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第14話:齟齬と軋轢
#09
しおりを挟むハノーヴァーの言う通り、前星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガは、上級貴族達との間に深い軋轢があった。清廉潔白なテルーザは、上級貴族達にとって扱い難い相手であって、自分と上級貴族ら星帥皇室の改革を行おうとする姿勢は、セッツァー達にとって、相容れないものだったのだ。
これもまた改革を望まない、権力や権威にしがみついた上級貴族達の弊害で、テルーザに非協力的であった事が、『アクレイド傭兵団』の第三階層や第四階層の下級兵士、そしてミョルジ家の一般兵がキヨウで民間人に対し暴行略奪を、ほしいままにさせてしまった。つまりノヴァルナがセッツァーを批判した通り、上級貴族達の権力や権威への固執の皺寄せが、一般市民を苦しめる結果となったのである。ただその事を指摘したのが、『アクレイド傭兵団』の最高幹部の一人であるのは、皮肉以外の何物でもない。
「これはまた、手厳しいですな」
口調とは裏腹の厳しい言葉の応酬に、セッツァーは苦笑いを浮かべた。しかしひどく動揺した反応の仕方ではない。庶民がどれだけ苦しんだか実情を知らないか、もしくは気にも留めていないか、だろう。
しかもセッツァーは、面の皮の厚さに自信でもあるのか、「さて―――」とあっさり話を切り替える。
「過去の話はさておき、本題にすべきは、これからの事でございましょう」
セッツァーの切り替えの早さは、モーリー家のフットバルトにとっては救いだったようで、ハノーヴァーとの批判の応酬が、口論に発展しなかったのを安堵する様子を見せた。軽く咳払いをしたフットバルトは、モーリー家代表としての言葉を、セッツァーに伝える。
「まずは当主ティルモルドゥより、ジョシュア陛下の星帥皇継承に対し、祝賀を奉らせて頂きます」
これを聞いてゆっくりと頷くセッツァー。その姿はまるで自分が星帥皇であるかのようにも見えた。
「つきましては先立って、オルトモス家との和議を取り計らって頂いた事に、深く感謝致しますと共に、生憎と交渉が不調に終わりましたる事、お詫び申し上げまする」
それに対してセッツァーは、「なんの。こちらこそ力及ばず、斬鬼の思いに絶えませぬ」と応じる。そこでフットバルトは、側近の一人に眼で合図をした。側近は持参したバッグから、二枚のデータパッドを取り出して、フットバルトへ手渡す。
データパッドは電源こそ入っているが、四つ並んだインジケーターランプの表示が、一つだけ緑色ではなく赤色になっている。NNLとオフラインになっているのだ。一枚目のデータパッドをセッツァーに差し出したフットバルトは、「まずはこちらをお納めください」と告げる。
差し出されたデータパッドを受け取りながら、セッツァーは「これは?」と尋ねる。画面を指先で触れると、かなりの桁の数字が表示された。フットバルトは微笑みを浮かべて告げる。
「些少ですが我等がモーリー家からの、『ゴーショ・ウルム』の修繕費…でございます」
「ほほう。これは大変有難いことですな」
そう言いながら眼を輝かせ、セッツァーは言葉を続ける。
「この『ゴーショ・ウルム』も戦乱の影響で、あちらこちらに修理の必要な箇所が増して来ております。しかしながらノヴァルナ公は、様々なる理由をつけ、費用をなかなか出しては下さりませぬ。はしたなく思われるやも知れませぬが、有難く頂戴致しまする」
セッツァーの言いようは、ノヴァルナが『ゴーショ・ウルム』の修復費を、出し渋っているような印象を与える。しかしこれは真っ赤な嘘であった、セッツァーが口にした“修理が必要な箇所”とは、実際は『ゴーショ・ウルム』内の庭園の整備や、保養施設の維持管理など、行政府としてのメイン機能とは、あまり関係がない箇所であり、そうであるがゆえにノヴァルナからすれば、そんなものは後回しでよい話なのだ。今はまず、キヨウの民衆が暮らす市街地の再建に、少しでも予算を注ぎ込む時だからである。しかしセッツァー達上級貴族は、自分達関係の施設が後回しにされるのが、ご不満であるらしい。
そこでフットバルトはもう一枚のデータパッドを差し出しながら、微笑みに混ぜ込んだ意味深さを濃くして言った。
「それから…こちらはセッツァー様と上級貴族の方々への、ほんのお菓子代にございますれば、どうぞご笑納くださいませ」
二枚目のデータパッドを手にしたセッツァーは、画面に映し出されている数字を見て、口元を大きく歪める。そこに表示された金額は、一枚目のデータパッドに表示されたものとほぼ同額であった。
NNLとオフラインになっている、データパッドに封入された電子通貨。それはつまり、現時点で使用する事は出来ない代わりに、NNLに記録されていない電子通貨という事になる。
そして上級貴族に分与されている、NNLシステム制御能力を使えば、この電子通貨は思いのままの名目で、使う事が可能となる。
「これはフットバルト殿も、なかなかの…ワルにございますなぁ」
セッツァーはニヤつきながら、賄賂の入った二枚のデータパッドを机の上で滑らせて、側近の一人へ渡す。これだけの金額を受け取った以上、多少の無理も聞く必要はあるだろう。フットバルトに向き直って問い掛ける。
「では、本題に移りましょうか………」
▶#10につづく
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