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始まり

呪いに触れること

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 結局あの後の家にていい事の一つも執り行う度胸もなく、健全なまま太陽を拝む事となった一真は特に何の心境の変化もなくテレビを点ける。その箱の中に映し出された美人がここ最近の不思議な事件、建物の破壊や痕跡全てを刈り取ったかのような綺麗な失踪などについて読み上げていた。
 食卓に座る那雪は何故だか一真を睨み付けていた。
「どうしたんだなゆきち」
 そんな問いに対してか男の声に対してか、顔を赤くしてますます表情は恐ろしくなっていく。
「昨日何もなかったんだけど?」
「え? じゃあ良かったじゃん」
「年頃の少女とイケメンな歳上のお兄さんがいて何も起こらないってどういうこと? そういうのって」
「ストップ!」
 一真はこれ以上は言わせない事にした。
「なゆきちが何か凄く心に来る少し変態めなマンガばかり読んでる事とか多分そういうのできゅんきゅんしてるのとか分かるけど期待しすぎだろ。俺だって心の準備とか出来てないからな」
「心の準備とか出来てない?」
 那雪はその言葉に強く反応して口に出した。
「じゃあ、一真が勇気を出してくれたらもしかして……」
 一真は那雪の上目遣いの表情を眺めて幸せを噛み締め、その状況に身を任せるべきか一瞬だけ悩んだ。悩んだ末に出したその答えは完全に感情を言葉の霧の奥に隠し切れたものであった。
「それよりまずはなゆきちにかけられた呪いを解く事だろ。お楽しみはその後いつでもどこでもなんどでも」
 那雪は顔を逸らして自らの身体を一人抱き締めるように両腕を胸に当てていた。



 学校にてみな教師の言葉を必死で聞いているその中で那雪は遠くにある強力な力の動きを感じた。
ー私でも感じられるなんて凄く強い呪いー
 そして那雪はこう思うのであった。
ーきっとこんな私に相応しい最期をくれるはずー



 授業は終わり那雪は歩いていた。夕暮れの中を那雪は歩いていた。殺してくれそうなあの気配の元まで歩いていた。
 それから5分ほど経ったか、 那雪は崩壊したアパートの一室の前に立っていた。これから待っているはずの絶望に希望を見い出して。その部屋の中へと入っていく那雪を出迎えたのは茶髪の男、一真であった。
「なゆきちのその目、またアテられたか」
 那雪の細い身体を抱き締めて一真は背中を撫でる。
「安心して、俺がついてる。絶望しても俺が助けるから」
 そんな2人の中に割って入るひとりの少女。
「やあ、ラブコメやってんねぇ。いいね」
 2人をからかう刹菜は那雪の方に目を向けた。
「そう言えば那雪って呪い使い唐津一族の人なんだよね?」
「そうだけど……どうかした?」
「なら呪いについて教えなかった親も悪いね。本人の資質はともかくそんな一族なら呪いを感じやすい体質だろうし、それをどうにかしなきゃその体質そのものが本人にかけられた呪いみたいなものだ」
 分かりやすい程のニヤけ面。刹菜はいつも通りであった。
「あとちょいちょい呪い使ってただろ? 分かるよ? そんなキミは祝いと称して呪いかけてそう」
「やめろ! なゆきちはそんな事しないさせない」
 一真は刹菜に訊ねた。
「そう言えばお前昨日の夜アイツ探してたんだよな?いつ寝てるんだ?」
 刹菜は相変わらずニヤけ面を浮かべて態度を変えないでいた。
「そんなの、一つの部屋に一人毎度40~50分くらいみんなの前で子守唄を奏でる人がいるわけだからそこで寝なきゃ失礼にあたるのさ」
「つまり授業中寝てたのかよ」
 刹菜は相変わらずニヤけ面を崩さないままだった。
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