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第45話 田園の家
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王都から南へ下る馬車の窓から、広大な葡萄畑が広がっているのが見えた。
収穫を終え、冬支度を始めた乾いた土の匂いと、微かに残る甘い果実の香りが風に乗って鼻をくすぐる。
リュシアンの実家は、南方修道院領の静かな田園地帯にあった。
遠くから、コーン、コーンという修道院の穏やかな鐘の音が響いてくる。
馬車が質素だが手入れの行き届いた石造りの家の前に止まると、厚手のショールを羽織った老夫婦が笑顔で出迎えてくれた。
(値踏みされる……)
馬車から降りるエリシアの足が、恐怖で微かにすくむ。
辺境伯家の親族たちのように、頭からつま先までを冷酷な目で品定めされるのではないか。
だが、リュシアンの母親はエリシアを見るなり、ふわりと温かく微笑み、その少し荒れた両手を取った。
「よく来てくれましたね、エリシアさん。リュシアンから、あなたがどれほど素晴らしい職人か、手紙で何度も聞いていたのよ」
そこには、家柄や過去を問う冷ややかな視線は一切なかった。
ただ、「息子の大切な人」として、そして「立派に仕事を持つ一人の女性」として、純粋な敬意と歓迎の色だけがあった。
家の中に案内されると、薪ストーブのパチパチとはぜる音と、野菜と香草を煮込んだ温かいスープの匂いが迎えてくれた。
豪華な晩餐ではない。けれど、一つ一つの料理が丁寧に作られているのがわかる。
「さあ、クララちゃん。温かいスープをどうぞ」
リュシアンの父親が、不器用ながらも優しい手つきで、クララの前に木製の器を置いた。
クララはエリシアの顔を一度振り返り、こくりと頷いてからスプーンを握った。
「……おいしい」
クララが頬を緩めると、老夫婦も目を細めて笑い合った。
値踏みされない。否定されない。ただ、そこにいることを許され、歓迎されている。
張り詰めていたエリシアの心の糸が、温かいスープの湯気と共に、ふわりと解けていくのを感じた。
食後、ストーブの火で温められた部屋の隅で、クララがリュシアンの母親が編んだ小さな毛糸のぬいぐるみで遊んでいた。
エリシアはその穏やかな光景を見つめながら、静かに息を吐いた。
クララが、ぬいぐるみを抱きしめたまま、エリシアを見上げて微笑んだ。
「ママ。……わたし、ここ、すき」
♦︎♦︎♦︎
収穫を終え、冬支度を始めた乾いた土の匂いと、微かに残る甘い果実の香りが風に乗って鼻をくすぐる。
リュシアンの実家は、南方修道院領の静かな田園地帯にあった。
遠くから、コーン、コーンという修道院の穏やかな鐘の音が響いてくる。
馬車が質素だが手入れの行き届いた石造りの家の前に止まると、厚手のショールを羽織った老夫婦が笑顔で出迎えてくれた。
(値踏みされる……)
馬車から降りるエリシアの足が、恐怖で微かにすくむ。
辺境伯家の親族たちのように、頭からつま先までを冷酷な目で品定めされるのではないか。
だが、リュシアンの母親はエリシアを見るなり、ふわりと温かく微笑み、その少し荒れた両手を取った。
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ただ、「息子の大切な人」として、そして「立派に仕事を持つ一人の女性」として、純粋な敬意と歓迎の色だけがあった。
家の中に案内されると、薪ストーブのパチパチとはぜる音と、野菜と香草を煮込んだ温かいスープの匂いが迎えてくれた。
豪華な晩餐ではない。けれど、一つ一つの料理が丁寧に作られているのがわかる。
「さあ、クララちゃん。温かいスープをどうぞ」
リュシアンの父親が、不器用ながらも優しい手つきで、クララの前に木製の器を置いた。
クララはエリシアの顔を一度振り返り、こくりと頷いてからスプーンを握った。
「……おいしい」
クララが頬を緩めると、老夫婦も目を細めて笑い合った。
値踏みされない。否定されない。ただ、そこにいることを許され、歓迎されている。
張り詰めていたエリシアの心の糸が、温かいスープの湯気と共に、ふわりと解けていくのを感じた。
食後、ストーブの火で温められた部屋の隅で、クララがリュシアンの母親が編んだ小さな毛糸のぬいぐるみで遊んでいた。
エリシアはその穏やかな光景を見つめながら、静かに息を吐いた。
クララが、ぬいぐるみを抱きしめたまま、エリシアを見上げて微笑んだ。
「ママ。……わたし、ここ、すき」
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