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中庭の主

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 その日は、部屋の中で採取した薬草の仕分けに明け暮れ、次の日から早速調合に入った。
 ナティスに課された仕事が何も無く、閉じ籠もっているロイトに会うには、まだまだ情報が足りない事もあって、時間だけは有り余っていたからだ。

 リファナに教えて貰った治療薬の大半は作ったことがあったので、傷薬や熱冷まし、解毒剤といった使い勝手が良さそうで減りの早そうな物を中心に調合しつつ、所謂万能薬や回復薬と呼ばれる難易度の高い調合も、メモを参考にいくつか試作してみる。

 リファナに教えて貰った事はあっても、今まで一度も自分で調合したことのない治療薬の大半は、本来魔力を込めることで安定するという類いの物ばかりだ。
 魔力を持たない人間であるナティスには、どうしても完成させられない物を、どうしてリファナが教えてくれたのかは不思議だったけれど、協力してくれる魔族がいれば完成させられる可能性はなくはない。

 リファナはいつも人間の言葉で話してくれていたけれど、恐らくナティスが魔族の言葉を理解して会話できることに気付いていて、いつか必要になった時の可能性を広げておいてくれたのかも知れない。

 今のナティスに時間はたっぷりある。
 魔力を込める過程は、ほとんどが調合の最後に行うべきものだったから、普通の治療薬の調合と同じように作成しておいて、協力を仰げる魔族を探してみるのも良い。
 治療薬と相性が良いのは、大地や水の魔力だと教わっていた。

 マヤタは、火の魔力を得意とする使い手だったはずだ。
 頼めば協力はしてくれるだろうけれど、ナティス自身がどの位の魔力を込めれば、治療薬として安定させられるか等の細かい部分がわからないので、難しいかもしれない。
 今の所、ナティスが協力を仰げそうな魔族の候補は、マヤタの他となるとフォーグだけだ。

(フォーグさんの魔力属性は、何かしら……?)

 そう考えながら窓の外をふと見ると、輝く太陽が部屋の中までも照らし始めていた。
 久しぶりに沢山の薬草が手に入ってテンションが上がっていた事もあり、仮眠を取りつつではあったものの、夢中になって様々な調合を試していた為、いつの間にか三日ほどの日数が経ってしまっている。

 大まかな整備は終わっているとは言え、薬草園の管理をさせて欲しいと言っておきながら、いきなり三日間も放置してしまった事に気付いて、ナティスは慌てて部屋を飛び出した。

 人間の国とは昼夜逆転の魔族の国では、夕方から活動が開始されて、昼前には休息の時間になる。
 ティアの時の様に、身体が慣れなくて倒れてしまわないように、魔王城に遣わされることが決まってからは、少しずつ休む時間と起きる時間をずらしておいたのだが、時間を忘れて集中してしまった三日の内にせっかく慣らしたその感覚も、狂ってしまったようだ。

 ナティスが部屋を出たのは、魔族達が休息に入る昼前の時間帯で、ロイトが動いていない為に元々人の少なかった魔王城内は、更にしんと静まりかえっていた。

(…………あれは?)

 ナティスの身体では、ほぼ初めて浴びる太陽の光が眩しくて、目を細めながら中庭に視線を向けると、太陽の光に照らされた芝生の上に、大きくて真っ白な物体が丸まっているのが見えた。
 ふわふわと風に揺れる丸みが気持ちよさそうで、思わず駆け寄って飛び込みたくなる気持ちを抑えながらそっと近付くと、大きくて真っ白な狼が身体を丸めてすやすやと眠っている。

 ティアとして魔王城に居た時は、この時間帯に中庭を訪れたことがなかったので知らなかったが、もしかしてこの場所は、丸まっている真っ白な狼の魔族の寝床なのだろうか。
 身体は普通の狼と比べて格段に大きかったけれど、くるんと丸まっている狼の姿からは恐ろしさが微塵も感じられなくて、むしろ可愛いとさえ思う。

 ゆっくりと近付いたナティスはそのまま隣に座って、眠る狼を起こさないように気をつけながら、そっとその身体を優しく撫でた。
 真っ白な狼は小さくぴくりと耳を動かしただけで、為すがままだ。

 狼は警戒心が強そうなイメージだったけれど、余程この場所が安全だと知っているのか、もしくはナティスが余りにも弱くて危険がないと判断されたのか、起きる気配はない。
 ふわふわとした手触りが気持ちよくて、ここ数日禄にベッドで休んでいなかったナティスは、ぽかぽかとした太陽の日差しを受けた芝生の上に座った心地良さと柔らかさ、そして何より真っ白な狼のもふもふの誘惑に勝てず、引き込まれるようにその柔らかな身体に身を委ねて目を閉じた。



******

「ティア、こんな所で寝ていたら風邪を引くよ」
「ん……ロイト様……?」
「皆の為に聖女の力を使ってくれるのは有り難いけれど、こんな所で眠ってしまうなんて、無理をしているんじゃないのか? ここの所、毎日だろう?」
「そんな事はありません。言葉は通じなくても、皆さんと仲良く出来るのが楽しいですし、少しでもお役に立ちたくて」
「そう……?」
「えぇ。それに眠ってしまったのは、疲れていたからじゃなくて……ここが余りにも気持ちよくて、つい」
「ははっ、そうか。随分ここでの生活に慣れたようで、何よりだ」
「……呆れてらっしゃいます?」
「いや。魔族の国に馴染んでくれて嬉しいよ。でもティアは体調を崩しやすいんだから、休むならやっぱりちゃんと部屋に戻って欲しいかな。部屋まで送ろう」
「私、身体が弱い訳ではないんですよ。ただ昼夜逆転の生活に慣れていなかっただけで、身体は丈夫な方なんですから」
「とてもそうは思えないけど……もしそうだとしても、今日はもう休んで。ね?」
「きゃ、ロイト様! 降ろして下さい、自分で歩けますから!」
「俺の大切な民達を癒やして下さる聖女様に、敬意を表しているだけだ」
「絶対面白がってますよね!?」

******



 暇を持て余していたティアが散歩の途中に訪れた中庭で、いつも怪我ばかりしていた子犬の魔族を見かねて、癒しの力を使った事がきっかけとなり、徐々に中庭が怪我をした魔族達の診療所になり始めた頃。
 ロイトが恐ろしい魔王ではなく、もしかしたら優しい人なのかもしれないとわかり始めて来た時期の、穏やかな日常。

 今は遠い昔の様に感じる日々が愛おしくて、目覚めたくない。
 そう頭の何処かで思っていると言う事は、これは夢なのだろう。

(もう少しだけ……)

 このままで居たいナティスの思いとは裏腹に、いつの間にか夕方になって日が落ちてしまったのかもしれない。
 部屋着のまま出て来てしまって肌寒さを感じ始めたのか、ぶるりと小さく震えた身体が覚醒を促した。
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