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第二章
入舎の儀(3)
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音楽はあちらこちらの壁際に演奏者がいるらしく、複雑な響きに聞こえてくる。
それぞれの演奏者はかなり距離が離れているというのに、揃うべきところはしっかりと揃っているのが不思議だ。
わたしはバンルとルシヴの間に座る。この卓ではわたしの座高がいちばん低いようだ。ありがたく先鋒を務めさせてもらおうではないか。
ちなみに献立は肉の丸焼きと魚の煮付け。
今日も今日とて同じ献立。今日も今日とて、華やかないけばな仕様。
「四本の木が、包み込むような陽の光を受け、美しく成長するさまを表しているようですね。入舎の儀での、ウェファ先生のお言葉を思い出します」
「レイン、ウェファ先生はなんとおっしゃったのだろう?」
わたしの感想に、バンルが反応する。左隣に座る彼を見上げて、わたしは笑みを深めた。
「成人の儀で、美しく成長したわたしたちの姿を見られるよう願っている、と。彼女だけでなく、きっと、家政師のみなさまもそう思ってくださっているのでしょうね」
「ああ、その通りだね。それに僕も、レインが美しく成長することを楽しみにしているよ」
……なんということを言ってくれるのだ、この人は。
「ば、バンルお兄様が期待してくださって嬉しいです。努力しますね」
そう言ってすぐ次の子に発言権を譲り、少しだけ和らいだ痛すぎる視線に溜め息をつく。
そしてルシヴよ。惨めな気持ちになるから、その、可哀想なものを見るような目を向けてこないでほしい。
「この色の鮮やかさに、マクニオスの豊かさを感じますね――」
「木の表現が素晴らしいです。曲線が優美で、私たちのあるべき姿を示されているように思います――」
「わたくしはこの光の部分に温もりを感じました。優しい気持ちになります――」
お腹、減ったな。そう思いながら、ほかの子供たちが感想を述べていくのを聞く。
そうしてようやくありつけた食事は、待った分だけ美味しかった。料理としての美味しさは……まあ、推して知るべし。質の良さそうな食材が混ざっていた、とだけ言っておく。
しばらくすると、席の移動が自由になる。とはいっても、マカベの子は話しかけられる立場にあるため、座ったままだ。……ルシヴは早々に友人のもとへ向かったけれど。
何人かとの会話が終わり、ひと息ついているところで、少し離れたところに立っている女の子と目が合った。
先ほど、入舎の儀でも目が合った子だ。彼女はわたしとバンルの周りに目を走らせてから、ひとつ頷きこちらに向かってくる。
「レイン、彼女は?」
「ジオの土地の子で、同じ初級生だということは知っているのですけれど、挨拶はまだ……だと思います」
今日までは顔も知らなかったので、マカベの儀のあとにあった夕食会では話していないはずだ。多分。
彼女が歩くたびに、緩く波打つ薄金の髪がふわりと揺れる。纏っている赤と金のツスギエ布も一緒に揺れる。近づくと、まん丸で、赤みがかった瞳がわたしを映してキラキラと輝いていた。
わたしよりも身長が高いのに、小さなぬいぐるみのような可愛らしさがある子だ。……うん、挨拶はしていないはず。
「はじめまして。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。同じ初級生どうし、よろしくお願いしますね」
「イフツとミィリァの娘、カフィナです。どうぞ仲良くしてくださいませ。……マカベの儀でのレイン様は素晴らしくて、わたくし、ぜひお話をしてみたいと思っていたのです。本当に、同じ歳で嬉しく思います」
「えっ、と……」
「気になさらないでください。わたくしはレイン様のように演奏が得意ではありませんから、覚えていなくて当然なのです」
カフィナは美しさ――というより、可愛らしさを保ったまま、わたしのすごさを力説してくるが、そんなにだろうか。ほかにも上手な子はたくさんいたと思うけれど。
「演奏も見事でしたけれど、このお色も素敵ですよね」
黒髪をそっと手で示され、わたしは胸の辺りまで真っ直ぐに伸びた髪を見下ろす。
「瞳も同じお色なのですね。マカベの儀では、レイン様もツスギエ布も光るなか、この闇色が静かにその光を受けているのが、夜空のようで幻想的でした」
ほぅ、と感嘆の息を吐くカフィナ――ではなくて、待って。
……わたしも、光っていた? そんなこと、知らないのだけど。
が、わたしが問いただす前に、彼女は慌てたように周囲を見回した。
「話し込んでしまってはいけませんね。ほかにもお話したいかたがいらっしゃるでしょうし……」
「いえ、そんなことは」
制止も空しく、カフィナはちらりとバンルに視線を遣り、それから逃げるようにして立ち去ってしまった。
……もしかして、バンルが怖かったのだろうか。わかる、わかるよ。わたしは心のなかで何度も頷く。
それにしても、本当に。バンルはずっと、怖いくらいに穏やかな笑みを浮かべている。じいっと見ていると、その視線に気づいたバンルがわずかに頭を傾けた。
「なにかな?」
「あ、いえ。……その、顔のつくりが綺麗だな、と」
……いや、なにを言っているの、わたし!
「っではなく! カフィナ様のおっしゃったことは本当かな、と。その、わたしが光った……とか」
「そうだね。とても美しかったよ」
「……それは仕返しですか?」
少し恨めしげな気持ちを込めて見上げると、彼は緩めていた目をぱちくりとさせる。それから、あはっと軽く笑いながら首を横に振った。
「では、逆ですか? わたしのような幼い子供の美しさを褒めて、恥ずかしい思いをしてみたかった、とか」
「……うん、違うね。本当に美しかったんだよ」
この兄、危険につき。わたしは少しだけ、バンルから距離を取った。
……カフィナ、大正解。わたしも一緒に連れていってくれたのなら、満点だったのだけれど。
それぞれの演奏者はかなり距離が離れているというのに、揃うべきところはしっかりと揃っているのが不思議だ。
わたしはバンルとルシヴの間に座る。この卓ではわたしの座高がいちばん低いようだ。ありがたく先鋒を務めさせてもらおうではないか。
ちなみに献立は肉の丸焼きと魚の煮付け。
今日も今日とて同じ献立。今日も今日とて、華やかないけばな仕様。
「四本の木が、包み込むような陽の光を受け、美しく成長するさまを表しているようですね。入舎の儀での、ウェファ先生のお言葉を思い出します」
「レイン、ウェファ先生はなんとおっしゃったのだろう?」
わたしの感想に、バンルが反応する。左隣に座る彼を見上げて、わたしは笑みを深めた。
「成人の儀で、美しく成長したわたしたちの姿を見られるよう願っている、と。彼女だけでなく、きっと、家政師のみなさまもそう思ってくださっているのでしょうね」
「ああ、その通りだね。それに僕も、レインが美しく成長することを楽しみにしているよ」
……なんということを言ってくれるのだ、この人は。
「ば、バンルお兄様が期待してくださって嬉しいです。努力しますね」
そう言ってすぐ次の子に発言権を譲り、少しだけ和らいだ痛すぎる視線に溜め息をつく。
そしてルシヴよ。惨めな気持ちになるから、その、可哀想なものを見るような目を向けてこないでほしい。
「この色の鮮やかさに、マクニオスの豊かさを感じますね――」
「木の表現が素晴らしいです。曲線が優美で、私たちのあるべき姿を示されているように思います――」
「わたくしはこの光の部分に温もりを感じました。優しい気持ちになります――」
お腹、減ったな。そう思いながら、ほかの子供たちが感想を述べていくのを聞く。
そうしてようやくありつけた食事は、待った分だけ美味しかった。料理としての美味しさは……まあ、推して知るべし。質の良さそうな食材が混ざっていた、とだけ言っておく。
しばらくすると、席の移動が自由になる。とはいっても、マカベの子は話しかけられる立場にあるため、座ったままだ。……ルシヴは早々に友人のもとへ向かったけれど。
何人かとの会話が終わり、ひと息ついているところで、少し離れたところに立っている女の子と目が合った。
先ほど、入舎の儀でも目が合った子だ。彼女はわたしとバンルの周りに目を走らせてから、ひとつ頷きこちらに向かってくる。
「レイン、彼女は?」
「ジオの土地の子で、同じ初級生だということは知っているのですけれど、挨拶はまだ……だと思います」
今日までは顔も知らなかったので、マカベの儀のあとにあった夕食会では話していないはずだ。多分。
彼女が歩くたびに、緩く波打つ薄金の髪がふわりと揺れる。纏っている赤と金のツスギエ布も一緒に揺れる。近づくと、まん丸で、赤みがかった瞳がわたしを映してキラキラと輝いていた。
わたしよりも身長が高いのに、小さなぬいぐるみのような可愛らしさがある子だ。……うん、挨拶はしていないはず。
「はじめまして。ジオ・マカベとヒィリカの娘、レインです。同じ初級生どうし、よろしくお願いしますね」
「イフツとミィリァの娘、カフィナです。どうぞ仲良くしてくださいませ。……マカベの儀でのレイン様は素晴らしくて、わたくし、ぜひお話をしてみたいと思っていたのです。本当に、同じ歳で嬉しく思います」
「えっ、と……」
「気になさらないでください。わたくしはレイン様のように演奏が得意ではありませんから、覚えていなくて当然なのです」
カフィナは美しさ――というより、可愛らしさを保ったまま、わたしのすごさを力説してくるが、そんなにだろうか。ほかにも上手な子はたくさんいたと思うけれど。
「演奏も見事でしたけれど、このお色も素敵ですよね」
黒髪をそっと手で示され、わたしは胸の辺りまで真っ直ぐに伸びた髪を見下ろす。
「瞳も同じお色なのですね。マカベの儀では、レイン様もツスギエ布も光るなか、この闇色が静かにその光を受けているのが、夜空のようで幻想的でした」
ほぅ、と感嘆の息を吐くカフィナ――ではなくて、待って。
……わたしも、光っていた? そんなこと、知らないのだけど。
が、わたしが問いただす前に、彼女は慌てたように周囲を見回した。
「話し込んでしまってはいけませんね。ほかにもお話したいかたがいらっしゃるでしょうし……」
「いえ、そんなことは」
制止も空しく、カフィナはちらりとバンルに視線を遣り、それから逃げるようにして立ち去ってしまった。
……もしかして、バンルが怖かったのだろうか。わかる、わかるよ。わたしは心のなかで何度も頷く。
それにしても、本当に。バンルはずっと、怖いくらいに穏やかな笑みを浮かべている。じいっと見ていると、その視線に気づいたバンルがわずかに頭を傾けた。
「なにかな?」
「あ、いえ。……その、顔のつくりが綺麗だな、と」
……いや、なにを言っているの、わたし!
「っではなく! カフィナ様のおっしゃったことは本当かな、と。その、わたしが光った……とか」
「そうだね。とても美しかったよ」
「……それは仕返しですか?」
少し恨めしげな気持ちを込めて見上げると、彼は緩めていた目をぱちくりとさせる。それから、あはっと軽く笑いながら首を横に振った。
「では、逆ですか? わたしのような幼い子供の美しさを褒めて、恥ずかしい思いをしてみたかった、とか」
「……うん、違うね。本当に美しかったんだよ」
この兄、危険につき。わたしは少しだけ、バンルから距離を取った。
……カフィナ、大正解。わたしも一緒に連れていってくれたのなら、満点だったのだけれど。
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