4 / 18
第三話
しおりを挟む
未来の夫との顔合わせが済んだ日の夕刻のこと。宮殿の内外で側近たちがあわただしく動いていた。レイラの姿がどこにも見当たらないのだ。あと少しで日が沈んでしまう薄明の空は、バーリカを始め家族や侍女たちの顔が青ざめていくのを一層強くした。
その頃、当の本人はというと、宮殿のそばにある山の中へと突き進んでいた。目は暗く沈んでおり、下唇には強く噛んでできた痕がいくつか見て取れる。もうすぐ日が沈み山の中は闇と化してしまうのに、そんなことはどうでもいいとでも言うかのようにレイラはただひたすらに足を動かしていた。彼女は自暴自棄になりかけていたのだ。
昨日、レイラにとって大切な場所でジェイルとキスを交わしていた相手はアイナだった。あの時間に二人があの場所にいたこと、そして垣間見えたジェイルの表情からレイラはバーリカたちによって仕組まれたことだと悟った。信じていたローネにも裏切られ、わざわざ目の前で愛しい人が自分ではない相手とキスを交わす瞬間を見させられたという事実は到底受け入れられることではなかった。
事実、レイラの予想は当たっていた。レイラを心配したローネはジェイルに手紙を届ける前に中身を確認し、レイラがジェイルと駆け落ちしようとしているのではないかと思い込んだのだ。ローネから報告を受けたバーリカはジェイルに対し、レイラがジェイルのことを完全に諦められるように目の前でアイナとキスしてほしいと命を下したのであった。
実際のところ、レイラにはジェイルと駆け落ちする気などさらさらなく、区切りを付けて前に進もうとしていただけだったのだが……。
結果的に不必要に心を傷つけられてしまったレイラは国のことなどもうどうでもよくなっていた。誰を信じればいいのかもわからない上に、今まで絶対的な味方だと慕っていたジェイルは遠い存在となってしまったのだ。大きな心の拠り所を失い、疲れてしまったレイラは呆然と山の中を歩いていた。
一人で山の中を歩くことなど当然初めてのことで、それが新鮮だったからか山の空気に頭が冷やされたからか、辺りが薄暗くなっていることに気付いたレイラは途端にこわくなった。立ち止まり、後ろを振り返る。随分と遠くまで来てしまった気がした彼女は冷静になった頭を素早く働かせ、来た道を引き返すことにした。
先ほどまでトボトボと歩いていたとは思えないような速さで駆け下りていく。焦る心が呼吸にも現れ、はぁはぁと荒く息をしながら手を振り足を動かす。
まだ暗くならないで、としきりに願いながら走るレイラであったが――――
「ばあ!!!!」
「きゃぁあ!!!!」
野太い叫び声を上げながらレイラの前に現れたのは薄汚い身なりの大きな男性だった。茂みに隠れていたらしい。その男はレイラの顔を拝むなり口元をにやりと緩め目を見開いた。
「こいつは驚いた。王女様じゃねぇか! おいおめーら!」
男がそう言うと、両脇の茂みの中からぞろぞろと四人の男性たちが出てきた。
「王女様ってまじかよ!?」
「なんで一人でいんだ?」
「のこのこと一人で山奥を歩くとは、とんだ間抜けなお嬢さんじゃねぇか」
がはははは、と豪快な笑い声がレイラの周りを取り囲んでいった。
その頃、当の本人はというと、宮殿のそばにある山の中へと突き進んでいた。目は暗く沈んでおり、下唇には強く噛んでできた痕がいくつか見て取れる。もうすぐ日が沈み山の中は闇と化してしまうのに、そんなことはどうでもいいとでも言うかのようにレイラはただひたすらに足を動かしていた。彼女は自暴自棄になりかけていたのだ。
昨日、レイラにとって大切な場所でジェイルとキスを交わしていた相手はアイナだった。あの時間に二人があの場所にいたこと、そして垣間見えたジェイルの表情からレイラはバーリカたちによって仕組まれたことだと悟った。信じていたローネにも裏切られ、わざわざ目の前で愛しい人が自分ではない相手とキスを交わす瞬間を見させられたという事実は到底受け入れられることではなかった。
事実、レイラの予想は当たっていた。レイラを心配したローネはジェイルに手紙を届ける前に中身を確認し、レイラがジェイルと駆け落ちしようとしているのではないかと思い込んだのだ。ローネから報告を受けたバーリカはジェイルに対し、レイラがジェイルのことを完全に諦められるように目の前でアイナとキスしてほしいと命を下したのであった。
実際のところ、レイラにはジェイルと駆け落ちする気などさらさらなく、区切りを付けて前に進もうとしていただけだったのだが……。
結果的に不必要に心を傷つけられてしまったレイラは国のことなどもうどうでもよくなっていた。誰を信じればいいのかもわからない上に、今まで絶対的な味方だと慕っていたジェイルは遠い存在となってしまったのだ。大きな心の拠り所を失い、疲れてしまったレイラは呆然と山の中を歩いていた。
一人で山の中を歩くことなど当然初めてのことで、それが新鮮だったからか山の空気に頭が冷やされたからか、辺りが薄暗くなっていることに気付いたレイラは途端にこわくなった。立ち止まり、後ろを振り返る。随分と遠くまで来てしまった気がした彼女は冷静になった頭を素早く働かせ、来た道を引き返すことにした。
先ほどまでトボトボと歩いていたとは思えないような速さで駆け下りていく。焦る心が呼吸にも現れ、はぁはぁと荒く息をしながら手を振り足を動かす。
まだ暗くならないで、としきりに願いながら走るレイラであったが――――
「ばあ!!!!」
「きゃぁあ!!!!」
野太い叫び声を上げながらレイラの前に現れたのは薄汚い身なりの大きな男性だった。茂みに隠れていたらしい。その男はレイラの顔を拝むなり口元をにやりと緩め目を見開いた。
「こいつは驚いた。王女様じゃねぇか! おいおめーら!」
男がそう言うと、両脇の茂みの中からぞろぞろと四人の男性たちが出てきた。
「王女様ってまじかよ!?」
「なんで一人でいんだ?」
「のこのこと一人で山奥を歩くとは、とんだ間抜けなお嬢さんじゃねぇか」
がはははは、と豪快な笑い声がレイラの周りを取り囲んでいった。
8
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と氷の騎士兄弟
飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。
彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。
クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。
悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜
涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください
「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」
呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。
その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。
希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。
アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。
自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。
そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。
アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が……
切ない→ハッピーエンドです
※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています
後日談追加しました
白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇
鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。
お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。
……少なくとも、リオナはそう信じていた。
ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。
距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。
「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」
どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。
“白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。
すれ違い、誤解、嫉妬。
そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。
「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」
そんなはずじゃなかったのに。
曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。
白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。
鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。
「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」
「……はい。私も、カイルと歩きたいです」
二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。
-
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~
白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…?
全7話です。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる