stone form ―世界を滅ぼした死神の、ただ一人への執着―

ホタカ

文字の大きさ
18 / 21
第1章

第17話 初めて彼が私に向けた冷たい目

しおりを挟む

「大体クロノアさんも悪いんですよ。喋らないし、無愛想だし!これじゃ分かってもらえなくても仕方ないですよね!」
「そ、そうね…」

あれからリリィ宅に隔離された流実るみは、何かのスイッチが入ったように溜まった鬱憤をぶちまけていた。
普段からは考えられない姿に、リリィも困惑しながら聞き役に徹している。

「そもそもこの世界の事分からないのに世話係なんて!家事だって本当は私の仕事じゃないのに!ご飯美味しいって言わないし!」
「それは酷いわね」
「何なんですかあの書類の山は。やってもやってもふむるさんは次々持ってくるし!」

文句は次第に日々の仕事のストレスに変わっていく。

「総主は闇方やみがた軍総司令官をどれだけ酷使する気なんですか?当の本人は寝ずに仕事してるし。ああ、だからいつも眉間に皺が寄ってるんですね、あれは職業病だったんですよ!」
「そ、そんなに忙しいの?」

本当に初めて知ったらしい、リリィが動揺した声を出す。
流実はそれを無視して更に続ける。

「仕事ばっかしてるからそれ以外全て無頓着になるんですよ。私が梳かさないといつまで経っても髪はボサボサのままだし!そのくせちょっと梳かすだけでサラッサラになるし!羨ましい!!」
「……ちょ、ちょっと!?髪梳かしてんの!?」
「私のご褒美です!」
「……何だが色々と付いていけないんだけど…」

流実は止まらない。
ここ数日あまり寝ておらず、何だかイライラしていた。人は睡眠を取らないとここまで攻撃的になるらしい。
むしろ、ここまで言って初めて自分がどれだけ張り詰めていたのかにも気づいた。

リリィはぶちまけられた内容があまりにも衝撃的過ぎて、ついて行けないようだった。

「アンタ、族長の髪触れるの?」
「お城でもそういう人居たはずですよね?」
「居ないわよ。そもそも族長が触らせないでしょうよ」
「そんな…普段は自分でできる人だと…?」

言った事とは全く違ったところでショックを受ける流実を見て、リリィは「…ホント、凄いわ」と引き攣りながら呟いた。
彼女のドン引きした顔を見るのはこれが初めてかも知れないが、今の流実に気にする心はない。

「折角綺麗な髪なのに、手入れしないと勿体無くて…」
「…綺麗な髪ねぇ。……流実はあの銀髪を綺麗だと思うのね」
「? キラキラしてとても綺麗だと思います」
「何だがアンタの話を聞いてると、族長が“普通”のヒトに見えてくるわ」
「普通…より酷いと思います。家にいるクロノアさんはいつも部屋着でボサ頭ですから」
「―――!それは想像できないかも」

思わずプッと吹き出したリリィに流実も笑った。

「あの人は、本当に良い人なんです。何で皆さんがこんなに避けようとするのか……私には分かりません」
「……確かにね」

リリィは落ち着いた声で返す。
その言葉に、流実は思わず顔を上げて彼女を見た。
―――初めての、肯定的な返事だったからだ。

「何だか今まで族長を恐ろしがってたのが、馬鹿らしく思えて来るわ」
「!!」
「ほんと、流実の言う通りね。アタシ達は族長の事をよく知らなかった…。知ろうとしてなかったんだと思う。今回の事でよく分かったわ」
「……リリィさん」

胸がジン、と温かくなる。
まさかそんな事を言ってくれるなんて……初めてではないだろうか?とても嬉しい。

「さっきの話。あれを、考えてみたの」

首を傾げる流実に、リリィが苦笑する。

「自分が族長の立場だったらどうかって話」
「!」
「アンタが言うように、勝手に眷属けんぞくにされて戦争に駆り出されたら?って。他の神憑かみつきは兵役を免除されてるんだけど、闇の眷属は違う。北國きたこくの為に戦う義務があるの」
「えっ…」

初めて聞いた。
他の神憑きは戦わなくても良いのに…。じんだけは、義務だなんて。

(やっぱり…好きで戦っている訳じゃなかったんだ)

流実の脳裏には、狭間の森で「好きで死神じゃない」と呟いた少年姿の靭が思い浮かんだ。そう思ったら、更に胸が苦しくなる。

「責任があるから逃げられない。でも功績を挙げたら皆には怖がられ、腫れ物を触るように避けられる訳でしょ?……誰だって病むわよ」

「アタシだってそうなるわ」
リリィはどこか遠くを見つめながら、そう言った。
まるで自分の発した言葉の意味を、噛み砕いているようにも見える。

「……皆にもう一度話してみる。流実に対する族長の態度を話せば――信じてくれるだろうから」

そう言ってウインクしたリリィは、先日見たあの時のような暗い表情は一切無かった。

「アタシ達に任せて。城の件は何とかするわ」
「リリィさん…ありがとうございます」

安堵と嬉しさで再び目を潤ませる流実。

リリィはこれから―――初めて、彼と向き合ってくれるのかも知れない。そう思ったら、途端に安心して涙が出てしまうから困る。
リリィは、そんな流実の頭をポンポンと撫でた。

「もー、泣き虫ね。……アンタと話してると、族長の態度も分かる気がするわ」
「え?」
「何でもないのよ。さ、そろそろ離れに行きな?送ってあげるわ」
「直ぐ近くですし大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」

そう言ってペコリと頭を下げリリィ宅を出た。

――外に出ると、既に真っ暗になっていた。
もちろん街頭もないのだが、数多の星が夜空を彩り明るい。

つい流実は美しい夜空を見上げたまま離れへと歩いていった。
もうすぐ離れに着くかという時、流れ星が流れる。

(……!いい事ありそう)

今日は色々あったが、良い日だった。
リリィ宅では言いたい事を言ってとてもスッキリしたし、靭と紅族の関係も上手くいくかもしれない。それが、とても嬉しかった。流実は顔を綻ばせながら、なんの疑いもなく離れの扉に近付く。
……その時だった。

ガサッと、近くの茂みが動く音。
流実はピクリと肩を震わせ、直ぐさま音の方向へ目を向けた。

(……何?)

目線の先の庭木は真っ暗で何も見えない。
だが、今度は茂みが揺れる音と共に、何かが動く気配がした。

そして―――その茂みから出て来たものを見た瞬間、流実は恐怖で腰が抜け、カクンと座り込んでしまった。

流実の前に現れたのは、大きな犬だった。
大型犬よりも一回り大きい黒い犬――正確には、辺りが暗いせいで黒っぽく見える犬は、底光りするような瞳を流実に向け、近付いてくる。

「……あ」

離れの玄関は直ぐそこだった。
なのに、精一杯振り絞った声は小さ過ぎて、助けすら呼べなかった。

その場から動けない流実の恐怖が極限になった時だった。

少し先でガチャリと扉が開く音。と同時にビクリと犬の足が止まり、踵を返すとそのまま走って逃げて行った。

(た、助かった…?)

「あれ?流実さん?そんなところで何してるんです?」

離れの玄関から出てきたのは、ギルバートだった。
彼は扉の前で座り込んでいる流実を見て不思議そうな顔をする。

「い、犬が…」
「犬?」
「―――何だ?」

きょとんとした表情のギルバートに被せるように部屋の奥からハスキーボイスが聞こえてきた。
そして、やって来た靭が座り込んでいる流実を見つけると、眉を顰め呆れたような表情になった。

「……そんなとこで何してる」
「は、はは…」

流実は苦笑いを浮かべ、取り敢えず立ち上がろうとして……立てない事に気付いた。腰が抜けたままだったらしい。

ようやく流実の異変に気付いたギルバートが駆け寄る。そして――何の前触れもなく抱き上げるとお姫様抱っこをした。

「!? え!!」
「立てなかったようなので。それよりどうしたんです?震えてますよ」

予想外の出来事につい硬直する。

(―――勘弁して欲しい!恥ずか死ぬ!!)

先程の恐怖も吹っ飛び、内心パニックになる流実。
心の中で降ろして欲しいと叫ぶのに、恥ずかし過ぎて声も出なくなってただ身体を縮めた。
その間にも紳士なギルバートは心配そうな表情で流実を部屋に運んでいく。

そして―――部屋の中に来て、ふと顔を上げた先の靭がこちらを見ている事に気付いた。

その瞳は、凍てつくような、死神の目だった。

「っ!?も、もう大丈夫なので!」
「え?部屋までお送りしますけど」
「良いです本当に!!」

ギルバートは気付かない。
彼の背後にいる靭の冷度が増している事に。
何故だろう、一刻も早くギルバートと離れた方がいい気がするのは?何で…何でギルバートは気付かないのか!?

「本当に大丈夫です!すみません、ありがとうございました!」
「そ、そうですか…。そこまで言うのなら」

あまりの必死さにギルバートは若干引きつつ流実をソファに降ろす。すると、彼の冷度がピタリと止まった。

(や、やっぱり、離れて正解だったんだ)

「では族長。明日はよろしくお願いします」
「…ああ」

最後まで靭の異変に気付かなかったギルバートが敬礼をして離れから出て行く。取り残された流実は、彼と目を合わせられずに俯いた。

(……お、怒られ…る?)

だが、そんな心配をよそに、靭は音もなくスッと二階に行ってしまった。

「……助かった…?」

ポソリと、気の抜けた声が出る。と同時に緊張していた身体も力が抜けていくのが分かった。
先程の刺すような冷たい目といい、ピリっとしたオーラといい、間違いなく不機嫌だった。でも、なぜ?
先程、あの訓練場で会った時はむしろ優しかったのに。 

突然の変化に流実は戸惑ったが、恐らくギルバートと仕事の話をして芳しくない話題でも上がったのだろう。

初めて自分に向けられた本気の冷たい視線だった。

流実はそれを――深く考えたくなくて、虫の居所が悪かったのだ、と思うことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。

猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。 もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。 すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。 主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。 ――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました―― 風景が目まぐるしく移り変わる。 天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。 移り変わる景色こそは、 第一天 ヴィロン。 第二天 ラキア。 第三天 シャハクィム。 第四天 ゼブル。 第五天 マオン。 第六天 マコン。 それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。 気付けば明星は、玉座に座っていた。 そこは天の最高位。 第七天 アラボト。 そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。 ――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。 巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。 今日も黙々と床を磨いていたら―― 「お前の磨いた床は、よく眠れる」 恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。 見た目は完全にラスボス。 中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。 勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。 光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。 戦争よりも、まず床。 征服よりも、まず対話。 これは、世界最強の存在に溺愛されながら 世界平和を“足元から”始める物語。 甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。 また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

処理中です...