俺の最愛の天使が処女じゃないはずないだろう!?

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「まーったく、あのクソクズゲス王子はぁぁ!」

 ワーグナー・シルス伯爵令息は街中を疾走していた。
 人生初の一目惚れをしてしまったらしい主人の我が儘…もとい、要望をすべて叶えるために。

「宰相に隠れて凄い勢いでメモをとってると思ったら、買い物リストだと!?しかも昼食会が終わるまでに全て買ってこいって……!」
 ぶつくさ言いつつ、握り締めていた主人のメモを読む。

 『初めに噴水前の花屋で、108本の薔薇の花束を注文しろ』

「あ?さっき挨拶の時花束渡してたろ?」
『あの花束の花言葉は恋の予感だ。初めて会う女性に取り敢えず渡している』
「……クズめ。つーか、俺の心を先読みして補足書いとくなよ」

 『その間に二番街のケーキ屋で、一日限定30個のマカロン詰め合わせを二つ購入しろ』

「へいへい……」

 『そこからニ軒先の鞄屋でカタログNo.35の青色のヤツと、No.84の財布を購入』

「………」

「………」

 『最後に五番街のいつもの宝飾店で、カタログNo……』

「いやっ!だから何でカタログの番号までおぼえてんの!?しかも、指輪のサイズってまさか、さっき挨拶の時に握った一回で測ったの!?凄い通り越して怖いわっ!!」

 俺は今、殿下御用達の宝飾店でラッピングを待つ間、店のマダムに愚痴を聞いてもらっている。

「ふふっさすが殿下と言った所ですね。女性を喜ばす天才ですわ」
「変人の間違いでしょう!?」
「え~殿下は変人じゃなくて素敵ですよ~格好いいし、優しいし!」
「私達店員にも気配りしていただけるし!」
 若い店員達が差し入れのマカロンを摘まみながら会話に入る。
「それを実際買ってきたのは僕ですがね。さっき寄ったチョコレートショップにもマカロンあったから一緒にしてくれた方が効率がいいものを……」
「そこが殿下とシルス卿の差ですね~」

『そこがモテる男とじゃない方の違いだよ、ワーグナー君』

「………補足書くな………」


「お、終わった……」
 馬車に乗り込み、グッタリと息をつく。
 ……動線、時間全て無駄がなく、リストを制覇することができた。……絶対間に合わないと思ったのに。こんなん…………惚れるにきまってるだろ!!

「はぁぁ、頭いいんだよな昔から……」


 俺が産まれた約4ヶ月後にアレンが産まれ、母親が乳母になり、王妃様のご厚意で俺もアレンと一緒に王宮で育てられた。
 4歳から王子教育が始まり、励みになるからと俺も同じ授業を受けさせられたが……
 アレンは本当に記憶力が優れていて、一度習った事は全て憶え、授業以外でも好奇心をくすぐられたものは自分で調べて吸収していった。
 剣術の授業でも、基礎を覚えると上達は早かった。
 三年もすると兄二人と一緒に授業を受けるようにまでなってしまい、俺はよく中庭で授業が終わるのを待っていた。

「……こんな所で読書か?ワーグナー」
「え、あっ、スピナー宰相様!」
 黒い髪に翠色の目、黒いジャケットをビシッと着こなした背の高い男が、書類を片手に悠然とこっちに歩いてきた。大人達が『魔王』と陰で呼ぶ、ロバート・スピナー宰相だ。

「アレン殿下は一緒じゃないのか?」
「はい!ジルムンルド殿下と一緒に授業を受けていらっしゃいます」
「そうか、まだ7歳なのに大したものだ。そういえば、この前はユノンデル殿下と剣の稽古をして打ち勝ったそうじゃないか」
「はい!何回か剣を交えたら相手のクセから次の一手が見えるようになると言っていました!」
 俺は自分の事のように得意げに言ってみせる。
「ほう……で、その後は足を捻ったという理由で剣術の授業を休んでいるそうだが……昨日庭園を君と二人で走り回っていたのは、私の見間違いかな?」
「え、、い、いや……あの~」
 宰相の眉がぴくりと動く。
「……さぼりか」
「ちっがっ、くないけど……あ、アレン殿下も好きで嘘ついてる訳じゃ……」
 宰相の圧に負け、段々声が小さくなる。
「あ、の……僕はよくわからなかったんですけど……世の中を上手く回すために必要な嘘だ!……って殿下が言ってましたぁ」
 すると宰相は目を少し見開いて、
「ほう、アレン殿下が?」
「あの……?」
 なんか宰相楽しそう?

 すると柱の陰から話題に上っていた本人がひょっこり顔を出した。
「……ワーグナー!」
「わっ!アレン!?……まだ授業中じゃ?」
「それがさー兄様が先生に沢山質問するから大変そうで……部屋で自習するって言って抜けてきた!庭園に行くぞ!昨日の続きだ!」
 うわっ!馬鹿!魔王が見えてないのかよ!?
 俺は冷や汗ダラダラだ。

「……第三王子殿下、ご機嫌麗しゅう」
「なんだ魔王、いたのか」
 うおいっ!!
 俺は思わずアレンの口を両手で塞いだ。
「……はぁ、どうやら純粋な子供達にしょうもない呼び名を吹き込んだ愚かな大人がいたようですね」
「父様だぞ」
「……」
 宰相様、こめかみピクピクしてる。
「まぁ、それは後で絞めるとして」
 絞めるの!?国王!?
「部屋に戻りますよ、殿下?」
「えー嫌だよ!自習つまんないもん」
 アレンが口を尖らせながら拒否すると、宰相はニヤッと笑いながら答えた。
「私が二人の勉強を見て差し上げます」

 驚いた事に宰相はその日だけじゃなく、陛下に許可を貰い、忙しい合間を縫って授業をしてくれた。剣術は侯爵家の騎士団の稽古に参加させてもらい、たまに宰相の仕事を手伝わされ、アレンも俺も文句を言いつつ楽しく授業を受けていたっけ。
 今思うと、やっぱりあの頃からアレンの事気に入ってたんだろうな……。



 ワーグナーが侯爵邸に戻ると、もうお開きの時間らしく、一同はエントランスホールにいた。
「殿下、迎えが来たようですので、そろそろ我が娘の手を離していただけますかな?」

 渋面顔の宰相の視線の先には、がっちりと恋人繋ぎをしている若人2人。蕩けそうなほど甘い笑みを浮かべているアレンと、耳まで真っ赤にしてうつむいてしまっているリリアナだ。

 (義父になる人の前でよくやるよなぁ)
 アレンにしては初対面で手を繋ぐ事など可愛いもんなので、ワーグナーは黙々と買ってきたプレゼントを並べていく。

「リリアナ嬢」
 アレンが薔薇の花束を持ち、リリアナの前に片膝をつく。
「君に出会って一目で恋に落ちました。大輪の花にも劣らない、こんな可憐な女性が身近に居たなんてっ……!
 あぁ、もちろん外見だけじゃないよ。きっと恥ずかしがり屋だろうに、その新緑の様に輝く瞳を頑張って僕に向けて話を聞いてくれる健気な所や、小鳥のように小さな口なのに綺麗な所作で食事をする所も愛らしくて、一秒一秒君を好きになる!……」

 突如始まった公開プロポーズに、宰相は固まり、侯爵家の使用人達は頬を染めつつ空気を読んで壁と化し、当のリリアナはアレンからの止まらない賛辞に、もはやキャパオーバー寸前だ。

 (家族の前でこれは恥ずかしいよな。同情するが、止められないんだ!ごめん、リリアナ嬢!)
 ワーグナーが心の中でリリアナに平謝りしていると、ガシッと後ろから肩を掴まれた。

「……おい……ウチの敷居を跨ぐ前に言ったはずだよなぁぁ……リリアナは人慣れしてないからゆっくり距離を縮めるようにと!」

 魔王降臨……
 ワーグナーは縮み上がった。
「はいぃぃ!!承知しておりますぅっっっ!」
 (女の子と数時間いて、手繋ぎだけで済んでるだけでもアレンにしたら相当ゆっくりなんですぅ!)


 魔王の殺気をものともせず、アレンの告白は続く。

「僕達の結婚は親同士が決めた、謂わば政略結婚だけども」
「は、はい……」
「僕と恋愛して、リリアナ嬢。……そして、生涯君の隣にいる栄光を僕にくれませんか」
 蕩けるような笑みを浮かべて、アレンがリリアナに問いかける。
 一方、リリアナは気が遠くなりそうになりながらも、王族の前で粗相を起こすまいと自分を鼓舞して、おずおずと話始めた。
「……っあの!恋愛?……は、したことがないのでよく解らないのですが……結婚はもちろん……慎んでお受けいたしますっ」

 ワッ!と侯爵邸が沸く。か細い声ながらも、しっかりとプロポーズを受けたお嬢様を讃える使用人達の顔は皆笑顔だ。
「温かくていい屋敷だな」
 ワーグナーも主の告白成功に胸を撫で下ろす……が、


「━━ッリリアナ!!可愛すぎ!!」
 ガバッ!

「……」
「あ」
「あぁ?!」

 我慢できずリリアナに抱きつくアレン。
 引き剥がそうとアレンに掴みかかる魔王。
 完全キャパオーバーで気絶してしまったリリアナ。
 血相を変えて駆け寄る使用人達。

「やっちまった!」
 ワーグナーがアレンを回収するより速く、魔王によって二人とも首根っこを掴まれて文字通り侯爵邸を摘み出された。

「……はぁ……陛下に報告いくだろうな、これ。また怒られるぞアレン」
「……はぁ……リリアナ大丈夫かな。俺が添い寝して看病してあげたい!」
「……」



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