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第12話 部屋ごと移動すれば、外出にはなりませんよね?
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上空三千メートル。 そこは、雲海が広がる白銀の世界であり、本来ならば極寒の強風が吹き荒れる過酷な領域だ。 だが、今の私の視界に映っているのは、優雅な湯気を立てるロイヤルミルクティーと、焼きたてのスコーン、そして窓の外を流れる雲の切れ間から覗く、ジオラマのような地上の景色だった。
「……快適」
私はソファに深く沈み込み、ため息をついた。 私の部屋――公爵邸の離れを丸ごと切り出した『移動式絶対領域(モバイル・サンクチュアリ)』は、現在、北の国境へ向けて順調に巡航中である。 床下に設置されたアークライド製の『浮遊機関』と、私の魔力で強化された『多重結界』のおかげで、室内は無振動・無音・常春の気温に保たれている。 揺れない。寒くない。うるさくない。 これなら、確かに「外出」にはカウントされないだろう。 私はただ、景色が変わる部屋でくつろいでいるだけなのだから。
――ただし。 一つだけ、計算外の異物が混入していなければ、の話だが。
「……ふむ。気圧調整は完璧。酸素濃度も一定。素晴らしい環境制御システムだ」
私の向かいのソファで、我が物顔で紅茶を飲んでいる男。 銀髪に碧眼、氷のような美貌を持つ隣国アークライドの第一王子、ルイスである。
彼はあろうことか、離陸直後に屋根から侵入し、そのまま居座ってしまったのだ。 「定員オーバーです」と追い出そうとしたのだが、「私が降りれば、この浮遊機関の微調整は誰がやるんだ?」という正論(脅し)に屈し、不本意ながら同乗を許可してしまった。
「……ルイス殿下。くつろぎすぎではありませんか?」
私はジト目で彼を見た。 彼はパジャマ(私の予備のシルクパジャマを勝手に着ている)姿で、手には先日回収した「私の左腕(綿)」を抱えている。 完全に変質者だ。
「気にしないでくれ。私は今、データの収集に忙しい」
ルイスは真顔で答えた。
「この部屋は興味深い。君の『働きたくない』という執念が、物理法則すら捻じ曲げている。例えば、この紅茶。高度三千メートルでは沸点が下がるため、本来ならぬるくなるはずだが、君の『熱いお茶が飲みたい』という願望が結界内の気圧を局所的に操作し、最適な抽出温度を維持している」
「……ただの魔法です」
「いいや、これは『願望実現型』の術式だ。君が無意識に望むだけで、世界が君に合わせて改変される。……まさに『聖女』の御業だね」
ルイスは感心したように頷き、私の左腕(綿)の頬を撫でた。 やめてほしい。自分の腕を他人に愛でられる感覚が、遠隔で伝わってくるようで背筋が痒い。
私は視線を窓の外へと逃がした。 そこには、もっと騒がしい連中がいる。
「リズー! リズゥゥゥ! 寒くはないかー!?」
窓の下、ベランダの張り出し部分にへばりつくようにして飛んでいる男。 王太子フレデリックである。 彼は『風の加護』を受けた魔導マントを使い、自力で飛行しながら私の部屋に随伴している。 顔が凍りついて鼻水が垂れているが、瞳だけは燃えるように熱い。
「僕は大丈夫だ! 愛の熱量で自家発電しているからね! 君が寂しくないように、ずっと窓の外にいるよ!」
怖い。 高度三千メートルのストーカーだ。 窓ガラス越しに見える必死の形相は、ホラー映画のワンシーンのようだ。
「……殿下、中に入りますか?」
私は結界内のマイクを使って声をかけた。 さすがに王太子を凍死させるわけにはいかない。
「いいや! 断る! 君の部屋は聖域(サンクチュアリ)。土足で踏み入るなど言語道断! 僕はここから、君の安全を見守る『ガーゴイル』でいいんだ!」
王族としてのプライドはないのか。 まあ、本人がいいならいいけれど。
そして、部屋の周囲を旋回しているのは、黒い鎧に身を包んだ『安眠守護騎士団』だ。 彼らは飼い慣らしたワイバーンに跨り、編隊を組んで飛行している。 先頭を行くのは、もちろんアレクセイ騎士団長だ。
「総員、警戒を怠るな! 雲の陰に魔物が潜んでいるかもしれん! リズ様のティータイムを妨害する羽虫は、一匹残らず叩き落とせ!」
「「イエッサー!!」」
勇ましい掛け声が空に響く。 彼らの装備(私が捨てた呪いの鎧)は、高空の寒さも防ぐらしく、皆ピンピンしている。 むしろ「リズ様と同じ空気を吸っている(高度が高いので空気は薄いが)」という事実に興奮しているようだ。
「……カオスね」
私はスコーンを口に運んだ。 中には変態王子。 外にはストーカー王太子と狂信者騎士団。 これが、国を救う英雄のパーティーだというのだから、世も末だ。
しかし、そんな私たちを見上げる地上の人々にとっては、この光景は全く違って見えていたらしい。
◇ ◇ ◇
地上。 王都から北へと続く街道沿いの村々では、人々が空を見上げて呆然としていた。
「おい、見ろ! あれは何だ!?」 「城だ! 空飛ぶ城だ!」 「いや、あれは……公爵邸の離れじゃないか!?」
雲を割り、陽光を背負って進む巨大な建造物。 底面には魔法陣が虹色に輝き、周囲を竜騎士たちが守護するその姿は、まさしく神話に登場する『天空の城』そのものだった。
「リズ様だ! リズ様が、我々を救うために空を飛んでおられる!」 「引きこもりの聖女様が、部屋ごと出陣されたぞー!」
誰かが叫ぶと、それは熱狂となって広がっていった。 農民たちは鍬を投げ出して祈りを捧げ、旅人たちは帽子を取って最敬礼する。
「おお……なんと尊いお姿……」 「わざわざ地上に降りて我々の生活を邪魔しないように、空を選ばれたのだ!」 「あの窓辺に見える人影は……王太子殿下か!? 殿下が窓拭きをしているように見えるが、きっと高度な儀式なのだろう!」
解釈が都合良すぎる。 フレデリックは鼻水を拭おうとして窓に顔を擦り付けているだけだ。
さらに、村の教会では鐘が鳴らされ、神父たちが興奮気味に説教を始めた。
「皆の者、見よ! 聖女リズ様の慈悲深さを! 彼女は『自らの足で地を汚すこと』を嫌い、空を歩むことを選ばれた! これぞ『絶対不接地(レビテーション)』の奇跡! 我々もリズ様を見習い、なるべく働かずに心穏やかに生きるべきである!」
教義が変わった。 勤勉を美徳とするルミナステラ教が、怠惰を肯定する『リズ教』へと変貌しつつある。
そんな地上の騒ぎなど露知らず、私の部屋は北へ北へと進んでいく。 目指すは瘴気の吹き溜まり、『嘆きの谷』。
◇ ◇ ◇
数時間後。 快適な空の旅に、最初のアクシデントが発生した。
「敵襲! 3時の方向より、ハーピーの群れが接近中!」
アレクセイの怒鳴り声が、室内マイクを通じて響き渡った。 私は読みかけの恋愛小説から顔を上げた。 窓の外を見ると、黒い点々が急速に近づいてくるのが見える。 ハーピー。上半身が女性、下半身が鳥の魔物だ。 耳障りな金切り声を上げ、鋭い爪で獲物を引き裂く、空の厄介者だ。
「数は……およそ50! ちっ、瘴気の影響で狂暴化しているな!」
アレクセイが剣を抜く。 黒騎士たちも迎撃態勢をとる。
「リズ様、ご安心ください! このアレクセイ、空中で千切れても貴女をお守りします!」
「僕も戦うぞ! リズの窓ガラス一枚割らせはしない!」
フレデリックもマントを翻し、魔法の杖を構える。
やれやれ。 彼らに任せてもいいが、乱戦になれば部屋に傷がつくかもしれない。 せっかく新調した『強化魔力ガラス』にヒビでも入ったら、父が泣く。
私はため息をつき、テーブルの上の『リモコン(魔改造済み)』を手にした。 本来は、部屋の照明や空調を操作するものだが、ノアと共同で『防衛システム』を組み込んである。
「……うるさい鳥ね。追い払って」
私は『ハエ叩きモード』のボタンを押した。
ブォンッ。
部屋全体を包む結界が、一瞬だけ赤く発光した。 そして。
バチチチチチチッ!!
結界の表面から、無数の『魔力スタンガン(自動追尾型)』が射出された。 それは青白い雷の蛇となって空を駆け、襲い来るハーピーたちに次々と直撃する。
「ギャァッ!?」 「キェェェッ!」
悲鳴とともに、ハーピーたちが感電し、黒焦げの焼き鳥となって墜落していく。 一撃必殺。 しかも、部屋の中から指一本動かさずに。
「……殲滅完了」
私はボタンを離し、再び紅茶を一口飲んだ。 静寂が戻る。
外では、アレクセイたちがポカンと口を開けていた。
「……な、なんだ今の魔法は?」 「速すぎて見えなかったぞ……」
すると、ルイスが解説役を買って出た(彼は室内から外のスピーカーへ声を飛ばした)。
「驚くことはない諸君。これはエリザベート嬢が開発した『自動迎撃システム・サンダーボルト』だ。彼女の『いちいち敵を相手にするのが面倒くさい』という負のエネルギーを、雷属性の魔力に変換して広範囲に放出する。敵意を持つ者が結界に触れた瞬間、自動的に排除される仕組みさ」
「負のエネルギー……!」
フレデリックが震える。
「つまり、リズの『拒絶』そのものが武器になっているというのか! 『私に近づくな』という彼女の乙女心が、雷となって具現化したのだ!」
「なんて高潔な拒絶……! ハーピーごときがリズ様の視界に入ろうなどと、100年早かったのだ!」
アレクセイが空に向かって剣を突き上げる。 彼らの解釈では、私は「戦わずして勝つ最強の聖女」ということになったらしい。 まあ、結果オーライだ。
こうして、いくつかの小競り合い(全てボタン一つで解決)を経つつ、私たちはついに目的地の上空へと到達した。
『嘆きの谷』。 北の国境に位置する、険しい山々に囲まれた渓谷だ。 そこは今、紫色に淀んだ濃密な瘴気に覆われ、太陽の光すら届かない闇の世界と化していた。
眼下を見下ろすと、谷の入り口にある『北壁の砦』が、魔物の大群に包囲されているのが見えた。 オーク、ゴブリン、オーガ、そして巨大なトロール。 数千、いや数万はいそうだ。 砦の結界は今にも消えそうで、兵士たちが必死に抵抗している様子が、豆粒のように小さく見える。
「……ひどい有様ね」
私は眉をひそめた。 2周目の記憶よりも、状況は悪化している気がする。 これも、私が引きこもって歴史を変えてしまった影響だろうか。
「リズ、どうする? 着陸するか?」
ルイスが聞いてくる。 私は首を横に振った。
「いいえ。あんな汚い地面に降りたくないわ。泥が跳ねるし」
「では?」
「このまま、空から『お掃除』するわ」
私は立ち上がり、窓辺に立った。 眼下の魔物たちが、空に浮かぶ私の部屋に気づき、咆哮を上げている。 彼らにとっては、格好の的(あるいはエサ)に見えるのだろう。
愚かな。 ここは私の『家』であり、私の『絶対領域』だ。 私のテリトリーに入り込んだ不法侵入者は、害虫として駆除する。
「アレクセイ! フレデリック殿下! 砦の兵士たちに伝えて! 『上を見るな』って!」
「了解だ! だが、なぜ!?」
「目が潰れるからよ!」
私は叫ぶと、部屋の中央にある魔法陣(浮遊機関の制御盤)に手をかざした。 そして、全ての魔力を『浄化』の属性に変換し、部屋の底面に向けて集中させる。
イメージするのは、太陽。 あるいは、超強力な殺菌ライト。
「固有魔法【絶対領域(サンクチュアリ)】――広域殲滅モード『天上の潔癖症(ヘヴンリー・クリーン)』!!」
カッッッ!!!!
私の部屋の底面から、直視できないほどの純白の光が放たれた。 それはレーザービームのように地上へ降り注ぎ、瘴気の海を貫いた。
ジュワアァァァァッ!!
光が触れた瞬間、魔物たちが蒸発していく。 悲鳴を上げる暇すらない。 闇の眷属である彼らにとって、私の高密度な聖なる魔力は、猛毒であり、焼き尽くす炎だ。 瘴気が霧散し、汚染された大地が浄化され、緑が芽吹く……まではいかないが、少なくとも毒素は消え失せる。
砦の兵士たちが、腕で顔を覆いながら叫ぶ。
「な、なんだこの光は!?」 「空から……後光が差している!」 「魔物たちが消えていく! 塵になって消えていくぞ!」
数秒後。 光が収まると、そこには何も残っていなかった。 魔物の大群も、淀んだ瘴気も、きれいにサッパリと『掃除』されていた。 残ったのは、呆然とする砦の守備兵たちと、湯気を立てる浄化された大地だけ。
「……ふぅ。スッキリした」
私は額の汗を拭った。 部屋の大掃除をした後のような爽快感だ。
外では、フレデリックとアレクセイが言葉を失っていた。
「……一撃」 「数万の魔物を……ただの一撃で……」
そして、ルイスが震える手でメモを取っている。
「信じられない。エネルギー効率が異常だ。通常の浄化魔法の1000倍の出力……。彼女は一体、何を燃料にしているんだ?」
「決まってるでしょ」
私はソファに戻り、新しい紅茶を淹れた。
「『絶対に地上に降りたくない』という執念よ」
ルイスは「なるほど……」と深く頷いた。 どうやら彼は、『執念エネルギー説』を提唱するつもりらしい。
こうして、私たちは無事に(?)戦場を制圧し、目的の『古代遺跡』への道を切り開いた。 砦の兵士たちは、空に浮かぶ私の部屋に向かって涙を流して拝んでいる。 「天空の女神様だ!」「パジャマ姿の女神様が見えたぞ!」という声が聞こえるが、聞かなかったことにする。
さあ、次はいよいよ遺跡の探索だ。 『星の聖杯』で結界を直し、そしてお待ちかねの『コールドスリープ装置』へダイブする。 私の永遠の安眠まで、あと一歩。
しかし。 遺跡の入り口、巨大な石扉の前に、一人の人物が立っているのが見えた。 黒いローブを纏い、不気味な杖を持った男。
「……誰?」
私は目を凝らした。 男は空を見上げ、ニヤリと笑った。 その顔には、見覚えがあった。
1周目の人生で、私に「悪役令嬢」の冤罪を着せる証拠を捏造した、あの怪しい占い師。 そして2周目の人生で、魔物を操り国を混乱に陥れた黒幕。 『魔導結社』の幹部、ゲオルグだ。
「……しつこい男ね」
私は不機嫌に舌打ちをした。 どうやら、私の安眠を妨げる最後のボスキャラが、そこで待ち構えているらしい。
でも関係ない。 今の私には、空飛ぶ要塞(部屋)と、最強のストーカー騎士団がついている。 そして何より、私自身が『早く寝たい』という最強のモチベーションで満たされているのだ。
「アレクセイ! 入り口にゴミが落ちてるわ! 掃除して!」
私はマイクで指示を出した。 さあ、最後の戦いだ。 パジャマのまま、世界を救って布団に入ろう。
「……快適」
私はソファに深く沈み込み、ため息をついた。 私の部屋――公爵邸の離れを丸ごと切り出した『移動式絶対領域(モバイル・サンクチュアリ)』は、現在、北の国境へ向けて順調に巡航中である。 床下に設置されたアークライド製の『浮遊機関』と、私の魔力で強化された『多重結界』のおかげで、室内は無振動・無音・常春の気温に保たれている。 揺れない。寒くない。うるさくない。 これなら、確かに「外出」にはカウントされないだろう。 私はただ、景色が変わる部屋でくつろいでいるだけなのだから。
――ただし。 一つだけ、計算外の異物が混入していなければ、の話だが。
「……ふむ。気圧調整は完璧。酸素濃度も一定。素晴らしい環境制御システムだ」
私の向かいのソファで、我が物顔で紅茶を飲んでいる男。 銀髪に碧眼、氷のような美貌を持つ隣国アークライドの第一王子、ルイスである。
彼はあろうことか、離陸直後に屋根から侵入し、そのまま居座ってしまったのだ。 「定員オーバーです」と追い出そうとしたのだが、「私が降りれば、この浮遊機関の微調整は誰がやるんだ?」という正論(脅し)に屈し、不本意ながら同乗を許可してしまった。
「……ルイス殿下。くつろぎすぎではありませんか?」
私はジト目で彼を見た。 彼はパジャマ(私の予備のシルクパジャマを勝手に着ている)姿で、手には先日回収した「私の左腕(綿)」を抱えている。 完全に変質者だ。
「気にしないでくれ。私は今、データの収集に忙しい」
ルイスは真顔で答えた。
「この部屋は興味深い。君の『働きたくない』という執念が、物理法則すら捻じ曲げている。例えば、この紅茶。高度三千メートルでは沸点が下がるため、本来ならぬるくなるはずだが、君の『熱いお茶が飲みたい』という願望が結界内の気圧を局所的に操作し、最適な抽出温度を維持している」
「……ただの魔法です」
「いいや、これは『願望実現型』の術式だ。君が無意識に望むだけで、世界が君に合わせて改変される。……まさに『聖女』の御業だね」
ルイスは感心したように頷き、私の左腕(綿)の頬を撫でた。 やめてほしい。自分の腕を他人に愛でられる感覚が、遠隔で伝わってくるようで背筋が痒い。
私は視線を窓の外へと逃がした。 そこには、もっと騒がしい連中がいる。
「リズー! リズゥゥゥ! 寒くはないかー!?」
窓の下、ベランダの張り出し部分にへばりつくようにして飛んでいる男。 王太子フレデリックである。 彼は『風の加護』を受けた魔導マントを使い、自力で飛行しながら私の部屋に随伴している。 顔が凍りついて鼻水が垂れているが、瞳だけは燃えるように熱い。
「僕は大丈夫だ! 愛の熱量で自家発電しているからね! 君が寂しくないように、ずっと窓の外にいるよ!」
怖い。 高度三千メートルのストーカーだ。 窓ガラス越しに見える必死の形相は、ホラー映画のワンシーンのようだ。
「……殿下、中に入りますか?」
私は結界内のマイクを使って声をかけた。 さすがに王太子を凍死させるわけにはいかない。
「いいや! 断る! 君の部屋は聖域(サンクチュアリ)。土足で踏み入るなど言語道断! 僕はここから、君の安全を見守る『ガーゴイル』でいいんだ!」
王族としてのプライドはないのか。 まあ、本人がいいならいいけれど。
そして、部屋の周囲を旋回しているのは、黒い鎧に身を包んだ『安眠守護騎士団』だ。 彼らは飼い慣らしたワイバーンに跨り、編隊を組んで飛行している。 先頭を行くのは、もちろんアレクセイ騎士団長だ。
「総員、警戒を怠るな! 雲の陰に魔物が潜んでいるかもしれん! リズ様のティータイムを妨害する羽虫は、一匹残らず叩き落とせ!」
「「イエッサー!!」」
勇ましい掛け声が空に響く。 彼らの装備(私が捨てた呪いの鎧)は、高空の寒さも防ぐらしく、皆ピンピンしている。 むしろ「リズ様と同じ空気を吸っている(高度が高いので空気は薄いが)」という事実に興奮しているようだ。
「……カオスね」
私はスコーンを口に運んだ。 中には変態王子。 外にはストーカー王太子と狂信者騎士団。 これが、国を救う英雄のパーティーだというのだから、世も末だ。
しかし、そんな私たちを見上げる地上の人々にとっては、この光景は全く違って見えていたらしい。
◇ ◇ ◇
地上。 王都から北へと続く街道沿いの村々では、人々が空を見上げて呆然としていた。
「おい、見ろ! あれは何だ!?」 「城だ! 空飛ぶ城だ!」 「いや、あれは……公爵邸の離れじゃないか!?」
雲を割り、陽光を背負って進む巨大な建造物。 底面には魔法陣が虹色に輝き、周囲を竜騎士たちが守護するその姿は、まさしく神話に登場する『天空の城』そのものだった。
「リズ様だ! リズ様が、我々を救うために空を飛んでおられる!」 「引きこもりの聖女様が、部屋ごと出陣されたぞー!」
誰かが叫ぶと、それは熱狂となって広がっていった。 農民たちは鍬を投げ出して祈りを捧げ、旅人たちは帽子を取って最敬礼する。
「おお……なんと尊いお姿……」 「わざわざ地上に降りて我々の生活を邪魔しないように、空を選ばれたのだ!」 「あの窓辺に見える人影は……王太子殿下か!? 殿下が窓拭きをしているように見えるが、きっと高度な儀式なのだろう!」
解釈が都合良すぎる。 フレデリックは鼻水を拭おうとして窓に顔を擦り付けているだけだ。
さらに、村の教会では鐘が鳴らされ、神父たちが興奮気味に説教を始めた。
「皆の者、見よ! 聖女リズ様の慈悲深さを! 彼女は『自らの足で地を汚すこと』を嫌い、空を歩むことを選ばれた! これぞ『絶対不接地(レビテーション)』の奇跡! 我々もリズ様を見習い、なるべく働かずに心穏やかに生きるべきである!」
教義が変わった。 勤勉を美徳とするルミナステラ教が、怠惰を肯定する『リズ教』へと変貌しつつある。
そんな地上の騒ぎなど露知らず、私の部屋は北へ北へと進んでいく。 目指すは瘴気の吹き溜まり、『嘆きの谷』。
◇ ◇ ◇
数時間後。 快適な空の旅に、最初のアクシデントが発生した。
「敵襲! 3時の方向より、ハーピーの群れが接近中!」
アレクセイの怒鳴り声が、室内マイクを通じて響き渡った。 私は読みかけの恋愛小説から顔を上げた。 窓の外を見ると、黒い点々が急速に近づいてくるのが見える。 ハーピー。上半身が女性、下半身が鳥の魔物だ。 耳障りな金切り声を上げ、鋭い爪で獲物を引き裂く、空の厄介者だ。
「数は……およそ50! ちっ、瘴気の影響で狂暴化しているな!」
アレクセイが剣を抜く。 黒騎士たちも迎撃態勢をとる。
「リズ様、ご安心ください! このアレクセイ、空中で千切れても貴女をお守りします!」
「僕も戦うぞ! リズの窓ガラス一枚割らせはしない!」
フレデリックもマントを翻し、魔法の杖を構える。
やれやれ。 彼らに任せてもいいが、乱戦になれば部屋に傷がつくかもしれない。 せっかく新調した『強化魔力ガラス』にヒビでも入ったら、父が泣く。
私はため息をつき、テーブルの上の『リモコン(魔改造済み)』を手にした。 本来は、部屋の照明や空調を操作するものだが、ノアと共同で『防衛システム』を組み込んである。
「……うるさい鳥ね。追い払って」
私は『ハエ叩きモード』のボタンを押した。
ブォンッ。
部屋全体を包む結界が、一瞬だけ赤く発光した。 そして。
バチチチチチチッ!!
結界の表面から、無数の『魔力スタンガン(自動追尾型)』が射出された。 それは青白い雷の蛇となって空を駆け、襲い来るハーピーたちに次々と直撃する。
「ギャァッ!?」 「キェェェッ!」
悲鳴とともに、ハーピーたちが感電し、黒焦げの焼き鳥となって墜落していく。 一撃必殺。 しかも、部屋の中から指一本動かさずに。
「……殲滅完了」
私はボタンを離し、再び紅茶を一口飲んだ。 静寂が戻る。
外では、アレクセイたちがポカンと口を開けていた。
「……な、なんだ今の魔法は?」 「速すぎて見えなかったぞ……」
すると、ルイスが解説役を買って出た(彼は室内から外のスピーカーへ声を飛ばした)。
「驚くことはない諸君。これはエリザベート嬢が開発した『自動迎撃システム・サンダーボルト』だ。彼女の『いちいち敵を相手にするのが面倒くさい』という負のエネルギーを、雷属性の魔力に変換して広範囲に放出する。敵意を持つ者が結界に触れた瞬間、自動的に排除される仕組みさ」
「負のエネルギー……!」
フレデリックが震える。
「つまり、リズの『拒絶』そのものが武器になっているというのか! 『私に近づくな』という彼女の乙女心が、雷となって具現化したのだ!」
「なんて高潔な拒絶……! ハーピーごときがリズ様の視界に入ろうなどと、100年早かったのだ!」
アレクセイが空に向かって剣を突き上げる。 彼らの解釈では、私は「戦わずして勝つ最強の聖女」ということになったらしい。 まあ、結果オーライだ。
こうして、いくつかの小競り合い(全てボタン一つで解決)を経つつ、私たちはついに目的地の上空へと到達した。
『嘆きの谷』。 北の国境に位置する、険しい山々に囲まれた渓谷だ。 そこは今、紫色に淀んだ濃密な瘴気に覆われ、太陽の光すら届かない闇の世界と化していた。
眼下を見下ろすと、谷の入り口にある『北壁の砦』が、魔物の大群に包囲されているのが見えた。 オーク、ゴブリン、オーガ、そして巨大なトロール。 数千、いや数万はいそうだ。 砦の結界は今にも消えそうで、兵士たちが必死に抵抗している様子が、豆粒のように小さく見える。
「……ひどい有様ね」
私は眉をひそめた。 2周目の記憶よりも、状況は悪化している気がする。 これも、私が引きこもって歴史を変えてしまった影響だろうか。
「リズ、どうする? 着陸するか?」
ルイスが聞いてくる。 私は首を横に振った。
「いいえ。あんな汚い地面に降りたくないわ。泥が跳ねるし」
「では?」
「このまま、空から『お掃除』するわ」
私は立ち上がり、窓辺に立った。 眼下の魔物たちが、空に浮かぶ私の部屋に気づき、咆哮を上げている。 彼らにとっては、格好の的(あるいはエサ)に見えるのだろう。
愚かな。 ここは私の『家』であり、私の『絶対領域』だ。 私のテリトリーに入り込んだ不法侵入者は、害虫として駆除する。
「アレクセイ! フレデリック殿下! 砦の兵士たちに伝えて! 『上を見るな』って!」
「了解だ! だが、なぜ!?」
「目が潰れるからよ!」
私は叫ぶと、部屋の中央にある魔法陣(浮遊機関の制御盤)に手をかざした。 そして、全ての魔力を『浄化』の属性に変換し、部屋の底面に向けて集中させる。
イメージするのは、太陽。 あるいは、超強力な殺菌ライト。
「固有魔法【絶対領域(サンクチュアリ)】――広域殲滅モード『天上の潔癖症(ヘヴンリー・クリーン)』!!」
カッッッ!!!!
私の部屋の底面から、直視できないほどの純白の光が放たれた。 それはレーザービームのように地上へ降り注ぎ、瘴気の海を貫いた。
ジュワアァァァァッ!!
光が触れた瞬間、魔物たちが蒸発していく。 悲鳴を上げる暇すらない。 闇の眷属である彼らにとって、私の高密度な聖なる魔力は、猛毒であり、焼き尽くす炎だ。 瘴気が霧散し、汚染された大地が浄化され、緑が芽吹く……まではいかないが、少なくとも毒素は消え失せる。
砦の兵士たちが、腕で顔を覆いながら叫ぶ。
「な、なんだこの光は!?」 「空から……後光が差している!」 「魔物たちが消えていく! 塵になって消えていくぞ!」
数秒後。 光が収まると、そこには何も残っていなかった。 魔物の大群も、淀んだ瘴気も、きれいにサッパリと『掃除』されていた。 残ったのは、呆然とする砦の守備兵たちと、湯気を立てる浄化された大地だけ。
「……ふぅ。スッキリした」
私は額の汗を拭った。 部屋の大掃除をした後のような爽快感だ。
外では、フレデリックとアレクセイが言葉を失っていた。
「……一撃」 「数万の魔物を……ただの一撃で……」
そして、ルイスが震える手でメモを取っている。
「信じられない。エネルギー効率が異常だ。通常の浄化魔法の1000倍の出力……。彼女は一体、何を燃料にしているんだ?」
「決まってるでしょ」
私はソファに戻り、新しい紅茶を淹れた。
「『絶対に地上に降りたくない』という執念よ」
ルイスは「なるほど……」と深く頷いた。 どうやら彼は、『執念エネルギー説』を提唱するつもりらしい。
こうして、私たちは無事に(?)戦場を制圧し、目的の『古代遺跡』への道を切り開いた。 砦の兵士たちは、空に浮かぶ私の部屋に向かって涙を流して拝んでいる。 「天空の女神様だ!」「パジャマ姿の女神様が見えたぞ!」という声が聞こえるが、聞かなかったことにする。
さあ、次はいよいよ遺跡の探索だ。 『星の聖杯』で結界を直し、そしてお待ちかねの『コールドスリープ装置』へダイブする。 私の永遠の安眠まで、あと一歩。
しかし。 遺跡の入り口、巨大な石扉の前に、一人の人物が立っているのが見えた。 黒いローブを纏い、不気味な杖を持った男。
「……誰?」
私は目を凝らした。 男は空を見上げ、ニヤリと笑った。 その顔には、見覚えがあった。
1周目の人生で、私に「悪役令嬢」の冤罪を着せる証拠を捏造した、あの怪しい占い師。 そして2周目の人生で、魔物を操り国を混乱に陥れた黒幕。 『魔導結社』の幹部、ゲオルグだ。
「……しつこい男ね」
私は不機嫌に舌打ちをした。 どうやら、私の安眠を妨げる最後のボスキャラが、そこで待ち構えているらしい。
でも関係ない。 今の私には、空飛ぶ要塞(部屋)と、最強のストーカー騎士団がついている。 そして何より、私自身が『早く寝たい』という最強のモチベーションで満たされているのだ。
「アレクセイ! 入り口にゴミが落ちてるわ! 掃除して!」
私はマイクで指示を出した。 さあ、最後の戦いだ。 パジャマのまま、世界を救って布団に入ろう。
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魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
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お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
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貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
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【完結】精霊に選ばれなかった私は…
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選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
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