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本物の聖女という脅威
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「治療薬の調合は、いつから?」
「幼い頃からです。私を育ててくれた方に教わって……」
「リファナ、か」
「はい」
どうやらセイルから、あの日の報告は上がっているらしい。
とすると、ロイトにも既にナティスがこれまでどう生きてきたのか、事情は知られていると考えて間違いないだろう。
隠す必要も無いので素直に頷くと、ロイトは「そうか」とだけ答えた。
ナティス自身が、ロイトに自分は聖女ではないと告げたのだから、人間の国に本物の聖女が存在する事は、簡単に予想出来た事だろう。
けれど例え予想されていたとしても、事実としてロイトに知られたくなかったという思いもある。
ロイトは、聖女だからティアを好きになってくれた訳ではないとわかってはいる。
それでもやはり、闇の魔力と対になる光の魔力を持つ存在はきっと大きく、惹かれ合わないとも限らない。
ましてやナティスは、今やティアではなく聖女でもない。
だからその唯一の要素を持つ存在が、とても脅威に思えてならないのだ。
ナティスは、今代の聖女を良く知っている。
彼女がとても良い人である事も、聖女として相応しい人物で、素敵な大人の女性だと承知している事こそが、不安要素として大きいのかもしれない。
今代の聖女はとても慈悲深いけれど、多くの人間達と同じ様に、魔王という存在を恐れている女性の一人だった。ロイトを好きになる可能性は、低い様に思う。
ロイトだって、聖女なら誰でも良い訳じゃない事だってわかっている。
それでも心配になってしまうのは、それだけナティスがロイトの事を好きで、そしてロイトがナティスの事を同じ様に想ってくれてはいない事を、理解しているからだ。
それに、ロイトの本当の優しい姿を知れば、魔族を恐れる今代の聖女だって、心惹かれるかもしれない。
(ロイトに他に好きな人が出来ていて幸せなら、それで良いって思ってたはずなのにな……)
確かに最初は、本当にそう思っていた。
ティアの最後の願いは、ロイトの幸せだったから。
でも傍に近付いてしまうと、今もまだティアだけを愛して一人でいると知ってしまうと、誰か他の人がロイトの隣に立つ事を想像するのが、怖くて仕方がない。
ナティスはもう、ティアではない。
だから、それを望める立場でない事だってわかっているのに、自分を選んで欲しいと願ってしまう気持ちを抑えられない。
せめてロイトの幸せを、邪魔だけはしない存在でいる努力をしなければ。
ロイトに過去を知られた事で、芋づる式にナティスが聖女という存在に対して、もやもやとした気持ちを抱いている間に、リファナの名前を出したロイトが、少し寂しそうな顔をしている事に気付く。
それを見て、セイルが「陛下は、まだ貴女の帰りを待っていますよ」とリファナに伝えていた事は、正しいのだと知る。
そして、ロイトがナティスのお守りには言及してこない所を見ると、セイルはその存在については報告しなかったのだろう。
薬草園でリファナと話していた時も、そして事情を語ったその後も、セイルは一番気になっていたはずの、リファナとナティスを繋げた直接的な存在であるお守りの存在や、それを封印するに至る事情については、追求しないでいてくれていた。
確実な情報がない状態で報告することを良しとしなかったのか、それとも隠しておきたい事を察して黙っていてくれる判断をしたのかはわからないけれど、ロイトにナティスの封印されたお守りについては、伝わっていない様子だった。
「その頃から、今のような効果が出ていたのか?」
「いえ、良く効くとは言って貰えていましたが、即効性が確認された事はなかったです」
「となると、こちらに来てから何か別の要因が加わった可能性がある、と言う事か……」
「人間と魔族の大きな差は、やはり魔力だと思うので、何か関係があるのではと考えているのですけど」
ナティスが考えていた原因の一つを提示すると、ロイトは少し考えてから、もう一つ質問を重ねた。
「リファナは、お前の作った治療薬を試してみた事はなかったのか?」
「出来を見て貰うのに何度かは……あ、でもリファナさんには、こちらの皆さんの様な反応は出なかったかも」
治療薬を必要としている状態ではなく、単に正しく調合できているかどうかの確認だけというのもあったので、全量を使って貰った訳ではない。
その為に即効性が確認しにくかったのかもしれないとも思うけれど、リファナが確かめた際に、その効果に対して不自然さを感じていた事は一度もなかった。
ナティスの調合する治療薬は、全てリファナから教えて貰った物だ。何か少しでも違うと感じれば、すぐにわかるだろう。
となると、ナティスの作った物とリファナの作った物に、差はほとんどなかったのだと考えられる。
ハイドンで調合していた物と、魔王城に来てから調合した物の差は、受け手にあると思っていたけれど、四魔天の中でも魔力が多いと聞くリファナに何も反応が見られなかったことを考えると、どうやらそれだけではないらしい。
「ふむ……」
「魔王さ、ま……? っ、ぁ……んンっ!?」
ロイトは僅かに思案している表情を見せた後、ナティスの腕を掴んだまま急にぐっと背を伸ばした。
引っ張られる感覚はなかったけれど、少し傾いたナティスの唇にロイトのそれが重なっていると気付いたのは、突然目の前に影が差してから数秒経ってからの事だ。
くちゅりと小さな音を立てて、ロイトの舌がナティスの口内を蹂躙する。
(え? キス……されてる?)
話の流れからは、そんな雰囲気は全くもってなかったので、ロイトの突然の行動に驚きの方が強い。
応える余裕はなかったし、その目的もわからなかったけれど、ナティスの胸はトクンと大きく鼓動を打った。
理由も聞かされないまま、きっと愛を交わす手段でさえないその強引な行為を、嬉しいと思ってしまう盲目さへの危険性を自覚しながらも、その気持ちに逆らうことが出来ない。
それはロイトのする事が、ナティスに嫌悪感を抱かせるものであるはずがないと、知ってしまっているから。
身を任せてしまっても大丈夫だという、確信があるからというのも大きい。
舌を絡め合う濃厚な口付けに、ナティスが蕩けきってしまう直前に、ゆっくりと唇が離れていく。
ぺろりと自身の舌で唇を舐めながら、ロイトは再びナティスの中の魔力を探る様子を見せた。
「幼い頃からです。私を育ててくれた方に教わって……」
「リファナ、か」
「はい」
どうやらセイルから、あの日の報告は上がっているらしい。
とすると、ロイトにも既にナティスがこれまでどう生きてきたのか、事情は知られていると考えて間違いないだろう。
隠す必要も無いので素直に頷くと、ロイトは「そうか」とだけ答えた。
ナティス自身が、ロイトに自分は聖女ではないと告げたのだから、人間の国に本物の聖女が存在する事は、簡単に予想出来た事だろう。
けれど例え予想されていたとしても、事実としてロイトに知られたくなかったという思いもある。
ロイトは、聖女だからティアを好きになってくれた訳ではないとわかってはいる。
それでもやはり、闇の魔力と対になる光の魔力を持つ存在はきっと大きく、惹かれ合わないとも限らない。
ましてやナティスは、今やティアではなく聖女でもない。
だからその唯一の要素を持つ存在が、とても脅威に思えてならないのだ。
ナティスは、今代の聖女を良く知っている。
彼女がとても良い人である事も、聖女として相応しい人物で、素敵な大人の女性だと承知している事こそが、不安要素として大きいのかもしれない。
今代の聖女はとても慈悲深いけれど、多くの人間達と同じ様に、魔王という存在を恐れている女性の一人だった。ロイトを好きになる可能性は、低い様に思う。
ロイトだって、聖女なら誰でも良い訳じゃない事だってわかっている。
それでも心配になってしまうのは、それだけナティスがロイトの事を好きで、そしてロイトがナティスの事を同じ様に想ってくれてはいない事を、理解しているからだ。
それに、ロイトの本当の優しい姿を知れば、魔族を恐れる今代の聖女だって、心惹かれるかもしれない。
(ロイトに他に好きな人が出来ていて幸せなら、それで良いって思ってたはずなのにな……)
確かに最初は、本当にそう思っていた。
ティアの最後の願いは、ロイトの幸せだったから。
でも傍に近付いてしまうと、今もまだティアだけを愛して一人でいると知ってしまうと、誰か他の人がロイトの隣に立つ事を想像するのが、怖くて仕方がない。
ナティスはもう、ティアではない。
だから、それを望める立場でない事だってわかっているのに、自分を選んで欲しいと願ってしまう気持ちを抑えられない。
せめてロイトの幸せを、邪魔だけはしない存在でいる努力をしなければ。
ロイトに過去を知られた事で、芋づる式にナティスが聖女という存在に対して、もやもやとした気持ちを抱いている間に、リファナの名前を出したロイトが、少し寂しそうな顔をしている事に気付く。
それを見て、セイルが「陛下は、まだ貴女の帰りを待っていますよ」とリファナに伝えていた事は、正しいのだと知る。
そして、ロイトがナティスのお守りには言及してこない所を見ると、セイルはその存在については報告しなかったのだろう。
薬草園でリファナと話していた時も、そして事情を語ったその後も、セイルは一番気になっていたはずの、リファナとナティスを繋げた直接的な存在であるお守りの存在や、それを封印するに至る事情については、追求しないでいてくれていた。
確実な情報がない状態で報告することを良しとしなかったのか、それとも隠しておきたい事を察して黙っていてくれる判断をしたのかはわからないけれど、ロイトにナティスの封印されたお守りについては、伝わっていない様子だった。
「その頃から、今のような効果が出ていたのか?」
「いえ、良く効くとは言って貰えていましたが、即効性が確認された事はなかったです」
「となると、こちらに来てから何か別の要因が加わった可能性がある、と言う事か……」
「人間と魔族の大きな差は、やはり魔力だと思うので、何か関係があるのではと考えているのですけど」
ナティスが考えていた原因の一つを提示すると、ロイトは少し考えてから、もう一つ質問を重ねた。
「リファナは、お前の作った治療薬を試してみた事はなかったのか?」
「出来を見て貰うのに何度かは……あ、でもリファナさんには、こちらの皆さんの様な反応は出なかったかも」
治療薬を必要としている状態ではなく、単に正しく調合できているかどうかの確認だけというのもあったので、全量を使って貰った訳ではない。
その為に即効性が確認しにくかったのかもしれないとも思うけれど、リファナが確かめた際に、その効果に対して不自然さを感じていた事は一度もなかった。
ナティスの調合する治療薬は、全てリファナから教えて貰った物だ。何か少しでも違うと感じれば、すぐにわかるだろう。
となると、ナティスの作った物とリファナの作った物に、差はほとんどなかったのだと考えられる。
ハイドンで調合していた物と、魔王城に来てから調合した物の差は、受け手にあると思っていたけれど、四魔天の中でも魔力が多いと聞くリファナに何も反応が見られなかったことを考えると、どうやらそれだけではないらしい。
「ふむ……」
「魔王さ、ま……? っ、ぁ……んンっ!?」
ロイトは僅かに思案している表情を見せた後、ナティスの腕を掴んだまま急にぐっと背を伸ばした。
引っ張られる感覚はなかったけれど、少し傾いたナティスの唇にロイトのそれが重なっていると気付いたのは、突然目の前に影が差してから数秒経ってからの事だ。
くちゅりと小さな音を立てて、ロイトの舌がナティスの口内を蹂躙する。
(え? キス……されてる?)
話の流れからは、そんな雰囲気は全くもってなかったので、ロイトの突然の行動に驚きの方が強い。
応える余裕はなかったし、その目的もわからなかったけれど、ナティスの胸はトクンと大きく鼓動を打った。
理由も聞かされないまま、きっと愛を交わす手段でさえないその強引な行為を、嬉しいと思ってしまう盲目さへの危険性を自覚しながらも、その気持ちに逆らうことが出来ない。
それはロイトのする事が、ナティスに嫌悪感を抱かせるものであるはずがないと、知ってしまっているから。
身を任せてしまっても大丈夫だという、確信があるからというのも大きい。
舌を絡め合う濃厚な口付けに、ナティスが蕩けきってしまう直前に、ゆっくりと唇が離れていく。
ぺろりと自身の舌で唇を舐めながら、ロイトは再びナティスの中の魔力を探る様子を見せた。
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