3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人

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第17話 聖女の監禁生活、快適すぎて出たくない

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 王宮の地下最深部にある特別独房――通称『聖女のスイートルーム』には、今日も今日とて、重苦しい空気が流れるどころか、緩みきった空気が充満していた。

 ペルシャ絨毯の上には、食べかけのポテトチップスと空のコーラ瓶が散乱している。  天蓋付きのキングサイズベッドでは、私と古代人少年シオンが、頭と足を互い違いにして寝転がり、ダラダラと漫画(異世界転生もの)を読んでいた。

「ねえリズー。この主人公、転生してすぐにチート能力で無双してるけどさあ、労働意欲高すぎない? 僕なら能力もらった時点で隠居するね」 「同感よシオン。世界を救うとか魔王を倒すとか、コスパが悪すぎるわ。私なら『無限に湧き出る布団』とか『自動で口に入ってくるプリン』の能力をもらうわね」

 私たちはページをめくりながら、生産性の欠片もない会話を交わしていた。  ここに来て数日。  私たちは完全に適応していた。  いや、堕落していた。

 外の世界(地上)では、私の「罪人としての収監」が、なぜか「聖女様の地下瞑想」として美化され、国民が王宮に向かって祈りを捧げているらしいが、知ったことではない。  ここには、ふかふかのベッドがある。  読み放題の本がある。  マリアが三食運んでくる絶品料理がある。  そして何より、鉄格子という絶対的な『壁』が、私たちを社会の荒波から守ってくれている。

「……最高」

 私は天井を見上げて呟いた。  こここそが、私が求めていた約束の地(エルドラド)かもしれない。  もう一生、ここから出たくない。

 しかし。  そんな自堕落な楽園に、最大級の緊張が走る瞬間が訪れた。

 カツ、カツ、カツ……。

 重厚で、威厳に満ちた足音が廊下に響く。  看守たちが直立不動で敬礼する気配。  そして、鉄格子の前に現れたのは、隣国アークライドの支配者、国王ヴァルガス・ヴァン・アークライドその人だった。

 銀髪に混じる白いものが、彼の積み重ねてきた激動の時を物語っている。  鋭い眼光は、まるで魂の重さを量る天秤のようだ。  その隣には、息子のルイス王子が、面白そうな顔をして控えている。

「……面を上げよ」

 ヴァルガス国王が、腹の底に響く声で言った。  私とシオンは、ベッドの上でゴロゴロしたまま、顔だけを向けた。  ポテチのカスが口元についている。

「……誰?」 「リズ、あのおじさん誰? 新しいルームサービス?」

 私たちのあまりに緊張感のない態度に、背後の近衛騎士たちが「ひっ!」と息を呑む。  不敬罪で即処刑されてもおかしくないレベルだ。

 しかし、ヴァルガス国王は眉一つ動かさなかった。  じっと私たちを見下ろし、そしてルイスに問うた。

「ルイスよ。これが、我が国を脅かす『古代の悪童』と、貴様が報告書で絶賛していた『効率化の女神』か?」

「はい、父上。ご覧の通り、彼らは『無駄な動き』を一切しません。挨拶すら省略することで、カロリー消費を最小限に抑えています」

「ふむ……」

 国王の視線が、私に突き刺さる。

「エリザベート・フォン・ローゼンバーグ。貴様が我が息子をたぶらかし、さらには我が国の古代遺産を私物化しようとした大罪人か」

 お、その設定で来てくれるのか。  私は内心ガッツポーズをした。  ここで彼が激怒してくれれば、私は晴れて「国際指名手配犯」となり、この地下牢よりもさらに深い、誰も来ない独房へ送ってもらえるかもしれない。

 私はベッドから降り、わざとふてぶてしい態度で鉄格子の前に立った。  パジャマのポケットに手を突っ込んだままで。

「ええ、そうですわ陛下。私は稀代の悪女です。貴国の王子を誘惑し(てないけど)、国宝級の棺桶を盗み出し(ようとしたけど)、今はこうして税金でニート生活を送っています。どうです、憎たらしいでしょう? さあ、今すぐ私を極刑に処してください。具体的には、無人島への流刑が希望です」

 完璧な挑発だ。  これで外交問題待ったなし。

 国王は目を細めた。  そして、低い声で唸った。

「……無人島への流刑、だと?」

「はい。誰一人いない、静かな島へ。食料と本と寝具だけ持たせて、二度と社会に戻れないようにしてください」

「ほう……。社会からの完全なる隔絶を望むか」

 国王が顎を撫でる。  その表情が、怒りから徐々に『感嘆』へと変わっていくのを、私は見逃さなかった。  え? なんで?

「欲がない……。あまりにも欲がない」

 国王が呟いた。

「普通、これだけの美貌と才能を持ち、二国の王子から求愛されていれば、王妃の座や権力を望むものだ。あるいは、命乞いをして贅沢な暮らしを求めるものだ。だが、この娘は違う」

 国王が一歩近づく。

「自ら『孤独』を望み、『静寂』を求める。それはつまり、俗世の権力闘争や物質的な富になど価値がないと悟っている証拠! これぞ、王者の風格! いや、解脱した聖人の境地か!」

 違います。  ただの人嫌いです。

「ルイスが『女神』と呼ぶのも頷ける。彼女の瞳を見ろ。一切の野心がない。あるのは、深淵のような『虚無(眠気)』だけだ!」

 眠いだけです。

 国王の解釈が、完全にルミナステラ王国の人々(フレデリックたち)と同じベクトルで暴走し始めた。  この世界の王族は、みんなポジティブシンキングの講習でも受けているのか?

「そして、そこの少年」

 国王の矛先がシオンに向く。  シオンは面倒くさそうに起き上がり、あくびをした。

「なにー? 僕、今いいところまで読んでたんだけど」

「貴様だな。我が国の中枢システムに侵入し、給食のメニューを書き換えたのは」

「ああ、あれ? だって不味そうだったじゃん、玄米と野菜スティックとか。成長期にはジャンクフードが必要なんだよ」

「……セキュリティを突破した手口は?」

「手口も何も、パスワードが『123456』だったよ。ナメてんの? 1000年前の幼稚園児でも解けるよ」

 シオンが鼻で笑う。  国王の側近たちが「ぐぬぬ……」と悔しそうに歯噛みする。

 だが、国王は違った。  彼はニヤリと、凶悪な笑みを浮かべたのだ。

「面白い。我が国の鉄壁と言われたサイバー魔導防壁を、幼稚園児レベルと断じるか。……貴様、名は?」

「シオン。……まあ、昔は『機工帝シオン』とか呼ばれてた気もするけど」

 機工帝。  なんかすごい二つ名が出た。  ルイスが小声で解説を入れる。  「父上。アークライド王家の古文書にある、初代国王の弟君の名前と一致します。彼は天才的な魔導技師でしたが、建国直後に『めんどくさい』と言って姿を消したとされています」

 ……血筋か。  この引きこもり気質は、1000年越しの遺伝子レベルの問題だったのか。

 国王はシオンを見つめ、そして高らかに笑った。

「ハハハハハ! 愉快だ! まさか我が祖先の(かもしれない)不良少年と、現代の怠惰な聖女が、ここで手を組んでいるとは!」

 国王は鉄格子をバンと叩いた。

「気に入った! 貴様らを処刑などせん! むしろ、我が国の『最高顧問』として迎え入れたいくらいだ!」

「お断りします」 「やだね」

 私とシオンの声がハモった。

「そう言うな。……エリザベートよ。貴様がここで『監禁生活』を満喫していることは分かった。だが、タダ飯を食わせるわけにはいかん。我が国との同盟交渉において、貴様の知恵を借りたい」

「知恵? ありませんよ、そんなもの」

「あるはずだ。貴様が行った『王都改造計画』。あれは見事だった。我が国も導入したい。ついては、この地下牢にいながらで構わん。私の質問に答えよ」

 国王が懐から羊皮紙の束を取り出した。  またか。  仕事だ。これは仕事の匂いがする。

「嫌です。私は今、二度寝の最中です」

「答えたら、特上の『極厚ステーキ』と『完熟メロン』を差し入れよう」

「……」

 私はシオンと顔を見合わせた。  シオンが親指を立てる。  私も無言で頷いた。  プライドはあるが、食欲には勝てない。それが地下牢暮らしの悲しい性(さが)だ。

「……質問をどうぞ」

「うむ。素直でよろしい」

 そこから、奇妙な『地下謁見』が始まった。  国王が政治や経済の悩みを相談し、私とシオンが適当に(しかし本質を突いた)回答をする。

「我が国の騎士団は規律が厳しすぎてストレスが溜まっているようだ」 「週休三日制にして、宿舎に漫画喫茶を作りなさい」(リズ) 「魔導兵器の冷却効率が悪い」 「排熱ダクトを星型にすれば表面積が増えて冷えるよ。可愛くなるし」(シオン) 「外交官の交渉力が低い」 「相手を空腹状態にしてから交渉すればいいわ。空腹は思考力を奪うから」(リズ)

 国王は「なるほど!」「盲点だった!」とイチイチ感動し、メモを取っていく。  その様子を、看守のアレクセイやマリアたちが、涙を流して見守っている。

「さすがリズ様……。牢獄にいながらにして、他国の王をも導かれるとは……!」 「これぞ『座して世界を統べる』お姿ですわ!」

 違う。  ステーキのために適当言ってるだけだ。

 一通り質問が終わると、国王は満足げに頷いた。

「素晴らしい。貴様らの意見、即座に採用しよう。……ルイスよ、契約書だ」

「はい、父上」

 ルイスが鉄格子の隙間から書類を差し入れた。  『アークライド王国・ルミナステラ王国 包括的友好条約』。  そしてその付帯条項に、『特別顧問エリザベートおよびシオンへの、永続的な高品質食料・寝具の供給義務』と書かれている。

 ……売られた。  私たちは、食料と引き換えに、国家間の架け橋(という名の人質)にされたようだ。

「では、ステーキは夕食時に届けさせる。ゆっくり休むがよい、我が盟友よ」

 国王は上機嫌で去っていった。  嵐が過ぎ去った。

 私はベッドに倒れ込んだ。   「……疲れた」

「でもステーキゲットだぜ。リズ、やるじゃん」

 シオンがハイタッチを求めてくる。  私は力なく手を合わせた。

 これで、また一つ『聖女伝説』に尾ひれがついてしまった。  地下牢にいながらにして、隣国を手玉に取った女帝。  そんな噂が広まれば、ますます外に出にくくなる……いや、それは好都合か?  「恐れ多くて誰も近づけない」となれば、私の安眠は守られるかもしれない。

 そう期待したのが間違いだった。  私の評価が上がるということは、同時に「崇拝者」たちの熱量も上がるということだ。

 その日の午後。  地下牢の静寂は、地響きのような振動によって破られた。

 ズズズズズ……。  天井からパラパラと砂が落ちてくる。

「何? 地震?」

 私が顔を上げると、鉄格子の外にいるアレクセイが、青ざめた顔で報告に来た。

「リズ様! 大変です! 地上で……『暴動』が起きています!」

「暴動? 誰の?」

「国民です! 『リズ様を暗い地下牢から解放せよ!』と叫ぶデモ隊が、王宮を取り囲んでいます! その数、およそ10万人!」

 10万人。  王都の人口のほとんどじゃないか。

「しかも、先頭に立っているのは……フレデリック殿下です」

 ……は?

「殿下が『僕の愛するリズを、こんな地下に閉じ込めておくなんて間違っていた! 太陽の下へ連れ戻すんだ!』と演説し、民衆を扇動しています!」

 あのアホ王太子……!  自分がここに入れたくせに、今度は出すために暴動を起こすとは。  マッチポンプにも程がある。

「さらに、彼らは『リズ様解放のための義勇軍』を結成し、スコップとツルハシを持って、王宮の庭を掘り返し始めています!」

 物理的に掘り起こす気か!  地下埋蔵金じゃないんだぞ私は!

 ドゴォォォン!!  遠くで爆発音がした。  振動が激しくなる。

「まずい……。このままでは、天井が崩落します!」

 アレクセイが叫ぶ。

「リズ様! シオン殿! 避難してください! 地上へ!」

「嫌よ!」

 私はベッドの柱にしがみついた。

「絶対に出ない! ここは私の城よ! 私のスイートルームよ! 一歩でも外に出たら、またあの騒がしい日常が待ってるじゃない!」

「僕もヤダ! ここWi-Fi飛んでるし(ルイスが設置した)、ご飯美味しいし!」

 シオンも私の腰にしがみつく。  引きこもり同盟の結束は固い。

 しかし、現実は非情だ。  メリメリメリッ!  天井に亀裂が入る。  そこから、一筋の太陽光が差し込んできた。

「ああっ! 光が! 直射日光が!」

 私は吸血鬼のように悲鳴を上げて布団を被った。  久しぶりの太陽光は、引きこもりの網膜には毒すぎる。

「リズー! 今助けるぞー!」

 天井の穴から、フレデリックの声が降ってくる。  彼は穴からロープを垂らした。

「さあ、このロープに掴まるんだ! 君を『光の世界』へ引き上げてあげる!」

 余計なお世話だ。  私は闇の世界(地下)で生きたいんだ。

「シオン! 何か手はないの!?」

「あるよ! この部屋のセキュリティシステムをハッキングして、『対暴徒用・催涙ガス』を散布する!」

「やって! 今すぐ!」

「了解! ……あ、間違えた。『恋の媚薬ガス(ピンク色)』撒いちゃった」

 プシューッ!!  天井のダクトから、甘い香りのするピンク色の霧が噴き出した。

「なっ……!?」

 穴から覗いていたフレデリックや民衆たちが、霧を吸い込む。

「……あれ? なんだか……リズへの愛が……さらに燃え上がってきたぞ!?」 「うおおおっ! リズ様ァァァ! 愛してますゥゥゥ!」 「掘れぇぇぇ! 愛の力で岩盤を砕けぇぇぇ!」

 逆効果だ!  暴徒が『愛のゾンビ』と化した!  掘削スピードが3倍になった!

 ドガガガガガッ!  天井が崩れ落ちる。  瓦礫とともに、数人の市民が降ってくる(マリアが作ったクッションで受け止めた)。

 もうダメだ。  私の『聖女の監禁生活』は、物理的な崩壊によって幕を閉じようとしていた。

「……逃げるわよ、シオン」

 私は決断した。  このままここにいれば、愛のゾンビたちに押しつぶされる。  もっと深く、もっと彼らの手が届かない場所へ逃げるしかない。

「どこへ?」

「この地下牢の、さらに奥。……『開かずの離宮』へ続く隠し通路があるって、アレクセイが言ってたわ(言ってないけど、2周目の記憶にある)」

 私はバスタブの下にある排水溝の蓋を外した。  そこには、人間一人がやっと通れるくらいの暗い穴が開いている。

「えー、汚いじゃん」

「贅沢言うな! ステーキ持って! 行くわよ!」

 私はパジャマの裾をまくり、穴へと飛び込んだ。  さらば、快適だったスイートルーム。  さらば、猫足バスタブ。

 私たちは、王宮の地下水路を通って、次なる安息の地を目指すことになった。  地上では、フレデリックたちが「リズがいない!」「昇天されたのか!?」とパニックになっている声を背中で聞きながら。

 こうして。  私は「地下牢の聖女」から、「地下水道の怪人(ファントム)」へとクラスチェンジし、王宮の奥深くへと潜伏していくのだった。

 ……あーあ。  いつになったら、私は清潔なシーツの上で、誰にも邪魔されずに眠れるのだろうか。  カビ臭い地下道を進みながら、私は涙をこらえてメロンパン(おやつ)をかじった。
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