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寝顔を見る事の出来る喜び
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「魔王様、少しお休みになられては如何ですか?」
「いや……だが……」
「夜明けの鐘の前には、起こしますから」
「…………」
そう言って、そっと髪に触れていた手をロイトの瞼の上に載せる。
邪魔だと振り払われるかとも思ったけれど、ロイトはそのまま素直に、ナティスへ身体を預ける事にしてくれたらしい。
大きく息を吐いたと思ったら、身体から力がすとんと抜けた。
ティアの部屋に居る期間は、ロイトはほとんど食事を取っていないという話だった。
ただティアの死を悼み、守れなかった自分を責め続ける日々。
今回はナティスという不確定因子が居た為に、例年とは違う行動を取っていた様だけれど、それでも基本的な部分は違わないだろう。
一日に一度だけ、果物を運ぶと教えてくれたフォーグは、暫く食べなくても死ぬ事はないと言っていたけれど、やはり普段よりやつれている様子なのは確かだし、体力が低下しているのも目に見えて明らかだった。
それなのに今日一日、ナティスに付き合って町中を巡った上に、緩やかだとは言えこの城下と城を眼前に望める丘まで、ハイキングめいた事にまで付き合ってくれたのだ。疲れていないはずがない。
かくいうナティスも、ロイトと一緒に居られる嬉しさでテンションが上がってる状況でなければ、間違いなく体力の限界を感じ始めていた。
疲れて眠るロイトを慰めながら、ゆっくりと魔王城と城下町の景色を眺める。
ロイトの疲労の原因が、魔王の責務によるものだけではなくなってしまった事が、そしてそれが過去の自分のせいである事が、少しだけ申し訳なくもなる。
けれどこうしている時間は、ティアが甘えることの下手なロイトとしたくても出来なかった、憧れであり至福の時間でもあった。
やがてゆっくりと寝息を立て始めたロイトの気配に、そっと瞼の上に置いていた手を外す。
結局、ティアには最後まで見せてくれる事のなかった、ロイトの穏やかな寝顔がそこにあった。
ナティスが信用されているだとか、甘えられる存在であるとか、そういう事ではないのは理解している。
魔力も力も持たない、ただの人間の小娘に何が出来る訳でもない事を、ただ疲れ果てたたロイトが知っているだけの話だ。
だがそれが、ロイトにとってティアとナティスの違いである事もまた、間違いない。
ロイトはどんなに疲れていようが、傷付いていようが、ティアにはそう言った側面をほんの少しも見せようとはしなかった。
以前と違い、今は人間を憎んでいるだろうロイトから、どう足掻いても人間であるナティスが信用や信頼を勝ち取るのは、ティアの時よりもずっと難しいかもしれない。
けれど守られるばかりではなく、隣で支えられる存在になりたいという願いを叶える事に関しては、もしかしたら今のナティスの方が、可能性があるのかもしれなかった。
ロイトは魔王だ。いくら危険が無いと判断したとしても、疲れ果てていたのだとしても、敵だと見なし警戒している者の前で、目を閉じてしまう様な選択はしないと思う。
だからそれ位の、まだ信頼とも呼べない僅かな何かは、掴めていると思っても良いだろうか。
「いつも貴方は、私を甘やかしてばかりだったけれど……。本当は私が貴方を、ずっと甘やかしたかったの」
「……………………」
答えが返ってくる事はないとわかっていたからこそ、ティアとしての言葉を風に乗せた。
ティアはもうこの先、ロイトと新たな思い出を作る事は叶わない。
ティアはもう二度と、ロイトと会えないはずだった。
ロイトに、憎しみと悲しみという感情を与えてしまった事を知りながら、何も出来ないはずだった。
けれどティアはナティスとして生まれ変わり、今ここにこうして存在している。
ロイトの髪を、撫でられる場所に居る。
それは、とても幸運な事なのだ。
安らかなロイトの寝顔を見ていると、胸の辺りがぽかぽかとして来る。
そっと温かなその場所に存在する魔石の入った革袋を、服の上から握りしめた。
リファナに最後に強力な封印を掛けて貰ってから、すでに三ヶ月以上は経つ。
本当はそろそろこの身から、離しておいた方が良い事は分かっていた。
幼い頃、母が預かってくれていた時には、強いロイトの魔力を近くに感じる事はなく生活できていた。
だからきっと、ナティスの傍から離れればもし封印が解けたとしても、魔石から闇の魔力が噴き出す様な事にはならないのだろう。
誰かに預ける必要はなく、ただ自分が触れない場所に保管しておけば良いとわかっていても、それがロイトのくれた最後の贈り物だと知ってしまうと、なかなか手放す事が出来なかった。
「このお守りがあったから、私はここまでやって来れたんだもの」
不安も恐怖も、ナティスの抱える全ての負の感情から、ロイトの魔石は守ってくれた。
リファナに力を封印して貰ってからは、最初に母から受け取ったときのような溢れんばかりにナティスの周りを守るような力を感じる事はなかったけれど、それでも何かあればロイトが守ってくれるという安心感は、何にも勝る力だった。
(フェン君や、マヤタさんセイルさんに……相談してみる、とか?)
四魔天という、魔族の中でも特に強い力を持つ三人の力を借りれば、リファナの様に溢れ出すロイトの闇の魔力を抑えることが、出来るかもしれない。
魔王の扱う闇の魔力を封印するというのは、かなりの魔力が必要なはずだ。
今思えば、リファナの魔力はかなり強かったのだろう。
もしかしたら、リファナだけが持つ特殊能力だったのかもしれない。
だが三人の協力が得られれば、何か対策を講じる事は出来る様な気がした。
けれどそうするには、ナティスの持つこの魔石が何であるかという説明をする必要がある。
出会ったのが、ナティスが幼かった頃だという事もあるだろうけれど、リファナは何も聞かずに居てくれた。
けれど、全く気になっていなかったはずがない。
何度も尋ねようとする気配があったのを、ナティスがわざとらしくかわすのを見て、察してくれただけに他ならない。
拾って育ててくれたリファナとの間柄とは違う、しかも魔王に直接仕える四魔天の三人に対して、明らかにロイトにしか備わっていない闇の魔力の存在を目の前に、何も説明せず協力を仰ぐ事は難しい。
いくらナティスと仲良くしてくれていても、彼らの一番はロイトなのだ。
そこを避けては、通れないだろう。
そう考えると、三人に相談する為には、まず全てを明かす覚悟が必要だった。
「いや……だが……」
「夜明けの鐘の前には、起こしますから」
「…………」
そう言って、そっと髪に触れていた手をロイトの瞼の上に載せる。
邪魔だと振り払われるかとも思ったけれど、ロイトはそのまま素直に、ナティスへ身体を預ける事にしてくれたらしい。
大きく息を吐いたと思ったら、身体から力がすとんと抜けた。
ティアの部屋に居る期間は、ロイトはほとんど食事を取っていないという話だった。
ただティアの死を悼み、守れなかった自分を責め続ける日々。
今回はナティスという不確定因子が居た為に、例年とは違う行動を取っていた様だけれど、それでも基本的な部分は違わないだろう。
一日に一度だけ、果物を運ぶと教えてくれたフォーグは、暫く食べなくても死ぬ事はないと言っていたけれど、やはり普段よりやつれている様子なのは確かだし、体力が低下しているのも目に見えて明らかだった。
それなのに今日一日、ナティスに付き合って町中を巡った上に、緩やかだとは言えこの城下と城を眼前に望める丘まで、ハイキングめいた事にまで付き合ってくれたのだ。疲れていないはずがない。
かくいうナティスも、ロイトと一緒に居られる嬉しさでテンションが上がってる状況でなければ、間違いなく体力の限界を感じ始めていた。
疲れて眠るロイトを慰めながら、ゆっくりと魔王城と城下町の景色を眺める。
ロイトの疲労の原因が、魔王の責務によるものだけではなくなってしまった事が、そしてそれが過去の自分のせいである事が、少しだけ申し訳なくもなる。
けれどこうしている時間は、ティアが甘えることの下手なロイトとしたくても出来なかった、憧れであり至福の時間でもあった。
やがてゆっくりと寝息を立て始めたロイトの気配に、そっと瞼の上に置いていた手を外す。
結局、ティアには最後まで見せてくれる事のなかった、ロイトの穏やかな寝顔がそこにあった。
ナティスが信用されているだとか、甘えられる存在であるとか、そういう事ではないのは理解している。
魔力も力も持たない、ただの人間の小娘に何が出来る訳でもない事を、ただ疲れ果てたたロイトが知っているだけの話だ。
だがそれが、ロイトにとってティアとナティスの違いである事もまた、間違いない。
ロイトはどんなに疲れていようが、傷付いていようが、ティアにはそう言った側面をほんの少しも見せようとはしなかった。
以前と違い、今は人間を憎んでいるだろうロイトから、どう足掻いても人間であるナティスが信用や信頼を勝ち取るのは、ティアの時よりもずっと難しいかもしれない。
けれど守られるばかりではなく、隣で支えられる存在になりたいという願いを叶える事に関しては、もしかしたら今のナティスの方が、可能性があるのかもしれなかった。
ロイトは魔王だ。いくら危険が無いと判断したとしても、疲れ果てていたのだとしても、敵だと見なし警戒している者の前で、目を閉じてしまう様な選択はしないと思う。
だからそれ位の、まだ信頼とも呼べない僅かな何かは、掴めていると思っても良いだろうか。
「いつも貴方は、私を甘やかしてばかりだったけれど……。本当は私が貴方を、ずっと甘やかしたかったの」
「……………………」
答えが返ってくる事はないとわかっていたからこそ、ティアとしての言葉を風に乗せた。
ティアはもうこの先、ロイトと新たな思い出を作る事は叶わない。
ティアはもう二度と、ロイトと会えないはずだった。
ロイトに、憎しみと悲しみという感情を与えてしまった事を知りながら、何も出来ないはずだった。
けれどティアはナティスとして生まれ変わり、今ここにこうして存在している。
ロイトの髪を、撫でられる場所に居る。
それは、とても幸運な事なのだ。
安らかなロイトの寝顔を見ていると、胸の辺りがぽかぽかとして来る。
そっと温かなその場所に存在する魔石の入った革袋を、服の上から握りしめた。
リファナに最後に強力な封印を掛けて貰ってから、すでに三ヶ月以上は経つ。
本当はそろそろこの身から、離しておいた方が良い事は分かっていた。
幼い頃、母が預かってくれていた時には、強いロイトの魔力を近くに感じる事はなく生活できていた。
だからきっと、ナティスの傍から離れればもし封印が解けたとしても、魔石から闇の魔力が噴き出す様な事にはならないのだろう。
誰かに預ける必要はなく、ただ自分が触れない場所に保管しておけば良いとわかっていても、それがロイトのくれた最後の贈り物だと知ってしまうと、なかなか手放す事が出来なかった。
「このお守りがあったから、私はここまでやって来れたんだもの」
不安も恐怖も、ナティスの抱える全ての負の感情から、ロイトの魔石は守ってくれた。
リファナに力を封印して貰ってからは、最初に母から受け取ったときのような溢れんばかりにナティスの周りを守るような力を感じる事はなかったけれど、それでも何かあればロイトが守ってくれるという安心感は、何にも勝る力だった。
(フェン君や、マヤタさんセイルさんに……相談してみる、とか?)
四魔天という、魔族の中でも特に強い力を持つ三人の力を借りれば、リファナの様に溢れ出すロイトの闇の魔力を抑えることが、出来るかもしれない。
魔王の扱う闇の魔力を封印するというのは、かなりの魔力が必要なはずだ。
今思えば、リファナの魔力はかなり強かったのだろう。
もしかしたら、リファナだけが持つ特殊能力だったのかもしれない。
だが三人の協力が得られれば、何か対策を講じる事は出来る様な気がした。
けれどそうするには、ナティスの持つこの魔石が何であるかという説明をする必要がある。
出会ったのが、ナティスが幼かった頃だという事もあるだろうけれど、リファナは何も聞かずに居てくれた。
けれど、全く気になっていなかったはずがない。
何度も尋ねようとする気配があったのを、ナティスがわざとらしくかわすのを見て、察してくれただけに他ならない。
拾って育ててくれたリファナとの間柄とは違う、しかも魔王に直接仕える四魔天の三人に対して、明らかにロイトにしか備わっていない闇の魔力の存在を目の前に、何も説明せず協力を仰ぐ事は難しい。
いくらナティスと仲良くしてくれていても、彼らの一番はロイトなのだ。
そこを避けては、通れないだろう。
そう考えると、三人に相談する為には、まず全てを明かす覚悟が必要だった。
応援ありがとうございます!
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