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第二幕:霜降る大地に咲く希望の蕾
第7話:黒曜石の峰への旅路/荒涼たる城砦への到着
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グレイロック城の城門をくぐった瞬間、私はまるで異世界に足を踏み入れたかのような感覚に襲われた。外観同様、城内もまた黒を基調とした重厚な造りで、華美な装飾は一切なく、質実剛健という言葉がそのまま当てはまる。壁には武具や狩りの獲物の剥製が飾られ、床には分厚い獣の毛皮が敷かれているが、それらは温かみよりもむしろ、この地の厳しさを物語っているように感じられた。
「奥様、こちらへ」
年配の侍女頭らしき女性に案内され、私は長い廊下を進んだ。彼女の名はエルザといい、カシアン様に長年仕えているという。その表情は厳しく、私に対する視線もどこか値踏みするような、冷ややかなものだった。
「ここが、奥様のお部屋でございます」
通された部屋は、王都の私の部屋に比べれば質素だったが、それでも広さは十分にあり、窓からは雪を頂いた山々が見渡せた。部屋の中央には大きな暖炉があり、パチパチと音を立てて炎が燃えている。それが、この寒々しい城の中で唯一の温もりのように感じられた。
「何かご入用でしたら、遠慮なくお申し付けください。ただし、この城にはこの城のしきたりがございます。それを乱すようなことは、決して許されませんので、ご承知おきを」
エルザはそう釘を刺すと、一礼して部屋を出て行った。一人残された私は、深いため息をついた。歓迎されているとは到底思えない。むしろ、厄介者が来たとでも言いたげな雰囲気だ。
荷物を解き、長旅の疲れを癒すために湯浴みを済ませると、簡素だが温かい食事が運ばれてきた。肉と野菜を煮込んだシチューと、黒パン。王都の美食に慣れた舌には物足りなかったが、今は贅沢を言える立場ではない。
食事を終え、暖炉の前に座って炎を見つめていると、不意に扉がノックされた。
「……入れ」
低い声と共に部屋に入ってきたのは、カシアン様だった。彼は相変わらず感情の読めない表情で私を見下ろし、そして、私の向かいの椅子に腰を下ろした。
「長旅、ご苦労だった」
「……お心遣い、痛み入ります」
型通りの挨拶を交わすが、会話はすぐに途切れた。重苦しい沈黙が部屋を支配する。私は何を話せばいいのか分からず、ただ暖炉の炎に視線を落としていた。
「何か不自由なことはあるか」
しばらくして、カシアン様が再び口を開いた。
「いいえ、特にございません。お部屋も快適ですし、お食事も美味しくいただきました」
「そうか」
それきり、また沈黙。彼は何を考えているのだろうか。この結婚を、彼はどう思っているのだろうか。聞きたいことは山ほどあったが、彼の威圧的な雰囲気の前に、言葉が出てこなかった。
「……明日、改めてこの城の者たちに紹介する。それまでは、ゆっくり休むといい」
それだけを言うと、カシアン様は立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「あの、カシアン様」
思わず、私は彼を呼び止めていた。彼は足を止め、私の方を振り返る。その灰色の瞳が、私を射抜くように見つめている。
「……この結婚は、あなたにとって、どのような意味があるのですか?」
震える声で、私は尋ねた。彼が何を求めているのか、それだけでも知っておきたかった。
カシアン様はしばらく黙って私を見つめていたが、やがて、低い声で答えた。
「……ヴァレリウス公爵家との繋がりは、グレイウォール家にとって無益ではない。そして、私には世継ぎが必要だ」
やはり、政略と世継ぎ。それだけが、この結婚の理由。分かっていたことではあったが、改めて彼の口から聞くと、胸に冷たいものが突き刺さるのを感じた。
「……承知いたしました」
私は力なく頷いた。彼はそれ以上何も言わず、部屋を後にした。
一人残された部屋で、私は再び暖炉の炎を見つめた。この厳しく、冷たい土地で、私は生きていけるのだろうか。氷の辺境伯の妻として、ただ世継ぎを産むためだけの道具として。
(いいえ、負けないわ)
私は奥歯を噛み締めた。こんなことで、心が折れてたまるものか。私には、まだ果たさなければならないことがあるのだから。
「奥様、こちらへ」
年配の侍女頭らしき女性に案内され、私は長い廊下を進んだ。彼女の名はエルザといい、カシアン様に長年仕えているという。その表情は厳しく、私に対する視線もどこか値踏みするような、冷ややかなものだった。
「ここが、奥様のお部屋でございます」
通された部屋は、王都の私の部屋に比べれば質素だったが、それでも広さは十分にあり、窓からは雪を頂いた山々が見渡せた。部屋の中央には大きな暖炉があり、パチパチと音を立てて炎が燃えている。それが、この寒々しい城の中で唯一の温もりのように感じられた。
「何かご入用でしたら、遠慮なくお申し付けください。ただし、この城にはこの城のしきたりがございます。それを乱すようなことは、決して許されませんので、ご承知おきを」
エルザはそう釘を刺すと、一礼して部屋を出て行った。一人残された私は、深いため息をついた。歓迎されているとは到底思えない。むしろ、厄介者が来たとでも言いたげな雰囲気だ。
荷物を解き、長旅の疲れを癒すために湯浴みを済ませると、簡素だが温かい食事が運ばれてきた。肉と野菜を煮込んだシチューと、黒パン。王都の美食に慣れた舌には物足りなかったが、今は贅沢を言える立場ではない。
食事を終え、暖炉の前に座って炎を見つめていると、不意に扉がノックされた。
「……入れ」
低い声と共に部屋に入ってきたのは、カシアン様だった。彼は相変わらず感情の読めない表情で私を見下ろし、そして、私の向かいの椅子に腰を下ろした。
「長旅、ご苦労だった」
「……お心遣い、痛み入ります」
型通りの挨拶を交わすが、会話はすぐに途切れた。重苦しい沈黙が部屋を支配する。私は何を話せばいいのか分からず、ただ暖炉の炎に視線を落としていた。
「何か不自由なことはあるか」
しばらくして、カシアン様が再び口を開いた。
「いいえ、特にございません。お部屋も快適ですし、お食事も美味しくいただきました」
「そうか」
それきり、また沈黙。彼は何を考えているのだろうか。この結婚を、彼はどう思っているのだろうか。聞きたいことは山ほどあったが、彼の威圧的な雰囲気の前に、言葉が出てこなかった。
「……明日、改めてこの城の者たちに紹介する。それまでは、ゆっくり休むといい」
それだけを言うと、カシアン様は立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「あの、カシアン様」
思わず、私は彼を呼び止めていた。彼は足を止め、私の方を振り返る。その灰色の瞳が、私を射抜くように見つめている。
「……この結婚は、あなたにとって、どのような意味があるのですか?」
震える声で、私は尋ねた。彼が何を求めているのか、それだけでも知っておきたかった。
カシアン様はしばらく黙って私を見つめていたが、やがて、低い声で答えた。
「……ヴァレリウス公爵家との繋がりは、グレイウォール家にとって無益ではない。そして、私には世継ぎが必要だ」
やはり、政略と世継ぎ。それだけが、この結婚の理由。分かっていたことではあったが、改めて彼の口から聞くと、胸に冷たいものが突き刺さるのを感じた。
「……承知いたしました」
私は力なく頷いた。彼はそれ以上何も言わず、部屋を後にした。
一人残された部屋で、私は再び暖炉の炎を見つめた。この厳しく、冷たい土地で、私は生きていけるのだろうか。氷の辺境伯の妻として、ただ世継ぎを産むためだけの道具として。
(いいえ、負けないわ)
私は奥歯を噛み締めた。こんなことで、心が折れてたまるものか。私には、まだ果たさなければならないことがあるのだから。
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