悪役令嬢に転生したので破滅フラグをへし折ったら、推し(だったはずの敵)に溺愛されました。

放浪人

文字の大きさ
5 / 60

第五話:偏愛の序曲は、不穏な調べ

しおりを挟む
襲撃事件から数日後。
私は、何事もなかったかのように王都の公爵邸へと帰還した。

あの事件は、レオナルドの報告により、父である公爵の耳にも入っている。
父は「敵の正体を探れ」とだけ命じ、ゼノン様の介入については、なぜか深く追及しようとはしなかった。
それが逆に、不気味だった。

私の日常は、一見すると元に戻った。
朝起きて、淑女教育を受け、お茶を飲む。
そんな平和な日々。

――のはずなのに。

私の心は、全く落ち着かなかった。
理由は、わかっている。

ゼノン・アークライト。

彼の存在が、私の頭から離れないのだ。
あの血のように赤い瞳。
私を見つめていた、獲物を定めるかのような眼差し。

(また会うことになるだろう、か……)

彼の言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
社交辞令なんかじゃない。
あれは、予告だ。

そんなことを考えていると、侍女のアンナが小さな包みを手に、部屋に入ってきた。

「お嬢様、お届け物でございます」

「私に? 誰からかしら」

「それが……差出人のお名前はなく、ただ『先日の礼だ』と」

アンナから包みを受け取る。
上品な包装紙を開けると、中から現れたのは最高級の茶葉の缶だった。
蓋を開けると、ふわりと芳醇な香りが広がる。
これは……アークライト皇国でしか採れない、幻の茶葉「月の雫」だ。

そして、缶の下に、一枚のカードが添えられていた。
美しいカリグラフィーで、一言だけ。

『また、貴女の「面白い顔」を見せてくれ』

「―――ッ!」

背筋が凍りついた。
差出人は、考えるまでもない。

(なんで私の居場所がわかるの!? まるで監視されてるみたいじゃない!)

恐怖で、体が震える。
これは、ただの贈り物なんかじゃない。
「お前の行動はすべてお見通しだ」という、彼からの無言のメッセージだ。

偏愛、というにはあまりにも不穏すぎる。
これは、執着。
危険な男からの、一方的なマーキングだ。

(もうダメだ、おしまいだ……私の平穏な隠居生活……)

頭を抱えて蹲りたくなった、その時。
再びアンナが、今度は困ったような顔で告げた。

「お嬢様、お着替えのお時間です。今夜は、王城で夜会が開かれますので」

そうだった。
すっかり忘れていた。
今日は、王太子アルフォンス殿下の誕生日を祝う、大規模な夜会があるのだ。

そして、その夜会は――

ゲームのシナリオにおいて、主人公のヒロイン、アメリアが初めて公式の場に姿を現し、セレスティナが彼女に最初の嫌がらせをする、という重要なイベントが発生する場所だった。

(行きたくない……絶対に行きたくない……)

しかし、公爵令嬢である私に、断るという選択肢はない。
重い足取りで準備を始め、私は夜の王城へと向かった。

きらびやかなシャンデリアが輝く、広大なホール。
着飾った貴族たちが、優雅に談笑している。

私は壁の花に徹し、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。
アルフォンス殿下には挨拶を済ませたし、あとはヒロインと接触しないように気をつけるだけ。

(どこにいるんだろう、ヒロインちゃん……)

キョロキョロと周囲を見渡していると、ホールの一角に、場違いなほど素朴なドレスを着た少女がいるのが目に入った。
栗色の髪に、少し気の弱そうな、しかし芯の強さを感じさせる瞳。

間違いない。
彼女が、この物語のヒロイン、アメリア・ブラウンだ。

ゲーム通りなら、私はここで彼女に近づき、「平民のくせに身の程をわきまえなさい!」とワインをぶっかけることになっている。

もちろん、そんなことはしない。
私は彼女に気づかないふりをして、そっとその場を離れようとした。

その、瞬間だった。

「――これはこれは、ヴァレンシュタイン嬢。今宵も美しいな」

背後から、聞き覚えのある、ねっとりとした声がした。
振り返ると、そこにいたのは、ねちっこい性格の財務大臣の息子、マルクス子爵。
彼はゲームでも、セレスティナに取り入ろうとする、イヤなキャラクターだった。

「ごきげんよう、マルクス様」

愛想笑いを浮かべて、やり過ごそうとする。
しかし、彼は私のすぐ側まで来ると、ニヤニヤしながら言った。

「そちらの地味なご令嬢は、ご友人かな? 紹介してはいただけないか?」

彼の視線は、明らかにアメリアに向いていた。
まずい展開だ。
ここで私がアメリアを庇えば、彼女と関わりを持ってしまう。
かといって、無視すれば冷たい女だと思われる。

どうしようかと逡巡した、その時。

「私の知っているヴァレンシュタイン嬢は、もっと……情熱的な女性かと思っていたが?」

空気が、凍った。

ホールの喧騒が、嘘のように遠ざかる。
背後から響いたのは、すべての音を支配するような、低く、冷たい声。

心臓が、喉から飛び出しそうだった。
ゆっくりと、本当にゆっくりと、振り返る。

そこに立っていたのは――

漆黒の軍服に身を包み、他の誰をも寄せ付けない圧倒的なオーラを放つ、一人の男。
アークライト皇国の大使として、この夜会に予告なく現れた、私の最推し。

ゼノン・アークライトが、冷たい赤い瞳で私を見下ろし、妖しく微笑んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜

伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。 ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。 健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。 事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。 気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。 そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。 やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。

【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。

糸掛 理真
恋愛
倉田香奈、享年19歳。 死因、交通事故。 異世界に転生した彼女は、異世界でエマ・ヘスティア・ユリシーズ伯爵令嬢として暮らしていたが、前世と同じ平凡さと運の悪さによって不遇をかこっていた。 「今世こそは誰かにとって特別な存在となって幸せに暮らす」 という目標を達成するために、エマは空回りしまくりながらも自分なりに試行錯誤し続ける。 果たして不遇な転生令嬢の未来に幸せはあるのか。

転生賢妻は最高のスパダリ辺境伯の愛を独占し、やがて王国を救う〜現代知識で悪女と王都の陰謀を打ち砕く溺愛新婚記〜

紅葉山参
恋愛
ブラック企業から辺境伯夫人アナスタシアとして転生した私は、愛する完璧な夫マクナル様と溺愛の新婚生活を送っていた。私は前世の「合理的常識」と「科学知識」を駆使し、元公爵令嬢ローナのあらゆる悪意を打ち破り、彼女を辺境の落ちぶれた貴族の元へ追放した。 第一の試練を乗り越えた辺境伯領は、私の導入した投資戦略とシンプルな経営手法により、瞬く間に王国一の経済力を確立する。この成功は、王都の中央貴族、特に王弟公爵とその腹心である奸猾な財務大臣の強烈な嫉妬と警戒を引き寄せる。彼らは、辺境伯領の富を「危険な独立勢力」と見なし、マクナル様を王都へ召喚し、アナスタシアを孤立させる第二の試練を仕掛けてきた。 夫が不在となる中、アナスタシアは辺境領の全ての重責を一人で背負うことになる。王都からの横暴な監査団の干渉、領地の資源を狙う裏切り者、そして辺境ならではの飢饉と疫病の発生。アナスタシアは「現代のインフラ技術」と「危機管理広報」を駆使し、夫の留守を完璧に守り抜くだけでなく、王都の監査団を論破し、辺境領の半独立的な経済圏を確立する。 第三の試練として、隣国との緊張が高まり、王国全体が未曽有の財政危機に瀕する。マクナル様は王国の窮地を救うため王都へ戻るが、保守派の貴族に阻まれ無力化される。この時、アナスタシアは辺境伯夫人として王都へ乗り込むことを決意する。彼女は前世の「国家予算の再建理論」や「国際金融の知識」を武器に、王国の経済再建計画を提案する。 最終的に、アナスタシアとマクナル様は、王国の腐敗した権力構造と対峙し、愛と知恵、そして辺境の強大な経済力を背景に、全ての敵対勢力を打ち砕く。王国の危機を救った二人は、辺境伯としての地位を王国の基盤として確立し、二人の愛の結晶と共に、永遠に続く溺愛と繁栄の歴史を築き上げる。 予定です……

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...