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ホムンクルス計画

薙刀の魔女と傘の男

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 狭く無機質な壁を傷付けながら一真へと迫り行く薙刀、それを傘で受け止める。和服の美少女はまだまだ幼い顔をしていて一真にとってはあまり似合っていないように思えた。月の明かりしか差し込まずに陰から微かに映り込むあの妖しい顔、光に照らされてしまえばこのようなもの。
「着せられてんな、これならなゆきちのが似合ってる」
 その言葉と共に傘の剣を持つ手に最大限の力を入れる。踏み込む足に限界寸前の力を入れる。和服の少女、綾香は飛ばされて壁にぶつかり、滑るように床に落ちる。
 一真が迫り来る中、綾香は立ち上がり壁に手を着いた。壁は燃え、否、壁と手の間、そこから青い炎が現れて一真へと向かっていく。
 一度二度三度と傘を振って火の玉を斬り払う。
 そして傘の切っ先は綾香を捉え、身を突こうと飛び出して行く。
 近付いていく傘、迫り来る、残る距離は50センチ、40センチ、30センチ。そこから瞬く間に綾香は薙刀を振る事で傘の向かう先をズラした。
 そこから突いて行く傘が着いたそこは綾香の顔からわずか数センチズレただけの鉄の壁。
「着せられて見えるのは将来似合うようになるからだよ」
 説得力のある顔と納得を与える表情、力押しの論に一真は押し負けていた。
 一真は傘をそのまま綾香の肩へと振り下ろす。
 例え言葉で負けたところでここは戦場。力での勝利こそが正義となる虚しい世界。
「痛い! 酷いよきみ」
 そんな言葉もまた、敵にぶつけたところで威力は発揮される事もなく。
 一真は綾香の頭をつかみ、魔力をひねり出した。それは頭を揺さぶるような感触、頭から感じた吐き気とどこかへと飛ばされる感じがあって綾香は正面すらも見る事が出来ない。
 綾香は地に手を着いて、そして苦し紛れに言った。
「お願いだから可愛い私にエッチな事だけは」
「誰がするか! 俺にはなゆきちがいる」
 そんな会話の末、一真は何かに足を掴まれているのを感じた。下を見るもそこには何もない。そうではない。何も見えない。綾香の異名、それは確か。
「まさか、〈亡霊の魔女〉の本領」
 気が付いた時には既に遅く、見えない手は、霊の手は、一真の首を掴んで離さない。息すらも出来ず、動く事は当然のように封じられていた。
 そんな一真を上目遣いで綾香は見つめる。
「命は奪わないであげるから、安心しておねんねしてね」
 意識は視界はこの世界から遠ざかって行き、そして暗転した。
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