転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球

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【第五章】崩壊する聖女神話、暴かれる嘘

49 夜の校舎探訪――リリィの足取りを追って

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キャンドルの灯も疎らな夜の学園は、祭の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
バザーや出店エリアは片付けが進んでいるが、まだ人通りが多いため、リリィが潜んでいるとしたら校舎裏や人気のない研究棟あたりだろうと当たりをつける。
騎士の一人が「こちらに足跡が!」と声をあげ、私たちはそちらへ走った。校舎裏手の廊下に細かな泥の跡があり、リリィらしき小柄な足跡が付いている。

(魔道具を使ってでも、彼女はどこへ行くつもり?)

私が息を切らしながら考えていると、ノエルが低い声で言う。
「学園の構造的に、この先は地下倉庫や旧校舎へ繋がる道があります。今は祭で封鎖されているはずですが、もし魔法で施錠を解かれたら……」

旧校舎。何かと曰く付きの場所で、古い書庫や舞台装置が保管されていると聞くが、老朽化が進み危険なので普段は立ち入り禁止という。
リリィがわざわざそんなところへ向かう理由があるのか? でも、封印書庫の噂もあるし、あまり甘く見ないほうがいいだろう。私たちは決断し、一行で旧校舎へ向かうことにした。

闇夜の中、ノエルが持つランタンの淡い光を頼りに、入り口の大扉に近づく。看板には“関係者以外立入禁止”と書かれ、鍵がかかっている……はずだが、扉を押すとバタンと開いてしまった。
(やっぱり……解錠されてる。リリィか、それともほかに共犯者がいるのかもしれない)

建物の中に足を踏み入れた瞬間、ひんやりした空気が肌を包む。古い木の床が軋み、遠くに小さなネズミの鳴き声が響く。まるで廃墟か廃城のような雰囲気だ。
私は少し怖気づきそうになるが、アレクシスが手を握ってくれる。彼の温かさが頼りだ。

「セレナ、気をつけろ。いつ何が飛び出すかわからない」

「うん……」

ノエルや騎士たちが警戒態勢で前を進む。廊下の先、教室として使われていたであろう空間が幾つもあるが、扉が朽ちて開け放たれ、中は暗闇で見通しが悪い。
しばらく進んだところで、ピリッと張り詰めたような魔力の気配を感じる。やはりリリィはここにいる……? 胸騒ぎがさらに強まる。

すると突然、曲がり角から光が漏れているのに気づく。ランタンの弱い灯りではなく、妖しい青白い光だ。ノエルが瞬時に合図し、私たちは足音を殺して壁に身を寄せる。
息を詰めて覗き見ると、そこにはリリィが立っていた。あの薄緑のローブを羽織り、手には見慣れない黒い杖のようなものを握っている。それが微かに光を放ち、床に複雑な魔法陣を描き出していた。

(魔法陣……あれは禁術の一種? 何を呼び出そうとしてるの?)

私の背筋が凍る。大規模な召喚や結界が発動すれば、学園祭どころかこの建物ごと崩壊させかねない。
リリィはブツブツと何かを呟いている。狂気じみた口調で「こんなはずじゃない……あの女を消さなきゃ……王子は私のもの……!」と聞き取れた。

明らかに正気ではない。あの優雅な微笑み、慈愛に満ちた“聖女”の仮面はどこへ行ったのか。代わりにそこにあるのは、ヒロインの執念が歪みに歪んだ姿だ。
私は怒りと悲しみが入り混じった感情で震えそうになる。――あんた、そこまでして“王子ルート”を手に入れたいの? このゲームのヒロインって、そんな浅ましい存在だったの?

アレクシスが低い声で騎士たちに指示を出そうとするが、それより先にリリィが気配に気づいたのか顔を上げた。ぎょろりとした瞳がこちらを捉える。

「来たのね、セレナ……! そうよ、あなただけは許せない。私の邪魔をして、悪役のくせに王子の心を奪うなんて……!」

叫ぶリリィの声はヒステリックで、同時に魔力の波動がビリビリと拡散する。壁が軽く震え、ほこりが舞う。騎士たちが身構えるが、私は思わず一歩進み出た。

「リリィ、もうやめて! あなたが望む結末は、こんな歪んだ方法で得られるものじゃないわ」

「黙って……! あなたなんて最初から登場するはずじゃないのに……!」

登場するはずじゃない――その言葉に、前世のゲーム知識を持つ私だからこそ痛感する。リリィもまた転生者か、もしくはゲームの存在を知る者だったに違いない。だから彼女は“王子と結ばれるルート”を実現しようと禁忌に手を染めたのだ。
私は悲しげに目を伏せる。――同じ転生者として、ここまで闇に沈んでしまったリリィを放っておけないと思う反面、もう戻れない道を選んでしまった彼女への怒りも拭えない。

「リリィ……元の世界がどうだったか知らないけど、こんな形で王子を手に入れても幸せじゃない。それくらい、私だってわかる」

私の言葉に、リリィは嘲笑いを浮かべた。
「ふん……あなただって転生者なのでしょう? なのに、どうしてゲーム通りに動かないのよ? 悪役令嬢なら、王子に捨てられて退場するのが定めじゃない!」

その完全なメタ発言に、アレクシスが戸惑い気味に眉を寄せる。騎士たちも状況を把握できず、動けずにいる。ノエルは冷静に構えているが、介入のタイミングを計っているようだ。
私は唇を噛みしめ、正面からリリィの瞳を見つめる。

「……そんな定め、誰が決めたの? 確かに私は悪役令嬢として転生したけど、自分の人生を生きるなら、王子と結ばれたっていいじゃない。ゲーム通りに破滅する必要はないわ」

リリィの表情がみるみる醜く歪む。手にした黒杖から紫色の光が漏れ始め、魔法陣がさらに妖しく輝く。――危険だ、このまま放っておけば本当に大規模な破壊が起きかねない。
アレクシスは勇敢にリリィへ踏み込もうとするが、彼女は鋭い眼光で睨み、「私の邪魔をするなら、殿下こそ消えてもらう……!」と杖を振り上げた。

「殿下、下がって!」

私は思わず叫ぶ。ノエルが咄嗟にアレクシスの前に出て剣を構えるが、リリィの放った光弾が轟音とともに火花を散らし、床に大きな焦げ跡を残す。
幸い、アレクシスもノエルも怪我なく回避できたが、このままでは学園が本当に焼き払われるかもしれない。

「リリィ! あんた、正気じゃない……。こんなことをしても、王子はあんたを愛しなんてくれない!」

私が非難すると、彼女は血走った目で大声を上げる。
「黙りなさい! どうせこの世界はゲーム。私はヒロインなのよ。私の望むエンドを邪魔するなんて、許せない……!」

もはや理屈の通じる状態ではない。アレクシスが冷や汗を滲ませながらノエルに合図を送り、騎士たちが一斉にリリィを取り囲もうとする。
しかし、リリィは魔法陣の中心に立ち、結界のような壁を作り出した。近づけない――これでは捕縛するのは難しい。私たちは一歩も入れず、彼女の暴走をただ見ているしかないのか?

その時、私はあることを思い出した。――あのステージでリリィが魔道具を落としたとき、暴走が収まったこと。つまり、彼女の禁忌魔法は外部の道具に頼っている節がある。
あの黒杖こそが最大のキーアイテムではないのか。もし奪い取れれば、リリィの制御が崩れる可能性がある……。

「……ノエル、私を少し援護して。あれを狙うわ」

彼は一瞬目を見張るが、意図を察したのか、すぐに頷いて「承知しました」と答える。アレクシスも「危ないぞ、セレナ!」と叫ぶが、私は覚悟を決めた。

(悪役を抜け出すには、結局自分で道を切り開くしかない。リリィが倒れる姿なんて本当は見たくないけど、放置すれば学園祭どころか未来まで壊される)

私は結界に突進する――というか、結界の周囲を回りながら死角を探す。ノエルが連携してリリィの注意を引き付け、剣圧を伴った斬撃のフェイントを放つ。リリィは杖をかざし、結界を強化して防ぐが、その瞬間、杖がほんの少し隙を見せた。

「今……!」

私は全力で駆け込み、魔力の壁に腕を突っ込む。ものすごい圧力と痛みが走るが、歯を食いしばって耐える。腕の火傷が再び痛むが、ここで挫けたら終わりだ。
勢いに任せて杖を掴もうとするが、リリィが気づいて杖を引き戻す。強烈な衝撃が私の全身にのしかかり、壁に弾かれかける。しかし……。

「こんなの、怖くない……!」

必死の思いで杖を掴み、リリィの腕を引く。魔力の衝撃で涙がにじむほど痛いが、私も従来の“悪役令嬢”として鍛えられてきた?……いや、ただの意地かもしれない。
一瞬の綱引きの末、リリィの腕から杖がずり落ちる。私の手に触れた瞬間、ビリリと青い火花が散って――そこからは一気に崩壊が始まった。
結界の光が薄れ、リリィが悲鳴を上げて地面に崩れ落ちる。杖は私の手をすり抜け、床に転がって紫色の煙を吐き出しながら砕け散った。

「やった……!」

ノエルがすかさずリリィに飛びかかり、その両腕を押さえる。騎士たちが駆け寄り、拘束具を取り出して彼女の手足を封じ込める。――ようやく、暴走は終わりを告げた。

(終わった……の?)

呆然と立ち尽くす私の背後で、アレクシスが駆け寄り、腕を支えてくれた。
「セレナ……無茶をしやがって。……けど、おかげでリリィを止められた」

彼の声が震えている。私も身体の力が抜け、彼に寄りかかるように倒れ込んでしまいそうだ。腕はしびれ、頭がクラクラする。
しかし、リリィを見れば、もう先ほどの狂気は嘘のように力なくうなだれている。彼女の瞳は虚ろで、唇がわななきながら小さく何かを呟いていた。

「どうして……私が……ヒロインなのに……」

乾いた声が廃墟のような旧校舎にこだまする。その姿は、もはや“聖女”ではなく、ただの壊れかけた少女だった。
罪悪感が胸をかすめる。彼女もまた、ゲームの世界に囚われた被害者なのだろう。だけど、彼女がしたことは取り返しのつかない大罪だ。王子や学園に与えた被害は測り知れない。

私たちが呆然としていると、騎士がリリィを縛め上げて「殿下、どうなさいますか」と伺う。アレクシスは迷いを含んだまなざしでリリィを見下ろし、低く答えた。

「しばらく学園に拘束し、後日宮廷魔術師と父王の判断を仰ぐ。……たとえ本人が転生者だろうと、罪は罪だ。禁忌の魔法を扱った以上、きちんと処罰を受けさせる」

無慈悲に聞こえるが、これが当然だろう。私はうなずき、リリィを見やる。彼女は恨みがましい視線を私に投げてきたが、すぐに力尽きたかのようにうつむいてしまった。
――こうして、私とリリィの衝突はひとまず幕を下ろす。悪役令嬢とヒロインの戦いは、私の勝利……という形で終わるのだろうか。

(でも、本当にこれでいいの? 彼女だって、転生者として必死だっただけなのかもしれない。……私が悪役令嬢をやめたように、別の道があったのでは?)

苦い思いが胸を占める。けれど、その選択肢を壊したのはリリィ自身。今はもう、引き返せない場所まで来てしまったのだ。
アレクシスは小さく息をつき、私を支えながら騎士たちに周囲の後始末を命じる。杖の破片を回収し、魔法陣が引き起こした余波を封じ込めば、もう禁術の危険はないだろう。

「セレナ。お前の怪我は大丈夫か? また腕を痛めたんじゃないか?」

心配そうに覗き込む彼に、私は辛うじて微笑む。――痛いけど、死ぬほどじゃない。こうしてリリィの暴走を止められたなら、必要な犠牲だった。

「ええ、私は平気よ。……ねえ、アレクシス。このあと……舞踏会は、まだ続いてるかしら?」

その問いに、彼は驚きながら目を瞬かせる。まさかまだ踊る気か、と言わんばかりだ。
だが私は思うのだ。こんな形でも、学園祭は私にとって転生後の最大の挑戦。その最後を“リリィの暴走”で終わらせたくはない。少なくとも、私たちが戻れば、残りの時間を楽しみにしている人々を救えるかもしれない。

アレクシスは苦笑しながら、静かに頷いた。
「……お前って本当に、強いな。わかった。すぐには無理かもしれないが、舞踏会を再開できるように手配しよう」

「ありがとう。……そうだ、リリィはどうする?」

彼女は今、騎士に押さえられている。魔道具を失って力も出ないだろうが、放置するわけにもいかない。アレクシスは騎士に「連行してくれ」と指示を出し、保護のためか屋敷の一室へ監禁する手配をしているらしい。
リリィはうなだれたまま、私たちを憎々しげに睨む。けれどもう何も言わない。視線からは敗北感だけが漂っていた。

こうして、リリィ――乙女ゲームにおける“ヒロイン”は、転生者としての真実と禁術の罪を抱え、完全に力を奪われる形で物語から退場する。
私は心が痛むが、それより今は目の前の祭を守るのが先。アレクシスの胸に少し寄りかかりながら、ここを離れ、学園の舞踏会へと帰還する。
――私たちの“無関心ラブ”は、ここからが本番なのだ。リリィのご都合展開が崩れた今、私たちこそが新しい未来を紡ぐ存在になるだろう。
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