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第一章
15:不協和音
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神音たちに比べて、俺が下手なのはわかっている。いくら思っていたより悪くない出来だったとは言っても、いままでの『i-CeL』ファンから見れば、俺の参加したライブは肩透かしをくらった気分だろう。
(……はぁ~……やっぱ俺は人前に出るのに向いてないや。八代さんのこと責める資格ない)
文月さんに見せてもらった映像を思い出しつつもがくん、と肩を落としながら制服に着替える。
鏡に映る自分が苦笑しながら、ネクタイを手慣れた仕草で絞めている。
このネクタイも、後何回結べるだろうか。
それなのに息を吹きかけたら、飛ばされてしまいそうな、冴えない表情の頼りない俺の姿がそこにある。
(しっかりしろ、俺。やると決めたじゃないか。人生で一回くらい、やる時はやろうぜ)
両手で頬を叩いて、気合いを入れた。
玄関を開けてすぐ足元を見下ろす。もう癖になったこの動作の先に、おなじみの光景が待っていた。
「……また、か」
毎日一通、玄関先に落とされている封書を取り上げながら呟いた。
これだけ数多く落とされているのに、犯人らしき人物を見ていない。俺が気づかれないようにしていることもあって、家族はだれも封書そのものを知らないだろう。
(一体いつ、どこからこれを持って置いて行ってるんだろうな。暇人め)
ため息をついてから、手紙を鞄にしまい歩き出す。
夜になると携帯に悪戯メールが山ほど送られてくるので、登校途中のひとりになれる時間にだけ携帯に電源を入れる。
神音や他のメンバーが近くにいて、頻繁にメールを受信する携帯に気づいてしまうのを避けるためだ。
(こんなこと、どうってことない。俺が耐えれば済む問題なんだ。気にしなければ自然と消えていくさ)
もう癖になりそうなくらい、何度も自分に言い聞かせてきた言葉をくり返しながら、駅につこうかと言うところまで来た。
「あの……キョウ、さんですよね? 『i-CeL』の新メンバーの」
「え?」
駅の入口がもうすぐ見える十字路にさしかかったところで、右手から声をかけられた。
振り向くと女子高生が三人並んでいた。
「そ……うですけど」
彼女たちの目や表情、雰囲気からして、いい感じはまるでしないけれど、咄嗟に言い逃れできる台詞が思いつかなかった。
すると彼女たちの目が鋭くなって、俺を睨みつけてきた。
「お願い、すぐに脱退してっ」
「わたしたちはカノンさまの声の『i-CeL』を応援したいの。あなたは別のバンドで、好きなように歌えばいいでしょう?」
「あなたは『i-CeL』に合ってないわ」
息つく間もない三重奏だ。
「…………」
口からでまかせで、いまだけでも頷けば彼女たちは納得するだろうか。
睨んでくる彼女たちの迫力に冷や汗が流れる。見えないところで何かをされるより、面と向かって言われる方がありがたいけれど、これはこれでどう対処していいのかわからない。
「悪いけど……」
芸もなく正面から拒絶したとたん、彼女たちの声が変わった。
「何よッ、あんたなんか!」
「気持ち悪い歌い方して!」
「変な声で、おかしいったらないわ!」
小型犬の甲高い吠え声みたいに、次々と罵りながら彼女たちの手が俺を突き飛ばす。
広くはない道だったから、すぐに民家の壁に背中がぶつかり、逃げ場を失った。
「あんたなんか要らないの。いままで通りカノンさまが歌っていた方が、よっぽど『i-CeL』の為になるんだから」
「注目を浴びたいんでしょ、だったらコレあげる。きっとみんな見るわよ」
茶色っぽい天然パーマの髪を揺らして、女子高生のひとりが笑いながら、手に持っていた何かを俺に投げつけた。
パシャッ、と激突音の後に彼女たちの笑い声が重なった。
左胸辺りにぶつかって弾けたのは生卵だった。白いカラの欠片が白身と黄身の渦を点々と彩っている。
「……俺の声、やっぱり変なのかな」
ひとり路上に取り残され、ずるずるとその場に座り込みながら、思わず呟いた。
脳内で過去の幻聴が聞こえた。
『かたひらの声、すっげぇ、変!』
小学生の頃に俺を笑った同級生たちの声が、いくつも重なって、反響して俺の周りをぐるぐる回る。
「変だった、かな……別人みたいだとは思ったけど」
スタジオで見せてもらった映像の中で、歌っていた見知らぬ自分を思い出す。
神音たちは良かったと言ってくれた。
けれどファンからの嫌がらせは途絶えることがない。
俺はどちらを信じたらいいんだろう。
「仕方ない……一度帰って応急処置をしてから、学校へ行くか」
しばらくうずくまったまま、宙を見上げて考え事にふけっていたが、いいかげん足が痺れてきた。
よろよろ立ち上がり、落としていた鞄を拾いあげ、自宅へ向けて歩き出した。
翌日アレンさんからのメールが届いた。
アドレスは神音から聞いたよ、と書いてあった。
『遅くなったけど、今晩うちで打ち上げをします。神音と一緒においで。泊まりの許可をもらってきてくれると、より楽しめると思うよ』
携帯を握りしめて、ため息をついた。
唯一心が休める時間だったバンド練習が、ファンに卵をぶつけられてから、行けなくなっていた。
それなのに、どんな顔して打ち上げに参加したらいいのかわからない。
重い指を苦心しながら動かして、今晩は行けないと返信メールをした。
送信完了画面に切り替わった時だった。
「……片平響、さん?」
学校へ歩く途中で、男性に名前を呼ばれ足を止めた。
(前にもあったな、同じこと。あの時は女の人だったけど?)
振り返るとトレンチコートを着こなした、一見すると俳優みたいな男性が俺を見ていた。
冬なのに濃い紫色のサングラスをかけていて、俺より年上のようだ。
こんな人は知りあいにいない。一体何で俺の名前を知っているんだろう。
警戒する俺に男性は口元を微笑ませて一歩近づいた。
「いきなり声をかけて、申し訳なかったね。私は煉と一緒にバンドを組んでいた、須賀原と言う。煉について……いま君たちと活動している榎本アレンについて、どうしても君に話しておかないといけないことがあるんだ。時間をくれないかな」
「…………」
かつてアレンさんの所属していたバンドメンバーだと言われても、本当か嘘か、俺には判断できない。
返事に迷っていると、男性が俺の手に握ったままの携帯を見て、またひとつ笑った。
「迷惑メールが山盛り届いて、困っているだろう?」
「……何で、それを……」
真柴はある程度予想しているみたいだけれど、バンドメンバーや家族にさえ隠していることを、なぜこの男性が知っているのだろう。
「だれがアドレスを漏らしたか、私ならわかる。君がなぜそんな目に遭っているのか、これからどんな目に遭うのかも……私はそれを忠告に来たんだ」
「…………」
男性がまた一歩、俺に近づいた。
信用できないと思うのに、俺は固まったまま動けなかった。
「煉を信用してはいけない。君は煉に利用されているだけなのだから」
耳元に顔を近づけた男性が、囁くように言った言葉に、俺の思考が痺れて止まった。
(……はぁ~……やっぱ俺は人前に出るのに向いてないや。八代さんのこと責める資格ない)
文月さんに見せてもらった映像を思い出しつつもがくん、と肩を落としながら制服に着替える。
鏡に映る自分が苦笑しながら、ネクタイを手慣れた仕草で絞めている。
このネクタイも、後何回結べるだろうか。
それなのに息を吹きかけたら、飛ばされてしまいそうな、冴えない表情の頼りない俺の姿がそこにある。
(しっかりしろ、俺。やると決めたじゃないか。人生で一回くらい、やる時はやろうぜ)
両手で頬を叩いて、気合いを入れた。
玄関を開けてすぐ足元を見下ろす。もう癖になったこの動作の先に、おなじみの光景が待っていた。
「……また、か」
毎日一通、玄関先に落とされている封書を取り上げながら呟いた。
これだけ数多く落とされているのに、犯人らしき人物を見ていない。俺が気づかれないようにしていることもあって、家族はだれも封書そのものを知らないだろう。
(一体いつ、どこからこれを持って置いて行ってるんだろうな。暇人め)
ため息をついてから、手紙を鞄にしまい歩き出す。
夜になると携帯に悪戯メールが山ほど送られてくるので、登校途中のひとりになれる時間にだけ携帯に電源を入れる。
神音や他のメンバーが近くにいて、頻繁にメールを受信する携帯に気づいてしまうのを避けるためだ。
(こんなこと、どうってことない。俺が耐えれば済む問題なんだ。気にしなければ自然と消えていくさ)
もう癖になりそうなくらい、何度も自分に言い聞かせてきた言葉をくり返しながら、駅につこうかと言うところまで来た。
「あの……キョウ、さんですよね? 『i-CeL』の新メンバーの」
「え?」
駅の入口がもうすぐ見える十字路にさしかかったところで、右手から声をかけられた。
振り向くと女子高生が三人並んでいた。
「そ……うですけど」
彼女たちの目や表情、雰囲気からして、いい感じはまるでしないけれど、咄嗟に言い逃れできる台詞が思いつかなかった。
すると彼女たちの目が鋭くなって、俺を睨みつけてきた。
「お願い、すぐに脱退してっ」
「わたしたちはカノンさまの声の『i-CeL』を応援したいの。あなたは別のバンドで、好きなように歌えばいいでしょう?」
「あなたは『i-CeL』に合ってないわ」
息つく間もない三重奏だ。
「…………」
口からでまかせで、いまだけでも頷けば彼女たちは納得するだろうか。
睨んでくる彼女たちの迫力に冷や汗が流れる。見えないところで何かをされるより、面と向かって言われる方がありがたいけれど、これはこれでどう対処していいのかわからない。
「悪いけど……」
芸もなく正面から拒絶したとたん、彼女たちの声が変わった。
「何よッ、あんたなんか!」
「気持ち悪い歌い方して!」
「変な声で、おかしいったらないわ!」
小型犬の甲高い吠え声みたいに、次々と罵りながら彼女たちの手が俺を突き飛ばす。
広くはない道だったから、すぐに民家の壁に背中がぶつかり、逃げ場を失った。
「あんたなんか要らないの。いままで通りカノンさまが歌っていた方が、よっぽど『i-CeL』の為になるんだから」
「注目を浴びたいんでしょ、だったらコレあげる。きっとみんな見るわよ」
茶色っぽい天然パーマの髪を揺らして、女子高生のひとりが笑いながら、手に持っていた何かを俺に投げつけた。
パシャッ、と激突音の後に彼女たちの笑い声が重なった。
左胸辺りにぶつかって弾けたのは生卵だった。白いカラの欠片が白身と黄身の渦を点々と彩っている。
「……俺の声、やっぱり変なのかな」
ひとり路上に取り残され、ずるずるとその場に座り込みながら、思わず呟いた。
脳内で過去の幻聴が聞こえた。
『かたひらの声、すっげぇ、変!』
小学生の頃に俺を笑った同級生たちの声が、いくつも重なって、反響して俺の周りをぐるぐる回る。
「変だった、かな……別人みたいだとは思ったけど」
スタジオで見せてもらった映像の中で、歌っていた見知らぬ自分を思い出す。
神音たちは良かったと言ってくれた。
けれどファンからの嫌がらせは途絶えることがない。
俺はどちらを信じたらいいんだろう。
「仕方ない……一度帰って応急処置をしてから、学校へ行くか」
しばらくうずくまったまま、宙を見上げて考え事にふけっていたが、いいかげん足が痺れてきた。
よろよろ立ち上がり、落としていた鞄を拾いあげ、自宅へ向けて歩き出した。
翌日アレンさんからのメールが届いた。
アドレスは神音から聞いたよ、と書いてあった。
『遅くなったけど、今晩うちで打ち上げをします。神音と一緒においで。泊まりの許可をもらってきてくれると、より楽しめると思うよ』
携帯を握りしめて、ため息をついた。
唯一心が休める時間だったバンド練習が、ファンに卵をぶつけられてから、行けなくなっていた。
それなのに、どんな顔して打ち上げに参加したらいいのかわからない。
重い指を苦心しながら動かして、今晩は行けないと返信メールをした。
送信完了画面に切り替わった時だった。
「……片平響、さん?」
学校へ歩く途中で、男性に名前を呼ばれ足を止めた。
(前にもあったな、同じこと。あの時は女の人だったけど?)
振り返るとトレンチコートを着こなした、一見すると俳優みたいな男性が俺を見ていた。
冬なのに濃い紫色のサングラスをかけていて、俺より年上のようだ。
こんな人は知りあいにいない。一体何で俺の名前を知っているんだろう。
警戒する俺に男性は口元を微笑ませて一歩近づいた。
「いきなり声をかけて、申し訳なかったね。私は煉と一緒にバンドを組んでいた、須賀原と言う。煉について……いま君たちと活動している榎本アレンについて、どうしても君に話しておかないといけないことがあるんだ。時間をくれないかな」
「…………」
かつてアレンさんの所属していたバンドメンバーだと言われても、本当か嘘か、俺には判断できない。
返事に迷っていると、男性が俺の手に握ったままの携帯を見て、またひとつ笑った。
「迷惑メールが山盛り届いて、困っているだろう?」
「……何で、それを……」
真柴はある程度予想しているみたいだけれど、バンドメンバーや家族にさえ隠していることを、なぜこの男性が知っているのだろう。
「だれがアドレスを漏らしたか、私ならわかる。君がなぜそんな目に遭っているのか、これからどんな目に遭うのかも……私はそれを忠告に来たんだ」
「…………」
男性がまた一歩、俺に近づいた。
信用できないと思うのに、俺は固まったまま動けなかった。
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