女帝の影武者

飯塚ヒロアキ

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第1話 ローゼンブルクの街

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―――――――緑豊かな山岳地帯。

その麓では、自然豊かな田園がどこまでも続いていて、小さな街がポツリと佇んでいた。

争いや戦争とは無縁の隔離された境地というべきか、街全体にほのぼのとした空気が流れている。

今、この瞬間にもこの地域を支配するペルナンデ帝国と国境近くに栄えている諸王国連合との壮絶な戦いが繰り広げられていた。

戦争は数十年も続き、数えきれない犠牲者を出しては、乾いた大地を赤く染めていた。

平原を見渡す限り、死が蔓延する。

畑は腐り、川は赤く、灰色の雨が降り注ぐ。

イナゴは大量に発生し、作物を喰らい尽くす。

飢饉と戦争、そして、魔物の闊歩するそんな世界など夢にも思わないだろう。

街の住民たちも呑気にあくびをしては昼間からビールを飲む平和っぷり。

分厚い城壁に囲まれているからの安心感だと思うも、そうではない。

むしろ、防衛施設は、もはや木柵程度で、周辺を土堀で、ぐるりと囲っているだけ。

櫓はいつ造られたのか、柱は腐り、雑草にまみれているのだ。

それでも櫓としての昨日は保たれているようで、矢狭間では、人影がポツリと見える。

一応、外部の人間の出入りを外部からやってくる人間の出入りを監視するための関所のようなものもあるが、押し固められた土の上に受付台が置かれているだけの粗末なものだ。

その台には老人が一人座っていて、街に入ることを許可している。

腰に下げて居る長剣をまともに振ることができるのかも、怪しく、まるで、枯れた枝のように痩せこけ、その背中は折れ曲がってしまっている。

今はちょうど、昼下がり。

ほのかに温かい日差しに照らされた老兵士はウトウトと居眠りをしている中、彼に影が差し掛かった。

「もぉ、ブレッドさん、また居眠りなんて、ダメじゃないですか」

少し心配したようなに眉を八の字にして、老兵士ブレッドの肩を優しく揺らした。

「ん……? あぁ、なんじゃあ、旅人か。このローゼンブルクに入るには……って、レオノーラ様???!!」

ブレッドは目の前にいる女性が、ローゼンブルクの街の領主マイヤーハイム男爵の一人娘レオノーラだと分かると慌てて飛び起き、直立、敬礼した。

その拍子に椅子が勢いよく倒れる。

近くで談笑していた若い兵士たちもその光景を見ては、彼に倣うように姿勢を正す。

先ほどまでまるまっていたブレッドの背中はしっかり伸び、彼の目線が、レオノーラと同じ高さになっていた。

椅子は倒すし、受付台の上に置いていたインク瓶はこぼしてしまっている。

そんな、彼の慌てようにレオノーラは微笑みながら笑顔を向けた。

見張り役が居眠りしていることは、本来はあってはならないこと。

叱責されるのが普通なのだが、彼女からは一切、怒りという感情は見えなかった。

またか、と呆れてしまっている部分もあるようだが。

「も、申し訳ございませぬ……」
「居眠りなんて、だめですよ。お父様から警備を任されているんですから」

そう言いながら、レオノーラは両手を腰に当てて、もーと言いながら頬を膨らませて、怒った素振りを見せた。

全然、怖くもなければ、そもそも怒っているのかどうかもわからない。

怒った顔も可愛かった。

老兵士にとっては、自分の孫と同じくらいの年頃のレオノーラの可愛らしい仕草に、頬が緩んでしまう。

とろけた顔で見つめているとレオノーラが言う。

「ちょっと、聞いているんですか?」
「は、はいっ。ローゼンブルクの街を守り続けて、はや50年! この老骨、怪しい者は断じて通しませぬ。いざとなれば、この剣を持って、身命を賭して、この街を守り抜きましょうぞ」

そう言いながら、誇らしげに胸を張っては老兵士は腰に下げている長剣を握り引き抜こうとするも、震える手を見て、それはやめて、とレオノーラが苦笑いしながら、手で制した。

「それはまた機会に……」
「承知いたしました! ところで、レオノーラ様、なぜ、街の外へ?」

領主の娘が街の外に出ることがあまりないため、疑問を呈した。

しかも、護衛もつけていないのだ。

さすがに、驚いてしまう。

その問いにレオノーラは手に持っていた手提げのかごを見せつけてきた。

ブレッドが少し腰を曲げて、中を覗き込んだ。

そこにはいろいろな緑色の雑草のような草が入っていた。

細長いものもあれば、太くやけに艶のある草、それに地面から引っこ抜いてきたであろう白い根っこまでも。

「なんですかこれは?」
「調合の素材です。これが、オルシアの草、で、これがメーシスの葉、、デルンの根」
「お風邪でも?」
「えぇ。うちで働くメイドの一人が熱を出してしまって……」

レオノーラはそう答えてから、少し心配したような顔をした。

老兵士ブレッドはメイドごときに? と心の中では思ったが、彼女は誰に対しても等しく接し優しい心を持ち合わせていることを知っていたので、口には出さなかった。

「流石は領主様のご息女、レオノーラ様ですな。はははっ」

そう讃えるような声をかけた。

そんな時、ふと視界の隅から誰かが駆けよってくるのが見えた。

視線をそこへ向けるとレオノーラは思わず目を見開いた。

「レオノーラ様ッ!!!」

怒りを帯びた声が響き渡る。

灰色の髪、短く切り揃えたボーイッシュな見た目の騎士風の女がレオノーラへと駆け寄ってきた。

服装は軽装備で革ブーツにどこまでも地味な白色のシャツ、腰には長剣が下げられている。
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