『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

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第五章:正義の進軍

第46話 降伏か、抵抗か

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王国最強と謳われた竜騎士団の壊滅。その報せは風よりも速く、王都へと続く街道沿いの諸侯たちを駆け巡った。それは単なる一つの戦いの敗北ではない。王家の絶対的な権威が、軍事力が、辺境の一人の令嬢によって打ち砕かれたという信じがたい事実だった。

交易都市シルヴァハイムの西に領地を構えるバウマイスター伯爵も、その報せに震撼した一人だった。

「……竜騎士団が壊滅だと?馬鹿な、何かの間違いであろう!」

城の評定の間で、伯爵は報告に来た伝令兵に怒鳴りつけた。しかし伝令兵の顔は蒼白で、その目が嘘を言っていないことを物語っている。

「は、はい……。ヴィクトリアとかいう女の奇妙な兵器の前に、なすすべもなく……。炎に包まれ鉄の矢に貫かれ、あのヴォルフラム団長も討ち死にしたとのことにございます!」

その言葉に、評定の間に集まった家臣たちは息を呑んだ。黒き狂犬ヴォルフラムが死んだ。その事実は竜騎士団の全滅が紛れもない真実であることを、何よりも雄弁に物語っていた。

バウマイスター伯爵は玉座に深々と身を沈めた。彼の領地は王都へ向かうローゼンベルク軍の、まさに通り道にある。次は我が身だ。

「……どうすればよいのだ」

伯爵の弱々しい呟きが、静まり返った評定の間に響いた。家臣たちは顔を見合わせるばかりで、誰も名案を口にすることができない。

「王都に援軍を要請すべきです!」

一人の若い騎士が叫んだ。

「ローゼンベルク軍の勢いは凄まじいですが、しょせんは反逆軍!我らがここで時間を稼げば、必ずや王都から正規軍が駆けつけてくれます!」

「馬鹿者!」

老練な文官がその意見を一蹴した。

「王都にもはやまともな軍が残っているとでも思うか!宰相閣下は主力をことごとく中央街道のガラン砦に集結させておられる!今こちらに差し向けられる兵など雀の涙ほどであろう!」

「しかしここで降伏すれば、我らは反逆者の仲間入りだ!もしローゼンベルクが敗れれば、我らバウマイスター家は取り潰しは免れんぞ!」

降伏か、抵抗か。二つの意見が激しくぶつかり合う。どちらを選んでもその先にあるのは破滅かもしれない。まさに究極の選択だった。

伯爵は頭を抱えた。彼は元々、宰相の強引なやり方に好感を抱いていた訳ではない。しかし王家に逆らうほどの気骨もなかった。ただ時流に乗り、己の家の安泰だけを願ってきた平凡な貴族なのだ。

その時、一人の斥候が慌てた様子で評定の間に駆け込んできた。

「も、申し上げます!ローゼンベルク軍の先遣隊が我が領内に!しかし武器は構えておりません!一人の使者を伯爵様の元へ送りたいと!」

「……使者だと?」

伯爵は眉をひそめた。降伏勧告か。それとも脅迫か。いずれにせよ、もはや選択の時は待ってはくれない。

「……よかろう。その使者、ここへ通せ」

やがて評定の間に現れたのは、ローゼンベルクの獅子と薔薇の旗を携えた、一人の若き騎士だった。その堂々とした立ち居振る舞いは、勝利の自信に満ち溢れている。

騎士は伯爵の前に進み出ると、恭しく一礼した。

「バウマイスター伯爵閣下。我が主、ヴィクトリア・フォン・ローゼンベルク様より、言伝をお預かりしてまいりました」

その落ち着き払った態度に、伯爵はゴクリと喉を鳴らした。

「……申してみよ」

「我が主は申しております。『我らが刃を向けるは王都の腐敗した権力者のみ。罪なき民、そして賢明なる貴族の方々に危害を加えるつもりは毛頭ない』と」

騎士はそこで一度言葉を切った。

「『道を開き我らが正義の軍に加わるというのであれば、我々は最大限の敬意を以て貴殿を迎え入れよう。そして新しい時代の暁には、貴殿のその功績に必ずや報いることを約束する』」

それは降伏勧告ではなかった。『勧誘』だったのだ。共に新しい時代を築こうという、甘い誘惑。

「……もし断れば、どうなる?」

伯爵が震える声で尋ねる。騎士の表情は変わらない。しかしその瞳の奥に、一瞬だけ冷たい光が宿ったのを伯爵は見逃さなかった。

「……我が主はこうも申しておりました。『だが、もし愚かにも我らが正義の進軍を阻むというのであれば、その時は竜騎士団の二の舞となることを覚悟せよ』と」

竜騎士団の二の舞。その言葉の持つ恐ろしいほどの重みが、評定の間にいる全ての人間を凍りつかせた。これは甘い誘惑であると同時に、逆らうことは決して許さないという最後通牒なのだ。

騎士は続けた。

「お返事は日没まで。我が主は気が短い。……賢明なるご判断をお待ちしております」

そう言うと騎士は再び一礼し、悠然と去っていった。残された伯爵と家臣たちはもはや言葉もなかった。選択肢など、初めから一つしかなかったのだ。

降伏か、抵抗か。その答えはすでに出ていた。問題はそれをいつ決断するか。ただそれだけだった。バウマイスター伯爵はゆっくりと目を閉じた。彼の長い一日が始まろうとしていた。そしてそれは彼だけでなく、王都へと続く道に存在する全ての諸侯たちの、運命の日でもあった。
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