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第9話 謝罪の茶会は、古代兵器の起動スイッチでした
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公爵邸の朝は、今日も今日とて厳戒態勢だった。 庭には完全武装の騎士が巡回し、空にはグリフォンが旋回し、屋根の上には隠密部隊が張り付いている。 さらに、アレクセイが設置した最新鋭の「害意感知式自動迎撃結界」が、屋敷全体を淡い青色のドーム状に覆っていた。
「……ねえ、アレクセイ様。少しやりすぎではありませんか?」
私は、窓の外を見ながら溜息をついた。 結界のせいで、日光が少し青みがかって見える。 洗濯物が乾くのか心配になるレベルだ。
「念には念を入れるべきだ。レオナルド殿下は、あの手この手でシオンを狙ってくるだろう」
アレクセイは真剣な表情で新聞を読んでいた。 その見出しには、『第二王子、謎の体調不良で公務を欠席』とある。 シオンの幻影魔法による精神的ダメージがまだ抜けていないらしい。
「それに、最近王都で不審な地震が頻発している。地下で何かが動いているような……嫌な予感がする」
アレクセイの勘は鋭い。 私も昨夜、地面の底から響くような地鳴りを聞いた気がした。
そんな折、執事が銀盆に乗せた一通の手紙を持ってきた。
「旦那様、王宮より招待状が届いております」
「王宮から?」
アレクセイが手紙を手に取り、封を切る。 一読した彼の眉間に、深い渓谷のような皺が刻まれた。
「……レオナルド殿下からだ。『先日の非礼を詫びたい。ついては、王宮の庭園にてささやかな謝罪の茶会を催したい』と」
「謝罪の茶会……ですか」
怪しい。 どう考えても罠だ。 「ごめんなさい」と言うために、わざわざ敵の本拠地に呼び出すなんて、毒入りのクッキーでも食わせる気満々ではないか。
「断ろう。シオンを連れていくなど論外だ」
アレクセイは手紙を凍らせて粉砕しようとした。 しかし、執事が申し訳なさそうに告げた。
「それが……手紙の末尾に、国王陛下の署名と王璽(おうじ)が押されておりまして……」
「……なんだと?」
アレクセイの手が止まる。 国王陛下の名においての招待となれば、それは実質的な「命令」だ。 正当な理由なく断れば、公爵家といえども不敬罪に問われかねない。
「チッ……。親父(国王)まで巻き込んだか」
アレクセイは舌打ちをした。 彼は手紙をテーブルに叩きつけた。
「いいだろう。受けて立つ。……ただし、ただの茶会で終わらせるつもりはないようだな」
彼の目が、猛禽類のように鋭く光った。 私も覚悟を決めた。 逃げるわけにはいかない。 レオナルド殿下との因縁、ここで断ち切る必要がある。
ふと見ると、足元でシオンが積み木を崩して遊んでいた。 彼は私と目が合うと、ニコリと笑って、小さな拳を握ってみせた。 『やってやろうぜ』と言っているようだった。
◆
数日後。 私たちは王宮へと向かった。 今回の馬車は、アレクセイが徹夜で改造を施した特別仕様車だ。 装甲板が二重になり、対魔法結界はもちろん、緊急脱出用の転移装置まで組み込まれているらしい。 もはや戦車である。
王宮の庭園は、百花繚乱の美しさだった。 色とりどりのバラが咲き誇り、噴水が涼しげな音を立てている。 その中央に設置された白いガゼボ(西洋風東屋)に、レオナルド殿下が待っていた。
「やあ、よく来てくれたね! アレクセイ公爵、それにレティシア夫人!」
殿下は満面の笑みで迎えた。 先日の怯えきった様子は微塵も見せない。 むしろ、以前よりも自信に満ち溢れているように見える。 それが逆に不気味だった。
「……お招きいただき、光栄です」
アレクセイは儀礼的な挨拶をしたが、その全身からは「動いたら凍らすぞ」という冷気が漏れ出している。 周囲のバラが、うっすらと霜を被り始めた。
「まあまあ、そう警戒しないでくれ。今日は本当に、先日の無礼を詫びたくてね。……ほら、シオンくんも。怖がらせてごめんね?」
殿下はシオンに顔を近づけた。 シオンはアレクセイの腕の中で、無表情のまま殿下を見返した。 『……目が笑ってないよ、お兄ちゃん』
シオンの心の声が私に届く。 私も同感だった。 殿下の瞳の奥には、どす黒い欲望と、何かもっと異質な狂気が渦巻いている。
私たちは席に着いた。 侍女たちが紅茶とケーキを運んでくる。 アレクセイは出された紅茶に口をつけようとせず、まずは魔法で毒の有無を検査した。
「……毒反応なし、か」
彼は小さく呟いた。
「失敬な。僕がそんな安直な手を使うと思うかい?」
殿下はクスクスと笑い、自ら紅茶を飲み干してみせた。
「今日は純粋に、友好を深めたいだけさ。……ああ、そうだ。シオンくんには退屈だろう? 向こうのキッズルームに、たくさんおもちゃを用意してあるんだ。侍女に見させるから、遊ばせてあげてはどうかな?」
殿下が指差したのは、庭園の奥にあるサンルームだった。 ガラス張りで、中には確かにぬいぐるみや木馬が見える。 ここからでも中の様子は丸見えだ。
「……お断りします。シオンから目を離すつもりはありません」
アレクセイが即答する。
「まあそう言わずに。大人同士、少し込み入った話……例えば、今後の国境警備や、帝国の動きについても相談したいんだ。子供には聞かせられない話もあるだろう?」
政治の話を持ち出されると、公爵として拒否しづらい。 アレクセイは迷ったように私を見た。 私はシオンを見た。 シオンは、サンルームの方をじっと見ていた。
『ママ、行ってくるよ』
意外なことに、シオンからの念話は積極的だった。
『あのサンルームの地下から、変な振動が伝わってくるんだ。……パパたちが話してる間に、ちょっと探検してくる』
(えっ、危険よ!)
『大丈夫。いざとなったら、このサンルームごと爆破して脱出するから』
やめて。 国宝級の建築物を人質に取らないで。
『それに、敵の狙いを知るには、虎穴に入らないとね』
シオンはニヤリと笑い、アレクセイの腕から降りようともがいた。 「あー!(あっち行くー!)」と指差して。
「……シオンが行きたいと言っているなら、仕方ないか」
アレクセイは渋々シオンを下ろした。
「ただし、結界は張らせてもらう。そして私の使い魔(氷の鳥)を監視につける」
「ああ、構わないよ。安全第一だからね」
殿下は余裕の笑みで頷いた。 こうしてシオンは、侍女に手を引かれ、サンルームへと向かった。 私は不安で胸が張り裂けそうだったが、シオンの「サムズアップ(親指を立てる仕草)」を見て、彼を信じることにした。
◆
サンルームに入ったシオンは、すぐに「お利口な赤ちゃん」モードを解除した。 侍女のお姉さんが「まあ、可愛いクマさんのぬいぐるみですよ~」とあやしてくるのを、「あーい(はいはい)」と適当にあしらう。
『さて、と』
シオンは周囲を見渡した。 アレクセイの使い魔である氷の小鳥が、窓辺にとまってこちらを見ている。 パパの監視の目だ。 これを誤魔化さなければならない。
シオンはぬいぐるみの山に潜り込んだ。 そして、指先から微細な魔力を放出する。
『幻影生成(ミラージュ・クリエイト)』
一瞬で、自分の精巧な幻影を作り出した。 幻影のシオンは、キャッキャと笑いながら積み木で遊び始める。 侍女も、氷の鳥も、それが偽物だとは気づいていない。
『よし、脱走成功』
本物のシオンは、透明化魔法(インビジブル)で姿を消し、サンルームの床にある通気口へと向かった。 さっきから感じている不穏な魔力振動の源は、この真下だ。
通気口の格子を魔法で外し、小さな身体を滑り込ませる。 暗くて狭いダクトの中を、ハイハイで進む。 普通の赤ちゃんには不可能な芸当だが、シオンは身体強化魔法で筋力をブーストしているため、ゴキブリ並みの速度で移動できた。
しばらく進むと、広い空間に出た。 地下空間だ。 王宮の地下に、こんな場所があったとは。
そこは、古代の遺跡のような石造りの広間だった。 壁には怪しげな魔法陣が描かれ、松明の炎が揺らめいている。 そして、広間の中央に、それはあった。
巨大な、金属の塊。 高さは五メートルほどあるだろうか。 人型をしているが、生物的な温かみは一切ない。 黒ずんだ鋼鉄の装甲。無数のパイプと歯車。 そして胸部には、赤く明滅するコアが埋め込まれている。
『……古代魔導兵器、オートマタか』
シオンは息を飲んだ。 前世の記憶にある。 かつて世界を焼き尽くしたと言われる、旧文明の遺産。 まさか、王宮の地下にこんなものが隠されていたとは。
兵器の周りには、数人の男たちがいた。 黒いローブを着た魔術師たち。 その背中には、帝国の紋章が刺繍されている。
「調整はどうだ?」 「順調です。コアへの魔力充填率は80%。あと少しで起動可能です」 「殿下が上の連中を引き留めている間に、仕上げるぞ」
男たちの会話が聞こえる。 レオナルド殿下は、この兵器を起動させるための時間稼ぎとして、茶会を開いたのだ。
(バカな奴らだ……)
シオンは冷ややかな目で彼らを見下ろした。 古代兵器は、素人が手を出していい代物ではない。 制御術式が不完全なまま起動させれば、敵味方の区別なく周囲を破壊し尽くす殺戮マシーンとなる。
『パパとママが危ない』
シオンの目が紫色に輝いた。 ここで破壊するのは簡単だ。 しかし、爆発させれば王宮が崩落し、上の庭園にいる両親も巻き込まれる可能性がある。
(コアの魔力供給を断つしかないか。……地味な作業だな)
シオンはダクトから飛び降りようとした。 その時。
「おい、なんだあれは?」
魔術師の一人が、シオンの方を指差した。 透明化魔法を使っていたはずだが、コアの魔力干渉で術式が乱れたのか、一瞬だけ姿が見えてしまったらしい。
「赤ん坊……? なぜこんなところに?」
「まて、あれはターゲットの『シオン』じゃないか!?」
バレた。 シオンは舌打ちをした(心の中で)。
「好都合だ! 捕まえろ! あいつの魔力をコアに食わせれば、一気に100%までいくぞ!」
魔術師たちが一斉に呪文を唱え始めた。 火球や雷撃がシオンに向かって放たれる。
『……やれやれ。静かに終わらせたかったのに』
シオンは空中で身を翻し、着地した。 その小さな手には、いつの間にか拾った鉄パイプ(ガラガラ代わり)が握られている。
『教育的指導の時間だよ、おじさんたち』
シオンが鉄パイプを振ると、衝撃波が発生し、飛んできた魔法をすべて弾き飛ばした。 ドガァァン! 壁が崩れ、魔術師たちが吹き飛ぶ。
「な、なんだこのガキは!?」 「魔法を弾いたぞ!?」
「ばぶー!(往生際が悪いぞ!)」
シオンは高速で走り出した。 身体強化魔法フルバースト。 目にも止まらぬ速さで魔術師たちの懐に入り込み、正確無比な鉄パイプの一撃を急所に叩き込んでいく。
「ぐあッ!」 「ぎゃッ!」
次々と無力化される帝国のエリート魔術師たち。 一歳児にボコボコにされる屈辱は、彼らのトラウマになるだろう。
しかし、最後の魔術師が、血を吐きながら叫んだ。
「お、遅い! 起動シークエンスはもう止まらない!」
彼は最後の力を振り絞り、制御盤のレバーを下ろした。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
地響きと共に、巨大な魔導兵器が動き出した。 赤いコアが激しく明滅し、蒸気を噴き上げる。 その目は赤く光り、機械的な咆哮を上げた。
『グオオオオオオオ……!!』
「……ちっ、目覚めちゃったか」
シオンは見上げるような巨体を見据えた。 相手は鋼鉄の巨人。 こちらはオムツ一丁(服は着ているが)の幼児。 体格差は絶望的だ。
でも、シオンは笑っていた。
『ちょうどいい。新しいサンドバッグが欲しかったところだ』
◆
一方、地上の庭園。 地面が微かに揺れ始めたことに、アレクセイは気づいていた。
「……地震か?」
彼は紅茶を置いた。
「いや、違う。この揺れ方は……地下からの魔力干渉だ」
レオナルド殿下は、顔色を変えずに微笑んでいる。
「気のせいじゃないかな? 最近は地震が多いからね」
「……殿下。単刀直入に聞く。地下で何をしている?」
アレクセイの声が低くなる。 隠す気もない殺気が、殿下に突き刺さる。
「何のことだい?」
「とぼけるな。……シオンの様子を見てくる」
アレクセイが立ち上がろうとした瞬間。
ズドンッ!!
凄まじい轟音と共に、庭園のサンルームが内側から爆発した。 ガラスの破片が飛び散り、土煙が舞い上がる。
「シオンッ!!」
私とアレクセイは絶叫した。 サンルームがあった場所には、巨大な穴が開いていた。 そして、その穴から、黒鉄の巨人が這い出てきたのだ。
「な……なんだあれは!?」
アレクセイが目を見開く。 巨人は五メートルを超える大きさで、その肩には――
「あーうー!」
小さな銀髪の赤ちゃんが乗っていた。 シオンだ。 彼は巨人の肩にしがみついているように見えるが、よく見ると巨人の頭をペチペチと叩いている。
「シオン!!」
「ははは! 成功だ!」
レオナルド殿下が狂喜の声を上げて立ち上がった。
「見ろ、アレクセイ! これぞ帝国から供与された古代兵器『タイタン』だ! この圧倒的な力を前に、君の氷魔法など……」
殿下の演説は途中で途切れた。 なぜなら、巨人が殿下の方を向き、その巨大な拳を振り上げたからだ。
「え?」
ドガァァァァン!!
巨人の拳が、殿下のすぐ横の地面を粉砕した。 殿下は腰を抜かして転がった。
「な、何をす……制御はどうなっている!? 攻撃目標は公爵だぞ!」
巨人は聞く耳を持たない。 それもそのはず。 巨人の肩に乗っているシオンが、こっそりと巨人の首元にある制御ケーブルを引き抜き、直接魔力を流し込んで操縦しているのだから。 いわば、シオン専用ロボットと化していた。
『パパ! ママ! 逃げて! こいつ暴走してる!』
シオンの声(念話)が響く。 彼は必死に暴れる巨人を抑えている「演技」をしながら、巧みに巨人を誘導し、王宮の衛兵や建物を破壊しないように(ただし殿下の私室がある塔だけは偶然破壊しつつ)立ち回っていた。
「シオン! 今助けるぞ!」
アレクセイが動いた。 彼は両手を広げ、最大級の魔力を練り上げる。
「我が最愛の息子に触れるな、鉄屑風情がッ!!」
『極大氷結(グランド・コキュートス)』
世界が白く染まった。 絶対零度の嵐が吹き荒れ、巨人を包み込む。 鋼鉄の装甲がミシミシと音を立てて凍りつき、関節が動かなくなる。
「……すご」
シオンは肩の上で呟いた。 パパの本気は、古代兵器すら凌駕していた。 巨人は瞬く間に巨大な氷のオブジェへと変わった。
アレクセイは跳躍し、凍りついた巨人の肩に飛び乗ると、シオンを抱き上げた。
「シオン! 無事か!?」
「パパ~!」
シオンは泣き真似をしてアレクセイの首に抱きついた。
「怖かったな、もう大丈夫だ……!」
アレクセイはシオンを抱きしめたまま、地上へ降り立った。 そして、腰を抜かしているレオナルド殿下を氷のような目で見下ろした。
「……殿下。これはどういうことですか?」
「ひっ……!」
「謝罪の茶会と聞いて来ましたが、まさか古代兵器の試運転に付き合わされるとは。……しかも、私の息子を危険に晒した」
アレクセイの周囲の空気が、パキパキと音を立てて凍っていく。
「これは、フロスト公爵家への宣戦布告と受け取ってよろしいですね?」
「ち、違う! 誤作動だ! 私は知らな……」
「問答無用」
アレクセイが指を振ると、殿下の足元から氷が伸び、彼を拘束した。
「このまま国王陛下の御前まで連行します。すべてを洗いざらい吐いてもらいましょう」
◆
その日の夕方。 王宮は大騒ぎとなっていたが、私たちは一足先に公爵邸に戻っていた。 シオンは「ショックで熱が出た」ということにして、ベッドで休ませている(実際はロボット操縦で魔力を使いすぎて疲れただけ)。
寝室で、アレクセイは眠るシオンの手を握りしめていた。
「……守れなかった」
彼は悔しそうに呟いた。
「俺がついていながら、あんな危険な目に……。俺は、父親失格だ」
「そんなことありません」
私は彼の方に手を置いた。
「アレクセイ様が助けてくれたから、シオンは無事だったんです。あの氷魔法、本当にかっこよかったですよ」
「……そうか?」
「はい。シオンも『パパすごかった』って言ってました」
アレクセイは少しだけ表情を緩めた。
「……帝国め。許さんぞ。シオンを狙う者は、地の果てまで追い詰めて氷漬けにしてやる」
彼の目は、今まで以上に燃えていた。 今回の事件で、彼の「親バカ」と「過保護」は、完全にリミッターが外れてしまったようだ。 これからの帝国の運命に、少しだけ同情してしまう。
ベッドの中、狸寝入りをしていたシオンは、こっそりとため息をついた。
(パパが張り切りすぎると、僕の出番がなくなるんだよなぁ……。ま、平和ならいいか)
彼はそっと寝返りを打ち、夢の世界へと旅立った。 夢の中では、今日乗り回したロボットよりも、もっとかっこいい魔導アーマーを設計していることだろう。
謝罪の茶会は、古代兵器の破壊と、第二王子の失脚という結末で幕を閉じた。 しかし、これで終わりではない。 帝国の「本隊」が動き出すのは、これからなのだから。
「……ねえ、アレクセイ様。少しやりすぎではありませんか?」
私は、窓の外を見ながら溜息をついた。 結界のせいで、日光が少し青みがかって見える。 洗濯物が乾くのか心配になるレベルだ。
「念には念を入れるべきだ。レオナルド殿下は、あの手この手でシオンを狙ってくるだろう」
アレクセイは真剣な表情で新聞を読んでいた。 その見出しには、『第二王子、謎の体調不良で公務を欠席』とある。 シオンの幻影魔法による精神的ダメージがまだ抜けていないらしい。
「それに、最近王都で不審な地震が頻発している。地下で何かが動いているような……嫌な予感がする」
アレクセイの勘は鋭い。 私も昨夜、地面の底から響くような地鳴りを聞いた気がした。
そんな折、執事が銀盆に乗せた一通の手紙を持ってきた。
「旦那様、王宮より招待状が届いております」
「王宮から?」
アレクセイが手紙を手に取り、封を切る。 一読した彼の眉間に、深い渓谷のような皺が刻まれた。
「……レオナルド殿下からだ。『先日の非礼を詫びたい。ついては、王宮の庭園にてささやかな謝罪の茶会を催したい』と」
「謝罪の茶会……ですか」
怪しい。 どう考えても罠だ。 「ごめんなさい」と言うために、わざわざ敵の本拠地に呼び出すなんて、毒入りのクッキーでも食わせる気満々ではないか。
「断ろう。シオンを連れていくなど論外だ」
アレクセイは手紙を凍らせて粉砕しようとした。 しかし、執事が申し訳なさそうに告げた。
「それが……手紙の末尾に、国王陛下の署名と王璽(おうじ)が押されておりまして……」
「……なんだと?」
アレクセイの手が止まる。 国王陛下の名においての招待となれば、それは実質的な「命令」だ。 正当な理由なく断れば、公爵家といえども不敬罪に問われかねない。
「チッ……。親父(国王)まで巻き込んだか」
アレクセイは舌打ちをした。 彼は手紙をテーブルに叩きつけた。
「いいだろう。受けて立つ。……ただし、ただの茶会で終わらせるつもりはないようだな」
彼の目が、猛禽類のように鋭く光った。 私も覚悟を決めた。 逃げるわけにはいかない。 レオナルド殿下との因縁、ここで断ち切る必要がある。
ふと見ると、足元でシオンが積み木を崩して遊んでいた。 彼は私と目が合うと、ニコリと笑って、小さな拳を握ってみせた。 『やってやろうぜ』と言っているようだった。
◆
数日後。 私たちは王宮へと向かった。 今回の馬車は、アレクセイが徹夜で改造を施した特別仕様車だ。 装甲板が二重になり、対魔法結界はもちろん、緊急脱出用の転移装置まで組み込まれているらしい。 もはや戦車である。
王宮の庭園は、百花繚乱の美しさだった。 色とりどりのバラが咲き誇り、噴水が涼しげな音を立てている。 その中央に設置された白いガゼボ(西洋風東屋)に、レオナルド殿下が待っていた。
「やあ、よく来てくれたね! アレクセイ公爵、それにレティシア夫人!」
殿下は満面の笑みで迎えた。 先日の怯えきった様子は微塵も見せない。 むしろ、以前よりも自信に満ち溢れているように見える。 それが逆に不気味だった。
「……お招きいただき、光栄です」
アレクセイは儀礼的な挨拶をしたが、その全身からは「動いたら凍らすぞ」という冷気が漏れ出している。 周囲のバラが、うっすらと霜を被り始めた。
「まあまあ、そう警戒しないでくれ。今日は本当に、先日の無礼を詫びたくてね。……ほら、シオンくんも。怖がらせてごめんね?」
殿下はシオンに顔を近づけた。 シオンはアレクセイの腕の中で、無表情のまま殿下を見返した。 『……目が笑ってないよ、お兄ちゃん』
シオンの心の声が私に届く。 私も同感だった。 殿下の瞳の奥には、どす黒い欲望と、何かもっと異質な狂気が渦巻いている。
私たちは席に着いた。 侍女たちが紅茶とケーキを運んでくる。 アレクセイは出された紅茶に口をつけようとせず、まずは魔法で毒の有無を検査した。
「……毒反応なし、か」
彼は小さく呟いた。
「失敬な。僕がそんな安直な手を使うと思うかい?」
殿下はクスクスと笑い、自ら紅茶を飲み干してみせた。
「今日は純粋に、友好を深めたいだけさ。……ああ、そうだ。シオンくんには退屈だろう? 向こうのキッズルームに、たくさんおもちゃを用意してあるんだ。侍女に見させるから、遊ばせてあげてはどうかな?」
殿下が指差したのは、庭園の奥にあるサンルームだった。 ガラス張りで、中には確かにぬいぐるみや木馬が見える。 ここからでも中の様子は丸見えだ。
「……お断りします。シオンから目を離すつもりはありません」
アレクセイが即答する。
「まあそう言わずに。大人同士、少し込み入った話……例えば、今後の国境警備や、帝国の動きについても相談したいんだ。子供には聞かせられない話もあるだろう?」
政治の話を持ち出されると、公爵として拒否しづらい。 アレクセイは迷ったように私を見た。 私はシオンを見た。 シオンは、サンルームの方をじっと見ていた。
『ママ、行ってくるよ』
意外なことに、シオンからの念話は積極的だった。
『あのサンルームの地下から、変な振動が伝わってくるんだ。……パパたちが話してる間に、ちょっと探検してくる』
(えっ、危険よ!)
『大丈夫。いざとなったら、このサンルームごと爆破して脱出するから』
やめて。 国宝級の建築物を人質に取らないで。
『それに、敵の狙いを知るには、虎穴に入らないとね』
シオンはニヤリと笑い、アレクセイの腕から降りようともがいた。 「あー!(あっち行くー!)」と指差して。
「……シオンが行きたいと言っているなら、仕方ないか」
アレクセイは渋々シオンを下ろした。
「ただし、結界は張らせてもらう。そして私の使い魔(氷の鳥)を監視につける」
「ああ、構わないよ。安全第一だからね」
殿下は余裕の笑みで頷いた。 こうしてシオンは、侍女に手を引かれ、サンルームへと向かった。 私は不安で胸が張り裂けそうだったが、シオンの「サムズアップ(親指を立てる仕草)」を見て、彼を信じることにした。
◆
サンルームに入ったシオンは、すぐに「お利口な赤ちゃん」モードを解除した。 侍女のお姉さんが「まあ、可愛いクマさんのぬいぐるみですよ~」とあやしてくるのを、「あーい(はいはい)」と適当にあしらう。
『さて、と』
シオンは周囲を見渡した。 アレクセイの使い魔である氷の小鳥が、窓辺にとまってこちらを見ている。 パパの監視の目だ。 これを誤魔化さなければならない。
シオンはぬいぐるみの山に潜り込んだ。 そして、指先から微細な魔力を放出する。
『幻影生成(ミラージュ・クリエイト)』
一瞬で、自分の精巧な幻影を作り出した。 幻影のシオンは、キャッキャと笑いながら積み木で遊び始める。 侍女も、氷の鳥も、それが偽物だとは気づいていない。
『よし、脱走成功』
本物のシオンは、透明化魔法(インビジブル)で姿を消し、サンルームの床にある通気口へと向かった。 さっきから感じている不穏な魔力振動の源は、この真下だ。
通気口の格子を魔法で外し、小さな身体を滑り込ませる。 暗くて狭いダクトの中を、ハイハイで進む。 普通の赤ちゃんには不可能な芸当だが、シオンは身体強化魔法で筋力をブーストしているため、ゴキブリ並みの速度で移動できた。
しばらく進むと、広い空間に出た。 地下空間だ。 王宮の地下に、こんな場所があったとは。
そこは、古代の遺跡のような石造りの広間だった。 壁には怪しげな魔法陣が描かれ、松明の炎が揺らめいている。 そして、広間の中央に、それはあった。
巨大な、金属の塊。 高さは五メートルほどあるだろうか。 人型をしているが、生物的な温かみは一切ない。 黒ずんだ鋼鉄の装甲。無数のパイプと歯車。 そして胸部には、赤く明滅するコアが埋め込まれている。
『……古代魔導兵器、オートマタか』
シオンは息を飲んだ。 前世の記憶にある。 かつて世界を焼き尽くしたと言われる、旧文明の遺産。 まさか、王宮の地下にこんなものが隠されていたとは。
兵器の周りには、数人の男たちがいた。 黒いローブを着た魔術師たち。 その背中には、帝国の紋章が刺繍されている。
「調整はどうだ?」 「順調です。コアへの魔力充填率は80%。あと少しで起動可能です」 「殿下が上の連中を引き留めている間に、仕上げるぞ」
男たちの会話が聞こえる。 レオナルド殿下は、この兵器を起動させるための時間稼ぎとして、茶会を開いたのだ。
(バカな奴らだ……)
シオンは冷ややかな目で彼らを見下ろした。 古代兵器は、素人が手を出していい代物ではない。 制御術式が不完全なまま起動させれば、敵味方の区別なく周囲を破壊し尽くす殺戮マシーンとなる。
『パパとママが危ない』
シオンの目が紫色に輝いた。 ここで破壊するのは簡単だ。 しかし、爆発させれば王宮が崩落し、上の庭園にいる両親も巻き込まれる可能性がある。
(コアの魔力供給を断つしかないか。……地味な作業だな)
シオンはダクトから飛び降りようとした。 その時。
「おい、なんだあれは?」
魔術師の一人が、シオンの方を指差した。 透明化魔法を使っていたはずだが、コアの魔力干渉で術式が乱れたのか、一瞬だけ姿が見えてしまったらしい。
「赤ん坊……? なぜこんなところに?」
「まて、あれはターゲットの『シオン』じゃないか!?」
バレた。 シオンは舌打ちをした(心の中で)。
「好都合だ! 捕まえろ! あいつの魔力をコアに食わせれば、一気に100%までいくぞ!」
魔術師たちが一斉に呪文を唱え始めた。 火球や雷撃がシオンに向かって放たれる。
『……やれやれ。静かに終わらせたかったのに』
シオンは空中で身を翻し、着地した。 その小さな手には、いつの間にか拾った鉄パイプ(ガラガラ代わり)が握られている。
『教育的指導の時間だよ、おじさんたち』
シオンが鉄パイプを振ると、衝撃波が発生し、飛んできた魔法をすべて弾き飛ばした。 ドガァァン! 壁が崩れ、魔術師たちが吹き飛ぶ。
「な、なんだこのガキは!?」 「魔法を弾いたぞ!?」
「ばぶー!(往生際が悪いぞ!)」
シオンは高速で走り出した。 身体強化魔法フルバースト。 目にも止まらぬ速さで魔術師たちの懐に入り込み、正確無比な鉄パイプの一撃を急所に叩き込んでいく。
「ぐあッ!」 「ぎゃッ!」
次々と無力化される帝国のエリート魔術師たち。 一歳児にボコボコにされる屈辱は、彼らのトラウマになるだろう。
しかし、最後の魔術師が、血を吐きながら叫んだ。
「お、遅い! 起動シークエンスはもう止まらない!」
彼は最後の力を振り絞り、制御盤のレバーを下ろした。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
地響きと共に、巨大な魔導兵器が動き出した。 赤いコアが激しく明滅し、蒸気を噴き上げる。 その目は赤く光り、機械的な咆哮を上げた。
『グオオオオオオオ……!!』
「……ちっ、目覚めちゃったか」
シオンは見上げるような巨体を見据えた。 相手は鋼鉄の巨人。 こちらはオムツ一丁(服は着ているが)の幼児。 体格差は絶望的だ。
でも、シオンは笑っていた。
『ちょうどいい。新しいサンドバッグが欲しかったところだ』
◆
一方、地上の庭園。 地面が微かに揺れ始めたことに、アレクセイは気づいていた。
「……地震か?」
彼は紅茶を置いた。
「いや、違う。この揺れ方は……地下からの魔力干渉だ」
レオナルド殿下は、顔色を変えずに微笑んでいる。
「気のせいじゃないかな? 最近は地震が多いからね」
「……殿下。単刀直入に聞く。地下で何をしている?」
アレクセイの声が低くなる。 隠す気もない殺気が、殿下に突き刺さる。
「何のことだい?」
「とぼけるな。……シオンの様子を見てくる」
アレクセイが立ち上がろうとした瞬間。
ズドンッ!!
凄まじい轟音と共に、庭園のサンルームが内側から爆発した。 ガラスの破片が飛び散り、土煙が舞い上がる。
「シオンッ!!」
私とアレクセイは絶叫した。 サンルームがあった場所には、巨大な穴が開いていた。 そして、その穴から、黒鉄の巨人が這い出てきたのだ。
「な……なんだあれは!?」
アレクセイが目を見開く。 巨人は五メートルを超える大きさで、その肩には――
「あーうー!」
小さな銀髪の赤ちゃんが乗っていた。 シオンだ。 彼は巨人の肩にしがみついているように見えるが、よく見ると巨人の頭をペチペチと叩いている。
「シオン!!」
「ははは! 成功だ!」
レオナルド殿下が狂喜の声を上げて立ち上がった。
「見ろ、アレクセイ! これぞ帝国から供与された古代兵器『タイタン』だ! この圧倒的な力を前に、君の氷魔法など……」
殿下の演説は途中で途切れた。 なぜなら、巨人が殿下の方を向き、その巨大な拳を振り上げたからだ。
「え?」
ドガァァァァン!!
巨人の拳が、殿下のすぐ横の地面を粉砕した。 殿下は腰を抜かして転がった。
「な、何をす……制御はどうなっている!? 攻撃目標は公爵だぞ!」
巨人は聞く耳を持たない。 それもそのはず。 巨人の肩に乗っているシオンが、こっそりと巨人の首元にある制御ケーブルを引き抜き、直接魔力を流し込んで操縦しているのだから。 いわば、シオン専用ロボットと化していた。
『パパ! ママ! 逃げて! こいつ暴走してる!』
シオンの声(念話)が響く。 彼は必死に暴れる巨人を抑えている「演技」をしながら、巧みに巨人を誘導し、王宮の衛兵や建物を破壊しないように(ただし殿下の私室がある塔だけは偶然破壊しつつ)立ち回っていた。
「シオン! 今助けるぞ!」
アレクセイが動いた。 彼は両手を広げ、最大級の魔力を練り上げる。
「我が最愛の息子に触れるな、鉄屑風情がッ!!」
『極大氷結(グランド・コキュートス)』
世界が白く染まった。 絶対零度の嵐が吹き荒れ、巨人を包み込む。 鋼鉄の装甲がミシミシと音を立てて凍りつき、関節が動かなくなる。
「……すご」
シオンは肩の上で呟いた。 パパの本気は、古代兵器すら凌駕していた。 巨人は瞬く間に巨大な氷のオブジェへと変わった。
アレクセイは跳躍し、凍りついた巨人の肩に飛び乗ると、シオンを抱き上げた。
「シオン! 無事か!?」
「パパ~!」
シオンは泣き真似をしてアレクセイの首に抱きついた。
「怖かったな、もう大丈夫だ……!」
アレクセイはシオンを抱きしめたまま、地上へ降り立った。 そして、腰を抜かしているレオナルド殿下を氷のような目で見下ろした。
「……殿下。これはどういうことですか?」
「ひっ……!」
「謝罪の茶会と聞いて来ましたが、まさか古代兵器の試運転に付き合わされるとは。……しかも、私の息子を危険に晒した」
アレクセイの周囲の空気が、パキパキと音を立てて凍っていく。
「これは、フロスト公爵家への宣戦布告と受け取ってよろしいですね?」
「ち、違う! 誤作動だ! 私は知らな……」
「問答無用」
アレクセイが指を振ると、殿下の足元から氷が伸び、彼を拘束した。
「このまま国王陛下の御前まで連行します。すべてを洗いざらい吐いてもらいましょう」
◆
その日の夕方。 王宮は大騒ぎとなっていたが、私たちは一足先に公爵邸に戻っていた。 シオンは「ショックで熱が出た」ということにして、ベッドで休ませている(実際はロボット操縦で魔力を使いすぎて疲れただけ)。
寝室で、アレクセイは眠るシオンの手を握りしめていた。
「……守れなかった」
彼は悔しそうに呟いた。
「俺がついていながら、あんな危険な目に……。俺は、父親失格だ」
「そんなことありません」
私は彼の方に手を置いた。
「アレクセイ様が助けてくれたから、シオンは無事だったんです。あの氷魔法、本当にかっこよかったですよ」
「……そうか?」
「はい。シオンも『パパすごかった』って言ってました」
アレクセイは少しだけ表情を緩めた。
「……帝国め。許さんぞ。シオンを狙う者は、地の果てまで追い詰めて氷漬けにしてやる」
彼の目は、今まで以上に燃えていた。 今回の事件で、彼の「親バカ」と「過保護」は、完全にリミッターが外れてしまったようだ。 これからの帝国の運命に、少しだけ同情してしまう。
ベッドの中、狸寝入りをしていたシオンは、こっそりとため息をついた。
(パパが張り切りすぎると、僕の出番がなくなるんだよなぁ……。ま、平和ならいいか)
彼はそっと寝返りを打ち、夢の世界へと旅立った。 夢の中では、今日乗り回したロボットよりも、もっとかっこいい魔導アーマーを設計していることだろう。
謝罪の茶会は、古代兵器の破壊と、第二王子の失脚という結末で幕を閉じた。 しかし、これで終わりではない。 帝国の「本隊」が動き出すのは、これからなのだから。
1,120
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