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愛しい記憶
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揺れる列車の中、素早く動く箱の窓の向こう側に映るのは残像に歪められてかすんだ景色ばかり。
-ツマラナイ-
心の声は長い退屈を嘆くばかり。長い退屈もまたその身体を伸ばして実際の時間よりも長く、到達点からより遠く感じさせる。退屈しのぎにアーシャからの手紙を幾度ばかりか読むも、読めば読むほど会いたい気持ちは強く煌めく。遠い場所への想いの手は届かずもどかしく苦しくてやりきれない気持ちが身体を覆っていく。
リリアンヌは細くて長い指で手紙を鞄に仕舞う。
褐色肌の女はくせの強い金髪の頭をその手で掻き、空色の瞳で窓の向こうを眺めている。そう見えたが果たしてブレて霞む景色など眺めているのだろうか。
リリアンヌの瞳に映っているもの、それは幼きあの日の愛しい記憶。
走る、走る。
大きな青空、広い大空は何処までも遠くへ伸びている。
駆ける、駆ける。
遠く小さな木々は次第に近付いて来て大きくなっていく。
丈夫に育った木々の枝からぶら下がる橙色の果実、それに手を伸ばすも届かない。
精一杯腕を伸ばして、力いっぱいつま先を伸ばして、それでもその手の先の鮮やかなオレンジには届かない。
目の前に、手の上に揺れるオレンジを相手に20分もの間必死に身体を手を伸ばす。
それでも採れることはなく、過去へと流れて行った時間も戻って来ることはない。
消えて行った時間が膨れ上がるほどリリアンヌの欲望もまた、破裂する勢いで強く大きく膨らんでいく。
厳しく苦しい、疲れた、生まれ始めた負の感情はやがてリリアンヌの心に強く根付き始める。
生まれて初めての負の感情に脚を取られて地へとへたり込む。
立ち上がる気力すら失って、届かない果実を眺めて、眉をひそめていた。
そんなリリアンヌの元に橙色の果実が差し出される。
リリアンヌは顔を上げた。
目の前に立つ背の高い女性、褐色肌と金髪こそはリリアンヌに似ていたが瞳は赤く、リリアンヌの空色の瞳とは全く異なる色をしていた。
「アンナ叔母さん」
赤い瞳の女、その人はリリーアンナの母の妹のアンナであった。
「欲しいんでしょ? ひとつくらい大丈夫よ、リリアンヌ」
リリアンヌはアンナからオレンジを受け取る。
「ありがとう、でもお母さんに怒られない?」
誰にも気付かれないようにコソリと取ろうとしていたリリアンヌに対してアンナは首を横に振る。
「大丈夫、あの子は、ヴァレンシアは自由人だから『私に似た』って喜ぶわ」
「ホントに?」
リリアンヌの黒い不安の靄、それをアンナは言葉で振り払う。
「娘の名前に妹の名前をコソッと加えるような人だもの、でしょ? リリアンヌ……リリー『アンナ』」
リリアンヌは目を開いた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。現と夢、それらの境界線の全てで見ていたあの懐かしい日々を想い返し、涙を浮かべながら浸っていた。アンナ・ウェスト。リリーアンナの叔母であり、母ヴァレンシアの愛しの妹。どれほど愛していたのだろう、娘の名前の中に忍ばせるほどに愛していたのだろう。
列車のアナウンスが流れ始め、目的地がまだまだ遠い事を知ったリリアンヌは大きなため息をついたあと、再び寝息を立て始めた。
-ツマラナイ-
心の声は長い退屈を嘆くばかり。長い退屈もまたその身体を伸ばして実際の時間よりも長く、到達点からより遠く感じさせる。退屈しのぎにアーシャからの手紙を幾度ばかりか読むも、読めば読むほど会いたい気持ちは強く煌めく。遠い場所への想いの手は届かずもどかしく苦しくてやりきれない気持ちが身体を覆っていく。
リリアンヌは細くて長い指で手紙を鞄に仕舞う。
褐色肌の女はくせの強い金髪の頭をその手で掻き、空色の瞳で窓の向こうを眺めている。そう見えたが果たしてブレて霞む景色など眺めているのだろうか。
リリアンヌの瞳に映っているもの、それは幼きあの日の愛しい記憶。
走る、走る。
大きな青空、広い大空は何処までも遠くへ伸びている。
駆ける、駆ける。
遠く小さな木々は次第に近付いて来て大きくなっていく。
丈夫に育った木々の枝からぶら下がる橙色の果実、それに手を伸ばすも届かない。
精一杯腕を伸ばして、力いっぱいつま先を伸ばして、それでもその手の先の鮮やかなオレンジには届かない。
目の前に、手の上に揺れるオレンジを相手に20分もの間必死に身体を手を伸ばす。
それでも採れることはなく、過去へと流れて行った時間も戻って来ることはない。
消えて行った時間が膨れ上がるほどリリアンヌの欲望もまた、破裂する勢いで強く大きく膨らんでいく。
厳しく苦しい、疲れた、生まれ始めた負の感情はやがてリリアンヌの心に強く根付き始める。
生まれて初めての負の感情に脚を取られて地へとへたり込む。
立ち上がる気力すら失って、届かない果実を眺めて、眉をひそめていた。
そんなリリアンヌの元に橙色の果実が差し出される。
リリアンヌは顔を上げた。
目の前に立つ背の高い女性、褐色肌と金髪こそはリリアンヌに似ていたが瞳は赤く、リリアンヌの空色の瞳とは全く異なる色をしていた。
「アンナ叔母さん」
赤い瞳の女、その人はリリーアンナの母の妹のアンナであった。
「欲しいんでしょ? ひとつくらい大丈夫よ、リリアンヌ」
リリアンヌはアンナからオレンジを受け取る。
「ありがとう、でもお母さんに怒られない?」
誰にも気付かれないようにコソリと取ろうとしていたリリアンヌに対してアンナは首を横に振る。
「大丈夫、あの子は、ヴァレンシアは自由人だから『私に似た』って喜ぶわ」
「ホントに?」
リリアンヌの黒い不安の靄、それをアンナは言葉で振り払う。
「娘の名前に妹の名前をコソッと加えるような人だもの、でしょ? リリアンヌ……リリー『アンナ』」
リリアンヌは目を開いた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。現と夢、それらの境界線の全てで見ていたあの懐かしい日々を想い返し、涙を浮かべながら浸っていた。アンナ・ウェスト。リリーアンナの叔母であり、母ヴァレンシアの愛しの妹。どれほど愛していたのだろう、娘の名前の中に忍ばせるほどに愛していたのだろう。
列車のアナウンスが流れ始め、目的地がまだまだ遠い事を知ったリリアンヌは大きなため息をついたあと、再び寝息を立て始めた。
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