21 / 60
第二十一話『言えなかった「ありがとう」』
全ての戦いが終わり静寂が戻った『嘆きの谷』。
私は縄を解かれその場で震えている妹セレーナの前に立っていた。
彼女は私が何か罵倒の言葉を浴びせるかあるいは完全に無視するものだと思っていたのだろう。
恐怖に歪んだ顔で固く目を閉じている。
私はそんな彼女にただ静かに問いかけた。
「……セレーナ。怪我はない?」
そのあまりに予想外の言葉にセレーナはびくりと肩を震わせ恐る恐る目を開けた。
その大きな青い瞳が信じられないという色に染まっている。
彼女は声にならない声でこくこくと頷くことしかできない。
私はそんな妹の細い腕にそっと手を触れた。
そして聖女の力をほんの少しだけ解放する。
温かい光が彼女の体を包み込み誘拐された恐怖でこわばっていた心を優しくほぐしていく。
「……あ……」
その慈愛に満ちた光に触れてセレーナの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではない。
彼女の心の奥底、硬い殻で覆われていた部分に初めて差し込んだ光。
生まれて初めて感じる「罪悪感」という名の温かい痛みだった。
(ごめんなさい……)
喉まで出かかった言葉。
でも長年のプライドが邪魔をしてどうしても声にならない。
ありがとうという感謝の言葉も同じだった。
セレーナはただ俯いて自分の足元を見つめることしかできなかった。
そんなぎこちない姉妹の空気を竜巻のような勢いで破壊する人物がいた。
「イリスーーーッ! 私の女神! 素晴らしかったぞ!」
アレクシオス陛下がキラキラした瞳で私に駆け寄りその両手をがっしりと掴んだ。
「あの光! 神々しかった! まさに天から舞い降りた女神そのものだった! もう一度、もう一度だけ見せてはくれないだろうか!? ねえ!」
「へ、陛下……。そんな簡単に出せるようなものでは……」
子供のようにはしゃぐ陛下の姿に私の顔がカッと熱くなる。
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。
「陛下、妃殿下もお疲れのご様子。それに後処理もございます。そろそろお城へお戻りください」
冷静にしかし的確にライオス団長が陛下を諌める。
陛下は「むぅ、ライオスはいつも良いところを邪魔するな……」と不満げに口を尖らせながらも私の体調を気遣ってくれた。
こうして私たちはリンドール城へ帰還することになった。
捕らえられた『黒き蛇』の残党は騎士団が責任を持って連行していく。
問題は一人だけ残された私の妹。
アレクシオス陛下はまるで道端の石ころでも見るかのような無関心な目でセレーナを一瞥した。
「さてイリス。この女はどうする?」
「約束通りアルメリア家にでも送り返すか? もっともあの家に帰っても待っているのは破滅だけだろうが」
陛下の冷たい言葉にセレーナの肩がびくりと大きく震えた。
あの全てを失った実家に戻る。
それは彼女にとって死刑宣告にも等しい恐怖だった。
彼女は懇願するような助けを求めるような目で私を見上げた。
私が彼女の運命を握っている。
その視線が私の心に重く突き刺さった。
私は縄を解かれその場で震えている妹セレーナの前に立っていた。
彼女は私が何か罵倒の言葉を浴びせるかあるいは完全に無視するものだと思っていたのだろう。
恐怖に歪んだ顔で固く目を閉じている。
私はそんな彼女にただ静かに問いかけた。
「……セレーナ。怪我はない?」
そのあまりに予想外の言葉にセレーナはびくりと肩を震わせ恐る恐る目を開けた。
その大きな青い瞳が信じられないという色に染まっている。
彼女は声にならない声でこくこくと頷くことしかできない。
私はそんな妹の細い腕にそっと手を触れた。
そして聖女の力をほんの少しだけ解放する。
温かい光が彼女の体を包み込み誘拐された恐怖でこわばっていた心を優しくほぐしていく。
「……あ……」
その慈愛に満ちた光に触れてセレーナの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは恐怖の涙ではない。
彼女の心の奥底、硬い殻で覆われていた部分に初めて差し込んだ光。
生まれて初めて感じる「罪悪感」という名の温かい痛みだった。
(ごめんなさい……)
喉まで出かかった言葉。
でも長年のプライドが邪魔をしてどうしても声にならない。
ありがとうという感謝の言葉も同じだった。
セレーナはただ俯いて自分の足元を見つめることしかできなかった。
そんなぎこちない姉妹の空気を竜巻のような勢いで破壊する人物がいた。
「イリスーーーッ! 私の女神! 素晴らしかったぞ!」
アレクシオス陛下がキラキラした瞳で私に駆け寄りその両手をがっしりと掴んだ。
「あの光! 神々しかった! まさに天から舞い降りた女神そのものだった! もう一度、もう一度だけ見せてはくれないだろうか!? ねえ!」
「へ、陛下……。そんな簡単に出せるようなものでは……」
子供のようにはしゃぐ陛下の姿に私の顔がカッと熱くなる。
さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。
「陛下、妃殿下もお疲れのご様子。それに後処理もございます。そろそろお城へお戻りください」
冷静にしかし的確にライオス団長が陛下を諌める。
陛下は「むぅ、ライオスはいつも良いところを邪魔するな……」と不満げに口を尖らせながらも私の体調を気遣ってくれた。
こうして私たちはリンドール城へ帰還することになった。
捕らえられた『黒き蛇』の残党は騎士団が責任を持って連行していく。
問題は一人だけ残された私の妹。
アレクシオス陛下はまるで道端の石ころでも見るかのような無関心な目でセレーナを一瞥した。
「さてイリス。この女はどうする?」
「約束通りアルメリア家にでも送り返すか? もっともあの家に帰っても待っているのは破滅だけだろうが」
陛下の冷たい言葉にセレーナの肩がびくりと大きく震えた。
あの全てを失った実家に戻る。
それは彼女にとって死刑宣告にも等しい恐怖だった。
彼女は懇願するような助けを求めるような目で私を見上げた。
私が彼女の運命を握っている。
その視線が私の心に重く突き刺さった。
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。
猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。
ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。
しかし、一年前。同じ場所での結婚式では――
見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。
「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」
確かに愛のない政略結婚だったけれど。
――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。
「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」
仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。
シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕!
――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。
※「小説家になろう」にも掲載。
※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?
パリパリかぷちーの
恋愛
「失礼いたしますわ」――断罪の広場で令嬢が告げたのは、たった一言の沈黙だった。
侯爵令嬢レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトは、“涙の聖女”によって悪役とされ、王太子に婚約を破棄され、すべてを失った。だが彼女は泣かない。反論しない。赦しも求めない。ただ静かに、矛盾なき言葉と香りの力で、歪められた真実と制度の綻びに向き合っていく。
「誰にも属さず、誰も裁かず、それでもわたくしは、生きてまいりますわ」
これは、断罪劇という筋書きを拒んだ“悪役令嬢”が、沈黙と香りで“未来”という舞台を歩んだ、静かなる反抗と再生の物語。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。