8 / 25
第二幕:霜降る大地に咲く希望の蕾
第8話:氷の城の住人たち
しおりを挟む
翌朝、私はエルザに案内され、城の大広間に集められた家臣たちの前に立った。広間には数十人の男女が整列しており、その誰もが私を興味深げな、あるいは敵意のこもった目で見つめている。まるで、珍しい獣でも見るかのように。
「皆の者、こちらがセラフィナ様だ。本日より、このグレイロック城の奥方となられる」
カシアン様が低い声で紹介すると、家臣たちは一斉に頭を下げた。しかし、その動作はどこかぎこちなく、心からの敬意が込められているようには感じられなかった。
「セラフィナ・フォン・ヴァレリウスです。至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
私も貴族の令嬢としての務めとして、優雅に微笑み、挨拶を述べた。しかし、その言葉が彼らに届いているのかどうか、定かではなかった。
家臣たちの紹介が一通り終わると、カシアン様は私に城内を案内すると言った。エルザではなく、彼自身が、だ。少し意外に思ったが、断る理由もない。
「この城は古い。迷わぬよう、よく見ておくことだ」
ぶっきらぼうな口調だったが、その言葉には僅かな配慮が感じられたような気がした。
カシアン様に連れられて、私は城の様々な場所を見て回った。書庫、練兵場、厩舎、厨房、そして、城壁の上。どこもかしこも、王都の華やかな城とは全く異なり、実用性だけを追求したような造りだった。しかし、そこには確かな生活の匂いがあり、この厳しい土地で生きる人々の力強さが感じられた。
「……素晴らしい眺めですわね」
城壁の上から見渡す景色は、まさに絶景だった。雪を頂いた黒曜石のような峰々がどこまでも連なり、その麓には針葉樹の森が広がっている。空気は澄み渡り、深呼吸をすると肺が洗われるような気がした。
「冬は、全てが雪に閉ざされる」
隣に立つカシアン様が、ぽつりと言った。
「厳しい土地ですのね」
「ああ。だが、美しい」
彼の横顔を盗み見ると、その灰色の瞳が、遠くの山々をどこか愛おしげに見つめているように見えた。この冷酷と噂される男も、故郷を愛する心を持っているのだろうか。
城内を案内されながら、私はカシアン様の側近や主要な家臣たちとも言葉を交わした。騎士団長のライナス卿は、カシアン様と同じように無口で厳格な男だったが、その瞳の奥には忠誠心が宿っているのが分かった。宰相のアルマン老は、穏やかで知的な印象で、私に対しても比較的丁寧に接してくれた。
しかし、多くの家臣たちは、やはり私に対して警戒心を解いていないようだった。特に、女性の家臣たちの中には、私を敵視するような視線を向けてくる者もいた。おそらく、彼女たちの中には、カシアン様の寵愛を望んでいた者もいたのだろう。そんな中に、突然現れた王都育ちの公爵令嬢。邪魔者以外の何者でもないのかもしれない。
(前途多難、というわけね)
私は心の中でため息をついた。この氷の城で、私が受け入れられる日は来るのだろうか。そして、この氷の辺境伯の心を、少しでも溶かすことができるのだろうか。それは、あまりにも困難な道のりのように思えた。
「皆の者、こちらがセラフィナ様だ。本日より、このグレイロック城の奥方となられる」
カシアン様が低い声で紹介すると、家臣たちは一斉に頭を下げた。しかし、その動作はどこかぎこちなく、心からの敬意が込められているようには感じられなかった。
「セラフィナ・フォン・ヴァレリウスです。至らぬ点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」
私も貴族の令嬢としての務めとして、優雅に微笑み、挨拶を述べた。しかし、その言葉が彼らに届いているのかどうか、定かではなかった。
家臣たちの紹介が一通り終わると、カシアン様は私に城内を案内すると言った。エルザではなく、彼自身が、だ。少し意外に思ったが、断る理由もない。
「この城は古い。迷わぬよう、よく見ておくことだ」
ぶっきらぼうな口調だったが、その言葉には僅かな配慮が感じられたような気がした。
カシアン様に連れられて、私は城の様々な場所を見て回った。書庫、練兵場、厩舎、厨房、そして、城壁の上。どこもかしこも、王都の華やかな城とは全く異なり、実用性だけを追求したような造りだった。しかし、そこには確かな生活の匂いがあり、この厳しい土地で生きる人々の力強さが感じられた。
「……素晴らしい眺めですわね」
城壁の上から見渡す景色は、まさに絶景だった。雪を頂いた黒曜石のような峰々がどこまでも連なり、その麓には針葉樹の森が広がっている。空気は澄み渡り、深呼吸をすると肺が洗われるような気がした。
「冬は、全てが雪に閉ざされる」
隣に立つカシアン様が、ぽつりと言った。
「厳しい土地ですのね」
「ああ。だが、美しい」
彼の横顔を盗み見ると、その灰色の瞳が、遠くの山々をどこか愛おしげに見つめているように見えた。この冷酷と噂される男も、故郷を愛する心を持っているのだろうか。
城内を案内されながら、私はカシアン様の側近や主要な家臣たちとも言葉を交わした。騎士団長のライナス卿は、カシアン様と同じように無口で厳格な男だったが、その瞳の奥には忠誠心が宿っているのが分かった。宰相のアルマン老は、穏やかで知的な印象で、私に対しても比較的丁寧に接してくれた。
しかし、多くの家臣たちは、やはり私に対して警戒心を解いていないようだった。特に、女性の家臣たちの中には、私を敵視するような視線を向けてくる者もいた。おそらく、彼女たちの中には、カシアン様の寵愛を望んでいた者もいたのだろう。そんな中に、突然現れた王都育ちの公爵令嬢。邪魔者以外の何者でもないのかもしれない。
(前途多難、というわけね)
私は心の中でため息をついた。この氷の城で、私が受け入れられる日は来るのだろうか。そして、この氷の辺境伯の心を、少しでも溶かすことができるのだろうか。それは、あまりにも困難な道のりのように思えた。
22
あなたにおすすめの小説
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです
ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。
そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、
ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。
誰にも触れられなかった王子の手が、
初めて触れたやさしさに出会ったとき、
ふたりの物語が始まる。
これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、
触れることから始まる恋と癒やしの物語
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
【完結】女嫌いの公爵様は、お飾りの妻を最初から溺愛している
miniko
恋愛
「君を愛する事は無い」
女嫌いの公爵様は、お見合いの席で、私にそう言った。
普通ならばドン引きする場面だが、絶対に叶う事の無い初恋に囚われたままの私にとって、それは逆に好都合だったのだ。
・・・・・・その時点では。
だけど、彼は何故か意外なほどに優しくて・・・・・・。
好きだからこそ、すれ違ってしまう。
恋愛偏差値低めな二人のじれじれラブコメディ。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる