『「女は黙って従え」と婚約破棄されたので、実家の軍隊を率いて王都を包囲しますわ』

放浪人

文字の大きさ
47 / 60
第五章:正義の進軍

第47話 王都震撼

しおりを挟む
ローゼンベルク軍が王都へ迫りつつある。その第一報が王宮にもたらされた時、多くの貴族たちはそれを鼻で笑った。

「辺境の田舎娘が何を血迷ったか」 「すぐに竜騎士団が蹴散らしてくれるわ」

彼らは王家の絶対的な軍事力を信じて疑わなかった。宰相リヒターもまた余裕の表情を崩さなかった。全ては彼の筋書き通り。ヴィクトリアは今頃、南の森で竜騎士団の罠にかかり、無惨な死を遂げているはずだった。

しかしその楽観的な空気が一変するのに、時間はかからなかった。竜騎士団、壊滅。団長ヴォルフラム、討ち死に。その信じがたい第二報がもたらされた時、王宮は阿鼻叫喚の地獄へと叩き落された。

「……う、嘘だ。何かの間違いだ!」

玉座の間でアルフォンス第一王子は、報告に来た伝令兵の胸ぐらを掴み叫んだ。その顔は血の気を失い、恐怖に引きつっている。

「竜騎士団が負けるはずがない!あの王国最強の騎士団が、たかが女一人に!」

「そ、それが……。敵は見たこともない兵器を使い……。炎と鉄の矢で、一瞬のうちに……」

「黙れ、黙れ、黙れぇっ!」

アルフォンスは伝令兵を突き飛ばすと、その場にへたり込んだ。もはや王子の威厳など欠片もなかった。ただ恐怖に怯える子供のようだった。

その醜態を、宰相リヒターは冷たい怒りに満ちた目で見下ろしていた。彼の顔からも完全に余裕の色は消え失せていた。その額には脂汗が浮かんでいる。

(……なぜだ。なぜ私の完璧な計画が……)

竜騎士団が南の森にいることを、なぜヴィクトリアが知っていたのか。いや、それ以前に、なぜ彼女が北のルートから現れるなどという奇策を思いついたのか。こちらの情報がどこかで漏れていたとしか考えられない。

(……裏切り者。我が陣営の中に、裏切り者がいるのか……?)

宰相の心に疑心暗鬼の毒が広がっていく。彼は周りにいる側近たちを一人一人、猜疑の目で睨みつけた。誰もが敵に見える。

「……宰相閣下!いかがいたしますか!?このままでは奴ら、王都まで攻め込んできますぞ!」

貴族の一人が半狂乱で叫ぶ。その声にはっと我に返った宰相は、残された理性をかき集め命令を下した。

「……慌てるな!まだ負けたわけではない!この王都には鉄壁の城壁と、一万の近衛兵がいるのだ!」

彼は自らを鼓舞するように叫んだ。

「直ちに全ての城門を固く閉ざせ!市民の出入りは一切禁ずる!そして近衛兵を城壁の上に配置し、籠城の準備を整えよ!ローゼンベルクの田舎者どもに、この偉大なる王都の守りがどれほど硬いものか、思い知らせてやるのだ!」

宰相の号令一下、王都は一瞬にしてその表情を変えた。華やかで活気に満ちていた平和な都は、門を閉ざされた巨大な牢獄へと変貌した。街には武装した兵士たちが溢れ、市民たちは恐怖に怯えながら家に閉じこもる。王都は震撼していた。その繁栄がいかに脆い砂上の楼閣であったかを、人々は今、思い知らされていた。

その混乱の只中で、一人冷静に状況を見つめている男がいた。第二王子、エリオット。彼は自室の窓から慌ただしく動き回る兵士たちの姿を見下ろし、深くため息をついた。

(……兄上も宰相も、もう終わりだ)

彼は確信していた。ヴィクトリアの勝利を。そしてこの腐敗した時代の終わりを。

彼の元にはすでに中立派の重鎮セドリック伯爵から密使が訪れていた。『天秤は傾いた。王子、貴殿が立つべき場所は玉座の隣ではありますまい』。その言葉の意味を、エリオットは痛いほど理解していた。

エリオットは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには彼に賛同する、少数の、しかし志を同じくする若手の貴族や騎士たちの名が記されている。彼らは水面下で来るべきその日のために準備を整えてきた。王都が内側から開かれる、その瞬間を。

「……ヴィクトリア。君が来るのを待っている」

彼は東の空に向かって静かに呟いた。その声には国の未来を憂う王族としての覚悟と、そして一人の男としての彼女への密かな想いが込められていた。

王都、震撼。それは旧時代の断末魔の叫び。そして新しい時代の産声を告げるファンファーレでもあった。運命の時は、刻一刻と迫っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

離婚したいけれど、政略結婚だから子供を残して実家に戻らないといけない。子供を手放さないようにするなら、どんな手段があるのでしょうか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 カーゾン侯爵令嬢のアルフィンは、多くのライバル王女公女を押し退けて、大陸一の貴公子コーンウォリス公爵キャスバルの正室となった。だがそれはキャスバルが身分の低い賢女と愛し合うための偽装結婚だった。アルフィンは離婚を決意するが、子供を残して出ていく気にはならなかった。キャスバルと賢女への嫌がらせに、子供を連れって逃げるつもりだった。だが偽装結婚には隠された理由があったのだ。

家族から虐げられた令嬢は冷血伯爵に嫁がされる〜売り飛ばされた先で温かい家庭を築きます〜

香木陽灯
恋愛
「ナタリア! 廊下にホコリがたまっているわ! きちんと掃除なさい」 「お姉様、お茶が冷めてしまったわ。淹れなおして。早くね」 グラミリアン伯爵家では長女のナタリアが使用人のように働かされていた。 彼女はある日、冷血伯爵に嫁ぐように言われる。 「あなたが伯爵家に嫁げば、我が家の利益になるの。あなたは知らないだろうけれど、伯爵に娘を差し出した家には、国王から褒美が出るともっぱらの噂なのよ」   売られるように嫁がされたナタリアだったが、冷血伯爵は噂とは違い優しい人だった。 「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」 自分に自信がないナタリアと優しい冷血伯爵は、少しずつ距離が近づいていく。 ※ゆるめの設定 ※他サイトにも掲載中

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~

ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された 「理由はどういったことなのでしょうか?」 「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」 悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。 腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】 聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。 「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」 甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!? 追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。

処理中です...