リライトトライ

アンチリア・充

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リライトトライ3.5

如月京一郎は変態である⑧

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「すー……はー……」

 深呼吸をし、身体の隅々まで酸素を行き渡らせる。

 ……心臓がアッチェレランドを刻んでいるのが分かる。

 ライブでステージに上がるのとはまた違う緊張感だ。

 拍手が聞こえる。下げていた頭を上げた立候補者がこちら、つまり舞台袖へと歩いてくる。

「……次、如月君の推薦人の方、お願いします」

 ……きた。

 心臓がドクンと跳ねる。頭が真っ白になる。

「秋――猪木選手」

 振り返るとそこにはニヤついた賢がいた。後ろには宗二の姿も見える。

 関係者以外立ち入り禁止だってのに……無理矢理入ったな。

 ……て、猪木選手?

「もし負けるということがあると、これは『勝負は時の運』という言葉で済まないことになりますが……?」

「…………」

「…………」

「……ふっ」

「……くっくっく」

「ふっふっふ……!」

 吹き出しそうになるのを苦労して堪える。

 まさかこいつがこんなフリをしてくるとは。

 俺はそんなに不安そうな顔をしていたか?

 だがおかげさまで緊張は解けた。ならば応えねばなるまい。

「出る前に負けること考えるバカいるかよっ!」

 俺はそう言って賢の顔面に闘魂ビンタを食らわせた。

「ぶはっ……!」

 宗二が両手で口を抑え、笑いを堪えているのが見えた。

 いってこい、と賢が親指を立てる。後ろの宗二も、その後ろのケーツーもだ。

 俺はまかせとけ、と言わんばかりに親指を立て、進むべき道へと向き直り、壇上へと続く階段に脚を掛けた。




 一週間程前。生徒会選挙の立候補エントリー期限のギリギリの日のことである。

 各階に続く階段を登ると、一階は三年生、二階は二年生、三階は一年生の校舎と割り振られている。遅刻か否か、アウトかセーフかを分ける勝負は、やはりシード選手である三年生の方が有利に作られているのだろうか。そして新人である一年生には試練が与えられるモノなのだろうか。

 その勝敗を分ける花道を登り、登り、登り、まだ登るとやがて重厚な鉄のドアが立ちはだかる。

 まぁこのドア、ゴツイけど鍵はかかってないので、重たいがその気になれば開けられる。まぁ女子にはちょっとキツいか? でもメイド服を着たチビッ子にも開けられたみたいだし、何とかなるだろう。

 でも今はそのドアには貼り紙がしてあって、そこには『秘密特訓中につき、開放厳禁。ごめんよベイビー』なんて書いてある。俺が書いた。

 まぁこの季節、普段からあまり人の寄り付く場所ではないが、念の為だ。

 ソレでもこのドアを開けることができたのなら、そいつは俺達のこんな会話を耳にすることだろう。そんなヤツはいなかったけど。 

「以前にも言ったがお前は見た目は悪くない! 頭の回転も早いしウィットにも富んでる。言わば究極の素材!」

 エントリーを済ませたばかりのケーツーに向けて俺は無遠慮に指を差し、風に負けじと声を張り上げた。

「アルティメットマテリアルですね分かりますwww」

 イラっとするが、落ち着け俺、平常心。

「まぁ、そうだよ。だからこそ勿体ないんだよ。スゲー使える設定があるのに全然面白くない小説みたいで口惜しいんだよ!」

「何だか自虐的な香りのする発言だねwww」

「黙れ。もし仮に『如月メイカー』なるギャルゲーだったら隠しキャラかってくらいに、初期パラメーターがチートかってくらい高いはずなんだ! ただ変態っていう消去不可なマイナススキルとこちらの選択に従わないっていう呪いがかかってるだけで!」

 ……アレ? ソレ詰んでね? そんなギャルゲー、コントローラー叩き壊してしまいそうだぞ。

 ええい、だからそうならない為の特訓だ。

「だからこそ、選挙の演説、その一時だけでいい! 成績優秀な爽やかな紳士を演じてくれ! できないとは言わせないぞ! 球技大会で委員長の制服着て気弱な恥ずかしがり女子を演じられたくらいなんだからな!」

「あー……あったな」

「……思い出したらムカついてきたよ」

 隅のベンチでお茶なんか啜ってる宗二と賢がソレゾレの感想を述べる。だったらお前はさっさと委員長とくっつけ。

「演説の台本も俺が作る。辛いかもしれんが、勝利には換えがたい! 勝利の為ならばポリシーも曲げる。ソレがゲス魔王戸山秋色のポリシーだ! 付き合ってもらうぞ」

「……アッキー。気持ちは……ありがたいんだけどね」

「……おい。おいおいおいおいまさか……」

 いきなりセコンドの指示を拒否か。と俺が思った時である。

「……自分を隠して当たり障りない振舞いで付き合えてもダメなんだ。本当の僕を受け入れてくれる人じゃないと僕は愛せないし、彼女ならそうしてくれるかもしれないって思えたからこそ、僕は彼女に惹かれたんだと思う」

「……お」

「だから……僕は僕のままいきたいんだ」

「おお……」

 ……何だ、答え出てるじゃん。

「ふ……確かに、有りのままのお前を受け入れてくれる人なんてもうこの先一生現れない。絶対に逃しては駄目だ! ならば変態は変態のまま、変態なりにもその中にチビ~~っとだけ存在する真剣味を見せるんだ! 『一応僕にも一ミクロンくらいは真面目なところがあるんだぜ』と見せつけるのだ!」

「押忍! ひでぇwww」





 そんなワケで俺は今、副会長に立候補したケーツーの推薦人として、ここに立っている。

「……ふぅ」

 仕上げとばかりに大きく息を吸い込み、吐き出す。

 何を仕上げるかって? 俺の、心だ。

 正直、今の今まで俺はケーツーのマイナスイメージを払拭することを中心に考えた、ヤツの成績の良さやらを前面にアピールするような演説をしようと思っていた。

 ゲス魔王と呼ばれるこの俺が真面目に、謙虚に、慎ましく演説を行えばそこでギャップ効果が得られるだろうと計算していた。『あの人、噂で聞く程変人じゃないね』と思われれば『じゃあ、あの如月って人もまともなのかも』って具合にね。

 もしくは『あんな悪名高い人がアレだけ真剣に推薦するってことはソレだけすごい人なのかも』とでも思わせることができれば儲けモノだと思っていた。

 そこであいつが成績上位者であること、中学時代に副会長の経験があること、今回生徒会長になるであろう人とコンビを組んだ実績があること、等々……具体的にヤツに対する安心感を植え付けていくつもりだった。

 ……が、

 あいつは言った。自分を隠して当たり障りない振舞いで受け入れられてもダメだと。本当の自分を受け入れてくれる人じゃないとダメなんだと。

 俺の知っている如月京一郎は変態である。

 秀才ではあるがその前に変態である。

 そもそも生徒会に入るだけなら競争率の低い、書記やら会計やら庶務やらに立候補すれば演説も必要ないし、他に立候補者がいなければ当確なのだ。

 しかしあいつは副会長に拘った。

 言っとくがトップである生徒会長を目指さずにNo.2を目指すヤツが勝てるモノか、みたいな野暮なことは言うなよ? あいつにとっては生徒会長の椅子より価値のあるモノなんだ。コレから奪い取ろうというポジションはな。

 ……だからこそ、俺の予定していた演説は相応しくないのではないか? なんて、バカな考えが出番を告げられた瞬間の俺の脳裏に浮かんでしまったんだよね。

 最後にもう一度、袖にいるケーツーを見る。

「…………」

「…………」

 ……俺の意図が伝わったかは分からないが、ケーツーはにっと歯を見せて笑い、先程のように親指を立ててみせた。

 ……あーあ。変なスイッチ入っちゃった。もう知らないぞ。

「すー……」

 最後にもう一度大きく息を吸い込み、俺は小さな、例えマイクに拾われていようが聞き取れないであろうくらいの、小さな声で呟いた。

「人格模倣(イミテーション・パーソナリティ)」

 考えるのをやめるのは最後の最後でいい。考えもしないで熱の籠った言葉を叫ぶことができるヤツは、そこに至るまでそのことを真剣に考えて、考えて、考え抜いたヤツだ。だからこそ脊髄反射のようにぶつけられる魂が存在するんだ。

 ……まずは、そこに辿り着く。その為に、考えを停めない。

 ……兄貴だ。戸山春輝だ。冷静に、冷徹にただ効率性だけを優先するあの感情のない機械のような男。だがソレは、勝率を一%でも上げようという努力を、最後の最後まで怠らないということ。

 ヤツのようなブレない思考を、目的の為に万難を排す思考を、自分の中から呼び起こす。

 あいつのアレは、俺の中にもあるか?

 ……ある。

 冷静に、客観的に状況を見極める。

 選挙に勝つには、票数がいる。

 では票数を集めるにはどうすればいい?

 この目の前にいる大勢の生徒達に投票させる。

 ではソレにはどうすればいい?

 よく見ろ。目の前の大多数の顔を。こいつらはどんな顔をしている? そしてこんな顔をしたヤツらには何て言うのが効果的だ?

 ……まずは、俺に関心を集める……!

「……『どいつもこいつも同じようなこと言って、つまんねーんだよ。生徒会なんて誰がやっても同じ、誰がやっても自分には関係ない。一番真面目そうな人、もしくは一番顔が好みの人に一票入れよっと。てゆーか……なげーんだよ。早く終われよ腹減った』……てとこだろ? 今、君達が考えてるの」

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