3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人

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第20話 そして伝説の引きこもりへ

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 アークライド王国の魔導戦艦『シルバー・アロー号』が、王都ルミナステラの港に入港したのは、夜明けと同時だった。  水平線から昇る朝日が、海面をキラキラと照らし、私たちの帰還を祝福しているようだった。

 ……と言えば聞こえはいいが、現実はもっと騒がしく、もっとカオスだった。

「リズ様ァァァッ!! 万歳ィィィッ!!」 「おかえりなさいませ、聖女様!!」 「我らが怠惰の女神に栄光あれ!!」

 港には、見渡す限りの群衆が押し寄せていた。  数万人、いや十万人以上はいるだろうか。  そして驚くべきことに、その全員が『パジャマ』を着ていた。  シルクのパジャマ、コットンのパジャマ、羊柄、水玉模様……色とりどりのナイトウェアに身を包んだ国民たちが、枕や抱き枕を掲げて歓声を上げているのだ。  異様だ。  新手の宗教団体か、あるいは国全体規模のパジャマパーティー会場に迷い込んだかのようだ。

 私は甲板のデッキチェアからその光景を見下ろし、頭を抱えた。

「……帰りたくない」

 本音が漏れた。  無人島に行けばよかった。  こんな『パジャマ狂想曲』が流れる国で、どうやって静かに暮らせというのか。

「諦めろ、リズ。これが君の選んだ道(自業自得)だ」

 隣でシオンが、あくびをしながら言った。  彼もまた、アークライド王国の最高級パジャマ(ルイス王子からの支給品)を着て、手にはポテトチップスの袋を持っている。

「君はもう、ただの公爵令嬢じゃない。『パジャマ・レボリューション』の指導者なんだよ」

「そんな革命、起こした覚えはないわよ」

「さあ、行くぞリズ! 君の信徒たちが待っている!」

 フレデリックが満面の笑みで私の手を取ろうとする。  私はそれを手で払い除け、冷徹に告げた。

「触らないで。それと、パレードはなしよ。私はこのまま『開かずの離宮』へ直行するわ。人目につきたくないの」

「分かっているとも! 君のその『人嫌い』こそが、神秘性を高める最高のスパイスだからな!」

 フレデリックは指を鳴らした。

「用意しろ! リズ専用・隠密移動用馬車、通称『黒塗りの棺桶』だ!」

 ……ネーミングセンスどうなってんの。

 タラップの下には、窓のない漆黒の馬車が待機していた。  私はシオンと共に、逃げるようにその馬車へと乗り込んだ。  アレクセイ率いる(元)騎士団、現・安眠守護騎士団が周囲をガッチリとガードし、馬車は群衆の波をかき分けて走り出した。

 車内は完全防音で、外の歓声は聞こえない。  私はシートに深く沈み込み、長い長い逃亡劇の終わりを噛み締めた。  やっと、帰れる。  私の(新しい)家へ。

 ◇ ◇ ◇

 王宮の敷地内、北の奥深くに広がる『沈黙の森』。  鬱蒼と茂る木々に囲まれたその場所に、『開かずの離宮』はあった。

 かつては幽霊屋敷と呼ばれ、蔦に覆われた廃墟同然の建物だったはずだ。  だが、馬車の扉が開いた瞬間、私の目に飛び込んできたのは、予想を遥かに超える光景だった。

「……何、これ」

 そこには、白亜の巨城がそびえ立っていた。  蔦や苔はきれいに取り払われ、外壁は『強化魔力ガラス』と大理石でピカピカに磨き上げられている。  建物の周囲には、青白く光る結界のドームが展開されており、雨風はおろか、花粉や塵ひとつ通さない鉄壁の防御を誇っている。

 そして、入り口には巨大な看板(ミスリル製)が掲げられていた。

『聖女リズの絶対領域(サンクチュアリ) ~関係者以外立ち入り禁止、および私語厳禁~』

「……仕事が早すぎるわよ」

 私は呆然と呟いた。  私たちが海上でチェイスを繰り広げている間に、先回りしたアークライドの工兵部隊と、ローゼンバーグ家の職人集団が、突貫工事で完成させたらしい。

「ようこそ、リズ様! ここが貴女の終の住処、ドリーム・ハウスですわ!」

 マリアが、メイド服ではなく、なぜか白衣のような『研究員スタイル』で出迎えた。  彼女の背後には、同じく白衣を着た侍女たちがズラリと並んでいる。

「ドリーム・ハウス……?」

「はい! 内部はすべて、リズ様の『動きたくない』という願いを叶えるために設計されています。ご案内しますわ!」

 私は恐る恐る、城の中へと足を踏み入れた。  シオンも「おー、すげー」と興味津々でついてくる。

 エントランスホールは、ホテルのロビーのように広かった。  床には、足音が一切しない『超消音カーペット』が敷き詰められている。  空気は適度な湿度と温度に保たれ、ほんのりとラベンダーの香りが漂う。

「まずはこちら、メインのリビングルームです!」

 案内された部屋に入ると、そこには巨大な『人をダメにするクッション』が、山脈のように連なっていた。  いや、クッションではない。  床全体が、低反発素材でできているのだ。  どこで転んでも、どこで寝ても、そこがベッドになる仕様だ。

「壁には、世界中の図書館とリンクした『魔導書架』を設置しました。読みたい本を念じるだけで、手元に転送されます」

 マリアが説明する。

「そして、こちらがキッチン直結の『フード・シューター』です。メニュー表のボタンを押せば、地下の厨房で作られた出来たての料理が、カプセルに入ってシュポッ! と届きます」

「……歩かなくていいの?」

「はい。一歩も。トイレもお風呂も、この床が自動的にベルトコンベアのように動いて運んでくれます」

 人間を廃人にする気か。  最高じゃないか。

「さらに!」

 ルイス王子が現れ、眼鏡を光らせた。

「地下には、アークライド王国の技術を結集した『魔導サウナ』と『ジャグジー』を完備した。お湯は24時間循環浄化され、常に一番風呂の状態を保つ。もちろん、入浴剤は日替わりだ」

「ルイス……貴方、いつの間に」

「私は仕事が早いのでね。それに、君の左腕(ぬいぐるみ)の研究成果を応用して、肌触りの良いタオルも開発しておいたよ」

 彼はまだあの腕を持っていたのか。  まあいい。タオルの質が良いなら許す。

「僕の部屋は!?」

 シオンが叫ぶ。

「あるとも。地下2階に、最新鋭の魔導サーバーと冷却システムを完備した『ゲーミング・ダンジョン』を用意した。そこなら、どれだけ大声を出しても地上には届かない」

「やったー! 愛してるよ、メガネのおっさん!」

 シオンは歓声を上げ、地下への階段を転がり落ちていった。  これで騒音問題も解決だ。

 私はリビングの中央、一番柔らかそうな場所に身を投げ出した。  ボフッ、と体が沈み込む。  まるで雲の上に乗ったようだ。  天井を見上げると、そこには『プラネタリウム機能』がついた天窓があり、昼間でも星空を投影できるらしい。

「……完璧」

 私は認めざるを得なかった。  王宮の地下牢も悪くなかったが、ここは次元が違う。  私の欲望のすべてが、形となって具現化されている。

 ここなら。  ここなら、一生引きこもれる。

 私は目を閉じ、至福の吐息を漏らした。  しかし、すぐに目を開けた。  重要なことを確認しなければならない。

「……ねえ。設備は完璧だけど」

 私は、部屋の入り口に立っている男たち――フレデリック、アレクセイ、ルイス、ノアを見た。

「貴方たちは、どうするの? ここに住む気?」

 それが一番の問題だ。  彼らが毎日ここに入り浸るなら、私の安息はない。

 四人の男たちは顔を見合わせた。  そして、代表してフレデリックが一歩前に出た。  彼は真剣な表情で、一枚の羊皮紙を取り出した。

「リズ。僕たちは誓ったんだ。あの船の上で、君の魂の叫びを聞いて」

 彼は羊皮紙を広げた。  そこには、『聖女リズ安眠条約』と書かれていた。

「第一条。我々は、リズの許可なく『絶対領域』の結界内部へ立ち入らないこと」 「第二条。我々は、リズに公務、社交、その他の労働を一切強制しないこと」 「第三条。我々は、リズの生活を維持するために、全力を挙げて国を運営し、資金と物資を供給し続けること」

 フレデリックが読み上げると、アレクセイが続いた。

「第四条。リズ様の安全を守るため、我々は離宮の周囲1キロメートルを封鎖し、不審者(および我々自身)の侵入を阻止する」

 ノアが続く。

「第五条。リズが暇を持てあました時のために、面白い本やゲーム、ゴシップネタを定期的にポストへ投函すること。ただし、直接手渡しは禁止」

 最後にルイス。

「第六条。これらの条約を破った場合、リズによる『スタンガン刑』および『空間圧縮刑』を甘んじて受けること」

 ……なんてことだ。  彼らは本気だ。  自分たち自身を縛るルールを、自ら作ってきたのだ。

「リズ。僕たちは君を愛している。だからこそ、君の願い――『孤独』を尊重する」

 フレデリックが優しく微笑んだ。

「僕たちは、このドアの向こう側で、君を守る『壁』になるよ。君は安心して、この中で眠っていてくれ」

「……殿下」

 私は少しだけ、胸が熱くなるのを感じた。  彼らは変わった。  私のワガママを、ようやく理解してくれたのだ。

「……分かったわ。その条約、批准する」

 私は言った。

「でも、たまには……そうね、週に一回くらいなら、お茶くらい付き合ってあげてもいいわよ。ただし、私が起きていればの話だけど」

 男たちの顔が、パァァァッと輝いた。  まるで、飼い主に「待て」を解除された犬のようだ。

「リズ!!」 「週に一回! 十分です! いや、奇跡です!」 「そのチャンスを巡って、我々で公平なルーレットを行おう!」

 彼らは喜び勇んで、部屋から出て行った。  ドアが閉まる。  カチャリ、と鍵がかかる音。

 静寂。  今度こそ、本当の静寂が訪れた。

 私は広い部屋で一人になった。  (地下にはシオンがいるが、彼はゲームに夢中で出てこないだろう)

「……ふふっ」

 笑いが込み上げてきた。  勝った。  私は勝ったのだ。  運命に、社会に、そして愛という名の束縛に。  私はついに、完全なる『引きこもり』の座を手に入れたのだ。

 ◇ ◇ ◇

 それから、数ヶ月が過ぎた。

 季節は巡り、王都ルミナステラは黄金の秋を迎えていた。  国の情勢は、驚くほど安定していた。

 王太子フレデリックは、私の『快眠プロジェクト』を継承し、国民の労働時間を短縮し、福祉を充実させる政策を次々と打ち出した。  「リズ様が寝ている間に、国を良くしておかねば!」という謎のモチベーションで働いているため、内政は盤石だ。

 騎士団長アレクセイは、離宮の警備を鉄壁のものとし、暇な時間は部下たちと共に「音を立てずに歩く訓練」や「気配を消す瞑想」に励んでいる。  おかげで、王都の治安は劇的に向上し、スリや空き巣すらいなくなった(忍者のような騎士に見つかるから)。

 隣国のルイス王子とノアは、定期的に最新の魔導具や娯楽小説を送りつけてくる。  アークライド王国との同盟関係はかつてないほど良好で、両国の間には「パジャマ通商条約」なるものが結ばれたらしい。

 そして、肝心の私――聖女エリザベートは。

 私は今、『伝説』になっていた。

 姿を見せない聖女。  開かずの離宮に籠もり、深い瞑想(睡眠)の中で国の未来を案じている女神。  国民たちは、離宮の方角に向かって朝晩の祈りを捧げ、私の似顔絵(なぜか後光が差している)をお守りにしている。

 たまに、王宮のバルコニーに私が姿を現すと、国中が揺れるほどの大歓声が上がる。  ……もちろん、本物の私ではない。  マリアが作った『リズ3号(精巧な自動人形)』だ。  ルイスの技術協力により、以前のように腕が取れたり首が回ったりすることなく、滑らかに手を振ることができるようになった。  私は部屋のモニターでその様子を見ながら、「あー、右手がちょっとズレてる」とか文句を言っているだけだ。

 そんなある日の午後。  私はリビングの『人をダメにするクッション』に埋もれながら、ノアから届いたばかりの新作ラノベ『転生したらスライムだった件について考察する本』を読んでいた。  地下からは、シオンがオンラインゲームで絶叫する声が微かに聞こえてくる。

「……平和ね」

 私は呟いた。  窓の外では、紅葉した木々が風に揺れている。  『絶対領域』の結界内は、常に適温だ。  テーブルには、フードシューターで届いた『秋の味覚満載モンブラン』と、温かいミルクティー。

 これ以上の幸せが、どこにあるだろうか。

 その時。  ドアの向こうから、微かな話し声が聞こえてきた。  防音壁を隔てても聞こえる、熱い議論の声。

「今日の『お茶会権利』は俺の番だ! 先週はノアが抜け駆けしただろう!」(アレクセイ) 「違いますよ、あれは『新作ゲームの納品』という業務です。ノーカウントです」(ノア) 「二人とも静かに! リズが起きるじゃないか! ……ところで、僕が持ってきたこの『究極のプリン』は、鮮度が命なんだ。今すぐ届けないと!」(フレデリック) 「非効率だね。まとめて私が持っていけば、移動コストは4分の1で済む」(ルイス)

 ……またやってる。  彼らは毎日、ドアの前でこうして小競り合いをしているらしい。  条約で「中に入らない」と決めたのに、隙あらば入ろうとする執念深さ。  呆れるを通り越して、感心すら覚える。

 でも。  不思議と、不快ではなかった。  彼らがそこにいるという気配が、なぜか心地よいBGMのように感じられる。  独りだけど、独りじゃない。  守られている安心感。

「……ふあぁ」

 私は大きなあくびをした。  お腹もいっぱいだし、本も読んだし。  そろそろ、メインイベントの時間だ。

 私は本を閉じ、クッションの中にさらに深く潜り込んだ。  最高の寝心地。  意識がとろけていく。

 ドアの向こうでは、まだ男たちが「ジャンケンで決めよう!」「最初はグー!」と騒いでいる。  平和だ。  本当に、平和だ。

 私は口元に笑みを浮かべ、瞼を閉じた。

「……あー、忙しい忙しい」

 私は、誰に聞かせるでもなく呟いた。

「これから、世界で一番重要な仕事(二度寝)をしなきゃいけないんだから」

 そして私は、3回目の人生にしてようやく手に入れた、永遠に続く至福の夢の中へと旅立った。

 ――3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもりました。  ……なのに、なぜか歴代の婚約者たちが「やり直したい」と部屋の前に並んでいる件について。

 結論。  並ばせておけばいい。  私は、私の城で、今日も今日とて惰眠を貪るのだから。

 (おしまい)

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