濡れちゃいそうだよ

kjji

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8月

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「ねえ、学校の怖い話、知ってる?」
「えっ、どんな、どんな?」
「理科室に骸骨の標本があるじゃない。あれが夜中になると、K-POPダンスを踊り出すんだって」
「えっ、こわ~い」
 水着姿で、体育座りしている一年生たちの会話が聞こえてくる。
 夏休みの水泳教室に一ノ瀬君が出席すると言う噂を聞きつけ、わたしたちも出席することにした。
 うちの学校では、水泳教室は希望者のみが参加することになっていて、強制ではない。そのせいか出席者もだいぶ少ない。でもそのおかげで、学年ごとに行われる普段のプールの授業とは異なり、一年から三年までが一緒になって泳ぐことができる。
 男子は一ノ瀬君ほか数名だけ。そのくせ女子はその三倍はいる。そしてあの水上も。
「やっぱ水上も来たか」と、わたしは小声で呟いた。いまは休憩の時間で、わたしと佳穂は仲良く体育座りをしながら、先生がプールの底を確認して回る姿をぼんやりと眺めている。
「そういうとこ、ソツがないよな、水上って」
「一ノ瀬先輩のことを監視してるんじゃない、浮気しないか」
 プールの水面の反射で先生の胸から下がよく見えない。こんな状況で一ノ瀬君に言い寄られたら大変だ。周りの生徒たちがキャッキャッとはしゃぐなか、一ノ瀬君がプールの水を搔き分けて近づいて来る。
「おい、麗」
「はい」と、わたしは水の中で振り返る。
 一ノ瀬君が耳元で囁く。
「君が欲しい」
「えっ、ここで?」
「そう、いま、この場で」
「でもみんなが見てるよ」
「大丈夫。水面の反射で見えないから」
 一ノ瀬君ったら、なんて大胆なの。
「ほら、いま僕の下半身がどういう状態か、誰も気づいていないだろう」
 一ノ瀬君は水の中でわたしの手を取って、スイムパンツから突き出した逞しい肉体に導いた。
「まあ、出してるの」
「ああ、でも誰も気づかない。麗、おまえも水着を少しずらしてごらん」
「はい」と言って私が水着をずらすと、一ノ瀬君は少し足を開いて体を沈める。一ノ瀬君とわたしの肩の位置が同じになる。すぐに一ノ瀬君の起立した肉体が、わたしのきつく閉じた太腿の間にスルッと捻じ込まれる。
「気づかれるといけないから手を動かしたりするなよ」
 わたしたちは抱き合うこともなく、恥ずかしい部分だけで触れ合う。
「これから入れるけど、声を出したりするな」
 諏訪君の真剣な目がわたしを見つめている。不意に太腿の間に差し入れられていた一ノ瀬君の肉体が、その上にあるわたしの鞘の入り口に入り込もうとして、激しく突き上げてくる。
「うっ」と、禁じられているにも拘わらず、喘ぎ声が出そうになるのを必死にこらえる。・・・
 そんな妄想に耽っていると、
「来週からテニス部の合宿だって」
 隣で体育座りしている佳穂が言う。
「えっ、水上も行くの」
「きっと行くでしょう」
「そうだよね。親が危篤でも行くよね」
 ケッ、面白くない。合宿か。余興のキャンプファイアーで、手と手が触れ合って、見つめ合って、
「ちょっと話があるんだ。遅い時間で済まないけど、みんなが寝静まってから、もう一度ここに来てくれないか」
「分かったわ、一ノ瀬君。トリキュラー飲んで待ってる」
 なんて、あの女なら前のめりになりながら言いそうだ。なんとかそれを阻止したい。
 そうだ。せめて今回わたしが書く番になっている物語の中で、由美の企みを阻止してやろう。
 家に帰ると、早速杏と二人で順番に書き継いでいる物語のノートを取り出した。今までのストーリー展開を、連載漫画とかによく出てくる「前回まであらすじ」的にまとめると、こんな風になる。

 前回までのあらすじ

 名門グッゲンハイム家の美しいひとり娘、麗は一族の繁栄のため、一ノ瀬君を拉致するが、その後ふたりは真剣に愛し合うようになる。ところがグッゲンハイム家の宿敵、フィルティヴァギナ家のひとり娘、由美も一ノ瀬君のことを密かに狙っていたのだ。一ノ瀬君を巡る二人の争いは、一族の抗争へと発展していく。一方ウェットクリトリス王国の杏王女も両家の争いを虎視眈々と眺めながら、一ノ瀬君の奪取に向けて食指を動かし始めていたのだった。

 ってなところかな。
 それにしても二人で好き放題なことを書くので、ストーリー展開は必然的に、恐ろしく無理くりで、どこまでも奇怪なものになる。前回杏が書いたのは、一ノ瀬君とウェットクリトリス王国(どんな王国だ)の杏王女がシベリア鉄道でモスクワに向かって旅をするというところまでの話だった。これをテニス部の合宿に繋げなければいけない。
【「しまった、忘れていた」と、不意に一ノ瀬君は呟いた。
「どうなさったの」と、杏王女が一ノ瀬君の顔を覗き込む。
「実は明日から、テニス部の合宿があるんだ。今日はこれで失礼させていただくよ」
 そう言うと一ノ瀬君は車窓から身を乗り出し、列車から飛び降りた。近くの空港まで走って行き、なんとかその日の成田行き最終便に乗り込むことができた。
 合宿では部員たちの指導やダブルスでの細かいフォーメーションの確認など、一ノ瀬君はキャプテンとして申し分のない働きをした。最終日、キャンプファイアーを囲んで、和やかな時間を過ごしていたが、一ノ瀬君を悩ませる問題がひとつあった。それはしつこく付きまとってく由美の存在だった。キャンプファイアーのときも、いつの間にか由美は一ノ瀬君の隣に座り、うるさく話しかけてきた。
「ちょっと話があるんだ」と、一ノ瀬君は小声で由美に言った。「遅い時間で済まないけど、みんなが寝静まってから、もう一度ここに来てくれないか」
「一ノ瀬君、心得ておりますわ」と言って、由美は不気味にほくそ笑んだ。
 しかし由美は勘違いしているのだ。一ノ瀬君はマネージャーとしての由美の振る舞いがあまりにも不適切だったので、テニス部のキャプテンとしてそれを注意しなければならないと考えていたのだ。人前で叱責をすれば、ただでさえ高慢な由美のプライドを傷つけることになるので、そのことに配慮して、誰にも気づかれないような時間帯を選んだのだった。
 しかし由美は完全に浮かれていた。密かに連れてきた執事に命じて、レインボーカラーのイブニングドレスを持ってこさせ、それを着用した。
 深夜、先ほどキャンプファイアーが行われた場所で待っていると、一ノ瀬君がやってくるのが見えた。
「派手な服装だね」と、一ノ瀬君は由美の前に立つと呆れ顔で言った。「話があると言ったのは、そうした君の振る舞いについてなんだ」
「分かっているわ」と、由美は一ノ瀬君の言葉を遮った。「わたしの姿を見ていると、ムラムラしてしまうんでしょ? いいのよ。恥ずかしがらなくても。美しいわたしの姿を見たら、どんな男でもそうなってしまうのだから、仕方のないことよ」
「違うんだ。君は勘違いしている」
「まだ言い訳するつもり? さあ、一ノ瀬君、始めましょう」
 そう言うと、由美は一ノ瀬君の首に両手を回した。一ノ瀬君は由美の気味悪い顔が近づいて来ると、吐き気を抑えながら、その手を振りほどこうとしたが、由美の手は信じられない力で抱きついてくる。一ノ瀬君は念のため護身用に忍ばせてきた斧を手に取ると、思わず由美の頭の上に振り下ろしていた。
「しまった!」
 しかし驚いたことに由美はまったく傷ついていない。それどころか、ものすごい形相で一ノ瀬君を求めて、再び近づいて来る。一ノ瀬君はもう一度由美の頭上に斧を振り下ろした。力の限り振り下ろしたはずだが、やはり由美はほくそ笑むばかりだった。
「ば、化け物だ」
 一ノ瀬君が恐怖に慄いたとき、頭上からパタパタというプロペラ音が聞こえてきた。強い風が土埃を舞い上げる。
「くそっ! オスプレイ戦闘機か」と、由美が上空を見上げながら叫んだ。
 その翼にはグッゲンハイム家の家紋であるコケシのマークが描かれている。
「麗のやつだな」と、言う間に草むらに隠れていた戦闘服の男たちが立ち上がり、由美を守るために自動小銃を構えながら彼女を囲むように集まってくる。
「この人たちは?」と、驚いて一ノ瀬君が由美を振り向く。
「これはフィルティヴァギナ家の私設軍事組織ダークペニセズの精鋭部隊よ。あんな腐れオスプレイなんぞ、すぐに叩き落してくれるわ」
 しかし戦闘服の男たちが銃を撃つ間を与えず、戦闘機から閃光弾が放たれる。
 ピカッ! 凄まじい閃光が、風景をホワイトアウトさせる。
「うっ!」と、一ノ瀬君は目をかたく瞑り、その場にしゃがみ込んだ。
 すぐに耳元に声が聞こえた。
「一ノ瀬君、助けに来たわ」
 一ノ瀬君は目を開いたが、何も見えなかった。しかしその声ですぐに分かった。愛する麗が助けに来てくれたのだと。】
 まあ、今日はこれぐらいのところにしておこう。由美のことをケチョンケチョンに書いてやったから、少しは気が治まった。
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