3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人

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第10話 仕方がないので、分身(ゴーレム)を行かせました

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王宮の大広間は、これ以上ないほどの熱気に包まれていた。  何百本もの蝋燭が灯されたシャンデリアが眩い光を放ち、着飾った貴族たちが煌びやかな衣装を競い合っている。  オーケストラが奏でるワルツの調べ。  グラスが触れ合う軽やかな音。  そして、それら全ての雑音を一瞬にして消し去るほどの『奇跡』が、今まさに大階段の上に姿を現したところだった。

「……おお」

 誰かが感嘆の声を漏らした。  それを合図に、会場全体がどよめきに変わる。

「あれが、噂の……」 「引きこもりの聖女様……」 「なんて、美しいんだ……」

 大階段の頂上。  そこに立っていたのは、夜空を切り取ったかのようなダークブルーのドレスを纏った少女だった。  星屑のように散りばめられたダイヤモンドが、動くたびにキラキラと輝く。  顔には薄いベールのような『幻影マスク』がかかっており、その表情は神秘的なモヤに包まれていてよく見えない。  ただ、その立ち姿だけは、この世の者とは思えないほど静止しており、微動だにしない。

 そう。  文字通り、微動だにしていない。  なぜなら、それは『人形』だからだ。

 ◇

『……ふぅ。とりあえず入場は成功ね』

 私は自室のソファで、ポップコーンを口に運びながらモニター(水晶玉)を覗き込んでいた。  手元には、人形を操作するための魔法コントローラー(元は父が隠し持っていた『遠隔会議用魔道具』を改造したもの)がある。

 画面の中では、私の分身である『リズ2号(中身はテディベア)』が、フレデリックとアレクセイに挟まれて、階段を降りようとしているところだ。

『右足、前へ。左足、前へ。……よし、いい調子』

 私は慎重に指を動かす。  リズ2号は、カクリ、カクリと、少しぎこちない動きで階段を降りていく。  その動きは、まるで油の切れたブリキのおもちゃのようだが、周囲の貴族たちの目にはそうは映っていないらしい。  『幻影魔法』と、彼ら自身の『信仰心フィルター』が、全ての不自然さを脳内で補正してくれているのだ。

「見ろ……あの動きを」 「なんと洗練された所作だ。無駄な筋肉の動きが一切ない」 「まるで、重力を感じさせない浮遊感だわ……」

 会場のマイク(風魔法による集音)が、そんな囁きを拾ってくる。  チョロい。  チョロすぎるぞ、ルミナステラ王国の貴族たち。  関節がカクカクしているのを「洗練」と捉えるセンスには脱帽だ。

 階段を降りきると、王太子フレデリックが一歩前に出た。  彼はリズ2号の手を取り、誇らしげに宣言する。

「皆様! 紹介しよう! 我が婚約者にして、この国の救世主。そして今や『影の女帝』とも呼ばれる、エリザベート・フォン・ローゼンバーグ嬢だ!」

 パチパチパチパチ……!  割れんばかりの拍手が巻き起こる。  リズ2号は無表情(マスクの下はぬいぐるみの顔だが)のまま、首をカクンと45度傾けてお辞儀をした。  少し傾けすぎた気がするが、まあ誤差だ。

「おお……なんて可愛らしい仕草だ」 「首を傾げる角度すら、黄金比に基づいているに違いない」

 勝手な解釈が進む中、私は次のアクションを入力した。  『歩行モード』から『挨拶モード』へ切り替えだ。

 リズ2号は、フレデリックにエスコートされながら、会場の中心へと進んでいく。  次々と貴族たちが挨拶に来る。

「リズ様、お初にお目にかかります。辺境伯の――」 「聖女様、この度は豆のご慈悲を――」

 彼らが口々に賛辞を述べるが、私は面倒なので『定型アクションA(無言で頷く)』を連打することにした。

 リズ2号:コクン。  リズ2号:コクン。  リズ2号:コクン。

 首を縦に振るだけの簡単なお仕事だ。  しかし、これが逆に効果的だったらしい。

「なんという……お言葉を発することすら惜しまれるほどの威厳!」 「沈黙は金と言うが、リズ様の沈黙はダイヤモンドだ!」 「安易な言葉で返事をせず、ただ心で対話してくださっているのだ!」

 貴族たちが感動してハンカチで目頭を押さえている。  楽勝だ。  これなら、私が直接行くよりも好感度が高いのではないだろうか。  次からは全部これで済ませよう。

 私は調子に乗って、ポップコーンの味を塩からキャラメルに変えた。  だが、そんなイージーモードは長くは続かなかった。

 会場の空気が一変する。  モーゼの十戒のように人波が割れ、一人の青年が歩いてきたからだ。

 銀髪に冷徹な碧眼。  無駄のない所作。  隣国アークライドの第一王子、ルイスだ。  彼は真っ直ぐにリズ2号の前まで来ると、値踏みするような視線を向けた。

「……やあ、エリザベート嬢。来てくれたようだね」

 ルイスの声は静かだが、周りの空気を凍らせるような圧力がある。  フレデリックが警戒して一歩前に出るが、ルイスはそれを手で制した。

「邪魔をしないでくれたまえ。私は彼女に挨拶をしているだけだ」

 ルイスはリズ2号の目の前に立ち、じっとその顔(幻影マスク)を見つめた。

「……ふむ」

 何か違和感に気づいたか?  私は緊張してコントローラーを握りしめた。  バレたら終わりだ。  「王家主催の舞踏会にぬいぐるみを送り込んだ不敬罪」で、私の首が物理的に飛ぶ。

「……瞬きを、しないね」

 ルイスが呟いた。

 ヒッ。  しまった。瞬き機能を実装するのを忘れていた。

「呼吸の乱れもない。心拍音も聞こえない。まるで、生命活動を極限まで抑制しているようだ」

 人形だからね。生きてないからね。

 しかし、ルイスの結論は違った。

「素晴らしい。これが君の言う『非効率の排除』か。社交の場における無駄な生体反応(緊張による発汗や動悸)すらも、君はコントロール下に置いているというわけだ」

 ……セーフ!  ルイス王子の「効率厨」な思考回路に救われた。  彼は「人間が人形のように振る舞っている」と解釈してくれたようだ。

「気に入ったよ。君のような合理的かつ冷徹な女性こそ、私のパートナーに相応しい」

 ルイスが優雅に手を差し出した。

「エリザベート嬢。私と一曲、踊っていただけるかな?」

 会場がざわめく。  隣国の王子からのダンスの申し込み。  これは外交儀礼上、拒否権がないやつだ。

 しかし、まずい。  非常にまずい。  リズ2号には『歩行』と『挨拶』のプログラムしか入れていない。  『ワルツ』なんて高度な動き、入力していないのだ。

 私は慌てて、アレクセイかフレデリックが止めてくれるのを期待した。  だが、彼らはなぜかドヤ顔で頷いている。  「見ろ、俺のリズは他国の王子にも認められたぞ!」とでも言いたげだ。  馬鹿者。止めろよ。  中身が綿だとバレるだろ。

 ルイスの手が、リズ2号の手を取ろうとする。  もう逃げられない。  私は覚悟を決めた。

『……やるしかないわね。マニュアルモード、起動!』

 私は自動プログラムを切り、完全手動操作に切り替えた。  これから私は、モニターを見ながら、指先の微細な操作でリズ2号にワルツを踊らせなければならない。  音ゲーだ。  これは、失敗したら即死(社会的に)する、超高難易度の音ゲーだ。

 音楽が始まる。  優雅なワルツの調べ。  ルイスがリードする。

『右、左、ターン……!』

 私は必死に指を動かした。  リズ2号が、カシャン、カシャンと動く。  動きが硬い。  ロボットダンスみたいになっている。

「……おや?」

 踊りながら、ルイスが眉をひそめた。

「君の体、随分と……軽いね。それに、関節の可動域が人間離れしている」

 そりゃそうだ。中身は綿だし、関節なんてない(縫い目だ)。

「それに、この感触……。君の手は、驚くほど柔らかく、温かみがない」

 手袋の下はモフモフのぬいぐるみ生地だからね。

 バレる。  このままでは確実にバレる。  私は焦った。  焦りのあまり、コントローラーのスティックを強く倒しすぎてしまった。

 バキッ。

 嫌な音がした。  コントローラーからではない。  会場のリズ2号からだ。

 ターンの瞬間。  遠心力に耐えきれず、リズ2号の首が、クルンと180度回転してしまったのだ。

 背中を向けたまま、顔だけがルイスの方を向いている。  ホラーだ。  完全にエクソシストの世界だ。

 会場が一瞬、静まり返った。  悲鳴が上がる寸前――

「……すごい」

 ルイスが、恍惚とした表情で呟いた。

「背中を見せながらも、視線は決してパートナーから逸らさない……! これぞ、社交ダンスにおける『全方位監視』の極意か!」

 は?

「常人なら首の骨が折れる角度だが、君は柔軟性を極限まで高めることで可能にしたのか。無駄な体の切り返しを省略し、首の回転だけで視界を確保する……。究極の効率化だ!」

 違う。  物理的に壊れたんだ。

 しかし、ルイスの賛辞につられて、周りの貴族たちも「おお……!」「あれが最新のステップか!」「私も明日から首のストレッチをしよう!」と拍手喝采を送っている。  狂っている。  この国はもうダメかもしれない。

 私は冷や汗を拭いながら、急いで首を元に戻す操作をした。  ギギギ……と音を立てて首が戻る。

『もう限界よ……。早く終わって……!』

 しかし、曲はまだ中盤だ。  さらに悪いことに、ルイスはテンションが上がってしまったらしく、ステップを加速させた。

「さあ、もっと君の性能を見せてくれ! 君のスペックを測らせてくれ!」

 彼はリズ2号を激しく振り回す。  リフト(持ち上げ技)だ。  彼はリズ2号を軽々と持ち上げ、空中で回転させた。

 ブチッ。

 今度は、もっと致命的な音がした。  ドレスの背中が裂けたのではない。  リズ2号の『左腕』の縫い目が、遠心力で千切れたのだ。

 ルイスの手の中に、リズ2号の左腕だけが残り、本体は勢いよく宙を舞った。

『ぎゃあああああああ!!』

 私は部屋で絶叫した。  腕が!  腕が取れた!  もはやホラーを超えてスプラッタだ!  中から白い綿がフワフワと舞い散っている!

 会場の全員が、宙を舞う『隻腕の聖女』と、ルイスの手に残された『千切れた腕』を凝視した。  時間が止まる。  綿が雪のように美しく降る。

 終わった。  私の社会的な死と、伝説の崩壊。  そして「中身はぬいぐるみでした」という最大の恥辱。

 私は顔を覆った。  もう見たくない。

 だが、その時。  会場の沈黙を破ったのは、またしてもあの男――アレクセイだった。

「見ろぉぉぉぉッ!!」

 アレクセイが叫んだ。

「聖女様が! 聖女様が、自らの腕を切り離されたぞ!」

「なんだって!?」

 フレデリックが応じる。

「あれは……『義手』か!? いや、『ロケットパンチ』の構えか!?」

 違う。

「分かったぞ! これはパフォーマンスだ! 『肉体という枷からの解放』を表現しているのだ!」

 アレクセイの謎理論が炸裂する。

「リズ様は、我々に問いかけているのだ。『体の一部を失ってでも、魂は踊り続けることができるか?』と! あの舞い散る白い羽毛(綿)は、彼女の純潔な魂の具現化だ!」

 「おおぉぉぉ!!」と会場が揺れる。  綿を「魂の具現化」と言いくるめやがった。

 そして、ルイス王子もまた、手の中の腕(綿が詰まった布)を見つめ、真剣な顔で頷いた。

「なるほど……。これは『パージ(強制排除)』機能か」

 ルイスが納得顔で言う。

「高速回転による負荷が限界値を超えたため、損傷を本体に波及させないよう、あえて腕を切り離したのか。なんと高度な危機管理システム……! 君は自分自身さえも『部品(パーツ)』として扱えるのか!」

 違います。  ただの縫製ミスです。

 宙を舞ったリズ2号(本体)は、アレクセイがナイスキャッチした。  彼は片腕のない人形を抱きしめ、涙を流している。

「リズ様……! 痛いでしょう、辛いでしょう! ですが、貴女のその覚悟、しかと受け止めました!」

 リズ2号は無表情のまま、残った右手をカクカクと動かした。  私はヤケクソで『サムズアップ』のポーズをとらせた。  「グッ」と親指を立てる隻腕の聖女。

 ワァァァァァァァッ!!  会場が爆発的な歓声に包まれる。

「ブラボー! ブラボー、リズ!」 「なんて前衛的なダンスなんだ!」 「これぞ現代芸術! これぞ聖女の奇跡!」

 拍手喝采。  スタンディングオベーション。  ルイス王子も、千切れた腕を大切そうに胸に抱き、深く一礼している。

「素晴らしい体験だった。君という存在の深淵を垣間見た気がするよ」

 深淵というか、中身(綿)を見ただけだけどね。

 こうして。  私の分身による舞踏会デビューは、奇跡的な確率で(主に周囲の狂った解釈のおかげで)成功に終わった。  バレなかった。  それどころか、「腕を切り離して踊る」という新しい伝説を作ってしまった。

 ◇

『……疲れた』

 私はコントローラーを放り出し、ソファに沈み込んだ。  寿命が縮んだ。  確実に3年は縮んだ。  もう二度と、こんな綱渡りはしたくない。

 画面の中では、アレクセイがリズ2号を抱きかかえ、フレデリックが「すぐに最高級の義手を手配しよう!」と叫びながら退場していく様子が映っている。  マリアが青ざめた顔で綿を回収しているのが涙を誘う。

 後日。  この日の出来事は『聖女の隻腕ダンス』として新聞の一面を飾り、王都では「体の一部を取り外し可能な服」が大流行することになるのだが……それはまた別の話だ。

 私は冷めきった紅茶を飲み干し、深いため息をついた。

「とりあえず、明日は一日中寝よう……」

 そう固く心に誓った。  だが、運命は私を休ませてはくれない。  この「腕が取れる」という事件が、巡り巡って「リズ様の体はボロボロだ」→「彼女を守るためには国境の結界を強化せねば」→「そのためには古代遺跡の魔道具が必要だ」という話に飛躍し、新たな冒険(トラブル)の幕開けとなることを、私はまだ知らなかった。

 さらに悪いことに。  ルイス王子が、持ち帰った「リズの左腕」を研究室に持ち込み、「この素材(ぬいぐるみ生地)の肌触り……鎮静効果がある。素晴らしい」と、夜な夜なその腕を抱いて寝ているという噂が流れてくるのは、数日後のことである。

 私の体の一部(の偽物)が、隣国の王子の抱き枕になっている。  その事実を知ったとき、私は本気で国を捨てようと決意することになるのだが……。

 今はただ、安らかな眠りを。  おやすみなさい、世界。  どうか明日、目が覚めたら、みんなの記憶から昨夜のことが消えていますように。  (そんな奇跡は起きないけれど)
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