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第16話 王宮の地下牢なら静かに暮らせますか?
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王宮前広場に不時着した、私の半壊した部屋『移動式絶対領域(モバイル・サンクチュアリ)』。 その床下の暗がりで、人類史上類を見ないカオスな修羅場が展開されていた。
「離しなさいよ! そこは私の寝床よ!」 「嫌だね! この棺は僕のマイホームだ! 所有権は1000年前から僕にある!」
私と、棺から出てきた謎の古代人少年シオンは、狭い床下で『時の揺り籠(コールドスリープ装置)』の占有権を巡って取っ組み合いをしていた。 私は枕(愛用品)で彼の頭を叩き、彼は私のパジャマの袖を引っ張って抵抗する。 レベルの低い争いだ。 だが、私たちにとっては死活問題である。
そんな私たちの頭上――床の穴からは、王太子フレデリックと騎士団長アレクセイ、そして隣国王子ルイスが顔を覗かせていた。
「リズ……! 答えてくれ! そのパジャマ姿の美少年は誰なんだ!」
フレデリックが悲痛な叫びを上げる。 彼の目には、私が「若いツバメ」を床下に囲っていたように見えているらしい。 とんでもない誤解だ。 こんな生意気なガキ、タダでもいらない。
「殿下、落ち着いてください。冷静に分析するのです」
ルイスが眼鏡(伊達)を光らせた。 彼はシオンを興味深そうに観察している。
「あの少年は、棺の中から現れた。つまり『古代人』だ。しかも、古代語を流暢に操り、エリザベート嬢と互角の『怠惰オーラ』を放っている。……只者ではない」
「古代人だと……? まさか、遺跡の主か!?」
アレクセイが剣の柄に手をかける。
「リズ様! 離れてください! その男は魔人かもしれません!」
「魔人じゃないわよ! ただの引きこもりよ!」
私はシオンの頬をつねりながら叫んだ。 シオンは「痛い痛い! 不敬だぞ!」と藻掻いている。
このままでは拉致が開かない。 外では王宮騎士団が包囲網を縮めているし、フレデリックは嫉妬(?)で発狂寸前だ。 私のささやかな望み――「静かに暮らしたい」という願いは、完全に崩壊している。
どうする? どうすれば、この騒がしい連中から逃れ、安眠を手に入れられる?
私は必死に思考を巡らせた。 逃げる場所はない。部屋は壊れた。 王宮の「特別室」に行けば、一生聖女として祀り上げられる。 このままここにいれば、見世物小屋の猿状態だ。
その時。 私の脳裏に、起死回生のアイデアが閃いた。
そうだ。 聖女だから追いかけられるのだ。 英雄だから期待されるのだ。 ならば。 『罪人』になってしまえばいいのではないか?
国家反逆罪レベルの大罪を犯せば、さすがの彼らも私を聖女とは呼べまい。 そして、罪人はどこへ行くか? そう、地下牢だ。 暗くて、静かで、冷たくて、誰も近づかない牢獄。 そここそが、私が求めていた『究極の個室』ではないか!
私はニヤリと笑った。 シオンが「ひっ、なんか怖い顔した」と引いているが無視する。
私はシオンの襟首を掴み、ズルズルと床の穴から這い出した。 そして、フレデリックたちの前に仁王立ちした。 パジャマは埃まみれ、髪はボサボサ。 手には、ふてくされた古代人の少年。
「……フレデリック殿下。騎士団長。それにルイス王子」
私は低く、ドスの効いた声を出した。
「聞いて驚きなさい。……私は、聖女などではありません」
「なっ……!?」 「リズ、何を言って……」
「私は! この国の法を犯した大罪人なのです!」
私はシオンを高々と掲げた(彼は「重いよ、降ろして」と文句を言っている)。
「見なさい、この少年を! 彼は古代遺跡の管理者にして、国家重要文化財級の生きた化石です! 私は彼を、国に無断で持ち出し、私物化しようとしました! これは『文化財保護法違反』および『古代人誘拐監禁罪』にあたります!」
シン……と、半壊した部屋に静寂が落ちる。
「さらに! 私は王家の所有物である遺跡を破壊し(ドリルで)、国境警備の任務を放棄して(寝てただけ)、勝手に帰ってきました! これは『職務怠慢』かつ『器物損壊』!」
私は畳み掛ける。
「極めつけに、王太子殿下である貴方の求婚を無視し続けています! これは『不敬罪』! どうですか! これでも私を聖女と呼びますか! さあ、私を捕らえなさい! そして、光の届かない地下牢の最下層へぶち込むのです!」
言った。 言ってやった。 これで彼らも、私に愛想を尽かすはずだ。 「なんて悪女だ! 牢屋に行け!」と罵ってくれるはずだ。
私は勝利を確信して、彼らの反応を待った。
しかし。 フレデリックの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「……リズ」
彼は震える声で呟いた。
「なんて……なんて優しい嘘をつくんだ」
は?
「君は、その少年を守ろうとしているんだね? 古代から蘇った彼が、現代社会で見世物にされたり、政治利用されたりするのを防ぐために、あえて『誘拐犯』の汚名を被ろうとしているんだね!」
違います。 本当に私物化するつもりでした。
「遺跡を壊したのも、古代の危険な兵器(タナトスとか)を封印するためだろう? 任務放棄? とんでもない! 君は魔物の大群を一撃で消滅させたじゃないか!」
「そうだ!」
アレクセイも号泣しながら叫ぶ。
「リズ様は、ご自身の功績を誇るどころか、全てを『罪』として背負おうとなさっている! あまりに高潔! あまりに自己犠牲的! これぞ聖女の中の聖女だ!」
なんでそうなるのよ。 私の悪事アピールが、全部プラスに変換されていく。
「違うわ! 聞いて! 私は本当に悪い女なの! お菓子を独り占めするし、二度寝はするし、お風呂のお湯は出しっぱなしにするし!」
「ああ、可愛い!」
フレデリックが私を抱きしめようとする(避けた)。
「そんな些細な欠点すら、君の人間味を引き立てるスパイスでしかない! リズ、君は無罪だ! いや、勲章ものだ!」
失敗だ。 完全に作戦失敗だ。 このままでは、地下牢どころか、パレードの主役として街中を引き回されてしまう。
私は助けを求めて、ルイス王子を見た。 彼なら、この茶番を冷静に分析してくれるはずだ。
「……ルイス殿下。貴方なら分かるでしょう? 私が危険人物だって」
ルイスは顎に手を当て、シオンをじっと見つめていた。 そして、ニヤリと笑った。
「……そうだね。エリザベート嬢の言う通りだ」
お! 来たか!
「彼女は危険だ。特に、その少年――古代の知識を持つ『特異点』を独占しようとした行為は、国家間のパワーバランスを崩しかねない」
ナイス、ルイス! もっと言って!
「したがって、彼女をこのまま放置するのはリスクが高い。……フレデリック殿下。彼女の希望通り、一度『収監』してはどうだろうか?」
「なっ、ルイス殿下!? 正気か!?」
フレデリックが食ってかかる。 だが、ルイスは冷静に続けた。
「考えてみたまえ。今、街はリズ様フィーバーで沸き返っている。もし彼女が普通に屋敷に帰れば、群衆が押し寄せ、彼女の安息は失われるだろう」
そうそう。その通り。
「彼女を守るためにも、一時的に『公的な管理下』に置く必要がある。そして、王宮の地下牢こそが、最も警備が厳重で、外部からの干渉を遮断できる場所だ」
フレデリックとアレクセイが顔を見合わせた。
「……確かに。屋敷はもう、プレゼントの山で埋まっているしな」 「王宮の地下なら、我々近衛騎士団の総本部がある。警備は完璧だ」
揺れている。 あと一押しだ。
「お願いします!」
私は土下座の勢いで頭を下げた。 シオンも、空気を読んで(というか面倒くさくなって)同調する。
「僕もそっちがいいなー。ここ寒いし、埃っぽいし。牢屋でもいいから、屋根と壁があるところに行きたい」
二人の『牢屋に入りたい』という熱意に押され、ついにフレデリックが折れた。
「……分かった。リズがそこまで言うなら」
彼は苦渋の決断を下した。
「リズを、王宮地下の『特別独房』へ収容する! ただし、これは逮捕ではない! 『保護』だ! いいね?」
「名目はなんでもいいです! 早く入れて!」
やった。 勝った。 ついに私は、合法的に引きこもれる場所を手に入れたのだ。
◇ ◇ ◇
こうして、私とシオンは、厳重な警備のもと、王宮へと連行された。 広場の群衆は、「リズ様が王宮へ入られるぞ!」「国賓待遇だ!」と勘違いして歓声を上げていたが、私たちは裏口から地下へと続く階段を降りていった。
王宮の地下。 そこは、ひんやりとした冷気に満ち、石造りの壁が重厚な静寂を作っていた。 松明の明かりが揺れ、カツ、カツという足音が響く。
「……いい雰囲気ね」
私は満足げに呟いた。 これだ。この静けさだ。 ここなら、父の持ち込む国家プロジェクトも、マリアの持ち込む新作ドレスも届かない。
「暗いなぁ。お化け出そう」
シオンは不満そうだが、私にとっては最高のリラクゼーション空間だ。
長い廊下を抜け、最深部にある鉄の扉の前で、案内役のアレクセイが立ち止まった。
「こちらです、リズ様。ここが、王宮で最も堅牢な『開かずの間』……かつての大罪人が幽閉されていた独房です」
ゴゴゴゴゴ……。 重々しい音を立てて、鉄扉が開く。 私は期待に胸を膨らませて、中へと足を踏み入れた。 湿った藁のベッドと、錆びた手錠が待っているはずだ。
しかし。 私の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
「……はい?」
そこは、広かった。 私の実家の部屋より広いかもしれない。 床には最高級のペルシャ絨毯が敷き詰められ、壁には美しいタペストリーが飾られている。 中央には、天蓋付きのキングサイズベッド(羽毛布団マシマシ)。 部屋の隅には、最新式の猫足バスタブ(給湯機能付き魔道具)があり、湯気を立てている。 さらに、壁一面の本棚には、恋愛小説から漫画までがズラリと並び、テーブルの上には山盛りのスイーツとフルーツが用意されていた。
「な、何これ……?」
私は呆然と立ち尽くした。 鉄格子はある。入り口には厳重な鍵もついている。 構造としては確かに「牢屋」だが、内装が完全に「五つ星ホテルのスイートルーム」だ。
「気に入っていただけましたか?」
フレデリックが背後から顔を出し、照れくさそうに言った。
「君が『地下牢がいい』と言い出した時のために、急いで改装させたんだ。ここなら、湿気もないし、ネズミもいない。防音魔法も完備だ。どうだい、リズ?」
「……」
私は言葉を失った。 違う。 私が求めていたのは、こういう「お膳立てされた快適さ」じゃない。 もっとこう、世間から見捨てられた孤独感とか、背徳感のある安らぎだったのに。 これでは、ただの豪華な軟禁生活ではないか。
「わあ、すっげー! コーラあるじゃん!」
シオンが歓声を上げて部屋に飛び込んだ。 テーブルの上の飲み物(炭酸水にハーブを入れたもの)を勝手に飲んでいる。
「このベッドも最高! 棺桶よりフカフカだ!」
彼は早速ベッドにダイブし、ゴロゴロし始めた。 順応性が高すぎる。
「リズ様、こちらに着替えも用意してあります」
マリアが、どこからともなく現れて、シルクのパジャマ(新品)を差し出した。 彼女までついてきたのか。
「さあ、お風呂にしますか? それともご飯? それとも、まずは二度寝?」
至れり尽くせりだ。 否定しようがないほど、完璧な「引きこもり環境」が提供されている。 なのに、なぜだろう。 この「釈然としない」感じは。
「……とりあえず、お風呂にするわ」
私はため息をつき、パジャマを受け取った。 文句を言っても始まらない。 泥だらけの体を洗えるだけマシだと思おう。
ガチャリ。 鉄格子が閉まり、鍵がかけられる音がした。 アレクセイが敬礼する。
「では、私はこの扉の前で警備に立ちます。ご用があれば、いつでもお呼びください」
「僕も、上の執務室にいるからね! 寂しくなったらいつでも呼んでくれ!」
フレデリックが手を振って去っていく。
静寂が戻った。 私はバスタブに浸かり、温かいお湯に身を委ねた。 極楽だ。 遺跡での戦いが嘘のようだ。
「……ふぅ」
これでいいのかもしれない。 王宮の地下、誰にも邪魔されない空間。 同居人は、ポテチを食い散らかして寝ている古代人のガキ一人。 理想的と言えば理想的だ。
しかし。 私が「これで安泰だ」と思ったのは、甘かった。 ここは「牢屋」である。 そして牢屋には、「面会」というシステムが存在するのだ。
翌日から、私の静かな牢獄生活は、王都中のVIPたちが訪れる「聖女詣で」の聖地と化すことになる。
◇
翌朝。 私はシオンのいびきで目を覚ました。 彼はベッドの半分を占領し、羊のように丸まって寝ている。 まあいい。キングサイズだから邪魔にはならない。
優雅に朝食(ルームサービス)を取ろうとした時、鉄格子の向こうから声がした。
「失礼します。……面会人をお連れしました」
看守(アレクセイの部下)が、恐縮しながら言った。 面会? 誰だ。父か?
現れたのは、仕立ての良いスーツを着た、恰幅の良い男性たちだった。
「おお……! ここにおわすのが、聖女リズ様か!」 「なんと質素な(豪華だけど)暮らしぶり……! 涙が出ます!」
彼らは鉄格子にへばりつき、私を拝み始めた。
「誰?」
「へへぇ! 私は『王都砂糖商人組合』の代表でございます! リズ様のおかげで、砂糖の売り上げが10倍になりました! これは感謝のしるしの『黄金の角砂糖』です!」
鉄格子の隙間から、金色の箱が差し入れられる。
「私は『安眠枕ギルド』のマスターです! 新作の『雲の上の寝心地枕』を献上しに参りました!」 「私は『パジャマ愛好会』の会長です!」
次々と現れる商人たち。 彼らは口々に感謝を述べ、貢ぎ物を置いていく。 牢屋の前が、またしても物資で埋まっていく。
「ちょ、ちょっと! 困ります! ここは独房よ! 面会謝絶よ!」
「まあまあ、リズ様。彼らも貴女に会いたくて、朝の5時から並んでいたのですから」
アレクセイが苦笑いしながら交通整理をしている。 行列ができているらしい。 王宮の地下廊下に、長蛇の列が。
さらに、午後になると、もっと厄介な客が来た。
「……ごめんください」
控えめなノックと共に現れたのは、眼鏡をかけた真面目そうな貴族たち。 彼らは手に大量の書類を持っていた。
「私たちは『内務省・リズ様政策実行委員会』の者です」
「……何それ」
「現在、王都で進めている『快眠プロジェクト』について、いくつか決裁をいただきたく……」
彼らは鉄越越しに、分厚い書類を広げた。
「『二度寝推奨条例』の草案ですが、二度寝の定義を『起床後30分以内の再入眠』とするか、『1時間以内』とするかで揉めておりまして」
「どっちでもいいわよ! 眠ければ寝る、それが二度寝よ!」
「なるほど! 『生理的欲求に基づく柔軟な運用』ですね! いただきます!」
彼らは熱心にメモを取り、ハンコ(国璽はアレクセイが持っている)をもらって帰っていく。 まるで、ここが王の執務室のようだ。 私がパジャマで適当に言ったことが、そのまま法律になっていく恐怖。
そして夜。 やっと静かになったかと思えば、今度は隣のベッドで寝ていたシオンが起き出した。
「ねえ、リズ。暇だね」
「暇こそが至高よ。黙って寝てなさい」
「やだ。遊びたい。……ねえ、ルイスって人が置いていったこの『魔導コンソール』、王宮のメインシステムに繋がってるみたいだけど、ハッキングしていい?」
「は? ダメに決まってるでしょ」
「えー。でも、セキュリティがザルなんだもん。……あ、入れた」
シオンが空中に浮かぶホログラム画面を操作している。 指先が残像が見えるほど速い。
「何してんのよ!」
「んーとね、王宮の照明システムをいじって、毎晩8時に『強制消灯・おやすみモード』になるように設定したよ。これで国民全員、早寝早起きだね」
「あんた……天才か、馬鹿かどっちなの」
「あと、給食のメニューを『毎日ポテチとコーラ』に変えておいた」
「それは戻しなさい! 栄養バランスが死ぬわ!」
牢屋の中も外も、カオスだ。 私の安息の地は、完全に『王国の司令塔』と化してしまった。 これなら、空を飛んでいた時の方がまだマシだったかもしれない。
私は枕に顔を埋め、叫びたい衝動を堪えた。 王宮の地下牢なら静かに暮らせる? 大間違いだ。 ここは今、国で一番ホットな観光地であり、政治の中心地なのだから。
その時。 廊下の奥から、また新しい足音が聞こえてきた。 今度は、一人ではない。 複数の、そして重々しい、権力者の足音だ。
現れたのは、隣国の王族の正装を纏ったルイス王子。 そして、その隣には、彼によく似た、しかしさらに威厳のある初老の男性。
アークライド国王だ。
「……ここか。我が息子を誑かし、国のシステムをハッキングしたという古代の悪童と、噂の聖女がいる場所は」
国王の鋭い眼光が、鉄格子越しに私とシオンを射抜いた。 シオンが「あ、やべ。バレた」と舌を出す。
……どうやら、私の牢獄生活は、国際問題へと発展しようとしているらしい。 「誰か……私を無人島に流して……」
私の切実な願いは、王宮の地下深くに虚しく響き渡った。
「離しなさいよ! そこは私の寝床よ!」 「嫌だね! この棺は僕のマイホームだ! 所有権は1000年前から僕にある!」
私と、棺から出てきた謎の古代人少年シオンは、狭い床下で『時の揺り籠(コールドスリープ装置)』の占有権を巡って取っ組み合いをしていた。 私は枕(愛用品)で彼の頭を叩き、彼は私のパジャマの袖を引っ張って抵抗する。 レベルの低い争いだ。 だが、私たちにとっては死活問題である。
そんな私たちの頭上――床の穴からは、王太子フレデリックと騎士団長アレクセイ、そして隣国王子ルイスが顔を覗かせていた。
「リズ……! 答えてくれ! そのパジャマ姿の美少年は誰なんだ!」
フレデリックが悲痛な叫びを上げる。 彼の目には、私が「若いツバメ」を床下に囲っていたように見えているらしい。 とんでもない誤解だ。 こんな生意気なガキ、タダでもいらない。
「殿下、落ち着いてください。冷静に分析するのです」
ルイスが眼鏡(伊達)を光らせた。 彼はシオンを興味深そうに観察している。
「あの少年は、棺の中から現れた。つまり『古代人』だ。しかも、古代語を流暢に操り、エリザベート嬢と互角の『怠惰オーラ』を放っている。……只者ではない」
「古代人だと……? まさか、遺跡の主か!?」
アレクセイが剣の柄に手をかける。
「リズ様! 離れてください! その男は魔人かもしれません!」
「魔人じゃないわよ! ただの引きこもりよ!」
私はシオンの頬をつねりながら叫んだ。 シオンは「痛い痛い! 不敬だぞ!」と藻掻いている。
このままでは拉致が開かない。 外では王宮騎士団が包囲網を縮めているし、フレデリックは嫉妬(?)で発狂寸前だ。 私のささやかな望み――「静かに暮らしたい」という願いは、完全に崩壊している。
どうする? どうすれば、この騒がしい連中から逃れ、安眠を手に入れられる?
私は必死に思考を巡らせた。 逃げる場所はない。部屋は壊れた。 王宮の「特別室」に行けば、一生聖女として祀り上げられる。 このままここにいれば、見世物小屋の猿状態だ。
その時。 私の脳裏に、起死回生のアイデアが閃いた。
そうだ。 聖女だから追いかけられるのだ。 英雄だから期待されるのだ。 ならば。 『罪人』になってしまえばいいのではないか?
国家反逆罪レベルの大罪を犯せば、さすがの彼らも私を聖女とは呼べまい。 そして、罪人はどこへ行くか? そう、地下牢だ。 暗くて、静かで、冷たくて、誰も近づかない牢獄。 そここそが、私が求めていた『究極の個室』ではないか!
私はニヤリと笑った。 シオンが「ひっ、なんか怖い顔した」と引いているが無視する。
私はシオンの襟首を掴み、ズルズルと床の穴から這い出した。 そして、フレデリックたちの前に仁王立ちした。 パジャマは埃まみれ、髪はボサボサ。 手には、ふてくされた古代人の少年。
「……フレデリック殿下。騎士団長。それにルイス王子」
私は低く、ドスの効いた声を出した。
「聞いて驚きなさい。……私は、聖女などではありません」
「なっ……!?」 「リズ、何を言って……」
「私は! この国の法を犯した大罪人なのです!」
私はシオンを高々と掲げた(彼は「重いよ、降ろして」と文句を言っている)。
「見なさい、この少年を! 彼は古代遺跡の管理者にして、国家重要文化財級の生きた化石です! 私は彼を、国に無断で持ち出し、私物化しようとしました! これは『文化財保護法違反』および『古代人誘拐監禁罪』にあたります!」
シン……と、半壊した部屋に静寂が落ちる。
「さらに! 私は王家の所有物である遺跡を破壊し(ドリルで)、国境警備の任務を放棄して(寝てただけ)、勝手に帰ってきました! これは『職務怠慢』かつ『器物損壊』!」
私は畳み掛ける。
「極めつけに、王太子殿下である貴方の求婚を無視し続けています! これは『不敬罪』! どうですか! これでも私を聖女と呼びますか! さあ、私を捕らえなさい! そして、光の届かない地下牢の最下層へぶち込むのです!」
言った。 言ってやった。 これで彼らも、私に愛想を尽かすはずだ。 「なんて悪女だ! 牢屋に行け!」と罵ってくれるはずだ。
私は勝利を確信して、彼らの反応を待った。
しかし。 フレデリックの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「……リズ」
彼は震える声で呟いた。
「なんて……なんて優しい嘘をつくんだ」
は?
「君は、その少年を守ろうとしているんだね? 古代から蘇った彼が、現代社会で見世物にされたり、政治利用されたりするのを防ぐために、あえて『誘拐犯』の汚名を被ろうとしているんだね!」
違います。 本当に私物化するつもりでした。
「遺跡を壊したのも、古代の危険な兵器(タナトスとか)を封印するためだろう? 任務放棄? とんでもない! 君は魔物の大群を一撃で消滅させたじゃないか!」
「そうだ!」
アレクセイも号泣しながら叫ぶ。
「リズ様は、ご自身の功績を誇るどころか、全てを『罪』として背負おうとなさっている! あまりに高潔! あまりに自己犠牲的! これぞ聖女の中の聖女だ!」
なんでそうなるのよ。 私の悪事アピールが、全部プラスに変換されていく。
「違うわ! 聞いて! 私は本当に悪い女なの! お菓子を独り占めするし、二度寝はするし、お風呂のお湯は出しっぱなしにするし!」
「ああ、可愛い!」
フレデリックが私を抱きしめようとする(避けた)。
「そんな些細な欠点すら、君の人間味を引き立てるスパイスでしかない! リズ、君は無罪だ! いや、勲章ものだ!」
失敗だ。 完全に作戦失敗だ。 このままでは、地下牢どころか、パレードの主役として街中を引き回されてしまう。
私は助けを求めて、ルイス王子を見た。 彼なら、この茶番を冷静に分析してくれるはずだ。
「……ルイス殿下。貴方なら分かるでしょう? 私が危険人物だって」
ルイスは顎に手を当て、シオンをじっと見つめていた。 そして、ニヤリと笑った。
「……そうだね。エリザベート嬢の言う通りだ」
お! 来たか!
「彼女は危険だ。特に、その少年――古代の知識を持つ『特異点』を独占しようとした行為は、国家間のパワーバランスを崩しかねない」
ナイス、ルイス! もっと言って!
「したがって、彼女をこのまま放置するのはリスクが高い。……フレデリック殿下。彼女の希望通り、一度『収監』してはどうだろうか?」
「なっ、ルイス殿下!? 正気か!?」
フレデリックが食ってかかる。 だが、ルイスは冷静に続けた。
「考えてみたまえ。今、街はリズ様フィーバーで沸き返っている。もし彼女が普通に屋敷に帰れば、群衆が押し寄せ、彼女の安息は失われるだろう」
そうそう。その通り。
「彼女を守るためにも、一時的に『公的な管理下』に置く必要がある。そして、王宮の地下牢こそが、最も警備が厳重で、外部からの干渉を遮断できる場所だ」
フレデリックとアレクセイが顔を見合わせた。
「……確かに。屋敷はもう、プレゼントの山で埋まっているしな」 「王宮の地下なら、我々近衛騎士団の総本部がある。警備は完璧だ」
揺れている。 あと一押しだ。
「お願いします!」
私は土下座の勢いで頭を下げた。 シオンも、空気を読んで(というか面倒くさくなって)同調する。
「僕もそっちがいいなー。ここ寒いし、埃っぽいし。牢屋でもいいから、屋根と壁があるところに行きたい」
二人の『牢屋に入りたい』という熱意に押され、ついにフレデリックが折れた。
「……分かった。リズがそこまで言うなら」
彼は苦渋の決断を下した。
「リズを、王宮地下の『特別独房』へ収容する! ただし、これは逮捕ではない! 『保護』だ! いいね?」
「名目はなんでもいいです! 早く入れて!」
やった。 勝った。 ついに私は、合法的に引きこもれる場所を手に入れたのだ。
◇ ◇ ◇
こうして、私とシオンは、厳重な警備のもと、王宮へと連行された。 広場の群衆は、「リズ様が王宮へ入られるぞ!」「国賓待遇だ!」と勘違いして歓声を上げていたが、私たちは裏口から地下へと続く階段を降りていった。
王宮の地下。 そこは、ひんやりとした冷気に満ち、石造りの壁が重厚な静寂を作っていた。 松明の明かりが揺れ、カツ、カツという足音が響く。
「……いい雰囲気ね」
私は満足げに呟いた。 これだ。この静けさだ。 ここなら、父の持ち込む国家プロジェクトも、マリアの持ち込む新作ドレスも届かない。
「暗いなぁ。お化け出そう」
シオンは不満そうだが、私にとっては最高のリラクゼーション空間だ。
長い廊下を抜け、最深部にある鉄の扉の前で、案内役のアレクセイが立ち止まった。
「こちらです、リズ様。ここが、王宮で最も堅牢な『開かずの間』……かつての大罪人が幽閉されていた独房です」
ゴゴゴゴゴ……。 重々しい音を立てて、鉄扉が開く。 私は期待に胸を膨らませて、中へと足を踏み入れた。 湿った藁のベッドと、錆びた手錠が待っているはずだ。
しかし。 私の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
「……はい?」
そこは、広かった。 私の実家の部屋より広いかもしれない。 床には最高級のペルシャ絨毯が敷き詰められ、壁には美しいタペストリーが飾られている。 中央には、天蓋付きのキングサイズベッド(羽毛布団マシマシ)。 部屋の隅には、最新式の猫足バスタブ(給湯機能付き魔道具)があり、湯気を立てている。 さらに、壁一面の本棚には、恋愛小説から漫画までがズラリと並び、テーブルの上には山盛りのスイーツとフルーツが用意されていた。
「な、何これ……?」
私は呆然と立ち尽くした。 鉄格子はある。入り口には厳重な鍵もついている。 構造としては確かに「牢屋」だが、内装が完全に「五つ星ホテルのスイートルーム」だ。
「気に入っていただけましたか?」
フレデリックが背後から顔を出し、照れくさそうに言った。
「君が『地下牢がいい』と言い出した時のために、急いで改装させたんだ。ここなら、湿気もないし、ネズミもいない。防音魔法も完備だ。どうだい、リズ?」
「……」
私は言葉を失った。 違う。 私が求めていたのは、こういう「お膳立てされた快適さ」じゃない。 もっとこう、世間から見捨てられた孤独感とか、背徳感のある安らぎだったのに。 これでは、ただの豪華な軟禁生活ではないか。
「わあ、すっげー! コーラあるじゃん!」
シオンが歓声を上げて部屋に飛び込んだ。 テーブルの上の飲み物(炭酸水にハーブを入れたもの)を勝手に飲んでいる。
「このベッドも最高! 棺桶よりフカフカだ!」
彼は早速ベッドにダイブし、ゴロゴロし始めた。 順応性が高すぎる。
「リズ様、こちらに着替えも用意してあります」
マリアが、どこからともなく現れて、シルクのパジャマ(新品)を差し出した。 彼女までついてきたのか。
「さあ、お風呂にしますか? それともご飯? それとも、まずは二度寝?」
至れり尽くせりだ。 否定しようがないほど、完璧な「引きこもり環境」が提供されている。 なのに、なぜだろう。 この「釈然としない」感じは。
「……とりあえず、お風呂にするわ」
私はため息をつき、パジャマを受け取った。 文句を言っても始まらない。 泥だらけの体を洗えるだけマシだと思おう。
ガチャリ。 鉄格子が閉まり、鍵がかけられる音がした。 アレクセイが敬礼する。
「では、私はこの扉の前で警備に立ちます。ご用があれば、いつでもお呼びください」
「僕も、上の執務室にいるからね! 寂しくなったらいつでも呼んでくれ!」
フレデリックが手を振って去っていく。
静寂が戻った。 私はバスタブに浸かり、温かいお湯に身を委ねた。 極楽だ。 遺跡での戦いが嘘のようだ。
「……ふぅ」
これでいいのかもしれない。 王宮の地下、誰にも邪魔されない空間。 同居人は、ポテチを食い散らかして寝ている古代人のガキ一人。 理想的と言えば理想的だ。
しかし。 私が「これで安泰だ」と思ったのは、甘かった。 ここは「牢屋」である。 そして牢屋には、「面会」というシステムが存在するのだ。
翌日から、私の静かな牢獄生活は、王都中のVIPたちが訪れる「聖女詣で」の聖地と化すことになる。
◇
翌朝。 私はシオンのいびきで目を覚ました。 彼はベッドの半分を占領し、羊のように丸まって寝ている。 まあいい。キングサイズだから邪魔にはならない。
優雅に朝食(ルームサービス)を取ろうとした時、鉄格子の向こうから声がした。
「失礼します。……面会人をお連れしました」
看守(アレクセイの部下)が、恐縮しながら言った。 面会? 誰だ。父か?
現れたのは、仕立ての良いスーツを着た、恰幅の良い男性たちだった。
「おお……! ここにおわすのが、聖女リズ様か!」 「なんと質素な(豪華だけど)暮らしぶり……! 涙が出ます!」
彼らは鉄格子にへばりつき、私を拝み始めた。
「誰?」
「へへぇ! 私は『王都砂糖商人組合』の代表でございます! リズ様のおかげで、砂糖の売り上げが10倍になりました! これは感謝のしるしの『黄金の角砂糖』です!」
鉄格子の隙間から、金色の箱が差し入れられる。
「私は『安眠枕ギルド』のマスターです! 新作の『雲の上の寝心地枕』を献上しに参りました!」 「私は『パジャマ愛好会』の会長です!」
次々と現れる商人たち。 彼らは口々に感謝を述べ、貢ぎ物を置いていく。 牢屋の前が、またしても物資で埋まっていく。
「ちょ、ちょっと! 困ります! ここは独房よ! 面会謝絶よ!」
「まあまあ、リズ様。彼らも貴女に会いたくて、朝の5時から並んでいたのですから」
アレクセイが苦笑いしながら交通整理をしている。 行列ができているらしい。 王宮の地下廊下に、長蛇の列が。
さらに、午後になると、もっと厄介な客が来た。
「……ごめんください」
控えめなノックと共に現れたのは、眼鏡をかけた真面目そうな貴族たち。 彼らは手に大量の書類を持っていた。
「私たちは『内務省・リズ様政策実行委員会』の者です」
「……何それ」
「現在、王都で進めている『快眠プロジェクト』について、いくつか決裁をいただきたく……」
彼らは鉄越越しに、分厚い書類を広げた。
「『二度寝推奨条例』の草案ですが、二度寝の定義を『起床後30分以内の再入眠』とするか、『1時間以内』とするかで揉めておりまして」
「どっちでもいいわよ! 眠ければ寝る、それが二度寝よ!」
「なるほど! 『生理的欲求に基づく柔軟な運用』ですね! いただきます!」
彼らは熱心にメモを取り、ハンコ(国璽はアレクセイが持っている)をもらって帰っていく。 まるで、ここが王の執務室のようだ。 私がパジャマで適当に言ったことが、そのまま法律になっていく恐怖。
そして夜。 やっと静かになったかと思えば、今度は隣のベッドで寝ていたシオンが起き出した。
「ねえ、リズ。暇だね」
「暇こそが至高よ。黙って寝てなさい」
「やだ。遊びたい。……ねえ、ルイスって人が置いていったこの『魔導コンソール』、王宮のメインシステムに繋がってるみたいだけど、ハッキングしていい?」
「は? ダメに決まってるでしょ」
「えー。でも、セキュリティがザルなんだもん。……あ、入れた」
シオンが空中に浮かぶホログラム画面を操作している。 指先が残像が見えるほど速い。
「何してんのよ!」
「んーとね、王宮の照明システムをいじって、毎晩8時に『強制消灯・おやすみモード』になるように設定したよ。これで国民全員、早寝早起きだね」
「あんた……天才か、馬鹿かどっちなの」
「あと、給食のメニューを『毎日ポテチとコーラ』に変えておいた」
「それは戻しなさい! 栄養バランスが死ぬわ!」
牢屋の中も外も、カオスだ。 私の安息の地は、完全に『王国の司令塔』と化してしまった。 これなら、空を飛んでいた時の方がまだマシだったかもしれない。
私は枕に顔を埋め、叫びたい衝動を堪えた。 王宮の地下牢なら静かに暮らせる? 大間違いだ。 ここは今、国で一番ホットな観光地であり、政治の中心地なのだから。
その時。 廊下の奥から、また新しい足音が聞こえてきた。 今度は、一人ではない。 複数の、そして重々しい、権力者の足音だ。
現れたのは、隣国の王族の正装を纏ったルイス王子。 そして、その隣には、彼によく似た、しかしさらに威厳のある初老の男性。
アークライド国王だ。
「……ここか。我が息子を誑かし、国のシステムをハッキングしたという古代の悪童と、噂の聖女がいる場所は」
国王の鋭い眼光が、鉄格子越しに私とシオンを射抜いた。 シオンが「あ、やべ。バレた」と舌を出す。
……どうやら、私の牢獄生活は、国際問題へと発展しようとしているらしい。 「誰か……私を無人島に流して……」
私の切実な願いは、王宮の地下深くに虚しく響き渡った。
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