銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第20話:薪の上に臥して苦き胆を嘗める

#04

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 重力子コントローラーを作動させて、嬉しそうに宙を舞い始めるランを眼で追ったノアの傍らで、モルンゴール星人の老女ベファルが口を開く。

「それじゃあ、あたしもまた色々と、読んでみようかねぇ」

 そう言って重力子コントローラーのスイッチを入れようとすると、両脇に立っていた、孫の兄弟ザリュードとバジラードが、困惑した声で止めに入る。

「だから婆ちゃん、病院は!?」

「何ために俺達が迎えに来たのか、分からないよ!」

 ノアやガルバック達に散々、高圧的な態度をとっていたザリュードとバジラードだったが、ベファルが現れて話を聞いてみたところ、二人共まだ成人前だという事が分かった。BSIユニットの模擬戦で、ノアとランのコンビに敗北し、ベファルに小言を山ほど喰らってからは、すっかり大人しくなっている。

「だからほっといたって、病院は逃げやしないって、言ってるだろ!」

 聞く耳を持たずにベファルは、ノアに話し掛けた。

「ヒトのお嬢ちゃん。それであんたも、次元物理学に興味があるんだね?」

「はい。大学生の頃に、専攻してましたので」

 そう応じたノアとベファルは、重力子コントローラーを起動。一緒に宙に浮かび上がって、書架へ向かう。ここに着くまでの間に、ノアとベファルはすっかり打ち解け合っていた。

「その時の学術意識がいまだ冷めずに、こんなモルンゴール帝国の中央部にまで、来たってのかい? 物好きって言うか…どえらいもんだねぇ」

「恐れ入ります」

 ノアは苦笑いしながら、“確かにそうかも知れない”…と思う。このシグシーマ銀河系で密かに蠢く、超空間ネゲントロピーコイルの謎を解くための旅だと言いながら、これはあくまでも夫のノヴァルナと自分の、二人の間だけで十年以上続いている問題であって、今のところ星大名のウォーダ家とは、全く関わり合いのない話であるからだ。無論、ベファルにも関係のない話である。

「あたしもねぇ―――」

 と、自分語りを始めるベファル。彼女の話では、徴兵制のあった旧モルンゴール帝国で、軍に入隊するまでの自分は、大学生の頃のノア同様、次元物理学の研究に没頭していたらしい。ただ軍に入隊してからはパイロット適正に目覚め、長期にわたり旧帝国内の反乱鎮圧に活躍。生涯現役でもおかしくはないモルンゴール軍において、軍を退役したのはほんの五年ほど前だという。

「…て事で、軍を辞めて気がついたらさ、あたしにゃもっと、本当に打ち込めるものが、別にあったんじゃないかって、気が付いてねぇ…」

「それがここに来る、理由なわけですか」

 ある種の感慨を持って、ノアはベファルの言葉に応じた。
 
 ノア自身、もしノヴァルナと出逢っていなければ、父ドゥ・ザン=サイドゥの政略結婚の道具として、前ミノネリラ宙域星大名のトキ家へ嫁いでいたはずで、次元物理学の研究を続けていられたかは分からない。
 そして結婚相手となるはずであった、リージュ=トキは数年前、亡命先であったアザン・グラン家が支配する、エテューゼ宙域で事故死したと聞く。

「最初は次元物理学の本をさ、ここの書庫で読み漁ってたんだけどさ。年寄りにはヒマな時間が多いだろ?…それで、他の書庫も回るようになってねぇ。今じゃすっかり、本の虫さね」

 ノアの言葉にベファルは苦笑いを浮かべて応じると、丁度その時、向こうから飛んで来る三人連れのヒュドラン星人の女性が、モルンゴール語で声を掛けて来た。

「あら、ベファルさん。病院に行かれるんじゃ、なかったの?」

 どうやら書庫仲間らしい三人組の言葉に、ベファルは陽気に答える。

「ちょいと珍しいお客が遊びに来たんで、案内をねぇ」

 確かに旧モルンゴール帝国の、このような所にいる銀河皇国のヒト種は、珍客以外の何物でもない。ノアと彼女に従うカレンガミノ姉妹に、物珍しそうな眼を向けた三人組と、ベファルは二言三言言葉を交わして別れた。

「それで?…次元物理学の、何を調べるつもりなんだい?」

 話を本筋に戻して、ベファルはノアに尋ねる。彼女達がいま居る第18浮遊書庫には、かつてのモルンゴール帝国が支配していた、全ての文明が有していた次元物理学の情報が、書籍に記して保管されている。それはある惑星文明がまだ未発達の頃に、単なる推測で書いたブラックホールの仕組みに関する、的外れな書籍から、今では消滅した文明が遺した、未知の理論の解説が書かれた書籍にまで、至っているのだ。

 ベファルの問いにノアは、銀河皇国の内情も充分に把握していないような、旧モルンゴール帝国のこの辺りなら、隠す事も無いだろうと思って告げた。

「はい。最近…“双極宇宙論”というものに出逢い、興味を持ちまして」

 するとその言葉を聞いたベファルは、意外な反応を見せる。

「ほぉ、“双極宇宙論”かい!」

 ベファルの口調に、ノアは「知っておられるのですか!?」と、眼を見開いて問い質した。頷いて返答するベファル。

「ああ。あたしが学生の頃に、結構話題になったテーマだったからね」

 これは思わぬ機会であった。単純に膨大な数の書籍から探し出すよりも、有益な情報を早く得られるかも知れないからだ。
 
 ベファルはさらに、ノアが調査している“双極宇宙論”に関し、重要なキーワードを口にする。

「“双極宇宙論”について調べるなら、コルベルガ星系のファンクード一族が書いた本がお勧めだね。あの一族は、次元物理学研究家の中でも、“双極宇宙論”を専門にしていたからね」

「そうなんですか!?」

 と驚くノア。当然であった。彼女達が遥々この惑星ヒュドラムまで来たのは、テン=カイが、銀河皇国のイズンミ宙域で手に入れたという、“双極宇宙論”の論文を執筆したのが、銀河皇国科学省で百年ほど前に研究員をしていた、イルーク星人女性のシグルス・レフ=ファンクードだったからだ。

 ただ腑に落ちない事もある。いまベファルが言った、“コルベルガ星系のファンクード一族”というのは初耳だ。これがどういう事なのかを尋ねると、ベファルの話では、どうやらファンクード一族はかつて分裂し、本家はよりモルンゴール帝国の中央部に近い、コルベルガ星系へ移住していたらしい。つまり母星イルークに残り、その後銀河皇国に移住したシグルスの家系は、分家だったのだろう。

“なるほど。研究が進んでいる本家から、最新の研究結果を手に入れて、自分の研究に反映させていたと考えられるわね…”

 ノアは自分達が見たシグルス女史の論文が、“1448年修正版”となっていた事を思い出した。そこへベファルが、さらなる情報を加える。

「コルベルガ星系は、ファンクード一族の出身のイルークと並んで、帝国の中でも科学技術が進んだ星系でね。歴史的にゃあ、あんたらの銀河皇国が版図を、今ほど大きく広げる前に、銀河中に科学調査船を飛ばしてたって話さ」

「そうですか…トータル的には、そのコルベルガ星系の方が、自分達の研究のためには都合が良くて、ファンクード一族は移住したのかも知れませんね」

「たぶんね。それじゃあ早速ファンクード一族や、コルベルガ星系の科学者が書いた本を、集めようじゃないか」

 ノアの言葉に応じたベファルは、従えていたザリュードとバジラードの兄弟に、読書テーブルと椅子のセット付き浮遊プレートを、借りて来るよう指示を出す。一方のノアも、先に自由に本を探させていた、テン=カイとP1-0号に通信を入れて、こちらに合流するよう指示を出した。

 するとそこへ、浮遊書庫内を飛びながら散策していた、ランもやって来る。ランはノアの通信の声が聞こえたらしく、「私にもお手伝いさせて下さい」と軽く頭を下げた。




▶#05につづく
 
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