悪役令嬢に転生したので破滅フラグをへし折ったら、推し(だったはずの敵)に溺愛されました。

放浪人

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第六話:推しの登場は乱気流の始まり

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ゼノン・アークライト様のその一言で、場の空気が完全に凍りついた。

私の周りだけ、スポットライトが当たっているかのように、すべての視線が突き刺さる。
さっきまで私に絡んでいたマルクス子爵は、顔を真っ青にして、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。

(だ、誰か、この状況を説明してくださる!?)

なんで敵国の皇子が、こんなところに!?
しかも、私に話しかけてる!?

私の脳内は、完全にキャパオーバーだ。
CPUが熱暴走を起こして、煙を噴き始めている。

ゼノン様は、そんな私の混乱などお構いなしに、優雅な足取りで一歩、私に近づいた。
その動きだけで、周囲の貴族たちが蜘蛛の子を散らすように道を開ける。
モーゼの十戒か、ここは。

「おや、震えているのか? ヴァレンシュタイン嬢」

彼の赤い瞳が、楽しそうに細められる。
その視線が、まるで蛇に睨まれた蛙になった気分にさせる。

「そ、そんなことは……ございませんわ」

「そうか? だが、俺にはわかる。お前は今、歓喜に打ち震えているのだろう?」

どの口が言うか、このドS皇子が!

心の中で盛大に悪態をつくが、顔は完璧な淑女の微笑みを貼り付けたままだ。
私の頬、引きつってない? 大丈夫?

「光栄ですわ、ゼノン……様」

様、と付けるのを一瞬ためらった。
敵国の皇子を様付けで呼ぶなんて、売国奴と罵られても文句は言えない。

しかし、彼は満足げに頷くと、おもむろに私の手を取った。
ひんやりとした、大きな手。
その感触に、心臓がまた一つ、大きく跳ねる。

「では、光栄ついでに一曲、お相手願おうか」

「……………はい?」

今、なんて?
いっきょく?
ダンスの、お誘い?

(無理無理無理無理無理無理! 推しとダンスなんて、そんな畏れ多いことできるわけないでしょうが!)

しかも、ここは敵国(我が国)の王城のど真ん中!
四方八方から突き刺さる視線が痛い! 物理的に痛い!

「どうした? 俺とのダンスは、不服かな?」

こてん、と。
あの冷酷非道なゼノン様が、小首を傾げてそんなことを言うのだ。
あざとい! あざとすぎるぞ、最推し!

その仕草に、周囲から「きゃっ」という小さな悲鳴が上がるのが聞こえた。
わかる。わかるよその気持ち。
でもね、その美しい顔に騙されちゃダメだ。中身は悪魔だから。

断れるはずもなく、私は引きつった笑顔で頷くしかなかった。

「……喜んで、お受けいたしますわ」

私の返事に、ゼノン様は満足げに微笑む。
その笑顔の破壊力たるや。尊すぎて直視できない。

ワルツの調べに乗り、私たちはホールの中心へと滑り出す。
彼のリードは、驚くほど巧みだった。
まるで、羽が生えたかのように体が軽い。

(うわあ……夢みたい……いや、悪夢か?)

恍惚と恐怖がないまぜになった、奇妙な感覚。
私の腰に回された彼の手が、やけに熱い。

と、その時。
耳元で、彼の低い声が囁いた。

「先日、お前から拝借したハンカチだが」

「!」

「毎晩、良い香りに癒されている」

……は?

今、なんつった?
私のハンカチの匂いを毎晩嗅いでるってこと?
それ、ただの変態では?

私の顔がサッと青ざめるのがわかった。

「それから、もう一つ」

彼の声が、さらに低くなる。
秘密を共有するような、甘い響き。

「お前の寝室の窓からは、月がよく見えるな。昨夜の月は、特に美しかった」

「―――――ッ」

血の気が、引いた。
全身の血液が、足元に向かって一気に落ちていくような感覚。

寝室の窓から、月がよく見える?

それって、つまり。
私の部屋を、外から覗いてるってことじゃないか!

ス、ストーカーだーーーーーーーッ!!

私の最推しが、ガチのストーカーだったという衝撃の事実。
もう、どこから突っ込めばいいのかわからない。

恐怖と絶望で、私の顔はきっと能面のようになっているに違いない。
ダンスのステップも、めちゃくちゃだ。
何度、彼の足を踏みそうになったことか。

やがて、悪夢のような一曲が終わりを告げる。
やっと解放される、とホッと息をついたのも束の間。

「少し、外の空気を吸わないか?」

ゼノン様が、私の腰に手を回したまま、テラスの方へと促す。
二人きりで、話がしたい、と。

(嫌だ! 絶対に嫌だ! 誰か助けて!)

心の中で、全力で助けを求める。
しかし、誰も冷酷皇子に逆らうことなどできない。
私が諦めて、彼と共に一歩踏み出そうとした、その時だった。

「――その手を離せ、アークライトの皇子」

凛とした、力強い声が響き渡った。
声の主は、燃えるような赤い髪の、この国の王子。

「彼女は、私の婚約者だ」

アルフォンス殿下が、ゼノン様と私の間に、立ちはだかっていた。
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