3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人

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第19話 私の幸せは私が決めます(労働拒否宣言)

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 夜の海原を切り裂いて進む、アークライド王国の魔導戦艦『シルバー・アロー号』。  その甲板は今、この世の終わりのようなカオスに包まれていた。

 ザッパァァァァーン!!

 巨大な水柱とともに、海の中から黒い鉄塊が飛び出してきた。  ドスンッ! と甲板に着地したのは、全身を重厚な『潜水騎士鎧(ディープダイバー・アーマー)』に包んだ、アレクセイ騎士団長だ。  海藻を肩に絡ませ、バイザーの奥で目を血走らせている。

「逃がさん……! リズ様は、このアレクセイが海中要塞(深海)へお連れするのだ!」

 ヒュオオオッ!  風を巻いて空から舞い降りたのは、サーフボードのような『飛翔板』に乗った王太子フレデリック。  彼はビショ濡れの髪をかき上げながら、ポーズを決めた。

「甘いな、アレクセイ! リズは太陽の似合う女性だ! 僕と共に、南の楽園(無人島)で永遠のバカンスを送るんだ!」

 そして、船の側面をヤモリのように登ってきたのは、白スーツ(泥と海水まみれ)のノアだ。

「やれやれ。君たち野蛮すぎないかい? リズは僕の研究室(ガラスケース)で、静かに標本になるのが一番幸せなんだよ」

 三人の男たちが、甲板の中央で対峙する。  迎え撃つのは、この船の主であるルイス王子と、武装した船員たち。

「……不法侵入者どもめ。私の計算では、君たちがここまで追いつく確率は0.01%だったのだがね」

 ルイスが眼鏡の位置を直し、冷ややかに言い放つ。

「だが、無駄だ。エリザベート嬢はすでに私の管理下にある。彼女の『効率的な運用』については、私が最も適任だ」

 四つ巴。  国のトップたちが、一人の引きこもり女の所有権を巡って、深夜の海上で睨み合っている。  火花が散る。殺気が渦巻く。

 そして、その中心にあるデッキチェアで、私は毛布にくるまりながら、虚ろな目で夜空を見上げていた。  隣では、古代人少年シオンが船酔いで「オロロロ……」と海に向かってリバースしている。

「……うるさい」

 私はポツリと呟いた。

 波の音。風の音。  そして、男たちの暑苦しい愛の叫び。  どれもこれも、私の安眠を妨げる騒音でしかない。

 ここ数日、私は走り続けた。  部屋が空を飛び、遺跡でロボットバトルをし、部屋が半壊し、地下牢に潜り、地下水道を這いずり、そして今、海の上にいる。  一度も、ゆっくり眠れていない。  一度も、心から安心できた瞬間がない。

 もう、限界だった。

「リズ! こっちへ来い!」 「ダメだ、私の方だ!」 「僕の方だよ、リズ!」

 男たちが、それぞれ勝手なことを叫びながら、私に向かって手を伸ばしてくる。  彼らの目は、私を見ているようで見ていない。  彼らが見ているのは、自分たちの理想の『聖女』であり、『愛玩動物』であり、『効率化の女神』だ。

 プツン。

 何かが切れた。  遺跡でドラゴンを圧縮した時とは違う。もっと根源的で、静かで、しかし活火山のような怒りが、私の腹の底から湧き上がってきた。

 私はゆっくりとデッキチェアから立ち上がった。  毛布を投げ捨てる。  潮風に、ボロボロになったシルクのパジャマがはためく。

「……ちょっと」

 私は、近くにいた船員から『拡声魔道具(マイク)』をひったくった。  スイッチを入れる。  キィィィン! とハウリング音が鳴り響き、男たちがビクッとして動きを止めた。

「あー、あー。テステス」

 私の気だるげな声が、夜の海に大音量で響き渡る。  甲板の全員が、私に注目した。  フレデリックも、アレクセイも、ノアも、ルイスも。

「リズ……?」 「どうしたんだい? 誰の胸に飛び込むか決めたのかい?」

 フレデリックが期待に満ちた顔で聞いてくる。  私は彼を、ゴミを見るような目で見下ろした。  そして、深呼吸をした。  肺いっぱいに、冷たい夜の空気を吸い込む。

 次の瞬間。  私は、魂の咆哮を放った。

「黙りなさいよォォォォォォォォッ!!!」

 ビリビリビリッ!  大音量の怒号が、船のガラス窓を震わせ、男たちの鼓膜を直撃した。  全員が「ひっ!?」とのけぞる。

「どいつもこいつも、うるさいのよ! 自分のことばっかり! 『僕の籠』だの『地下牢』だの『ガラスケース』だの……私はカナリアじゃないわ! 人間よ! しかも、極度に睡眠を必要とする種類の人間なのよ!」

 私はマイクを握りしめ、甲板の中央へと歩み出した。  怒りのオーラが見えるのか、屈強な騎士たちですら道を開ける。

「いい? よく聞きなさい! 私はね、貴方たちに愛されたいなんて、これっぽっちも思ってないの! 求婚? 保護? 管理? 全部いらない! 私が欲しいのは、ただ一つ!」

 私は指を一本、夜空に突き立てた。

「『絶対的な静寂と、フカフカの布団』! これだけよ!」

 シーン……。  波の音だけが聞こえる。  男たちはポカンと口を開けている。

「な、何を言っているんだリズ……? 布団なら、僕の王宮に最高級のものが……」

「黙って、フレデリック!」

 私は彼を指差した。

「貴方の王宮に行けば、毎日パーティーだの公務だので叩き起こされるでしょう!? 『リズの笑顔が見たい』とか言って、朝の6時から部屋に来るでしょう!? それが迷惑だって言ってるの! 貴方の愛は、私にとっては『目覚まし時計』よりもタチが悪いのよ!」

「ガーン!!」  フレデリックがショックで膝をつく。  「め、目覚まし時計以下……!?」

「そしてアレクセイ!」

「は、はいッ!」  騎士団長が直立不動になる。

「貴方の保護は過剰よ! 『守る』と言いながら、私の部屋の周りを筋肉まみれの男たちで囲んで! 窓を開ければ男の背中! 廊下に出れば男の汗! 景観公害よ! 私の視界に入らないで!」

「グハッ!!」  アレクセイが胸を押さえて後退る。  「け、景観公害……私の筋肉が……!」

「ノア! 貴方もよ!」

「えっ、僕?」  ノアが目を丸くする。

「『ガラスケースに入れて観察する』? ふざけないで! 私は標本じゃないわ! プライバシーの侵害で訴えるわよ! あと、貴方の淹れる紅茶は美味しいけど、性格がねじ曲がりすぎてて胃もたれするの!」

「うっ……。手厳しいね……」  ノアが苦笑いしながら視線を逸らす。

「そしてルイス!」

「私は合理的だぞ?」  ルイスが自信ありげに言うが、私は一蹴した。

「効率化、効率化ってうるさいのよ! 私の『二度寝』を無駄だと言ったわね? あの至福の時間を、ただの『時間のロス』として切り捨てようとしたわね? それは人生に対する冒涜よ! 無駄の中にこそ、豊かさはあるの! 効率だけの人生なんて、味のしない流動食みたいなものよ!」

「な……っ!?」  ルイスが眼鏡をずり落とす。  「わ、私の計算式を……流動食だと……!?」

 私は四人全員を論破(?)し、肩で息をした。  まだだ。  まだ言い足りない。

 私はマイクを空に向け、世界中に宣言するように叫んだ。

「私は決めたわ! もう誰の顔色も窺わない! 国がどうなろうと、世界がどうなろうと知ったことじゃない! 私は、私の睡眠と趣味のために生きる!」

 バリバリバリッ!  私の感情の高ぶりに呼応して、魔力が暴走し始める。  甲板の照明が明滅し、海面がざわめく。

「私を働かせようとする奴は敵だ! 私を朝起こそうとする奴も敵だ! 私の平穏を乱す者は、王族だろうが魔王だろうが、全力で排除する!」

 私は仁王立ちになり、彼らを睨みつけた。

「分かったら、今すぐ私を解放しなさい! そして、二度と私の前に現れないで! ……以上!!」

 私はマイクを床に叩きつけた。  キィィィィン……。  ハウリングの残響が消えると、そこには完全なる沈黙が訪れた。

 ……言ってしまった。  全部ぶちまけてしまった。  これで私は、完全に「わがままな悪女」として認定されただろう。  王太子への暴言、騎士団長への侮辱、他国の王子への罵倒。  国際問題どころではない。処刑確定だ。

 でも、後悔はない。  スッキリした。  もう、どうにでもなれ。

 私は腕を組み、彼らの反応を待った。  怒り狂って襲いかかってくるか?  それとも、呆れて見捨てるか?

 しかし。  最初に動いたのは、意外な人物だった。

 甲板の隅で吐いていたシオンだ。  彼はヨロヨロと立ち上がり、涙目で拍手をした。

「……すげぇ」

 パチ、パチ、パチ。

「かっこいいよ、リズ。……僕、感動した。1000年前の僕でも、そこまでは言えなかった。『働きたくない』って言うために、世界を敵に回すなんて……これぞ、真の『怠惰王』だ!」

 シオンの拍手が呼び水となったのか。  次に動いたのは、船員たちだった。  アークライド王国の兵士たち。  彼らは本来、規律正しいエリート軍人だ。  だが、彼らの目には、なぜか涙が浮かんでいた。

「……俺も、本当は働きたくなかったんだ」 「上官の命令で、毎日残業して……休日も返上して……」 「あの少女の言葉……俺たちの魂の叫びじゃないか?」

 ザッ!  一人の兵士が、武器を捨てて敬礼した。  いや、敬礼ではない。  両手を枕のように合わせて頬に当てる、『おやすみポーズ』だ。

「我らは支持する! 睡眠の自由を!」 「リズ様万歳! 二度寝万歳!」

 伝染する。  ブラックな労働環境に疲れていた兵士たちの心に、私の『労働拒否宣言』がクリティカルヒットしてしまったようだ。

 そして、肝心の四人の男たちは。

 フレデリックが、震えながら立ち上がった。  その顔は、絶望ではなく、宗教画に描かれる殉教者のような恍惚に満ちていた。

「……ああ、リズ」

 彼は天を仰いだ。

「君は……君は、あえて『悪役』を演じることで、僕たちに教えようとしてくれたんだね。『自分を大切にしろ』と」

 はい?

「僕たちは、君を愛するあまり、君の意志を無視していた。それは『愛』ではなく『エゴ』だった。君はそれを、自ら嫌われ者になることで気づかせてくれたんだ!」

 いや、本気で嫌いなだけなんだけど。

「なんて深い愛なんだ……! 僕の未熟な愛を、君の広大な海のような心が包み込んでくれた! 僕はもう、君を起こしに行ったりしない! 君が起きるまで、廊下で正座して待つことにするよ!」

 待つなよ。帰れよ。

 次にアレクセイが吠えた。

「うおおおおッ!! 目が覚めました!」

 彼は自分の鎧(潜水服)を引き裂いた。

「私は『筋肉』という鎧で君を囲っていた。だが、君が求めていたのは『心の平穏』だったのだ! 私の筋肉は、君の視界を遮る邪魔な壁でしかなかった!」

 その通りだ。

「ならば! 私は影になろう! 君の視界に入らず、気配も消し、空気のように君を守る『透明な盾』になる! これからは忍(SHINOBI)として生きるぞ!」

 騎士団長が忍者に転職宣言した。  方向性はともかく、視界から消えてくれるなら助かる。

 ノアは、ナイフを海に投げ捨てた。

「……参ったな。完全に負けだ」

 彼は降参するように両手を挙げた。

「ガラスケースなんて陳腐な箱じゃ、君という『嵐』は収まりきらない。君は野に放たれてこそ輝く。……分かったよ。収集は諦める。その代わり、君の『伝説』を記録する『伝記作家』にならせてくれないか? 君のその生き様、後世に残さないのは損失だ」

 勝手にしてくれ。  近づかないでくれるなら何でもいい。

 最後に、ルイス。  彼は眼鏡を外し、素顔を見せた。  その瞳には、かつてないほどの熱が宿っていた。

「……非効率、無駄、怠惰。それらが『豊かさ』である、か」

 彼はフッと笑った。

「計算外だ。だが、私の計算式が間違っていたと認めざるを得ない。人間は機械ではない。休息という『無駄』があってこそ、最大のパフォーマンス(人生の幸福度)を発揮できる。……君の理論、採用しよう」

 ルイスは私に向かって一礼した。

「エリザベート嬢。いや、リズ師匠。私に『休み方』を教えてくれないか? 効率的なサボり方を」

 弟子入りされた。  隣国の王子が、ニートに教えを乞うている。

 ……どうしてこうなるの?  私は頭を抱えた。  嫌われるために暴言を吐いたのに、結果として、彼らの信仰心をさらに強固なものにしてしまった。  しかも、今度は「リズ様の安眠を守るためなら何でもする狂信者集団」として結束してしまったようだ。

「……はぁ」

 私は深いため息をついた。  もういい。疲れた。  彼らが改心(?)したなら、それでいいとしよう。

「分かったわ。貴方たちが私の邪魔をしないと誓うなら、許してあげる」

「誓います! 神に誓って!」 「リズ様の枕に誓って!」

 男たちが一斉に跪く。

「じゃあ、一つ命令よ」

 私は彼らを見下ろした。

「私を、家に帰して。王宮じゃなくて、私の本当の居場所へ」

「……本当の居場所?」

 フレデリックが顔を上げた。

「ああ、そうだね。公爵邸は半壊しているし、王宮は君が嫌がった。……ならば、あそこしかない」

 彼は決意の表情で言った。

「王宮の最奥。誰も近づかない、忘れられた聖域。『開かずの離宮』だ」

 離宮。  そう、私が地下水道を通って目指そうとしていた場所だ。  まさか、彼らの方から提案してくれるとは。

「あそこなら、森に囲まれていて静かだ。幽霊が出るという噂のおかげで、人も寄り付かない。そして何より、王宮の敷地内だから、僕たちが遠くから警備(見守り)をすることもできる」

「リズ様にとっての、完璧な『要塞』になりますぞ!」

 話がまとまった。  奇跡的な合意形成だ。

「……いいわね。そこにするわ」

 私は頷いた。

「ルイス殿下。船を戻して。王都へ帰るわ」

「御意、師匠。……最大船速で、最も揺れない航路を選定する」

 ルイスが指示を出すと、船員たちが「アイアイマム!(イエッサーの睡眠教団バージョン)」と応える。  船が大きく旋回し、王都ルミナステラへと進路を取った。

 私は再びデッキチェアに座り込んだ。  シオンが隣に来て、毛布を半分こしてくれる。

「やったね、リズ。これで僕たち、やっと安住の地を手に入れたわけだ」

「……そうね。長かったわ」

 私は夜風に吹かれながら、遠ざかる水平線を見つめた。  男たちは、私の周りを取り囲んでいるが、以前のような圧迫感はない。  彼らは一定の距離(ソーシャルディスタンス)を保ち、静かに、しかし熱い視線で私を守っている。

 アレクセイは物陰に隠れて気配を消し(隠れきれてないけど)、フレデリックは口を閉じて微笑み、ノアはメモを取り、ルイスは船の揺れを制御している。  奇妙な連帯感。    これが、私の手に入れた『最強の布陣』なのかもしれない。  私が寝ているだけで、世界が平和に回るシステム。  ノアが言っていた「独裁国家」とは違うけれど、ある意味、もっとタチの悪い「聖女教団」が誕生してしまったようだ。

「……まあ、いっか」

 私は目を閉じた。  波のリズムが心地よい。  次に目が覚めたら、きっとそこは、私の新しい城――『開かずの離宮』だ。  そこでの生活が、本当に静かなものになる保証はないけれど。  少なくとも、この最強(で最凶)の男たちが盾になってくれるなら、デモ隊や魔王くらいは防げるだろう。

 私は久しぶりに、泥のように深い眠りへと落ちていった。  夢の中で、ふかふかの巨大プリンの上で跳ねる夢を見ながら。
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