転生したら断罪イベが終わっていたので、楽しい奴隷ライフを目指します!

架月はるか

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ひとつずつ、ちゃんと確認しましょう

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 無言のまま、二人で庭に出る。
 ダリスとハンナは、マルガリータの父親に引き止められていて付いては来てはいない様子だから、本当に二人きりだ。

 何となく、幼い頃大好きだった庭の端にあるマルガリータ専用の、ハーブが密集するゾーンに足が向かう。
 今のマルガリータには、ここに生息する香りの良い植物がハーブだとわかるけれど、幼いマルガリータにはそれがわかっていたはずもない。
 けれど、良い香りがする草を見つけたのはマルガリータ自身だったから、それが雑草だからと除草されてしまうのがどうしても嫌で、マルガリータの為に綺麗な庭へと整えてくれようとしていた母と庭師達に我が儘を言って、作って貰ったマルガリータの大切な場所。

 マルガリータが学園に入っても、奴隷に堕とされてオーゼンハイム伯爵家と縁が切れても、この場所をそのままにしておいてくれた事に感謝しかない。
 しかも、どことなく生えっぱなしの状態ではなく整えられているのは、庭師のテリーの仕事だろう。
 テリーはいつだって、笑ってマルガリータの望むようにしてくれた。
 庭師の彼からすれば、雑草を庭に生やしておく事自体が恐らく許せないことだろうに、マルガリータが居なくなっても世話までしてくれているその跡に、胸が温かくなる。

 ここは、ちょうど応接室の窓からは死角になる。
 幼い頃、オブシディアンと会っていた時には、「何故あんな場所で会うんだ」とぶつぶつ言いながら、使用人達が集まる様な裏手の場所から父と兄がこっそり見張っていたのを知っているから、それは確かだ。

 当主と跡継ぎが、揃って憩いの場を占領するから、使用人達が困っていたのも知っていた。
 だが応接室や執務室、その他の居住部屋から見える正面の場所に、雑草を生やしておく訳にはいかないだろう。
 考えた末の、ベストな場所がここだったのだろうから仕方ない。

 この時間なら兄は王宮へ出仕しているし、父が応接室に止まっている。
 今なら、この場所で会っている二人を覗く者は誰も居ない。
 辿り着いた場所で足を止めると、ふわりとミントの香りがして、マルガリータは思わずその場にしゃがみ込んだ。

「この場所は……マリーと、初めて会った……」

 マルガリータが座った事で、ちょうど出会った時と同じ様なシチュエーションになったからだろうか。
 エスコートをする事も忘れて、マルガリータのすぐ後ろを落ち込んだ様子で付いて来ていたディアンが、ふとそう呟いた。

(やっぱり、ディアンだったのね)

「ディアン、この場所を覚えていますか?」
「あぁ、もちろん。俺はここで、小さなマリーに出会って……恋をした」
「…………っ!」

 懐かしそうに、そして当たり前のようにさらりと告白を入れてきたディアンの言葉に息を飲んで、振り返る。
 そこには柔らかな笑顔で、「良い香りの葉っぱがあるの」と一生懸命訴えるマルガリータを見つめていた、在りし日のオブシディアンがそこに居た。

「今まで、黙っていて悪かった。色々と驚かせてしまった事も」
「本当です。一度ちゃんと、整理させて頂いても?」
「何でも聞いてくれ。君を巻き込んでしまったからには、責任は取る」
「巻き込んだ責任感だけで、妻にと望まれても困ります」
「それは違うから! ……あの」
「その事は、ひとまず後にしましょう。まずは、疑問を取り除いておきたいので」

 いきなり、きっぱりとプロポーズを断ろうとしたマルガリータに慌てて、言い訳を続けようとするディアンを制する。
 言葉を奪われたディアンは困り顔で、しかしマルガリータの言うことの方が正しいと判断したのか、大きく頷いた。
 現時点で、マルガリータへの隠し事が多くあり過ぎるのは、本人も自覚しているらしい。

 本来ならば奴隷であるマルガリータが、主人であるディアンを問い詰める状況は絶対におかしいのだけれど、その奴隷を妻にしたいと縁の切れている元実家に乗り込んでくるディアンの方がもっとおかしいので、この際気にしない事にしておく。
 地面に直接ぺたんと令嬢らしからぬ動作で座り込んで、ディアンを見上げる。
 「隣にどうぞ」と言いたいのがわかったのか、ディアンはその動作を咎めたりせず出会った頃のように、気さくにそのまま隣へ座ってくれた。

「懐かしいな……」

 ぽつりと呟いたのは、マルガリータとの出会いを思い出したからだろう。
 姿形は違うのに、マルガリータもディアンとのこの距離に、どこか安心している。
 ほっとした空気に落ち着いてしまわない内に、こほんとわざとらしく小さく息を漏らす事で、一気に聞きたい事を聞いてしまわなければと、気持ちを入れ直した。
 既に確認しなくても予想が付くことも多いけれど、やはり本人の口から真実を聞いておきたい。

「まずは、一つ目。幼い頃、私とお友達だったディアンは、今の貴方とは髪や瞳の色が違いました。本当にディアンだったのですか?」
「そうだ。あの頃はまだ魔力が未発達な事もあって、長時間染めることが出来ていたんだ。この国において、黒は不吉の象徴だから、親も隠すのに必死だった。王宮魔道士達によって、色々と方法も模索されていたしね。だけどマリーと距離を置き始めた頃……十八くらいの時だったかな、成長のスピードが合わなかったのか、自分で自分の魔力が抑えきれないほどに大きくなってしまって……一度魔力暴走を起こしてね。それ以来、どんな方法を使っても数十分程度しか染め隠す事が出来なくなった。公に人前に出ることも出来ず、君に別れを告げた次の日には、王宮から去る約束にもなっていて、外部との連絡が遮断されてしまったんだ。結果、君の前から突然消えてしまう事になってしまって……申し訳なかった」
「王宮……から」
「これも、君に隠していた事の一つだね、すまない。アンバーとのやり取りで気付いたとは思うが……俺の本名は、オブシディアン・ドゥ・ジェムスト。このジェムスト王国の第一王子だ。既に王位継承権は放棄しているし、病気療養という名目で王宮から追い出されている身だから、何の権力もないけど」
「オブシディアン……様」
「流石に家名は言えなかったが、友人であるマリーには初めて会った時に本名を名乗ったのだけれど……発音しにくかったみたいだし、ディアンで良いと言ったのは俺自身だったから、そのまま忘れられてしまった様だね」

 くすりと笑ったディアンの表情は可笑しそうであると同時に、少しだけ寂しそうにも見えて、すっかり忘れてしまっていた事に罪悪感を覚える。
 何故か夢の中で再度出会いを経験出来たから、実際には思い出しはしていたのだけれど、それはつい最近のことであって、今の今まで忘れていた事に違いは無い。

「それは……申し訳ございません」
「いや。むしろ身分だけじゃなく、大きすぎて溢れ出ていたはずの魔力に、他の者の様に遠巻きに見たり怯えたりもせず、誰も信用出来なくなっていた俺の初めての「友人」になってくれた小さな令嬢には、感謝しかない。あの頃から俺は、マルガリータをずっと守っていけるような男になりたいと思っていた」

 それなのに、自分の魔力を制御できなかったせいで王宮から追いやられ、何も手出しが出来ない間にマルガリータがアンバーの手によって奴隷にされたと知った時は、自分のふがいなさに怒りさえ覚えた。
 そう続けるディアンは本当に傷付いた表情をしていて、マルガリータと会わなくなって連絡が途絶えた後も、ずっと気に掛けてくれていたのだと知る。

 ディアンがそっと、胸ポケットから何かを取り出した。
 それは、一枚のミントの葉。
 押し花のようにして透明なしおりの中に大事に挟まれたそれは、マルガリータが最初にディアンに渡した「友情の証」だとわかった。

 泣きそうな顔で、けれどとても嬉しそうに抱きしめていたあの日。
 それ以降も、そのなんの変哲も無い葉を、本当に大切にしてくれていた事がわかる。
 まるで離れている間も、マルガリータ自身に重ねてくれていたかのように。

「では、奴隷の私を買った全身黒色で仮面を付けた、あの屋敷の旦那様もディアンだったのですね」
「そうだ。本当はもっと早く手を回して、奴隷として売りに出される前に助けたかったのだが……アンバーが、いやきっと一緒に居たあの令嬢だろうな……思いの外狡猾で動きが素早く、間に合わなかった。マルガリータを、随分恐ろしい目に遭わせてしまった」

(ディアンは、何も悪くない。むしろ、助け出してくれたヒーローなのに。お願いだから、そんな顔をしないで)

 悔しさと申し訳なさのにじむ表情で俯くディアンの手を、その手にあるミントのしおりごと包み込む様にそっと握って、小さく首を振ることでそう伝える。
 顔を上げたディアンは、「それでも助けたかったんだ」と言う様に力なく笑ったけれど、ぎゅっと力強く手を握り返して、マルガリータの気持ちを受け入れてくれた。

 つまり、黒仮面の男は庭師のディアンであり、この国の第一王子オブシディアンでもあって、そしてマルガリータの初恋の相手でもあった。そういう事だ。
 仮面の男とは、真奈美の記憶が戻った混乱の中で、奴隷として買われてから屋敷に連れて行かれるまでの間一緒に居ただけだったし、第一王子については、公式発表である「病弱の為に王位継承権を第二王子に譲って郊外で療養している」ものだと信じていた。
 幼い頃に友達になったオブシディアンの髪や瞳の色は黒ではなかったから、容姿としては強く印象に残ってはいなかったし、同一人物だなんて考えもしないのが普通……だろう。

(気付かなかった私が、鈍感な訳じゃ……ないはずよね)

 庭師のディアンと過ごした時間が一番長かったと言えるけれど、ふとした時に襲われた既視感は、黒仮面の男の仕草や幼い頃に遊んだオブシディアンとの思い出によるものだったのかもしれないと、今なら思う。
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