『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第四章:盤上の攻防

第40話 全ては盤上に

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宰相が王都で焦りと狂気に身を任せている頃。 私は西の国境から電光石火の速さで軍を東へと反転させていた。 グリューネヴァルトとの国境問題は解決した。 いや、それどころか、彼らは今や我々の最強の同盟軍だ。 もはや、私を止めるものは何もなかった。

私は密かに領都へと帰還した。 そして、すぐに父とコンラートを地図室へと呼び出す。 二人は、私のあまりの速さでの帰還と、その晴れやかな表情に驚いていた。

「……ヴィクトリア! 一体、どうしたのだ? グリューネヴァルトとの、戦は……」

父の問いに、私は全てを話した。 フリードリヒ王との密約。 彼の軍事行動が全て宰相の目を欺くための芝居であったこと。 そして、彼が王都軍に送り込んだ傭兵団が、いざとなれば我々の味方として寝返ること。

全てを聞き終えた父とコンラートは、しばらく呆然としていた。 やがて、父が腹の底から豪快に笑い出した。

「はっはっはっは! そうか、そうであったか! あの狡猾狐め、我らを試しておったか! そして、ヴィクトリア、お前はその狐のさらに上をいったという訳だ! 見事! 実に見事だぞ、我が娘よ!」

父は心から、私の外交手腕を賞賛してくれた。 コンラートも感嘆と畏敬の念が入り混じった表情で、私を見つめている。

「……ヴィクトリア様。あなたはもはや、我々の想像を遥かに超えた領域におられるようですな。貴女様こそ、このローゼンベルクを、いや、この王国を導く真の指導者です」

二人の絶対的な信頼。 それが私の背中を力強く押してくれた。

「……父上、コンラート。盤上の駒は全て揃いましたわ」

私は地図の上に駒を並べ直した。 もはや、そこに迷いは一切なかった。

「エリオット殿下からの情報によれば、宰相は南の森林路に竜騎士団を配置し、私を待ち構えているとのこと。……そして、セドリック伯爵からの警告。『獅子の巣の中に罠がある』」

私はそこで一度、言葉を切った。

「……セドリック伯爵のあの言葉は、私を試していたのでしょう。内部に裏切り者がいるかもしれないという疑心暗鬼を植え付け、私がそれにどう対処するかを見ていた。……そして、私はその賭けに乗った」

「……どういうことだ?」

「私は領内に潜んでいた間諜たちを全て炙り出し、処分しました。私が密かに行っていた調査のことです。これにより、我が領内は完全に清浄化された。もはや宰相の目はここには届きません。セドリック伯爵の警告は結果として、我が家の守りをさらに固めることに繋がったのです」

そして、私はにやりと笑った。

「宰相は、私が西の脅威に気を取られていると信じ込んでいる。そして、私が何も知らずに南の森林路を進み、竜騎士団の罠にかかりに来ると思っている。……なんと愚かで可哀想な男でしょう」

私は、地図上の赤い駒――我がローゼンベルク軍の駒を大きく動かした。 それは、誰もが予想しなかった動きだった。

「……我々は進軍します。しかし、中央の大街道でもない。南の森林路でもない。……私たちが進むのは、北の山岳路」

「な……!? 北だと!? しかし、あそこは道が険しすぎて大軍の進軍には向かん! しかも、冬の雪解け水で道はぬかるんでいるはずだ!」

父が、驚きの声を上げる。

「ええ。だからこそ、敵は完全に油断している。そして、そのぬかるみこそが、我々の新兵器、移動式投擲機(トレビュシェット)の威力を最大限に発揮させる舞台となるのですわ」

ぬかるんだ大地では、敵の自慢の重装騎士団も、その機動力を完全に失う。 そこへ、上から油壺の雨を降らせれば、どうなるか。 想像するだけで、恐ろしい光景が目に浮かぶ。

「陽動部隊は予定通り中央街道へ。そして、父上には別動隊を率いて南の森林路へ向かっていただきます」

「……何? 私が行くのか? 竜騎士団の罠があると分かっていてか?」

「ええ。ですが、戦う必要はありません。竜騎士団をそこに釘付けにしておくだけでいいのです。彼らの注意が南に向いている間に、私が本隊を率いて北から一気に王都の喉元まで迫る。……そして、最後の仕上げは」

私はグリューネヴァルト王国の国境に駒を置いた。

「……フリードリヒ陛下の出番ですわ」

全ては盤上に。私の頭脳という盤の上に、全ての駒は配置され、その動きは完全に計算され尽くしていた。影の戦いは終わったのだ。私の完全なる勝利で。

「……皆、聞いて」

私は地図室にいる全ての隊長たちを見渡し、静かに、しかし力強く宣言した。

「長きに渡る冬の準備期間は終わりました。……ローゼンベルクの獅子が真の咆哮を上げる時が来たのです」

私は窓の外を見た。暗く長い夜が明け、東の空から力強い春の朝日が差し込んできている。それは新しい時代の始まりを告げる光だった。

私は振り返り、私の愛すべき仲間たちに最後の命令を下した。

「――春が、来たわ。夜明けと共に、全軍、出陣する!」

その言葉を合図に、ローゼンベルクの歴史的な王都への進軍が始まろうとしていた。 盤上のゲームは終わった。 ここからは本当の戦争だ。
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