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第二十一話『言えなかった「ありがとう」』
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全ての戦いが終わり静寂が戻った『嘆きの谷』。
私は縄を解かれその場で震えている妹セレーナの前に立っていた。
彼女は私が何か罵倒の言葉を浴びせるかあるいは完全に無視するものだと思っていたのだろう。
恐怖に歪んだ顔で固く目を閉じている。
私はそんな彼女にただ静かに問いかけた。
「……セレーナ。怪我はない?」
そのあまりに予想外の言葉にセレーナはびくりと肩を震わせ恐る恐る目を開けた。
その大きな青い瞳が信じられないという色に染まっている。
彼女は声にならない声でこくこくと頷くことしかできない。
私はそんな妹の細い腕にそっと手を触れた。
そして聖女の力をほんの少しだけ解放する。
温かい光が彼女の体を包み込み誘拐された恐怖でこわばっていた心を優しくほぐしていく。
「……あ……」
その慈愛に満ちた光に触れてセレーナの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではない。
彼女の心の奥底、硬い殻で覆われていた部分に初めて差し込んだ光。
生まれて初めて感じる「罪悪感」という名の温かい痛みだった。
(ごめんなさい……)
喉まで出かかった言葉。
でも長年のプライドが邪魔をしてどうしても声にならない。
ありがとうという感謝の言葉も同じだった。
セレーナはただ俯いて自分の足元を見つめることしかできなかった。
そんなぎこちない姉妹の空気を竜巻のような勢いで破壊する人物がいた。
「イリスーーーッ! 私の女神! 素晴らしかったぞ!」
アレクシオス陛下がキラキラした瞳で私に駆け寄りその両手をがっしりと掴んだ。
「あの光! 神々しかった! まさに天から舞い降りた女神そのものだった! もう一度、もう一度だけ見せてはくれないだろうか!? ねえ!」
「へ、陛下……。そんな簡単に出せるようなものでは……」
子供のようにはしゃぐ陛下の姿に私の顔がカッと熱くなる。
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。
「陛下、妃殿下もお疲れのご様子。それに後処理もございます。そろそろお城へお戻りください」
冷静にしかし的確にライオス団長が陛下を諌める。
陛下は「むぅ、ライオスはいつも良いところを邪魔するな……」と不満げに口を尖らせながらも私の体調を気遣ってくれた。
こうして私たちはリンドール城へ帰還することになった。
捕らえられた『黒き蛇』の残党は騎士団が責任を持って連行していく。
問題は一人だけ残された私の妹。
アレクシオス陛下はまるで道端の石ころでも見るかのような無関心な目でセレーナを一瞥した。
「さてイリス。この女はどうする?」
「約束通りアルメリア家にでも送り返すか? もっともあの家に帰っても待っているのは破滅だけだろうが」
陛下の冷たい言葉にセレーナの肩がびくりと大きく震えた。
あの全てを失った実家に戻る。
それは彼女にとって死刑宣告にも等しい恐怖だった。
彼女は懇願するような助けを求めるような目で私を見上げた。
私が彼女の運命を握っている。
その視線が私の心に重く突き刺さった。
私は縄を解かれその場で震えている妹セレーナの前に立っていた。
彼女は私が何か罵倒の言葉を浴びせるかあるいは完全に無視するものだと思っていたのだろう。
恐怖に歪んだ顔で固く目を閉じている。
私はそんな彼女にただ静かに問いかけた。
「……セレーナ。怪我はない?」
そのあまりに予想外の言葉にセレーナはびくりと肩を震わせ恐る恐る目を開けた。
その大きな青い瞳が信じられないという色に染まっている。
彼女は声にならない声でこくこくと頷くことしかできない。
私はそんな妹の細い腕にそっと手を触れた。
そして聖女の力をほんの少しだけ解放する。
温かい光が彼女の体を包み込み誘拐された恐怖でこわばっていた心を優しくほぐしていく。
「……あ……」
その慈愛に満ちた光に触れてセレーナの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではない。
彼女の心の奥底、硬い殻で覆われていた部分に初めて差し込んだ光。
生まれて初めて感じる「罪悪感」という名の温かい痛みだった。
(ごめんなさい……)
喉まで出かかった言葉。
でも長年のプライドが邪魔をしてどうしても声にならない。
ありがとうという感謝の言葉も同じだった。
セレーナはただ俯いて自分の足元を見つめることしかできなかった。
そんなぎこちない姉妹の空気を竜巻のような勢いで破壊する人物がいた。
「イリスーーーッ! 私の女神! 素晴らしかったぞ!」
アレクシオス陛下がキラキラした瞳で私に駆け寄りその両手をがっしりと掴んだ。
「あの光! 神々しかった! まさに天から舞い降りた女神そのものだった! もう一度、もう一度だけ見せてはくれないだろうか!? ねえ!」
「へ、陛下……。そんな簡単に出せるようなものでは……」
子供のようにはしゃぐ陛下の姿に私の顔がカッと熱くなる。
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。
「陛下、妃殿下もお疲れのご様子。それに後処理もございます。そろそろお城へお戻りください」
冷静にしかし的確にライオス団長が陛下を諌める。
陛下は「むぅ、ライオスはいつも良いところを邪魔するな……」と不満げに口を尖らせながらも私の体調を気遣ってくれた。
こうして私たちはリンドール城へ帰還することになった。
捕らえられた『黒き蛇』の残党は騎士団が責任を持って連行していく。
問題は一人だけ残された私の妹。
アレクシオス陛下はまるで道端の石ころでも見るかのような無関心な目でセレーナを一瞥した。
「さてイリス。この女はどうする?」
「約束通りアルメリア家にでも送り返すか? もっともあの家に帰っても待っているのは破滅だけだろうが」
陛下の冷たい言葉にセレーナの肩がびくりと大きく震えた。
あの全てを失った実家に戻る。
それは彼女にとって死刑宣告にも等しい恐怖だった。
彼女は懇願するような助けを求めるような目で私を見上げた。
私が彼女の運命を握っている。
その視線が私の心に重く突き刺さった。
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