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偵察隊と聖女の護衛

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 残されたナティスが、飛び去ってしまったタオを追いかけるべきかどうか迷っていたら、残ったもう一人のタオの兄がぺこりと頭を下げる。

『巻き込んで、すみません』
『いいえ。私は聖女ではありませんけど、タオ君とお友達なのは、本当なんです』
『タオは昔から、聖女様に憧れていて……』
『どうしてなのか、伺っても?』

 タオの兄達は、やけに聖女という存在について、詳しい様に思えた。
 それに「生贄の娘」という言葉は、正しくナティスの事を知っている様子だったし、「魔王城までの護衛任務」というのは、タオが大修道院からナティスの乗った馬車を見守ってくれていた事と、関係がありそうだった。
 タオが聖女に執着してる様子なのも、その辺りに理由があるのかも知れない。

 タオを追いかけてくれたのは身内であるし、魔王城にも詳しいだろう。
 走って行ったならまだしも、飛び立ったタオの行方を、不慣れなナティスが闇雲に探し回るよりもずっと、見つけられる可能性は高い。

 居場所に心当たりがありそうでもあったし、泣き出してしまいそうだったタオが気にはなるものの、今は兄に事情を聞いておいた方が良いような気がした。

『以前、魔王様には人間の恋人がいました』
『……はい。伺っています』
『それなら話は早い。その方は、この世界にたった一人の聖女と呼ばれるお方で、しかも魔族に対してもその力を使うことを躊躇しない優しさをお持ちでしたから、今ここに住んでいる者達は皆、少なからず聖女様にお世話になっていたのですよ』
『そう、なんですね』

 きっとティアが中庭で、勝手に開いていた診療所の事を言っているのだとわかったけれど、そこは流石に知っていますとも言えず、相槌を打つように頷く。
 タオの兄は、ナティスのそのぎこちなさに疑問を持った様子もなく、話を進めてくれた。

『ワタシ達の様な、動物に紛れ込める姿をした翼を持つ一族は、代々偵察隊という仕事で魔王様にお仕えしています。人間の世界に出向くことが多く、怪我を負う事も頻繁だったので、よく兄弟揃ってお世話になったものです』
『偵察……』

 そう言われてみると、確かに翼を持つ魔族達は、中庭をよく訪れていた。
 病気というより小さな怪我をしている事が多く、どうしてなのかと心配するティアに、いつもの事だから大した事は無いと理由は教えてくれなかったけれど、その任務は決して楽ではなかったのだろう。

 いくら人間より強く、魔力を持っている魔族だからといっても、偵察という任務上、攻撃を仕掛けられたとしても無闇に反撃して、戦いの火種になってしまう事は許されない立場なのかもしれない。
 タオだって、無事に魔王城に戻って来ていたにも関わらず、ナティスが軽い気持ちで頼み事をしてしまったせいで、大怪我をさせてしまったのだ。

 あの傷が一方的なものだったのは、見ただけでわかった。
 きっとタオは矢を射られても、石を投げつけられても、仕返しをする事なく傷付いた身体で必死に戻ってきたのだろう。

 ロイトが和平を望んでいて停戦状態だった時でさえ、ティアの元へはいつも怪我をした魔族が集まって来ていたというのに、今の魔族と人間の緊迫した状況の中で言葉も通じない人間を守って欲しいだなんて、もし人間に見つかったらどうなるか少し考えれば、簡単に想像出来たはずだった。

 人間より魔族の方が身体能力が高いからといって、ナティスはタオに随分無責任な頼み事をしてしまった事実に、今更ながら気付かされる。

『タオは生まれた時から、そんな皆の話を聞いていたものだから、まるで物語のように聖女様に憧れているのです』
『タオ君が憧れる程、それだけ皆さんが聖女を慕ってくれていた事は、同じ人間として嬉しく思います』

 ナティスがにこりと笑顔を向けると、タオの兄は少し驚いた様子だったが、ティアを慕ってくれていたことは事実だったのだろう。こくりと頷いた。

『今回がタオの初任務だったのですが、危険な事だと理解するより前に、純粋に聖女様の護衛が出来ると喜んでいました。タオはまだ生まれて五年程で幼く、かつての魔王様と聖女様の関係や、その後の悲劇も知りません』
『タオ君は知らなくても、他の皆さんは知っているんですよね。それなのに、未だに生贄として一方的に魔王城に来る、聖女でもないただの人間を、今までずっと守ってくれていたのですか?』
『来てもすぐに逃がしてしまうのに、意味など無いのではと皆言っています。ですが、魔王様に捧げられる聖女だという名目上、途中で死なれるのも目覚めが悪いというのもわかります。何よりそれが魔王様のお望みですので、従うだけですが』

 この偵察隊という任務を担ってくれている鳥の魔族達の働きで、今まで魔王城に聖女として遣わされた乙女達が、全員無事に魔王城まで辿り着いていた事を知る。
 生贄として、罪も無い娘を護衛の一人も付けずに送り出す大修道院よりも、人間を嫌ってしまったはずのロイトが出した命や、事情を知っていて尚、危険を伴うその護衛の命を受け、守ってくれるこのタオの兄の様な魔族達の方が、よっぽど優しい。

 ナティスが魔族の言葉を話せるから、タオが気に入ってずっと付いてきてくれたのだと思っていたけれど、例えそれがなくても、タオはきっとナティスを聖女だと信じて守ってくれたのだろう。

『私が無事に辿り着けて、魔王様とお話する機会を得たのは、今まで皆さんが命をかけて守ってくれていたからなのですね。逃げてしまった子達の分も、感謝を。ありがとうございます』
『い、いえ。仕事ですから』

 人間であるナティスに、真っ直ぐにお礼を言われるとは思っていなかったのか、少し照れている様な表情にふわりと笑うと、タオの兄は何かに納得したように頷いた。

『変わった人間が、魔王様の客人として居着いたと噂には聞いていましたが、タオが貴方を聖女様だと信じたい気持ちが、わかるような気がします。貴方は聖女様に、少し似ている』
『そう、ですか……?』
『言葉が通じるからとか、そういう事では無く、種族の壁を壁だと思っていない様な所が』
『それは確かに、あるかもしれません』

 どこに行っても、「変わった」という形容詞が付けられてい様な気がするのは不思議だけれど、タオの兄がそれを好意的だと言ってくれているのはわかった。
 ナティスはティアとしてこの魔王城で暮らしていた記憶に加えて、幼い頃からずっと魔族の言葉が理解出来た事もあり、他の人間のように魔族の事を怖いと思ったり、敵だと認識したことはない。

 ティアの時は魔族の言葉を理解は出来なかったけれど、あの時は恐ろしいと聞いていたのとは全く違い、ロイト自身が最初に迎え入れてくれた事もあり、恐ろしさを感じる暇もなく皆がティアにくれた優しさを返していただけだ。

 だが一般的な人間の反応を良く知っている、偵察隊という任務をこなす魔族だからこそ、普通とは違う対応を見せるティアとナティスに、共通点を見いだしたのかもしれない。
 流石に姿形が全く違うので、同一人物だとは思わないだろうけれど。
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