stone form ―世界を滅ぼした死神の、ただ一人への執着―

ホタカ

文字の大きさ
17 / 21
第1章

第16話 『死神じゃない』と、どうしても言いたくて

しおりを挟む

紅族べにぞくの町『ウォーク』は、町というより集落のような場所だった。あるのは住人の家と、広場、食堂、それに医療施設のみ。
それでも日々離れで書類と家事に追われる流実るみにとって、全てが新鮮そのものだった。

「ここが診療所ですか。ウォークってとても素敵な場所ですね」
「そうかしら?何も無いところだけどね」
「何故、石壁があるんですか?」

そう言って、目と鼻の先にある石壁を見上げる流実。
ウォークは高い石壁に囲われてる。ずっと前から不思議に思ってはいたのだけど…。

「この先は森と霧の結界が張られてます。石壁は城からの目印でもあり、結界の境界線なんですよ。だから、一番奥にある離れの石壁は低いんです」
「なるほど…」

どうやら、城から見て一番奥が“離れ”らしい。

「この前、森を見てたら興味があれば連れて行ってやると言われたんですけど、流石にクロノアさん仕事忙しそうだし」
「族長が?そんな事をアンタに言ったの?」
「はい」

二人の表情には、はっきりとした驚きが混じっていた。まるで、想像もできないというように。

「そんなに意外ですか?」
「まぁ…。でも最近の族長なら、信じられなくもないわね」
「確かに。以前とは比べ物にならないくらい穏やかに感じます」
「やっぱり流実が良い影響与えてんだろねぇ」

それには首を傾げる。

私が良い影響を与えてる?
確かに最近は一言だが挨拶もしてくれるし、以前より会話も多くなった。それに髪も梳かしている。

だけど…それ以上でも、それ以下でもない。
そもそも、私なんていなくても元々彼は良い人だし。

そんな事を考えつつ、最後に到着した場所は、ウォークの西側にある石壁の門だった。
時刻は夕方近く。日も陰り始め、周囲は朱く染まり始めていた。
門を越え暫く歩くと、突如目の前に広大な更地が現れる。野球場くらいの広さのそこは、手前には人型を模した藁の人形や的などが設置されていた。

「ここは訓練所よ」
「! とても広いですね!」
「ここなら思いっきり動けるしね。何より森の結界で誰も来ないし」

リリィの言葉に、流実は地図を思い浮かべた。
といっても、殆どの地図に紅族の場所は明記されてない。秘匿性が高いかららしい。

「鍛錬は日課なので、皆毎日ここにやって来ます。それ以外案外暇がってますけどね」
「暇、ですか」

ここ数日の地獄のような仕事(主に総主のもの)を捌いてきたじんを思い浮かべ、流実は遠い目をして答えた。もちろん世話係をしている自分だって例外ではない。
あれ、暇な人達にやってもらえば丁度良いのでは?

「クロノアさんは、いつもあんなに大量の仕事をしてるんですか?」

理不尽さに打ちひしがれ、ふと湧いた疑問を口にする。すると今までにこやかだった二人は少しだけ表情を曇らせた。

「さぁ。アタシは族長の事よく知らないから…」
「…私も、紅族に関するものだけなので、正直…」

なんとも歯切れの悪い答えだった。
―――そこで、ようやく当初の目的を思い出す。

「クロノアさんを、城に戻す件はどうなりましたか?」
「それは…」
「……まさか、あれから話が進んでいるんですか?」

この問いには、二人共答えなかった。気まずそうに目線を合わせている。流実はその瞬間、心がモヤモヤし始める。何故?先程雰囲気が良くなったとか、そんな話をしてたのに。

「どうなったんでしょう?クロノアさんがお城に行くなら、私もついていきますので、教えて下さい」

そのしっかりとした声音に息を飲んだのはリリィだった。予想外の反応に驚いたのだろう。
一方のギルバートはそれ程驚いていないものの、やはり気まずそうに俯いている。

こんな明確に自分の意思を伝えた事などあっただろうか?なるべく目立たないように、なるべく人に逆らわないようにと生きてきた自分が、こんなにも強く人に想いを伝えているなんて?
―――それ程、自分は彼と離れたくないのだと初めて気付いた。

「……何故、流実さんはそこまで族長と一緒にいたがるのですか?」

その時だった。
今まで無言だったギルバートがようやく口を開いた。

「……逆に聞きますが、何故皆さんはクロノアさんを避けるのでしょう」

それに質問で返した。
ギルバートだって分かっているはずだ。あの人は無差別にヒトを殺しているのではない。
戦場以外の彼は決して危険ではないのだ。悪いのは「死神」であって靭自身は何も悪くない。

―――なのに、それを考えようとしないなんて。

「もし、ご自分がクロノアさんの立場だったらどうでしょうか?」

ポツリと、こぼした。

「リリィさんは教えてくれました。神憑かみつきは、その神の影響を受けるって。だからクロノアさんは血も涙もない冷酷な性格だと」
「え、ええ…」
「死神って何でしょうか?クロノアさんは望んで神憑きになったんでしょうか?」
「!!」

虚を突かれたように、リリィとギルバートは驚いた表情のまま固まった。
…まるで、言われて初めて考えたようだった。

「死神が憑いてないクロノアさんを知ってますか?」
「っ!」
「―――誰も知らないはずです。…誰も、知ろうとしないからです」

視界がボヤける。
そこで、ようやく流実は自身が泣いている事に気付いた。

―――悲しくて、悔しくて、抑えられない。
何で分かってくれないんだろう?何であの人を知ろうとしないんだろう?話せば良い人なのに。不器用なだけなのに。…私と同じ、誰からも理解されないなんて。

「っクロノアさんは不器用なだけで良い人です!お願いですから、“死神”以外のクロノアさんを見て下さい!」

その時だった。 

「―――俺が、何だって?」

コツ、と靴音を鳴らし聞き慣れたハスキーボイスが響く。
ここにいるはずのない声に驚いた流実が咄嗟に振り返ると、白の軍服に身を包んだ銀髪の主が立っていた。

「っ…クロノ…アさん?」
「家に居なかったから探した。こんな所で…」

言いかけて、靭は流実の顔を見た瞬間少しだけ目を見開いた。そして「何故泣いている」と口早に質問した。

それに、まずリリィが目を丸くして固まった。
大体気配もなく急に現れたので驚いた事は言うまでもないが、彼が泣いている世話係にその理由を尋ねるとは思わなかったからだ。
その上わざわざ探しに来たと言う。

彼等が思う“死神”は、例え女子供が泣いていようと関係なく、不快なら『処分』する。そんな男のはず。

一方の流実は彼等の混乱には気付かず、その上先程まで溢れていた感情を整理できずに―――あろう事か、靭に抱きついた。

「……っ」

靭から漏れたのは、驚きとも困惑ともつかないくぐもった声。と同時にピシリと身体が硬直する。
まるで、これ以上どう動けばいいのか分からないと言わんばかりだった。
逆にギルバートとリリィの二人が目の前の光景に「ひっ」と声を上げた。
何度も言うが、彼等が思う“死神”ならば、今この瞬間に流実の首は飛んでいる。…はずなのに、未だ彼女の首と胴は繋がっているし、何なら抱きつかれた死神の方が動揺しているではないか。

「クロノアさんが!普段から無愛想だから勘違いされるんですよ!」
「…は? お前、離れ…」
「嫌です!私はクロノアさんの世話係です。お城だろうが戦場だろうが、離れませんからね!」

その言葉に、更に硬直する靭。
ようやく我に返ったギルバートが慌ててリリィを呼び、流実を引き剥がす。
暫く呆然としていた靭は、やがていつも通りの顔に戻ると眉を顰めた。

「……何だコレは」
「はあ、まあ少し…。すみません」

ぎこちなく目を逸らしたギルバートに、靭は更に不機嫌そうに眉を顰め、溜息混じりに「会議の件で話がある」と言った。ギルバートが頷いた事を確認した靭は、未だリリィの腕の中で泣いている流実に目を向けた。

「少し頭を冷やせ」
「っ…」
「落ち着いたら、帰ってこい」

そう言ってウォークへと戻っていく。

―――“帰ってこい”。まさか、あの族長がそんな事を言うのか。

目の前の出来事は、夢か幻か。
ギルバートとリリィの二人は最後まで信じられないといった表情で顔を見合わせるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。

猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。 もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。 すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。 主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。 ――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました―― 風景が目まぐるしく移り変わる。 天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。 移り変わる景色こそは、 第一天 ヴィロン。 第二天 ラキア。 第三天 シャハクィム。 第四天 ゼブル。 第五天 マオン。 第六天 マコン。 それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。 気付けば明星は、玉座に座っていた。 そこは天の最高位。 第七天 アラボト。 そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。 ――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。 巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。 今日も黙々と床を磨いていたら―― 「お前の磨いた床は、よく眠れる」 恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。 見た目は完全にラスボス。 中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。 勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。 光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。 戦争よりも、まず床。 征服よりも、まず対話。 これは、世界最強の存在に溺愛されながら 世界平和を“足元から”始める物語。 甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。 また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

処理中です...