護したい価値なんてねぇよ。

 今頃こいつを見張っていた支援者と第二王子側の間者は大慌てで親分の所に報告に向かっている事だろう。
 それほどまでにファブリズの行為は危険な行いだった。

 なんとかに権力を持たせたらだめだよねホント。

「貴方がなんと言おうと、他国の王族を傷つけると言う暴挙を行ったのですから、時期国王になるなど夢のまた夢ですよ。これだけ大勢の人が目撃者となっているんですから言い逃れも不可能です」

「目撃者だとぉ!?」

 ファブリズが周囲を見回すと、町の住人達が彼を憎々しげに見つめている姿が映る。
 だがファブリズは彼等を鼻で嗤う。

「ふん、平民ごときがいるからといってなんだ。王族の権力で口をふさげば良いだけの話だろ? ボクは次の王になる男なんだ! 兄上達とは立場が違うんだよ! もう誰にもボクを笑わせはしないぞ!」

 ふむ、なにやら王族間でも秘めた感情があったみたいだ。
 それが酒の力で暴走しているみたいですなぁ。
 よくよく考えると、今回の騒動の発端はジンク王子のお前は貴族にふさわしくない発言から始まった。
 もしかしたらコイツは何か大きなコンプレックスがあり、それがたまたま酒を飲んだ事と、今回の王位継承権争いのいざこざで発露したのかもしれない。

 けどまぁ、今までの振る舞いを見ている限り、コイツの過去に同情するつもりはないし、何よりレイリィと結婚させる気なんてないので理解してヤル気もさらさら無い。
 俺はファブリズに近づきながら魔法の発動準備を行う。


「それに、目撃者だけでなく……」

 そしてファブリズが致命的な発言をする直前、俺は転移魔法を発動させた。


「……当事者も居なくなれば何の問題も起きないだろ! それが他国の王族であっても、殺して死体を処分してしまえば証拠も残らない!」


 ファブリズが破滅的な言葉を叫ぶ。
 ジンク王子達が目の前に居たら間違いなく戦争の引き金となる言葉を。

「な、何者……ファブリズ!?」

 ファブリズの傍で、驚きの声が響く。 

「え?」

 と、そこでファブリズは自分が見知らぬ部屋の中にいる事に気付く。

「ここは……何処だ!? ……それに……兄上?」

 そう、ファブリズが転移魔法で運ばれたのは、第二王子ハイジアン王子の執務室だった。
しおりを挟む
感想 285

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。