23 / 60
第二十三話『不器用な姉妹と、王様のやきもち』
セレーナの寝言を聞いてから私の心の中にはなんとも言えない複雑な感情が渦巻いていた。
憎しみはもうない。けれど簡単に許せるほど私の心は広くなかった。
翌日から私とセレーナの奇妙な共同生活が始まった。
「セレーナ。あなたは今日からこの離宮の掃除と私の身の回りのお世話をしてもらいます」
「……え?」
「もちろん侍女としてではありません。罪を償うための奉仕活動です。嫌なら今すぐ実家にお帰りなさい」
私の言葉にセレーナは青い顔でぶんぶんと首を横に振った。
こうして元侯爵令嬢の生まれて初めての労働が始まったのだ。
しかしこれがまあひどいものだった。
雑巾の絞り方一つ知らず床は水浸し。
洗濯物を畳ませればしわくちゃの塊が出来上がる。
紅茶を淹れさせれば濃すぎて苦いか薄すぎて水みたいかそのどちらか。
「はあ……」
私は盛大なため息をつく。
あまりの不器用さに見かねて私が手本を見せようとしたその時だった。
セレーナが熱いティーポットを倒しそうになりそれを庇った私の指先に熱湯がかかってしまった。
「きゃっ!」
「お、お姉様! ご、ごめんなさい!」
真っ赤になった私の指を見てセレーナはパニックに陥る。
私はそんな彼女を落ち着かせながら自分の指にそっと治癒の光を灯した。
温かい光が火傷の痛みをすっと消していく。
「……すごい……」
その光景をセレーナは呆然と見つめていた。
自分のせいで姉が怪我をしたという罪悪感とその不思議な力への畏怖。
彼女の心の中で何かが少しずつ変わり始めているのが分かった。
そんな不器用な姉妹の時間をぶち壊す声が響いた。
「イリスーーーッ! 私の愛しいイリス! 一体何をしているんだ!」
アレクシオス陛下が部屋に飛び込んできた。
そして私とセレーナが一緒にいるのを見るなり眉を吊り上げる。
「なぜ君がそんな女の世話などをしているんだ! 君のその白魚のような美しい手は私の頬を撫でるためだけにあるというのに!」
「へ、陛下……。大げさですわ」
「大げさではない! 断じてだ! この私ですらまだ君に掃除の一切をさせたことがないのだぞ! それをこんなどこの馬の骨とも知れぬ女のために……!」
嫉妬の炎をメラメラと燃やす陛下。
その姿は国王というより恋人に意地悪された子供のようだ。
「陛下、見苦しいですぞ」
いつの間にか現れたライオス団長が心底呆れたようにため息をつく。
陛下のやきもちに私は困りながらもどこか可笑しくてくすりと笑ってしまった。
そんなある意味で平穏な日々が続いていたある日。
一人の意外な人物が私との面会を求めてきた。
「リンドール公爵……?」
ロザリア嬢の父親であり国内の保守派貴族の筆頭。
『黒き蛇』の事件で娘と共に私に完膚なきまでに敗北した後、領地に引きこもっていたはずの彼が一体何の用だろうか。
私の胸に新たな波乱の予感がよぎった。
憎しみはもうない。けれど簡単に許せるほど私の心は広くなかった。
翌日から私とセレーナの奇妙な共同生活が始まった。
「セレーナ。あなたは今日からこの離宮の掃除と私の身の回りのお世話をしてもらいます」
「……え?」
「もちろん侍女としてではありません。罪を償うための奉仕活動です。嫌なら今すぐ実家にお帰りなさい」
私の言葉にセレーナは青い顔でぶんぶんと首を横に振った。
こうして元侯爵令嬢の生まれて初めての労働が始まったのだ。
しかしこれがまあひどいものだった。
雑巾の絞り方一つ知らず床は水浸し。
洗濯物を畳ませればしわくちゃの塊が出来上がる。
紅茶を淹れさせれば濃すぎて苦いか薄すぎて水みたいかそのどちらか。
「はあ……」
私は盛大なため息をつく。
あまりの不器用さに見かねて私が手本を見せようとしたその時だった。
セレーナが熱いティーポットを倒しそうになりそれを庇った私の指先に熱湯がかかってしまった。
「きゃっ!」
「お、お姉様! ご、ごめんなさい!」
真っ赤になった私の指を見てセレーナはパニックに陥る。
私はそんな彼女を落ち着かせながら自分の指にそっと治癒の光を灯した。
温かい光が火傷の痛みをすっと消していく。
「……すごい……」
その光景をセレーナは呆然と見つめていた。
自分のせいで姉が怪我をしたという罪悪感とその不思議な力への畏怖。
彼女の心の中で何かが少しずつ変わり始めているのが分かった。
そんな不器用な姉妹の時間をぶち壊す声が響いた。
「イリスーーーッ! 私の愛しいイリス! 一体何をしているんだ!」
アレクシオス陛下が部屋に飛び込んできた。
そして私とセレーナが一緒にいるのを見るなり眉を吊り上げる。
「なぜ君がそんな女の世話などをしているんだ! 君のその白魚のような美しい手は私の頬を撫でるためだけにあるというのに!」
「へ、陛下……。大げさですわ」
「大げさではない! 断じてだ! この私ですらまだ君に掃除の一切をさせたことがないのだぞ! それをこんなどこの馬の骨とも知れぬ女のために……!」
嫉妬の炎をメラメラと燃やす陛下。
その姿は国王というより恋人に意地悪された子供のようだ。
「陛下、見苦しいですぞ」
いつの間にか現れたライオス団長が心底呆れたようにため息をつく。
陛下のやきもちに私は困りながらもどこか可笑しくてくすりと笑ってしまった。
そんなある意味で平穏な日々が続いていたある日。
一人の意外な人物が私との面会を求めてきた。
「リンドール公爵……?」
ロザリア嬢の父親であり国内の保守派貴族の筆頭。
『黒き蛇』の事件で娘と共に私に完膚なきまでに敗北した後、領地に引きこもっていたはずの彼が一体何の用だろうか。
私の胸に新たな波乱の予感がよぎった。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄される前に、帰らせていただきます!
パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。
普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。
猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。
ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。
しかし、一年前。同じ場所での結婚式では――
見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。
「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」
確かに愛のない政略結婚だったけれど。
――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。
「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」
仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。
シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕!
――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。
※「小説家になろう」にも掲載。
※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。
「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?
パリパリかぷちーの
恋愛
「失礼いたしますわ」――断罪の広場で令嬢が告げたのは、たった一言の沈黙だった。
侯爵令嬢レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトは、“涙の聖女”によって悪役とされ、王太子に婚約を破棄され、すべてを失った。だが彼女は泣かない。反論しない。赦しも求めない。ただ静かに、矛盾なき言葉と香りの力で、歪められた真実と制度の綻びに向き合っていく。
「誰にも属さず、誰も裁かず、それでもわたくしは、生きてまいりますわ」
これは、断罪劇という筋書きを拒んだ“悪役令嬢”が、沈黙と香りで“未来”という舞台を歩んだ、静かなる反抗と再生の物語。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【完結】遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【残り数話を持ちまして3月29日完結!!】
夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。
長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。
待っていたのは、凍てつく絶望。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。
「夫は愛人と生きればいい。
今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」
それでも私は誓う――
「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」
歪で、完全な幸福――それとも、破滅。
“石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。