我恋歌、君へ。(わがこいうた、きみへ。)

郁一

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第一章

22:治療

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 階段から落ちたせいで、榎本家で過ごす日々が前以上に穏やかになった。
 作詞もどうにか形になったので、やることが少なくなっていたからだ。
(マラソンに行けないし……家事は絶対にやるって言って、アレンさん譲ってくれないしなぁ)
 犯人が須賀原だったことをアレンさんは深く気に病んでいる様子で、いくら気にしないで欲しいと言っても、笑ってはぐらかしてしまう。
 おかげで怪我をする前よりも時間が空いてしまい、持て余した俺は地下室に通い詰めた。
一度降りると動かしにくい手足のせいで戻るのが億劫になり、ほぼ一日中をそこで過ごした。
何度目かの昼過ぎ、アレンさんが目くじら立てて降りてきた。
「響くんっ、一秒たりとも他の事は考えてはイケマセンと言ったけどね。食事はしっかり摂らないとだめでしょう!」
「っ、わ、すみません~」
 怪我が痛まない範囲で基礎練習をしていたのだけれど、つい時間を忘れて部屋に戻らなかったせいだ。
(これで何度目だっけ……)
 仕事をしながら雑事を担ってくれているアレンさんに申し訳ないとは思うものの、退院してから同じことをくり返してしまう俺に、アレンさんも対応策を考えた。
「……仕方ない。昼食はオレが持って降りてくるよ」
「えっ……そんな、俺ちゃんと戻りますから!」
「と言って、一度でも戻ってきたこと、ある?」
「…………」
 咳払いすら出せなかった。
「本当に……頑張り屋さんなんだから」
 呆れたように、でも微笑みながらアレンさんがそう言って、ふわっと俺の頬を指で撫でた。
「そんなに根をつめたら、本番で声が枯れてしまうんじゃないの?」
「……大丈夫ですよ。ずっとここにいるからって、休まずに歌い続けているわけじゃありませんから」
 突然の接触に身構えてしまい、返事をするまでに不自然な間が空いてしまった。
(変に思われてないといいけど)
「いままで覚えた曲を、聞き直していたんです。譜面を思い出さないようにしてて……ちょっとだけ声は出してますけど」
 怪我をしたおかげでマラソンは走れない代わりに、恩恵がひとつだけある。
 体の使い方に敏感になって、声の出し方が前よりも自覚しやすくなっていた。
「だから以前は意識しなかった音域ごとの体の使い方がわかって、そうしたらいろんな声で試してみたくなってしまって……つい時間を忘れてしまって……」
「はぁ~、やっぱり頑張り屋さんだ」
 アレンさんが眉間をおさえながら、盛大にため息をついた。
ほんと、単細胞ですみません。
「オレは午後から翻訳の仕事のことで、外出しないといけないんだ。響くんがここにこもっていても、止める人がいなくなってしまう。ちょうどいい機会だから、今日は練習はここまでにしよう」
「え……そんな」
 思わず声をあげたとたん、アレンさんに仁王よろしく睨まれた。
(美形だけに、よけいに恐いっ)
 冷や汗をかいて硬直する俺に、またひとつため息をついてから、手を差し出した。
「父さんが響くんのために、リハビリも兼ねてトレーニング方法を考えてくれたんだって」
 走れない代わりになるように、とアレンさんが説明してくれたとたん、俺はうれしくて飛び上がりそうになった。
 歌の基礎練習をするだけでは、体力が戻らないだろうと心配だったからだ。
 すかさず、再び険しい顔に戻ってアレンさんが俺に言い聞かせた。
「ただし、ちゃんと父さんの指示に従うこと。速度も時間もやり方も、だよ。痛くなったら正直に申告すること。約束して守ってくれなければ、即座に中止させるからね」
「は、はいっ。もちろんです!」
 と言うわけで昼食後、さっそく一階の接骨院までふたりで降りた。外出するアレンさんの背を見送り、さてとお父さんが切り出した。
「では、まず怪我の具合から診よう」
 診療室にお父さんと向かい合って座り、左手の怪我を診てもらった。
 ちなみに治療費は父親から神音が預かってきてくれているけれど、アレンさんのお父さんが受け取ってくれない。
 何だか手続きが面倒だとか言って、はぐらかされてしまっている。
「頭の抜糸はもう済んだ?」
「はい。経過も順調だし、後遺症もないようだから、通院しなくていいと言われました」
「そうか。本当に運が良かったね」
 階段から落ちたと言うのに、この程度で済んだんだからね、と穏やかに笑う。
「だからと言って油断しないように。いま無理をしたら、後々に影響が残る可能性があるからね」
「……はい」
 しっかりと釘をさすのを忘れないところが、アレンさんとそっくりだ。息子が似たのか、父親が影響されたのかわからないけれど。
 心の中で親子だな、と微笑ましく思っていたら、不意にお父さんが話だした。
「本当は、やめさせようとしたんだ」
「え?」
 右足首の怪我を診ながら、目を伏せて話し続ける。
「あの子は本当に音楽に夢中だった。寝るのも食べるのも、すべては音楽のためだと真顔で言うような子でね……心血を注げるものに出会えた息子が誇りであり、同時に心配でもあった。それを奪われるような事態に陥った時、この子はどうなるのだろうと不安だった。それが四年前に現実となってしまった」
「…………」
 須賀原の事件のことを言っているのだとわかり、俺はただ黙って先を待った。
 左手と右足首の治療を順に施しながら、お父さんは淡々と続ける。
「家族にさえ何も言わなかったが、あの子はずいぶん苦しんでいたよ。あれほどすべてを捧げてきたドラムに近づきもしない日が続いて、目に見えてやつれていった……再びバンドに参加すると聞いた時、本当は止めようとしたのだ、私は」
「……それなら、どうしていま、一緒に?」
 手足の可動を診察しながら、小さくお父さんが笑った。
「止めようとした私に、病気だから、とあの子が真顔で言い切ったんだよ。オレはもうこれしか道はない。きっと手足を折られても、オレはまたここに戻ってくる。好きになる人と同じだってね」
「!」
 ちらりとお父さんが俺を見た。
「これは自慢だけど、あの子はかっこいいだろう? もう、こんなに小さい時から女の人に嬌声を上げさせていたんだよ」
 と言って、座った俺たちの目線よりも少し低い位置に手をかざした。
「これは女性にモテるから、結婚するのも早いだろうね、と妻とよく話をしていたものだ。でも中学生になって、あの子は異性に性的衝動を抱けない体質だと判明してね。その時もあの子は真顔で、オレは病気だからと言った」
 何で俺にこんな話を、と困惑しはじめたことに気づいたのか、お父さんは目を細めて微笑んだ。
「どちらも、あの子の本質なんだよ。生まれつき持っているもの、だれにも変えられない部分。だから私は止めることをあきらめた。そうするべきではないとわかったからね。同時に絶望もしたな……私たちはあの子と共に歩むことはできない。応援してやることしか……だから一緒に歩いてくれる君たちを、私たちは全力で支える。それがあの子のためにもなるから」
「…………」
「たくさん話をして、すまなかったね。君は私が手を貸すと、気に病むかもしれないと思ってね、話をさせてもらった。私が手を貸すのは、我が子可愛さだから気にしないようにと」
 最後はアレンさんと同じく、お茶目にウィンクして、治療の終わった足を軽く叩いた。
「響くんはあの時、私たちの会話を聞いていただろう?」
「……な、何のことでしょう?」
 慌ててわからない振りをしてみたけれど、年の甲には勝てなかった。
 意地悪く笑って、お父さんが立ち上がった。
「あの子は一途だよ。例え想いを寄せる相手に、別の想い人がいてもね。健気なほどまっすぐに相手を想い続ける。そう言うわけだから、響くんも覚悟しておきなさいね」
「覚悟って……」
「私は我が子の味方だよ」
「…………」
 なぜかいますぐ回れ右して退出したい心地だった。
 不思議と嫌悪感はまったくなくて、戸惑いが体に満ちている。
(俺なんか、想い続けたところでいいことひとつもないのになぁ……)
 取り柄がひとつもない、年下の平凡な男子高校生の何を、アレンさんは気に入ってくれたと言うのか。思いつかなくてため息しか出て来ない。
 潜めた想いをひょんな形で知ってから、ことあるごとに顔を出す迷いに気をとられていたけれど、お父さんの台詞によってそれも霧散した。
「さぁ、お待ちかねのトレーニングタイムにしましょうか」
「わぁ~本当にいいんですか?」
 ライブまでの残り日数を何度も思い返しては、足の痛みにもどかしくなっていたところへ、明るい話題が飛び込んできたのだ。
 飛び跳ねそうな俺に、お父さんが苦笑する。
「怪我をした兵士がベッドの上でも出来るように考え出された方法が主になっているから、響くんでも大丈夫だ。あぁ、けれど音楽には詳しくないので、本当に役に立つかは保証できないよ」
 そしてまたも親子そっくりに、仁王顔で約束させられた。
「絶対に無理はしない。痛くなったらすぐに申告する。許可された以上に続けないこと」
 注意事項をくり返し言うように強制してから、ようやくトレーニング法を教えてくれたのだけれども。
(き、つい~っ!)
 早朝マラソンの方が楽だったと思うくらい、単調な動きのトレーニング法が、体にじんとこたえた。
 初日はふたつの動作だけを教えてもらい、毎日怪我の具合と体調を見ながら、トレーニングを追加していくことになった。
 帰りはひとりで部屋に戻り、客室のベッドに倒れ込んだ。
(はぅ……歌いはじめの頃に、富岡さんの基礎訓練を受けた時よりしんどい……あんなにゆっくり動くのに、どうしてこうも疲れるんだろ)
 恐い顔で何度も注意されたのは、想像以上に体に負担がかかるからなんだろう。
 ベッドから起き上がるのさえ、掛け声を出さないと体が持ち上がらない。
(……曲を聞いておこう)
 重い体を持て余しながら、神音から借りたプレーヤーをたぐりよせて、イヤホンをつける。
 地下室でやっていたように、すべてを忘れて無心で曲を聞いた。
 新曲の作詞の時にアレンさんに言われた通り、気がつくと曲を譜面で追いかけてしまう癖が俺にはある。
 すると歌詞が意味を失い、単音のつながりになってしまう。
(変な歌い方、と言われた理由がそれかもしれない)
 ファンに卵を投げられた時を思い返しながら、口元に苦笑が浮かんだ。
 音としては間違っていなくても、歌としてはまるで形になっていなかったんだ。
 作詞を経験させてもらったことも大きかった。曲の世界を意識できるようになったから。
(完璧に歌えるように、と思いすぎて歌詞がただの音になっていた。そうわかったからって、歌として歌う方法がまだわからないんだけど)
 新曲の歌詞はどうにか出来たものの、また新しい難問にぶちあたってしまった。
 地下室にこもって、アレンさんに怒られながらも歌い、わかったのは音の出し方だけで。
 初ライブの直前に思い悩んだことと、まったく同じことでまたも悩むことになってしまった。
(ヒロみたいに、バーで聞いた曲みたいに。何よりも神音や文月さんみたいに、歌の世界を表現する方法……あぁ、もう。俺はいつまでも同じことで悩んで進歩がないな!)
 歌い手として最も重要な部分が、まだ会得できないでいた。


 リハビリ兼トレーニングを黙々と続けながら、地下室にこもって曲を聞き、基礎練習を重ね数日が過ぎた。
「食材買いに行こうと思うんだけど、一緒に行かない? ずっと籠りっぱなしだから、疲れるでしょう」
 ひょい、と地下室に顔を出したアレンさんが、車のキーを指で弄びながら声をかけてきた。
 基礎練習の途中だった俺は、一瞬迷ったものの、ついていくことを選んだ。
(そう言えば退院してから外出してないや……ずっと接骨院か地下室、寝るために部屋に戻る生活だった)
 指摘されてはじめて気づいたとたん、久しぶりに外に出たくなってしまった。
 車に乗り込み、たわいもない話を時々交わしながら走っていると、見覚えのある景色が車窓に映った。
「そう言えば響くんの家はこの近くだったね」
「はい。何だか懐かしいです」
 まだ実家を離れて間もないのに。
「ついでに寄っていこうか? 神音がいろいろ運んでくれたみたいだけど、響くんが要ると思うもの、まだ家に残ってるんじゃない?」
「あ……いえ」
 はじめは断ろうと思ったけれど、ふと思いついた物があって寄ってもらうことにした。
(場所、神音知らないだろうから)
 十八の誕生日にアレンさんからもらったシルバーネックレスだ。ライブで着た衣装は学生服と一緒に吊るしてあるからわかるだろうけれど、ネックレスだけは別の場所に保管している。
 説明するよりも自分で取りに行く方が早いと考えて、実家の手前で止めてもらって、実家に向かって歩いた。
 支えがなくても歩けるようにはなっていたけれど、まだ早くは歩けない。
 アレンさんを待たせているし、と気ばかり焦る。ようやく実家に辿りついて、外観を懐かしさに微笑みながら見渡す。
(あれ……居間の窓ガラス、テープが貼ってあるけど、割れたのかな)
 小さな庭の奥に、見慣れた窓枠が見えた。
 そこにひび割れたガラスが嵌まっていて、ガムテープで覆っている。
 眉を寄せて庭に向きを変えて、窓ガラスに近づいた。
 窓ガラスの手前にある花壇は、季節ごとに花を植えて、手入れしておいたはず。春が近づいて花も色が増え、ずいぶんにぎやかになっていたはずなのに、見渡す限りひとつも花がない。
(雑草も見当たらない……どういうこと?)
 疑問は深まるばかりだった。
 少し離れただけなのに、どうしてこうも荒れ果てているのだろう。
 両親や神音が暮らしている家なのに、まるで空き家みたいだ。
 変わりように気をとられて、人の話し声に気づくのが遅れた。
「……ね、やっぱり……でしょう?」
 聞きなれた母親の声がかすかに聞こえて、居間の方へ視線を戻した。
 耳を済ませると、もうひとり別の声が聞こえた。
「あの子のせいね、全部」
(……おばあさん……?)
 母方の祖母は祖父と死に分かれてから、勝手気ままに旅をして暮らしているはずだ。
 帰ってきたのかな、と軽く考えた俺に、祖母の憎悪に満ちた声が突き刺さった。
「響がいるからこんな目に遭うんだよ。あの子は疫病神だね」
「…………」
 父方の祖父母と違って、あまり顔を合わせなかった祖母は、記憶の中でいつも俺を蔑んだ目で見る人だった。
 数年会っていなかったのに、いまも変わっていないのかとため息をつく。
「こんな事態になったのも、響が我が儘言っているからだろ?」
「ええ、そう。まったく……神音と一緒のことをやろうとしたって、どうせ敵いやしないのに。目立とうとするから、変にこじれるのよ。いい迷惑だわ」
「はっ……家にいても厄介だったが、出て行っても厄介な子だね。いっそくたばってくれた方がせいせいするわ」
「本当に……神音がかわいそう」
 急に視界が渦を巻いた。
 立っていられなくて、庭に片膝をつく。
 耳は塞き止めるものもなく、声を拾い集める。
「おとなしくしていればいいのって言ったのに、あの子、歌いたいって。他所様の家に転がり込んでまで。こっちはガラスは割られ、ネズミの死骸は置かれて。庭に除草剤を巻かれて、もう散々だってのに」
「昔っから変わらないねぇ。どうにかして注目されようとして。指を自分で折るなんて、正気じゃないと思ったもんだ」
 祖母の嘲笑混じりの台詞に、ドクン、と心臓が変に脈打った。
 包帯を巻いた左手を無意識に見下ろす。
(……昔……指を折る……)
 何か忘れていた、思い出したくない何かが、もぞもぞと胸の底で身動ぎする。
「今度は階段を突き落とされたって騒いで、入院までしたのよ。本当にどこまで迷惑をかければ気が済むのかしら」
「あぁ、あ~ぁ……考えるだけで胸やけしてきたわ。あれのことは、もう聞きたくもないっ」
 吐き捨てるように祖母が言い、母親もそうねと同意している。
(これが、俺の家族……)
 眩暈が治まらない。
 呼吸が浅く早くなってきて、全身に汗が噴き出してくる。
 ここから離れたいと強く願うのに、体はまるで石になったみたいに動かない。
 いままで俺は何を見てきたんだろう。
 神音の方が優先されてはいたけれど、母親は俺もちゃんと見てくれていると思っていた。
(……もう、帰れない)
 いやがらせがなくなったとしても、何も聞かなかった顔で戻ることは、もう出来ない。
 必死に目を逸らし、口を閉ざして逃げてきた現実を見てしまったから。
 歯を食いしばって、重く強張った体を動かして立ち上がる。
 出来るだけ音を立てないように玄関へ戻り、戸を開けて廊下を通り過ぎ、階段を上った。
 目を閉じても部屋まで歩いていけるほど、体に馴染んでいる家のはずなのに、家の方が俺を拒絶しているようによそよそしい。
 神音と共用の部屋に入り、目当てのネックレスだけを握りしめ、他には目もくれず部屋を出る。
 居間にいる母親たちの声が聞こえた気がしたけれど、もう声の中身を認識したくなかった。
(聞くな、何も感じるな……耐えるんだ、いまはッ)
 歯を食いしばって、そればかりをくり返し自分自身に言い聞かせ、なめらかに動かない足を懸命に前に出した。
 気の遠くなるような時間をかけて、ようやく玄関に辿り着く。まるで呪いのように聞こえる声を戸を閉めて遮った。
(……疲れた……)
 耳の奥でまだ母と祖母の呪詛が囁かれ続けている。もう聞こえないはずなのに。
 風が一筋通り抜けた。
 毎日いやがらせ封書が落ちていた玄関先を見下ろし立ち尽くす。
 風に堰きとめていた力を押し流されたかのようだった。どっと感情があふれだして、気が狂いそうな暴力的な衝動が体内を暴れ回りはじめた。
(く、るしい……っ)
 口を開いたら叫びだしそうだ。置いてきた亡霊に気づかれたくなくて、体を抱きしめその場にうずくまる。
「あれ、帰ってきてたの? 響……どうしたの!」
「……か、のん?」
 片割れの声が最後は驚きに掠れていた。
 どうにか顔を上げると、神音が目を見開いて唇だけで響と声を放った。
「……立てる? アレンが一緒に来ているんでしょう。ゆっくりでいいから……戻ろう?」
 しばらくして目を閉じ、心の中で何か区切りをつけたらしい神音が手を差し出してきた。
いつまでもこうしていてもしょうがない。ようやくそう思えるようになっていた俺はその手を貸りて、立ち上がり歩き出した。
 前へ足を動かすたびに、家が遠ざかる。
 門をくぐり抜けて、一度だけ振り返った。
「…………」
「……行こう、響。アレンが、待ってる」
「……うん」
 見慣れた家が他人の顔で俺たちを見送っていた。
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