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魔王様と聖女様

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「実はここからが、我々からの本当の贈り物です。お二人とも、どうかお手を前へ」

 人間である聖女だけでなく、リファナを含む四魔天の全員が、ヴァルターの後ろに控えているという状況に、ロイトも戸惑いを隠せないでいる。
 ヴァルターに付き従うという様子ではないものの、ロイトに詳細を告げないまま、四魔天達がヴァルターに協力をしている事が、明らかだったからだ。

 魔王の側近である四魔天が、勇者を認めて場を任せている図にも見える。
 魔族と人間が認め合っているこの状況自体は、とても素晴らしい事ではあるはずだ。
 何を成そうとしているのかはわからなくても、それがロイトとナティスの幸せを願っての行動だという事だけはわかるので、不安もない。

 唯一の懸案材料は、ヴァルターが主導しているという点だった。
 ヴァルターは、突然突拍子もない行動に出る事が、ままある。
 本人からすれば、色々と考えた末の事なのかも知れないし、良い方向に進むことも多いので、結果的には丸く収まる事も多いのだけれど。

 大概の場合において、巻き込まれる方に心の安寧は少ない。
 つまりは、何が始まろうとしているのか、全く予想が付かなくて落ち着かないといった所が、正しい表現だろうか。
 だが、何をするのかはっきりと明言しないものの、ロイトとナティスへの贈り物をしたいのだと目的を言葉にしてくれていた。疑う材料は、何もない。

 ロイトと顔を見合わせながら、ヴァルターの言葉に導かれる様に、たった今贈られたばかりの腕輪が嵌まった手をそれぞれ持ち上げて、前へ差し出す。
 再び目の前で「∞」の形を作った白金の輝きに、ほわりと胸が温かくなった。

 二人の素直な行動に感謝する様に、ヴァルターが深々と腰を折って頭を下げ、ロイトとナティスの正面の座を後ろに控える五人に譲る為なのか、数歩横に捌ける。
 その行動に続いて、ヴァルターに促されて小さく頷き、一人ロイトとナティスの正面へと進み出て来たのは、今代の聖女だ。

 ヴァルターが、母とリファナ以外に聖女をも連れて魔王城を再訪した時には、とても驚いた。
 ナティスが大神官と言葉を交わし約束を取り付けた事で、ナティスが偽物の聖女だと言う事は、少なくとも大神官には完全にバレてしまっていた。

 元々、生贄として魔王に捧げる聖女が、本物かそうでないかは大神官にとって些細な事だったのだろう。
 けれど、偽物だと見抜かれてしまった事で、ハイドンに居る聖女へと再び捜索の手が伸びたりしていたらどうしようというのが、懸案事項の一つだった。
 ヴァルターは、ナティスの抱えていたそんな心配を見抜いて、魔王城まで連れて来てくれたのかも知れない。

 今代の聖女が、今日までハイドンで元気に暮らしていたのだとわかって、現れたその姿に驚くと共にとても安堵した。
 と同時に、ほんの少しだけロイトと今代の聖女が顔を合せる事に、不安が過ぎったのも事実だ。

 自分の身代わりとして、大修道院に連れて行かれたナティスの身を、ずっと案じてくれていたのだろう。
 ナティスの顔を見た瞬間、誰よりも先に膝から崩れ落ちた聖女を見た時、良かれと思って身代わりになったその行動が、それ程に彼女の心に負担をかけてしまっていたのだという事を思い知った。
 今代の聖女は、何も知らなかった先代の聖女であるティアよりも、ずっと聖女らしい清廉潔白な人だから。

 だからこそ、ロイトが聖女という存在に惹かれてしまうのではないかと、心配になってしまったのだ。
 魔王の闇の魔力と、聖女の光の魔力は対となる力と聞く。
 以前ロイトは、ティアの魔力を甘い匂いという形で感じ取っていたし、歴代の魔王達が、聖女を生贄として所望していたのは、紛れもない事実だ。
 それだけ聖女の存在というのは、魔王にとって甘い蜜の様なものなのかもしれない。

(もし、本能的に惹かれ合うのだとしたら……)

 一度そう考えてしまったら、どんどんと心にモヤがかかる。
 例えどんなに、ロイトから与えられる愛に嘘は無いとわかっていても、今代の聖女と会ってしまった途端、ロイトは心を奪われてしまうのではないかと、不安が過ぎってしまう。

 けれど、そんなナティスの心配を余所に「あぁ、お前が本物の聖女か」と、ロイトは聖女の事を本当に興味がなさそうに一瞥しただけだった。
 聖女の方も、魔族に対しての恐怖心の方が、勝ってしまったらしい。
 顔を上げることもままならず、ただ震えながら頭を下げて挨拶をするのが、精一杯の様子だった。

 魔族達が、ティアやナティスの事を「変わった聖女様」と表現していたのは、こういう所に由来するのだとようやく知る。
 ティアは、聖女という特殊な力を持っていたから。そしてナティスはティアの記憶があって、魔族が恐ろしい存在ではないと知っているから、魔族の中に居ても平気なのだと思っていた。
 けれど魔力を纏う魔族相手に恐れを感じない理由に、聖なる力を持つ持たないの能力は関係なかったのだ。

(拗ねてしまったロイトを宥める方が、大変だったのよね)

 心配が杞憂に終わり、明らかにほっとしてしまったナティスを見咎めたロイトが、「俺を、信じてくれていないのか」と拗ねてしまった表情を思い出して、思わず笑みが浮かぶ。
 あの瞬間、ナティスの抱えていた不安は、全て吹き飛ばされた。

 そうして笑い話に出来る位に、二人の間に何も生まれる気配はなく、魔王と今代聖女の初対面の時は過ぎた。
 そんな聖女だから、きっと四魔天に囲まれる事もロイトに近付くことも、恐ろしいと感じているに違いない。
 その証拠に、先程の母以上に聖女の動きはぎこちなく、今にも倒れてしまいそうだ。

 けれど、それでも逃げ出さずに、ロイトとナティスの目の前までやって来た聖女は、差し出された手に嵌まる腕輪に向けて、そっと両手をかざす。
 ヴァルターが聖女を連れて来た理由は、正にこの為だったのではないかと感じられた。
 身体は震えていても、聖女の瞳には必ずやり遂げなければという強い意志が宿っていたから。
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