なんか幼馴染が迫ってきたけどどうしたらいいんだ

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幼馴染が迫ってきた

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『絶対に開けたらダメだからね。大丈夫、私は大丈夫だから。だからね、そんな泣きそうな顔しないの。あなたの自慢のお姉ちゃんを信じるの』

『でも……』

 会話はそこで聞こえなくなった。何か言っていたのか、口は動いていたが内容はわからない。扉を閉め、次に眼前に映ったのは姉の血だった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「やめろ!!」

「………夢か。何度見ても気持ちいいものじゃないな…」

 朝からいやな気分のまま洗面台に向かい顔を洗う。夏といえど冷たい水道水が俺のほてった顔を覚ましてくれる。
 そういえばあの時、最後に姉ちゃんはなにを言っていたのだろう。思い出したい気持ちもあるし思い出したくない気持ちもある。

 あの日、あの時、俺の人生は大きく変わった。いや、狂わされた。誇張でもないと思う。たった一瞬の出来事だったらしいが俺にはそれは永遠にも感じられる時間だった。

 家族が殺されたのだ。俺は姉ちゃんのおかげで、厳密には姉ちゃんが身代わりになってくれたおかげで今も生きている。もし一緒に隠れていたらクローゼットなど開けられておれも殺されていたに違いない。

 それだけでも記憶に残るには有り余る光景ではあったがそれ以上に様々な感情が吹き出す光景も見てしまった。

 姉ちゃんが殺されるのをわずかな隙間から見てしまっていたのだ。音も聞いてしまってもいる。そして酷い惨状の死体も見た。その光景が脳裏に焼き付いて離れない。あの時小学校3年生だったおれも今では高校二年生だ。つまりあれから8年くらい経っているのに、未ださっきの夢を見る。どこまでも脳にこびりついてしまっていた。

「いただきます」

 俺はあの事件以来近くに住んでいた父方の祖父母と一緒に暮らしている。施設に入らなくて良かったのは幸いだ。祖父母は経済的に余裕があったし、何より愛情を持って接してくれた。おかげで俺はここにいるわけだ。

「ご馳走様でした。あ、そうだ今日は帰るの少し遅くなるかも」

 俺は婆ちゃんに伝えると家を出た。高校までは徒歩で通っている。たまたま俺のレベルにあった高校が近くにあったのだ。

「なに暗い顔してるのよ」

「ああ、琴葉かおはよう」

 こいつは俺の幼馴染の琴葉だ。一言で表すといい奴だ。本当にいつも世話になっているし可愛い。

「うん、おはよう! じゃなくてどうしたの朝から落ち込むなんて久しぶりじゃない」

「そんなに表情に出てたのか」

「珍しくね。いつもはなにもなさそうにしているのに」

 そっか、やっぱりこの夢を見ると外面も取り繕えないのかな。琴葉はそれ以上は聞いてこない。それはなにが原因でこうなっているかを彼女も理解しているからだ。
 俺は基本的にはこれ以外に指摘されたらその時になにに落ち込んでいるか言うようにはしている。だから琴葉もすぐに察してくれた。

「そうだ達樹、昨日の宿題難しくなかった? 私、解くのにすごく時間かかって寝るの遅かったんだよねー」

「確かに難しかったけど、あの黒光りする参考書に似たのが載っていて分かりやすかったぞ」

「そうなんだー! あとで確認してみよ」

 琴葉は見た目は少しギャルっぽいのだがスペックはかなり高い。運動神経は残念ながらあまり恵まれていない。しかし学力に関しては申し分なく、俺も彼女に教えてもらっているからこそ、この高校のレベルにまでなったし、それなりの学力を維持できているのだ。正に琴葉様様だ。

「そのうち達樹の方に勉強を教えてもらうことになるかもね」

 少し寂しそうに琴葉は呟いた。俺も最近は琴葉にテストで勝とうと勉強を頑張っているものの、果たして琴葉の言うような日が来るかはわからない。

「そんなつまらないこと考えているなら俺が抜かす日も近いかもなー」

 そんな寂しい声を琴葉には出して欲しくない。だからわざと煽った。その意図は琴葉なら読み取ってしまうだろう。だけどそんな寂しそうな姿を俺も見たくない。

「バカじゃないの。本当に辛いのは私じゃないのに……」

 琴葉は俺の胸をポンと叩いた。痛くはなかったのに心は痛い。

 俺も琴葉は同じクラスではあるが、席は隣同士でもないし、なにより授業中に話をするわけにはいかない。
 普段はよくお昼も一緒に食べたりもする。でも今日はしなかった。ただただ、何かが心に引っかかつていた。その気持ちさを抱えて授業も終わり、部活の練習をして下校した。琴葉とは違う部活だが、近くでやっているので終わる時間はなんとなく分かる。いつもは終わっても互いに待っている。意図的にだ。しかし今日は帰る気にはならず、待とうとしたわけではなく、終わって座っていたらその時間になっていた。

「達樹、そんなところでなに座っているの? 帰ろうよ」

「そう……だな」
 無言で歩いていく。多分暗い顔をしていると思う。これを琴葉には見られたくないし、見て欲しくもない。そう思うと視線は下がっていた。

「少し寄り道しようよ」
「寄り道ってどこに?」

 だが琴葉は行けば分かるとしか言わなかった。どこにいくのだろうか。

「君、家の鍵いつも持ち歩いているでしょ」

「家の鍵ならそりゃいつも持っているけど……!!」

 そこで気がついた。彼女の言う家の鍵とは今の俺の家、つまり祖父母の家の鍵ではなく、正真正銘俺と姉、そして両親と住んでいた家の鍵のことだと。

「持っているよね?」

「あるよ」

 俺はその鍵を琴葉の目の前に出した。あの家は書類上の所有者は俺だ。荷物もあるし処分もできない。もちろん管理は祖父母に手伝ってもらっているし、お金だって出してもらっている。時間がある時は俺も掃除をしている。

「入ってもいいかな。そこで話したいことがあるんだ」

 それを拒否するほどの精神は持っていない。俺はその鍵を玄関の鍵穴に差し込んで回した。錆びついてもいないのでスムーズに開く。玄関を開けてそこにあるのはいつもと変わらぬ光景。概ね、惨殺事件直前のままにしている。電気も水道も通っている。住もうと思えばすぐにでも住める環境ではある。

「二階に行こうか」

 琴葉もこの家のことはよく知っている。何せ昔は入り浸っていたから。

 俺の部屋も当時に近い状態だ。だが、荷物は圧倒的に少ない。それは生活のためのものを祖父母の家に持っていったからだ。とは言ってもあまり変わってはいないはずだ。

「それでここに来てまで話したいことっていうのは何なんだ?」

「やっぱりあの日のせいだよね。達樹が朝みたいな表情するようになったの」

「……」

「お姉ちゃんはもういないかもしれない。だけど隣には私がいてあげるから。私が達樹のそばにずっといてあげるから。そんな顔しないでよ」

 突然の言葉に言葉が出なかった。

「私もあなたの隣に居させて!! ねえ、ダメなの!? 私じゃダメなの!?」

 琴葉にしては珍しく迫ってくる。

「……」

 こういう時、どうやって返したらいいんだろう。

「ねえ、何か答えてよ。私じゃダメなの?」

「……ダメ、なんかじゃ、ない。でも……」

 これは俺の偽らざる本音だ。

「またいなくなったらって考えたら怖いんだよ。これ以上琴葉と距離を縮めて、いなくなって欲しくない」

「そんなこと気にしてたの」

 琴葉は鼻で笑った。いや、笑ってくれたのだ。

「もし何かあっても私とあなたで吹き飛ばしてあげましょうよ。大丈夫」

 そう言われて俺は力が抜けて近くにあったベッドに倒れ込んでしまった。すると、優しく温かい掌が俺の頬を触る。
 閉じていた目を開けると、琴葉の顔がすぐ近くにあって唇と唇はふれんばかりだ。体温すらも近くで感じる。いい匂いだ。シャンプーの匂いなのだろうか、俺を安心させてくれる。

「達樹、大丈夫。私たちならきっともっと強く深い関係になれるから」

「何をする気だ……」

「そんなわかっているくせに聞かないでよ」

 琴葉はゆっくりとまぶたを閉じて、顔を俺に寄せてきた。琴葉は俺の上に寄っている状態なので動けない。
 何もできないまま唇が触れ合った。柔らかい、そして温かい。俺の唇に琴葉の唇を触れさせるのは申し訳ないくらいだ。

「いくよ」

 呼吸のためか一瞬離すと、ささやいた。何を持っていくというのかは分からない。
 琴葉は再び合わせると、今度は俺の中に入ってくるではないか。舌と舌の濃厚なものだ。互いの口腔内の粘膜を刺激し合う。そのにわかには信じがたい光景を目の前にして、俺は抵抗もできずなされるがままだ。

「もっといいんだよ」

「そういうのはもっと後にしよう。今じゃないよ」

 俺はどうも可愛くて頼りがいのある幼馴染を持っているがどうやらその幼馴染は飛んだ変態さんだったようだ。
 もちろん彼女となら俺も自分の傷を乗り越えられるような気がする。これからの生活に幸あれ。
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