濡れちゃいそうだよ

kjji

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7月

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  高層マンションが乱立する空の下に、空と同じくらい真っ青なテニスコートが広がっている。ここは有明テニスの森。(「テニス」という言葉を聞くと、最近反射的に違う単語を思い浮かべてしまう)
 そこで行われようとしているのは、学校対抗の練習試合。わたしと佳穂は、その日も金網にへばりつきながら、試合前のテニス部員の練習の様子を眺めていた。
 それにしても暑い。日傘を差していても、テニスコートに当たった反射光がわたしの美しい肌を刺す。
 練習を終えた一ノ瀬君が、タオルで汗を拭きながらベンチに腰掛ける。すかさずあの性悪女、水上由美が水筒を片手にやって来て、隣に腰かけながら、持った水筒を一ノ瀬君に手渡す。
 一ノ瀬君、その水筒にはあの女の毒液が入っているわ。飲んじゃダメ、という願いも空しく、一ノ瀬君はまるで晴れ渡った空を見上げるかのように、水筒に入ったあの女の毒液を呑む。
 最近、あの性悪女の家が、かなりの金持ちであると言う噂を耳にした。きっと何十人もの黒服の執事や侍女を召し抱えているのであろう。彼女の日常を想像すると、こんな風になる。
 午後の気だるい空気が漂う中、黒塗りのロールスロイスが静かに邸宅の玄関前に停車する。待ち構えていた執事が車の後部座席のドアを開けると、ふてぶてしい態度で水上由美が車から降りてくる。
 彼女の帰宅を直立不動の姿勢で待ち構えていた執事と侍女が、左右に分かれて二十人ほど並び、「お帰りなさいませ」と言いながら腰から九十度の角度で頭を下げるなか、由美は無言のまま玄関の階段を、だるそうに登っていく。
 玄関の前に立つ二人の執事がやはり頭を下げながら、古城の大門で見かけるような樹齢八百年ほどのヒノキ材で作られた大きな扉を静々と左右に引き開ける。由美の後ろには由美の学生カバンを押し頂いた侍女が付き従っていて、由美の後から邸宅の中に入っていく。
 この侍女は、由美の宿題をこなすためだけに雇われているのだ。由美の下手クソな字を一点一画まで正確に真似できるように日々修練を欠かさない。
 衣装室に入ると、数人の侍女が待ち構えていて、由美の着ている学校の制服を脱がし、ゴミ箱に捨てる。服は日々新しいものに替えるのがこの家での決まりごとだ。一度着た服を二度着ることは、不潔極まりないことだと思われている。
 下着も白い普通の下着から、由美好みの、金糸のレースに縁どられた悪趣味な下着に変わり、さらに同じくらい悪趣味な紫色のイブニングドレスが着せられる。
「お嬢様、お楽しみ会の準備が整っております」と、着替えが終わると、執事が告げる。
「お楽しみ会」が行われる部屋のドアを執事が開けると、甘い薔薇の香りが咽るほどに香ってくる。フレグランスまで悪趣味だ。
 部屋の奥には薄手のシルクの天蓋に覆われた、広さ二十畳ほどもある特注の寝台が据えられている。その横のサイドテーブルにはシャンパンが冷やしてあり、由美が寝台に腰かけると、脇に立っている執事が、薄手のシャンパングラスにシャンパンを注ぎ、
「ご勉学ご苦労様でした。さぞお疲れのことでしょう」などと言って、グラスを差し出す。
「ほんとに疲れてしまうわ。下品なバカばっかで」
 由美はそう言って、シャンパンを一口飲んだあと、片手を翳して見せる。すぐに執事が純金のシガレットケースから、細いメンソール入りの巻煙草を取り出し、由美の翳した指の間にそれを置く。そして由美が煙草を口にすると、由美の前に跪き、やはり純金で出来たライターを点火して、煙草に火をつける。
 ふーっ、と由美が紫色の煙を吐く。すると別の執事が手に持った小型の空気清浄機で立ち昇る煙をすべて吸い取っていくのだ。
「始めて頂戴」と言う由美の言葉を合図に、部屋のドアが開かれ、一糸まとわぬ若い男が十人ほど入って来てくる。そして由美の前に一列に並ぶ。
「どれも似たり寄ったりね」と言いながら、それでも満更ではなさそうな表情で、由美は男たちを眺めまわす。
「お嬢様、お手が穢れますので、これを」と言って、執事が孫の手の形をした短めのステッキを由美に差し出す。
 由美は黙ってそれを受け取ると、孫の手の「手」の部分で、半ば立ちかけている男の花軸を持ち上げたり、軽くタップしたりする。すると忽ちそれはサーブをするときのテニス選手のように背を仰け反らせる形に起立する。由美には知らされていないが、彼らには事前にシルデナフィルクエン酸塩、通称バイアグラを飲ませてある。
 由美のような悪趣味な女を前にしては、誰でも萎えてしまうので、執事たちが気を利かせて、毎回そのような処置を施しているのだ。
「お嬢様のお美しいお姿を眼にすると、すべての男どもは、こうなってしまいます」などと執事が白々しい嘘をつく。
「男なんて、みんな獣ね」
「いいえ、お嬢様がそれだけ魅力的だと言うことでございます」
「そんな分かり切ったことを口にすべきではないわ」
 こうした能天気な態度は、陰で使用人たちの嘲笑を買っているが、由美はそのことを知らない。
「そうね、今日はこの子にしようかしら」と、男のひとりをステッキで刺しながら由美が言う。
「他の者どもは、もう下がっていいわ」
 そう言うと、まるで犬を払うときのように、シッシッと、手の甲を振って見せる。
「それではお嬢様、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」
 そう告げる執事とともに、選ばれなかった男たちはほっとした表情で部屋を出ていく。そしてひそひそ声でこんな会話を交わす。
「よかった。いくら高額なバイト料が貰えるからって、あんな女と寝るくらいなら、飢え死にした方がましだよ」
「それにしても選ばれた奴は災難だな」
「一生インポになるんじゃないか」
 しかしそんなことなどつゆ知らない由美は、悠然と寝台の上に腰かけている。由美とふたりきりにされた不幸な男は、由美の前に跪き、
「選んでいただいて、身に余る光栄です」と、事前に教えられた通りのセリフを吐く。
「ここにお座り」と、由美は自分の横に手を置く。男は言われるままに由美の隣に座ると、やさしく由美の髪を撫でようとするが、その手を由美はピシャリと跳ね除ける。
「百年早いのよ! お前の汚らわしい手で気安く触るんじゃないわよ。手は使わずに口でお遣り、口で」
 男は戸惑いながらも由美の項に顔を近づける。しかし由美はその横面にピシャリと平手を喰らわせる。
「誰がそんなところに口づけをしろと言った。おまえの穢れた唇で触れていいのは、別の場所だろう」
 そう言うと、由美は寝台に横になり、足を広げる。
「手は使うんじゃないよ。口だけでやるんだ」
 男は由美の股間のどぶ川のような悪臭に顔をしかめながら、それでも高額の報酬を得るために唇を近づけていく。
 そんなお楽しみ会が毎夕開かれているのだが、ある日由美は執事を呼んで、
「同じクラスの一ノ瀬洸と言う男子生徒を今度のお楽しみ会に呼んでくれない」と、とんでもないことを言い出した。
「しかしお嬢様、素人の、それも未成年の方をお連れするというのは、ちょっと・・・」
「何言ってるの、腕っこきの催眠術師を雇いなさい」
「・・・確かに。その手がありましたか。お嬢様のご聡明さには、いつも感心させられます」
 いや、いや、ここから先は由美にはもったいない。家に帰ってから自分を主人公にして、話を進めてみよう。
 と言うわけで、家に帰ると、妄想の続きをノートに書き綴ることにした。
【一ノ瀬君は催眠術をかけられた上に、多量のバイアグラを飲まされているので、はちきれんばかりにバンバンだ。
 わたしは大富豪のひとり娘。執事に言えば、なんでも手に入る身分。ただひとつ手に入らないものがある。それは同じ学校に通う一ノ瀬君の愛。
 わたしは悩んだ挙句にそのことを執事に相談した。
「お嬢様、お任せください」と、執事は答えた。「腕っこきの催眠術師を知っております。その者に命じて、一ノ瀬様のご寵愛を得られるように手配いたしましょう」
「まあ、そのような端無い真似をするのは、嫌だわ」
「いいえ、お嬢様。お嬢様は名門グッゲンハイム家(ここ日本なんですけど)のために、優秀な子孫を残さねばなりません。そのためにもなんとしても一ノ瀬様のご寵愛を得るべきです。お嬢様。この際、手段などに拘っていてはなりませぬ」
 わたしは執事の強い勧めに従い、そのような非常手段を使って一ノ瀬君を迎い入れることを承諾した。そして数日後の夜、ついにその時が訪れた。
「麗。君はなんて美しいんだ」
「恥ずかしいわ」と言って、わたしは俯く。しかし俯くと、どうしても一ノ瀬君のパンパンに張り詰めた体の一部が視界に入ってしまう。
「一ノ瀬君こそ、なんて逞しいの」
 目のやり場に困りながら、わたしは答える。】
 そうだ、ここはひとつ、大型新人に続きを書いてもらおう。わたしはそこのページだけをカッターナイフで切り取ると、
「杏、杏。いるんでしょ」と隣の部屋に向かって呼びかけた。
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