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襲来
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まあ想像ついてるだろうが、俺の言う計画というのは色仕掛けで権力者をメロメロにさせて少しでもお近づきになろう計画である。平たく言えばハニートラップだ。
成人済男性の出世術としては、我ながらなんとも情けなく、気色悪い作戦だと思う。だが、ケツの青い俺の取り柄はこの顔と愛嬌くらいしかないのだ。組を護るため頭ひねって必死に考えた策がこれなので、許されたいものだ。
まあそんなことを嘆く暇は今は無く、先程、中年男相手にやっていたのをもう十数人分こなさなければならない算段なのだ。とにかく馬鹿広い会場をあっちこっち中腰で駆け回る。
だがしかし、単純作業と思うなかれ。俺なりに調査して、それぞれの好みに合わせて密かに態度を変えているのだ。清楚系が好みの男にはおずおずと、ギャルがタイプの男にはめいっぱいフレンドリーに。属性を完璧に演じ切る。どうだこのプロフェッショナル精神。しばしば『何やってんだ俺はよぉ…』という内なる自分が出現し、チベスナ顔で見つめてくが無視。
目星をつけていた参加者への挨拶兼接待が全員分終わったときはそれはもう達成感で胸がいっぱいになったものだ。
数をこなすごとに不機嫌になり、最終的には般若のようになっていた狗郎は、少し前に部屋を出ていったようだ。これまでの記憶からして、俺の挨拶回りが終わる頃合いを察して外で車を回すように連絡しているのだろう。全員分終わったとしても俺が帰ると言うなんて分からないのに。本当に勝手な奴だと思う。
気持ちは分からないが、まあ、狗郎には随分嫌な思いをさせてしまったらしい。俺がおっさんたちに密着する度顔色悪くなってたし。帰ったら少しくらいは甘やかせてやってもいいかもしれない。
しばらく自分の席でちびちび酒を嗜んでいたが、10分も経つと流石に少し不安になる。少し前に送った「どこ?」ってメッセも未読無視。
まさかどっかの組員に喧嘩ふっかけたりふっかけられたりしてねえだろうな。悪い考えが頭を過ぎる。
あいつはあいつで悪くない顔をしているし、身長も高いしで何かと目立ちがちなのだ。そして絡まれると正当防衛ですが何か?と言わんばかりに相手をフルボッコにするので本当に頭の螺子が外れていると思う。
一瞬でもそんな光景が思い浮かぶと居ても立っても居られなくなり、重い腰を上げて探しに出る。
「くろぉー。くーろーうー」
冷たい廊下をぺたぺたと歩き回って狗郎を探す。宴会会場を行き来する女中になんだなんだと見られて少し恥ずかしい。
宴会場をぐるっと囲む通路を見て回っても狗郎の影は見えない。やはりおかしい。いつもは俺が読んだらフリスビーを持った犬の如く駆けてくるのに。
旅館の最奥まで辿り着いてしまった。そこからは渡り廊下で別館へと繋がっている。流石に居ないだろうとは思いつつも、鍵が開いていたため、念には念を込めて足を進める。従業員もここまでは動線の範囲外なのか、照明が付いておらず薄暗い。
やはりいくらなんでもこんな所までは来ないだろう。そう思い踵を返した瞬間、急に視界が傾いた。視界に見えたのは、襖の隙間から生えた手。それは俺の二の腕をがっしりと掴んでおり、声を上げる暇も無いままに暗い部屋へ引きずり込まれる。
そのまま遠心力を効かせて畳の上に投げ出された俺は、受け身も取れず尻もちをついた。
「い゛…っ!」
じん、と痛みの余韻が走る。すぐ起き上がろうとするが、瞬時に腹にでっぷりとしたものが伸し掛かる。下腹部が急に沈められ、その体積は呼吸となって排出された。う゛、と小さな悲鳴が勝手に口から漏れる。仰向けの俺に、どうやら男は馬乗りになっているようで、はぁはぁと荒い息遣いが近くに聞こえた。その声を聴いて、ようやく犯人が誰か理解する。
「山田様…」
「あぁ…!廉太郎くんっ…廉太郎くん…っこんなとこまできてどうしたの…!僕のことを探しに来てくれたのかなぁ!?」
先ほど接待した客の一人。こいつも例にもれずでっかいとこの組長で、前々からハニートラップの対象者だ。どこにでも居るキモオジだったが、とうとうこんな行動にまで映してきたか。まったく。美しさとは本当に罪だなと我ながら呆れる。
「わぁ、山田様でしたか。びっくりしました。どうしてわざわざこんな所に?」
相手の加虐心を刺激しないように、あくまで穏やかに問いかける。このタイプには暴れまわって反抗するのは逆効果で、冷静な話し合いに転じたほうがいい。by俺が今までおっさんから受けてきたセクハラ経験。悲しい経験値だとは自分でも思う。
「会場はうるさいしねぇ。ここで冷たい空気を吸っていたんだよ。そしたら、れ、れ、廉太郎くんが来てくれるからさぁ!こんなの、運命みたいじゃないか?」
「あぁ~なるほど…。はは…」
やべ~。目がイってる。
漫画に出てくるマッドサイエンティストみたいに瞳孔が開いている。俺の悲しき経験値の中でもかなり上位に入るイカれっぷりだ。俺の苦笑いが眼中に入っていないのか、俺たちがいかに運命によって惹き合わされているかを過去数年に遡って早口に語っている。気持ち悪い以外の感想が浮かばないが。
相手が饒舌に語っているうちに、ゆっくり、ゆっくりと指先をジャケットの腰ポケットに忍ばせる。山田の視界に入らないように、慎重に指紋認証でスマホを点灯させた。新しい通知は無し。ちょっとまずいかもしれない。冷や汗が背中を伝った。
焦燥する俺をよそに、捏造エピソードを語り終えた山田は息を粗くしたままうっとりと俺の顔に触れる。
太く短い指が目尻、頬、そして唇を撫でつける。芋虫が這うようなその感触に、嫌悪感がどろりと湧いてくる。胃液といっしょに吐き出したくてたまらなくなった。
「ね、ね、ね、廉太郎くん。好きだ。好きなんだよ。俺の愛人になってよぉ」
「…一旦どいてくれませんか?俺、山田様とはもっと落ち着いた所でお喋りしたいです」
「はは…!廉太郎くん、嬉しいよ!俺と一緒に居たいって思ってくれてるんだね…!」
どう解釈したらそうなるんだよボケナスが。そいつは興奮してゆさゆさと体を震わす。今にもはちきれんばかりのスーツがさらに負荷をかけられて悲鳴を上げているようだ。ついでに俺の内蔵も悲鳴を挙げている。人の腹の上に位置していることを自覚してくれ頼むから。
「ね。今なら誰にも言いませんから。戻りましょ?うちの狗郎もそろそろ俺を探しに来る…」
ばちんっ
「だ、だ、駄目でしょう廉太郎くん。あぁ、痛かったねぇ?ごめんねぇ?でも廉太郎くんが悪いんだよ。二人きりなんだからさ。他の男の名前呼んじゃ駄目だよぉ。君の犬はとても忠誠心が高いけど。その分やっかいなんだよねぇ。今はうちの組員が足止めしてるから大丈夫だろうけど、こんなとこに呼ばれたらまずいに決まってるじゃない。そ、そうだ。俺を名前呼びして欲しいなあ。ねえ知ってる?覚えてる?俺の名前。お、覚えてるはずだよねえ。あんなに俺のこと物欲しげに見てたんだから。俺のこと大好きだもんねえぇ」
うるせ~~~!!!知らね~~~!!!!!てか最初から仕組んでんじゃねぇかテメェ!!!何が運命だよバ~~~~カ!!!!死ね!!!!!!!!
と叫べたらどんなに良かっただろうか。乾いた痛みの余韻が、未だに体の自由を奪ってやまない。急な刺激をもたらされた痛覚が、持ち主の意志と反して抵抗するなと訴える。
猫騙しをくらった猫のように呆けている俺の隙をついて、そいつはシャツの下から手を伸ばしてきた。脇腹を撫でられて、体表面中の毛穴が粒立つ。
臍のあたりに固い感触。暴れてやりたいのに、身体は石のように動かなくて。そんな俺にさらに山田は気を良くして。首筋をねっとりと舐められた。ぐふぐふという呼吸がなんとも気色悪い。
あ、やばいかも。
脳みそのどこかでそう悟った瞬間、上に乗っていた影が視界の外に吹っ飛ぶ。
成人済男性の出世術としては、我ながらなんとも情けなく、気色悪い作戦だと思う。だが、ケツの青い俺の取り柄はこの顔と愛嬌くらいしかないのだ。組を護るため頭ひねって必死に考えた策がこれなので、許されたいものだ。
まあそんなことを嘆く暇は今は無く、先程、中年男相手にやっていたのをもう十数人分こなさなければならない算段なのだ。とにかく馬鹿広い会場をあっちこっち中腰で駆け回る。
だがしかし、単純作業と思うなかれ。俺なりに調査して、それぞれの好みに合わせて密かに態度を変えているのだ。清楚系が好みの男にはおずおずと、ギャルがタイプの男にはめいっぱいフレンドリーに。属性を完璧に演じ切る。どうだこのプロフェッショナル精神。しばしば『何やってんだ俺はよぉ…』という内なる自分が出現し、チベスナ顔で見つめてくが無視。
目星をつけていた参加者への挨拶兼接待が全員分終わったときはそれはもう達成感で胸がいっぱいになったものだ。
数をこなすごとに不機嫌になり、最終的には般若のようになっていた狗郎は、少し前に部屋を出ていったようだ。これまでの記憶からして、俺の挨拶回りが終わる頃合いを察して外で車を回すように連絡しているのだろう。全員分終わったとしても俺が帰ると言うなんて分からないのに。本当に勝手な奴だと思う。
気持ちは分からないが、まあ、狗郎には随分嫌な思いをさせてしまったらしい。俺がおっさんたちに密着する度顔色悪くなってたし。帰ったら少しくらいは甘やかせてやってもいいかもしれない。
しばらく自分の席でちびちび酒を嗜んでいたが、10分も経つと流石に少し不安になる。少し前に送った「どこ?」ってメッセも未読無視。
まさかどっかの組員に喧嘩ふっかけたりふっかけられたりしてねえだろうな。悪い考えが頭を過ぎる。
あいつはあいつで悪くない顔をしているし、身長も高いしで何かと目立ちがちなのだ。そして絡まれると正当防衛ですが何か?と言わんばかりに相手をフルボッコにするので本当に頭の螺子が外れていると思う。
一瞬でもそんな光景が思い浮かぶと居ても立っても居られなくなり、重い腰を上げて探しに出る。
「くろぉー。くーろーうー」
冷たい廊下をぺたぺたと歩き回って狗郎を探す。宴会会場を行き来する女中になんだなんだと見られて少し恥ずかしい。
宴会場をぐるっと囲む通路を見て回っても狗郎の影は見えない。やはりおかしい。いつもは俺が読んだらフリスビーを持った犬の如く駆けてくるのに。
旅館の最奥まで辿り着いてしまった。そこからは渡り廊下で別館へと繋がっている。流石に居ないだろうとは思いつつも、鍵が開いていたため、念には念を込めて足を進める。従業員もここまでは動線の範囲外なのか、照明が付いておらず薄暗い。
やはりいくらなんでもこんな所までは来ないだろう。そう思い踵を返した瞬間、急に視界が傾いた。視界に見えたのは、襖の隙間から生えた手。それは俺の二の腕をがっしりと掴んでおり、声を上げる暇も無いままに暗い部屋へ引きずり込まれる。
そのまま遠心力を効かせて畳の上に投げ出された俺は、受け身も取れず尻もちをついた。
「い゛…っ!」
じん、と痛みの余韻が走る。すぐ起き上がろうとするが、瞬時に腹にでっぷりとしたものが伸し掛かる。下腹部が急に沈められ、その体積は呼吸となって排出された。う゛、と小さな悲鳴が勝手に口から漏れる。仰向けの俺に、どうやら男は馬乗りになっているようで、はぁはぁと荒い息遣いが近くに聞こえた。その声を聴いて、ようやく犯人が誰か理解する。
「山田様…」
「あぁ…!廉太郎くんっ…廉太郎くん…っこんなとこまできてどうしたの…!僕のことを探しに来てくれたのかなぁ!?」
先ほど接待した客の一人。こいつも例にもれずでっかいとこの組長で、前々からハニートラップの対象者だ。どこにでも居るキモオジだったが、とうとうこんな行動にまで映してきたか。まったく。美しさとは本当に罪だなと我ながら呆れる。
「わぁ、山田様でしたか。びっくりしました。どうしてわざわざこんな所に?」
相手の加虐心を刺激しないように、あくまで穏やかに問いかける。このタイプには暴れまわって反抗するのは逆効果で、冷静な話し合いに転じたほうがいい。by俺が今までおっさんから受けてきたセクハラ経験。悲しい経験値だとは自分でも思う。
「会場はうるさいしねぇ。ここで冷たい空気を吸っていたんだよ。そしたら、れ、れ、廉太郎くんが来てくれるからさぁ!こんなの、運命みたいじゃないか?」
「あぁ~なるほど…。はは…」
やべ~。目がイってる。
漫画に出てくるマッドサイエンティストみたいに瞳孔が開いている。俺の悲しき経験値の中でもかなり上位に入るイカれっぷりだ。俺の苦笑いが眼中に入っていないのか、俺たちがいかに運命によって惹き合わされているかを過去数年に遡って早口に語っている。気持ち悪い以外の感想が浮かばないが。
相手が饒舌に語っているうちに、ゆっくり、ゆっくりと指先をジャケットの腰ポケットに忍ばせる。山田の視界に入らないように、慎重に指紋認証でスマホを点灯させた。新しい通知は無し。ちょっとまずいかもしれない。冷や汗が背中を伝った。
焦燥する俺をよそに、捏造エピソードを語り終えた山田は息を粗くしたままうっとりと俺の顔に触れる。
太く短い指が目尻、頬、そして唇を撫でつける。芋虫が這うようなその感触に、嫌悪感がどろりと湧いてくる。胃液といっしょに吐き出したくてたまらなくなった。
「ね、ね、ね、廉太郎くん。好きだ。好きなんだよ。俺の愛人になってよぉ」
「…一旦どいてくれませんか?俺、山田様とはもっと落ち着いた所でお喋りしたいです」
「はは…!廉太郎くん、嬉しいよ!俺と一緒に居たいって思ってくれてるんだね…!」
どう解釈したらそうなるんだよボケナスが。そいつは興奮してゆさゆさと体を震わす。今にもはちきれんばかりのスーツがさらに負荷をかけられて悲鳴を上げているようだ。ついでに俺の内蔵も悲鳴を挙げている。人の腹の上に位置していることを自覚してくれ頼むから。
「ね。今なら誰にも言いませんから。戻りましょ?うちの狗郎もそろそろ俺を探しに来る…」
ばちんっ
「だ、だ、駄目でしょう廉太郎くん。あぁ、痛かったねぇ?ごめんねぇ?でも廉太郎くんが悪いんだよ。二人きりなんだからさ。他の男の名前呼んじゃ駄目だよぉ。君の犬はとても忠誠心が高いけど。その分やっかいなんだよねぇ。今はうちの組員が足止めしてるから大丈夫だろうけど、こんなとこに呼ばれたらまずいに決まってるじゃない。そ、そうだ。俺を名前呼びして欲しいなあ。ねえ知ってる?覚えてる?俺の名前。お、覚えてるはずだよねえ。あんなに俺のこと物欲しげに見てたんだから。俺のこと大好きだもんねえぇ」
うるせ~~~!!!知らね~~~!!!!!てか最初から仕組んでんじゃねぇかテメェ!!!何が運命だよバ~~~~カ!!!!死ね!!!!!!!!
と叫べたらどんなに良かっただろうか。乾いた痛みの余韻が、未だに体の自由を奪ってやまない。急な刺激をもたらされた痛覚が、持ち主の意志と反して抵抗するなと訴える。
猫騙しをくらった猫のように呆けている俺の隙をついて、そいつはシャツの下から手を伸ばしてきた。脇腹を撫でられて、体表面中の毛穴が粒立つ。
臍のあたりに固い感触。暴れてやりたいのに、身体は石のように動かなくて。そんな俺にさらに山田は気を良くして。首筋をねっとりと舐められた。ぐふぐふという呼吸がなんとも気色悪い。
あ、やばいかも。
脳みそのどこかでそう悟った瞬間、上に乗っていた影が視界の外に吹っ飛ぶ。
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