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第19話:ノヴァルナ包囲網
#09
しおりを挟む確かに不快な兄弟ではあったが、一過性の出来事であるのも確かだった。なんでも揉め事を大きくしてしまう、夫とは違うんだ…と、ノアは自分に言い聞かせて、ザリュードに「わかりました」と応じると、ガルバックに向き直る。
「ありがとうございます、ガルバックさん。仕方ないですが、ここは私達の方で、通常の入場申請を行います」
ところがザリュードの言ったのは、そんな簡単な話ではなかった。
「おい、何を聞いていた。俺は“帰んな”って、言ったんだ」
訝しげな表情で振り返るノア達に、ザリュードはガルバックを指さして、冷淡に言い放つ。
「“敗北者”のそいつが、揉め事を起こしたんだ。その連れのあんたらが、書庫に入れると思うか? 連帯責任ってやつだ」
「………!!」
唖然とするノア達を横目に、ザリュードはヒュドラン星人係員に告げた。
「一等民権限で命じる。こいつらの入場申請を受け付けるな。それでまだ文句を言うようなら、警察を呼べ」
これを聞いて、ガルバックは慌てずにはいられない。両腕を振り回し、興奮気味にザリュードとバジラードに訴える。
「それは駄目だ!…いや、駄目です! 彼女達は我が父の命の恩人、受けた恩はそれ以上のもので返すのがモルンゴールの掟。私のせいで迷惑をかける事など、あってはならない!! 彼女達はこの惑星の書庫を訪れるために、はるばる銀河皇国から来たのです!! それを入場も許さずに無下に帰らせるなど、我等モルンゴールの誇りに、傷がつくのではないですか!!」
ガルバックの必死の言葉を聞き、ザリュードは「モルンゴールの誇りとは、随分と大きな口を叩くじゃないか」と言いながら、考える眼をした。そして右手で拳を作り、ガルバックに見せつけて、とんでもない事を言い出す。
「それほどまで言うなら、実力で勝負するか? それもまた、モルンゴールの誇りだろう?」
ザリュードが言っているのは、いわゆる“私闘”による決着だった。現代では数は減ったものの、戦闘民族のモルンゴールの社会では、一般的な慣習であり、彼等の厳しい階級社会において唯一、下剋上が可能な手段であった。ただ一等民は、軍人であるのが普通で、当然、戦闘訓練全般を受けている。それに対し、五日前まで二等民であったガルバックは、父親こそ軍人だが、本人は民間人であるため、そのハンデは大きくなる。見た目からしてザリュードは、四肢のどのパーツもガルバックより、ひと周りは大きい。
「…わかりました。その話、乗りましょう」
ザリュードの提案に同意するガルバック。「ガルバックさん!」と引き留める声を発するノア。ザリュードとバジラードはガルバックが、同意するとは思っていなかったらしく、一瞬意外そうな顔をした。
周囲の反応に対してガルバックは、ノア達へ落ち着いた口調で応じる。
「心配ない。確かに俺は兵士じゃないが、モルンゴール人として武術の訓練は積んでいる」
戦闘民族のモルンゴール星人は一般市民までが、武闘訓練を日々行っていた。しかしそれでも軍人と一般市民では、訓練のレベルが違うのが当然である。ノア達を安心させようというガルバックの言葉だが、銀河皇国の武家階級であるノア達からすれば、ただの気休めにしか聞こえない。そこに問い質して来るザリュード。
「本気か? 手加減はせんぞ」
「無論です。私が勝てば、彼女達の書庫への入場を、許可して頂きたい。そしてもし私が敗北した時は、私の命をその代償として、彼女達の書庫への入場を―――」
ガルバックが私闘に、自分の命と引き換えの条件を出そうとすると、ザリュードは右手を掲げてそれを制した。
「お前の命など要らん。おまえが勝てなければ、そこのヒト族達は書庫へは入れない。それだけで充分だ」
ザリュードの言葉は、ガルバックの命に重きを置いた、温情を含んだ言葉のようにも聞こえる。だがこれを聞いて、歯を喰いしばるガルバックの反応が、そうではない事を表していた。モルンゴール星人の観点からすれば、ガルバックの覚悟に対するザリュードの言葉は、“おまえの命にそれほどの価値はない”という、侮辱的な意味合いであったからだ。
「どうする? 今なら勝負を、やめてやってもいいぞ」
再度尋ねるザリュードに、ガルバックは拳を硬く握り締めて応じた。
「…いいや。挑戦させていただく」
「ほう、いい度胸だ。わかった」
モルンゴール流の私闘による決着が決定すると、ザリュードは携帯端末から警察を呼ぶ。旧帝国時代からモルンゴールでは、私闘の審判役も警察の業務となっており、警官無き私闘による決着は、ただの傷害事件として検挙されるからだ。
やがて二十分ほどが経つと、装甲車のような警察車両が三台もやって来た。ノア達とザリュード、バジラードの全員で十四人にもなるからだ。どこへ向かうのか尋ねると、ヘメエイスの街の警察基地だという。ガルバックの話では、モルンゴールの警察は陸軍の一部であり、警察署も陸軍の基地と一体化しているそうだ。そして私闘用施設も備わっているらしい。
ノア達を収容したモルンゴールの警察車両は、ヘメエイスの街の中心部、浮遊書庫の真下の緑地を十字に区切る道路を、書庫連絡口から直進して反対側へ向かう。緑地を挟んだ反対側が、扇状の演習場を備えた比較的広大な、陸軍基地となっているのだ。
ガルバックや、ノア達を乗せた車列は演習場の脇を抜け、陸軍基地の一画にある警察署の前へ到着した。この惑星ヒュドラムの文化に合わせた、組成強化された石造りの建物だ。
彼等を迎えに来た警官の話では、この星でモルンゴール星人の私闘が行われるのは三年ぶりで、闘技訓練場の用意はすでに完了しているという事であった。銀河皇国との戦いに敗れておよそ三百年、軍も警察もそのほとんどが、準戦士階級の二等民で占められており、ザリュードやバジラードのような戦士階級の一等民は、今や数を減らしている。ただこれが今の旧モルンゴール帝国領で、彼等が優遇されている要因でもあった。
警察署へ到着した一行は警察署前で下車して、別棟にある闘技訓練場へ向かう。途中で視界に入った演習場には、格納庫の前にモルンゴール帝国のBSHO『マガツ』が三機と、銀河皇国の量産型BSIユニット『ミツルギ』の、親衛隊仕様機三機が並んで立っていた。
「皇国の『ミツルギ』が、こんなところに…」
意外な光景に思わず声に出すノア。彼女の素性を知らないバジラードが、これに応える。
「ああ。あの『ミツルギ』は性能比較のために、ここへ持ち込まれたものだ。俺と弟のバジラードも、あっちにいる『マガツ』で模擬戦闘には参加した。結果は圧勝だったぞ。まぁもっとも『ミツルギ』のコクピットが、モルンゴール人のサイズには狭すぎて、本来の性能が出ていたどうかは知らんがな…」
ザリュードとバジラードはBHSOパイロットであるようだが、モルンゴールの一等民であれば全てがそうであった。BSHOの開発思想は、パイロットの個人的資質と、戦闘における功績を、顕著とするためのものだったからだ。
「性能比較ですか?…あなた方は皇国に、再戦を挑むおつもりなのですか?」
ノアの問いに、ザリュードは興味深そうな眼で応じた。
「まさか。今の帝国議会は皇国の命令で、半数が二等民の議員にされて腑抜けだからな。根っこの部分を皇国に飼い慣らされて、そんな根性はないさ。それよりあんた、政治や軍事にも詳しいようだな。ヒト族なのは頂けないが、気に入ったぞ」
これに対してノアは「そりゃ、どーも」と、夫のノヴァルナがよくやる、適当な受け流しを口にして、闘技場へ入って行った………
▶#10につづく
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