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第1話:大義の名のもとに
#14
しおりを挟む「ナグヤ艦隊より艦載機群発進。急速接近中!」
「ノヴァルナ殿下の『センクウNX』の識別信号を確認」
「敵艦隊動かず」
次々と入る報告に、総旗艦『レイギョウ』でディトモスに代わって、宇宙艦隊の指揮を執るソーン・ミ=ウォーダは、薄い眉の間に皺を寄せた。
「ノヴァルナめが早くも出て来ただと? カルル・ズールの時と同じと思うなよ」
ソーン・ミが口にしたのは昨年の秋、キオ・スー家がノヴァルナ艦隊とカルル・ズール変光星団で戦った時の事だった。その時もノヴァルナは最初からBSHOに乗って、戦場に飛び出して来ていたのだ。そして戦場へ出て来たノヴァルナを討ち取って、大功を挙げようと意気込んだ、キオ・スー軍のパイロット達の焦りによって戦場が混乱し、敗北の一因となったのである。
「こちらもBSI部隊を出せ。ただし、ノヴァルナ機ばかりに気を取られぬよう、各艦で徹底させろ」
あの時と同じ轍は踏まない…とソーン・ミは、自身の気も引き締めて命令を発した。イマーガラ家へ向かうイェルサス=トクルガルを奪おうとした作戦では、逆にノヴァルナに捕らえられ、カルル・ズール変光星団会戦ではヴァルツ=ウォーダの艦隊に追い回され、ここまで不名誉を重ねており、キオ・スー家にとっても自分にとっても、もはや後は無いからだ。
ソーン・ミの命令で、キオ・スー艦隊からも艦載機が一斉に発進する。それを確認しながら、ノヴァルナはシヴァ家からこの戦いに加わっている、キッツァート=ユーリスを通信で呼び出した。
「ウイザードゼロワンより、チャリオットゼロワン」
「こちらチャリオットゼロワン」
ウイザードゼロワンがノヴァルナ機の符牒で、チャリオットゼロワンがキッツァート機の符牒である。ノヴァルナより三つ年上で二十歳のキッツァートは、カーネギー=シヴァ姫がノヴァルナの下へ亡命して着た際、護衛艇に乗っていた若手パイロット達のリーダーだった。追撃して来たキオ・スー軍の攻撃艇と交戦していたのは彼等だ。
「ユーリス殿。調子はどうか?」
「ば、万全であります」
この戦いにキッツァートらシヴァ家の若手パイロット十二名は、ナグヤ軍のBSI『シデン』五機とASGUL『ルーン・ゴート』七機を借り受けて参加している。シヴァ家にはもっと年長のパイロットもいたのだが、キオ・スー軍侵攻の時、全員が戦死してしまっていたのだ。武家階級の『ム・シャー』は、およそ十五歳で初陣を飾るのが、この世界では一般的であった。しかしかつてはオ・ワーリ宙域の星大名として、『オーニン・ノーラ戦役』に参戦したシヴァ家も、ウォーダ家の庇護下に置かれるまでに没落した今では、実戦経験のないパイロットばかりだ。
「まずは肩の力を抜くこった。シミュレーターと大して変わんないさ」
気安い口調のノヴァルナに、キッツァートは緊張した面持ちで応じた。
「は…はい」
シヴァ家のパイロットで構成された『チャリオット中隊』の隊長を務める、キッツァートもこれが初陣となる。ノヴァルナより三つ年上ではあるが、むしろ十七歳にしては過度なほど実戦を繰り返して来た、ノヴァルナの戦歴とは雲泥の差があった。
無論、ノヴァルナが口にした“シミュレーターと大して変わらない”など、大嘘である。しかしそうでも言って、緊張を解きほぐすのが先決だ。なにぶん彼等はカーネギー姫から、“必ずやノヴァルナ様に同行して、シヴァ家としての戦果を挙げるように”と厳命されていたからである。
“ひでぇ話だ―――”
とノヴァルナは、キッツァートに同情を禁じ得ない。
初陣などというものは、まず生きて帰って来る事を良しとして、生還しただけでも褒めてやるレベルの話だ。稀に戦果を挙げて帰って来る猛者もいるが、そんなものは偶然の賜物である事がほとんどだった。ノヴァルナ自身、初陣で大戦果を挙げたものの、あれはイマーガラ家のセッサーラ=タンゲンが張った罠のためであり、本来なら防衛戦力も無い新興の植民星を、わざわざ基幹艦隊を繰り出して占領するだけの任務だったのだ。
“これだから、戦を知らねぇお姫様は…”
お姫様と言ってもそれはノアの事ではなく、シヴァ家のカーネギー姫の事であった。かつての主家、オ・ワーリ宙域の支配者の血筋だけあって淑女然としてはいるが、その内側に冷厳な部分を感じさせる。ナグヤ家に来て数日、ノアやマリーナとは上手くやっているようだが、一番人懐っこいはずのフェアンはまだ何となく気を許していない。その辺りが今回のキッツァートに対する、厳しい命令に繋がっているのであろうか。
「とにかく今は俺の中隊の後を、逸れずについて来てくれりゃいい」
通信機にそう告げたノヴァルナは操縦桿を引いて、なぜか『センクウNX』の飛行コースを右へと大きく変えていった………
▶#15につづく
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