雨音は鳴りやまない

ナナシマイ

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第一章

自覚する(1)

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 わたしの処遇が決まったところで、早速ジオ・マカベたちの家――これからはわたしの家でもある――へ帰ることになった。
 しかし、なにやら問題が発生したらしい。ヒィリカが頬に手を当て、僅かに眉を下げた。

「……迂闊でした。わたくしたち、羽しか持っていないのでしたね」
「仕方ありませんよ、ヒィリカ様。気立子に会うなんて、思ってもいませんでしたから」

 困った様子のヒィリカを、トヲネがにこやかに慰める。
 羽を持っている、と聞こえたが、もう気にするまい。なんと言ってもつい先ほど、神さまの声・・・・・を聞いたのだから。これくらいで驚いていては心が疲れるだけだと、この短時間でわたしは学んだのだ。

「この辺りはヨナの村しかない。舟を借りることもできぬか……」

 ジオ・マカベは無表情から変わらないが、彼も困っているようだ。わたしは例によって話の内容がわからず黙っている。と、腕を組んで考え込んでいたナヒマが顔を上げた。

「……すぐそこの村に、ヨナの文官が住んでいる。四の週であるし、荷車と操縦の手を借りることもできるだろう」
「外縁に住む文官か……変わり者だ」
「その通りだ。だが、知力も体力も……一応、分別もある。家に着くまで二人を不快にさせることはないかと」

 ……話が見えてきた。彼らはおそらく、帰る方法について考えているのだ。わたしが増えたことで、来たときと同じ方法で帰れなくなったに違いない。
 ひとりそう納得していると、「ナヒマ様」とトヲネが声を上げる。

「わたくしもヒィリカ様たちと帰りたく思います。荷車でしたら、到着が明日の夜遅くになってしまいますもの」

 家は随分遠いところにあるらしい。今は昼過ぎだ。休憩を多めに取ったとしても、丸一日分は移動時間ということになる。

「……ヨナと関わる機会を減らせる、か。良いだろう。ではナヒマ、案内を」

 そう言うと、ジオ・マカベはシャランと金属音を響かせて身を翻し、木々の向こうへ消えて行った。ナヒマもその後に続く。

 ――シャン、シャンシャン、シャ――……。

 音がだんだん小さくなっていく。彼らが身に着けていた金属飾りの音だということに、わたしは今気づいた。



 荷車を待っている間、わたしは大きな木の下に広げていた、生活の場を片付けることにした。
 と言っても、うたったときに泉から出てきた物ばかりである。つまるところ借り物だ。服も、食器も、寝具も、すべて植物でできているので、皺にならないよう重ね、泉の脇にでも置いておこうか。

「あら、これはなんでしょう?」

 お風呂の歌「きれいサッパリんりん」で身体と一緒に洗うと、服はすぐ駄目になってしまう。二日目辺りでそのことに気づいたわたしは、「着せ替え人形にわたしはなる!」で毎日新しい服を着ることにしていた。
 ハイビスカスのような形の大きな花を逆さにして、ポンチョのように頭から被る服である。色は日替わりだったが、どれも暖色系だ。

 そうして溜まった服を畳んでいると、左右からヒィリカたちが覗き込んできた。わたしは自分が着ている服をつまんで見せる。今日は薄桃色。

「泉から出てきた服です。わたしのものではないので、お返ししようかな、と……」
「あら? レインは服を着ていなかったのですか?」

 ヒィリカの言葉に、トヲネが「まぁ!」と口に手を当てて驚いた。

「神も、そんなに慌てて連れてくることはなかったでしょうに。いくら子供とはいえ、立派な女性なのですから」
「あっ、いえ……。服は、着ていましたよ」

 また神さまの話がはじまりそうになって、わたしは慌てて最初に着ていた服を取り出した。ごわごわ感が着慣れず、すぐに脱いでしまったのだ。これに着替えたほうが良いのだろうか。

 ……どちらにしても、わたしの服ではないのだけど。

 目の粗い布でできた服を見せると、彼女たちは納得の表情を見せ、それから同じように首を振った。

「今あなたが着ている服のほうが良いですね」
「えぇ。勿論、こちらを持ち帰ることは構いませんけれど……」

 どうやら、みすぼらしく見える服はよろしくないようだ。考えてみれば、ジオ・マカベたちを含め、彼らの服は高そうに見えた。もしかすると、お金持ちなのかもしれない。

 トヲネが、まだ畳む前の服を広げて眺めはじめる。

「泉から出てきたのであれば、こちらも持ち帰ってよろしいのではありませんか?」
「そうですね……あと二着ほどいただいておきましょうか。荷車に乗るときはあったほうが良いですから」
「ヒィリカ様、それだけではありませんよ。ほら、ご覧になって。新しいツスギエ布の型に良いと思うのです」

 袖や裾のひらひらした部分をしきりに確認していると思ったら、トヲネはその揺れ具合が気になっていたらしい。
 ヒィリカもトヲネも、服の上からごくごく薄い布を纏っている。彼女たちが動くたびに、それがふわりふわりと綺麗に舞うのだ。

「さすがトヲネ様ですね。とても良い案だと思います。今まで、このように上から被るツスギエ布はありませんでしたから」
「そうでしょう? 気立子であることはすぐに知れますもの。できるだけ美しく見えるようにしなければ」

 ふふふ、と微笑み合うヒィリカたちの様子に、わたしもこの薄い布を纏うことになるということがわかった。彼女たちみたいに、ふわりとさせられるだろうか。

 そんなことを考えながら持ち帰る服を選んでいると、どこからか、金色に光る小鳥が飛んできた。
 その鳥はわたしたちの頭上で小さく旋回してから、ヒィリカが差し出した手のひらの上に止まる。そのまま羽をしまう――かと思いきや、きらめく羽をバサッと広げて、一枚の紙になった。

「えぇっ!?」

 ……驚かないの、無理だった!
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