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第14話 決戦前夜、BBQ大会
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ヒュゴォォォォォォッ!!
王城の最上階からダイブした私は、風を切り裂きながら垂直落下していた。 眼下に広がるのは、魔獣の群れによって黒く塗りつぶされた王都の市街地。 あちこちで火の手が上がり、悲鳴と怒号が渦巻いている。
普通なら、パラシュートなしで飛び降りれば即死確定の高さだ。 だが、今の私には「着地の衝撃」よりも、「今夜のメインディッシュを何にするか」という悩みの方が重大だった。
「オークのローストもいいけれど、せっかくなら大物狙いでいきたいですわね」
私は空中で姿勢を制御し、狙いを定めた。 王城の正門前広場。 そこには、マッスル商会の店員たちと騎士団が、必死の防衛線を張っている場所があった。 そして、その防衛線を突破しようとしている巨大な影――三つの首を持つ巨犬『ケルベロス』がいた。
「あら、いい食材発見。地獄の番犬なら、火の通りも良さそうですわ」
私はニヤリと笑い、右足に魔力を集中させた。 スカートがバタバタと風に煽られるが、鉄壁の防御(見えない壁)があるので問題ない。
「お客様、お席はこちらですわよッ!!」
ズドォォォォォォォォンッ!!
私の踵(かかと)が、ケルベロスの中央の頭蓋骨を直撃した。 隕石落下にも匹敵する衝撃波が広場を薙ぎ払う。
「ギャインッ!?」
ケルベロスは悲鳴を上げる暇もなく、地面にめり込んだ。 周囲に群がっていたゴブリンたちが、衝撃で紙吹雪のように舞い上がる。
土煙が晴れると、クレーターの中心に私が立っていた。 片手にはフライパン、もう片手には先ほど拾った(?)オーガの首を持っているシュールな姿で。
「そ、総長ぉぉぉぉッ!!」
ボブが冷凍マグロを杖代わりにして立ち上がり、涙を流して叫んだ。 彼の周りにいる店員たちも、ボロボロになりながら歓声を上げる。
「待たせたわね、みんな。……あら、随分とやつれているじゃない」
私は周囲を見渡した。 マッスル商会の面々はまだマシだが、共に戦っていた騎士団員たちは限界を迎えていた。 鎧は砕け、剣は折れ、何よりその瞳から「生気」が失われている。 極度の空腹と疲労。 これでは、どんな名剣を持っていても戦えない。
「エレオノーラ嬢……!」
騎士団長のガレイン卿が、血に濡れた顔で駆け寄ってきた。 彼もまた、満身創痍だ。
「助かった……。だが、状況は絶望的だ。城内にはまだ数千の魔獣がいる。我々の体力はもう……」
「ええ、見て分かりますわ。お腹が空いていては、剣も振れませんものね」
私はフライパンをクルクルと回し、ケルベロスの死体(新鮮な肉塊)を見下ろした。
「ガレイン様。王城の中庭は確保されていますか?」
「え? ああ、中庭ならバリケードを築いて、避難民の収容エリアにしているが……」
「よろしい。では、そこへ移動します」
私はケルベロスの尻尾を掴み、ズルズルと引きずり始めた。 推定重量三トンの巨体が、私の細腕で軽々と運ばれていく。
「い、移動してどうするつもりだ? 撤退か?」
「いいえ」
私は振り返り、極上の笑顔で宣言した。
「ご飯にしますわよ」
◇
王城の中庭。 そこは、かつて王族たちが優雅なティーパーティーを楽しんだ美しい庭園だったが、今は避難してきた市民や負傷兵で溢れかえり、野戦病院のような有様だった。 子供たちの泣き声と、負傷者の呻き声が満ちている。
そこへ、私が巨大なケルベロスを引きずって現れたものだから、一瞬にして静寂が訪れた。
「ひぃっ……ま、魔獣だ!」 「いや、あれは……エレオノーラ様!?」
私は中庭の中央、噴水広場にケルベロスをドスンと置いた。 そして、ボブたちに指示を飛ばす。
「ボブ、瓦礫を集めてカマドを作りなさい! ジョニー、倒れている木々を薪にして! マイク、井戸から水を汲んで、大鍋を用意してちょうだい!」
「へっ? あ、はい! 了解っす!」
彼らは条件反射で動き出した。 私は懐から、愛用のミスリルナイフを取り出すと、ケルベロスの解体に取り掛かった。
ザシュッ、ザシュッ。
鮮やかな手並みで皮が剥がされ、肉が切り分けられていく。 ケルベロスの肉は少し獣臭いが、香草(ハーブ)と一緒に焼けば、ワイルドな風味が食欲をそそる絶品となる。
「あ、あの……エレオノーラ殿? 本当に今から食事を?」
ガレイン卿が呆然と立ち尽くしている。 城壁の外からは、依然として魔獣の咆哮が聞こえており、いつ突破されてもおかしくない状況だ。
「もちろんですわ。戦うためにはエネルギーが必要です。それに……」
私は切り出した肉を、ボブたちが用意した鉄板(倒れた城門の鉄扉を再利用)の上に並べた。
「いい匂いは、味方には勇気を、敵には隙を与えますのよ」
ジュウウウウウウウ……ッ!!
肉が焼ける音。 脂が炭火に落ちて弾ける音。 そして、中庭全体に広がる、暴力的までに食欲を刺激する香り。
その効果は劇的だった。
「……くんくん。な、なんだこの匂いは……?」 「肉だ……焼肉の匂いだ……」
死んだ魚のような目をしていた兵士たちが、鼻をヒクつかせ、フラフラと立ち上がり始めた。 泣いていた子供たちが泣き止み、母親の服を引っ張る。 「お母さん、いい匂いがする」と。
「さあ、焼けましたわよ! 早い者勝ちです!」
私が焼きあがった肉をトングで掲げると、そこへ殺到したのは魔獣ではなく、人間たちだった。
「くれぇぇぇ! 肉をくれぇぇ!」 「どけ! 俺が先だ!」
それはまさに飢えた獣の群れだったが、生きようとする力強さに満ちていた。 マッスル商会の店員たちが手際よく肉を配り、スープを注いでいく。
「うめぇ……うめぇよぉ……!」 「力が……力が湧いてくる……!」
ケルベロスの肉には『闘争本能活性化』の効果がある。 食べた者たちの瞳に、再び生命の光が――いや、燃えるような闘志が宿り始めた。
「ガレイン様もどうぞ」
私が串焼きを差し出すと、騎士団長は震える手でそれを受け取り、ガブリと食らいついた。 肉汁が口いっぱいに広がる。
「……ッ!!」
カッ! と彼の目が見開かれた。 全身の疲労が吹き飛び、萎縮していた筋肉がパンプアップしていく。
「美味い……! なんだこれは、全身の細胞が沸き立つようだ!」
「でしょう? さあ、おかわりもありますわよ。……おっと、招かれざる客も来たようですわね」
ズドォォン!!
中庭の入り口のバリケードが破壊され、オークの集団が雪崩れ込んできた。 彼らもまた、焼肉の匂いに釣られてやってきたのだ。
「ブモォォォ! 肉ダ! 肉ヲ寄コセ!」
オークたちが涎を垂らして突進してくる。 避難民たちが悲鳴を上げようとした、その時。
「うるせぇぇぇぇッ!!」
一人の兵士が飛び出した。 彼は口もとに肉汁をつけたまま、折れた剣を振りかざした。
「俺の肉だ! 誰にも渡さねぇぞ!」
ザシュッ!
兵士の一撃が、オークの首を刎ね飛ばした。 通常ならオークの皮膚は硬く、剣など通らないはずだ。 しかし、ケルベロス肉のバフ効果と、食料への執着心が、彼のリミッターを外していた。
「見ろ! オークを倒したぞ!」 「あいつらも肉だ! 倒せば食えるぞ!」 「肉だぁぁぁ! ヒャッハー!」
覚醒した兵士たち(と、一部の元気な市民)が、武器を手にオークの群れに逆襲を開始した。 マッスル商会の店員たちも加わり、中庭は一転して「食材調達会場」と化した。
「素晴らしいですわ。自給自足の精神、これぞスローライフです」
私は満足げに頷き、さらに肉を焼き続けた。 私の役割は、この「熱狂」の火を絶やさないこと。 フライパンを振るいながら、近づいてくる魔獣を「ついで」に蹴散らし、現場の指揮を執る。
「右翼、火力が足りないわ! 魔法使い、ファイアボールで援護射撃兼、加熱調理を!」 「左翼、オークが余ってるわよ! 誰かさばいて!」 「避難民の皆様は、デザートのマッスル・プリンをどうぞ!」
戦場と厨房が融合した、カオスだが活気に満ちた空間。 王都の守備隊は、完全に息を吹き返していた。
◇
しかし。 そんなお祭り騒ぎに水を差すような、冷たく強大な「殺気」が、王城の地下から立ち昇ってきた。
ズズズズズズ……。
先ほどまでの地鳴りとは違う。 空間そのものが歪むような、重苦しいプレッシャー。 中庭の空気が凍りつき、兵士たちの動きが止まる。 焚き火の炎さえもが、怯えるように小さくなった。
「……来たわね」
私はトングを置き、フライパンを握り直した。 ダンジョンの主たちが、いよいよお出ましだ。
ドガァァァァンッ!!
王城のメインエントランスが内側から吹き飛び、巨大な影が三つ、中庭に現れた。
一つは、全身が腐肉と骨で構成された、体長三十メートルの『ドラゴンゾンビ』。 一つは、九つの首を持ち、それぞれの口から毒霧を吐く『ヒュドラ』。 そして最後の一つは、漆黒の翼を生やし、禍々しい角を持つ悪魔、『アークデーモン』。
ダンジョン深層を守護する、人類にとっては絶望の象徴とも言える「三巨頭」だ。
「ヒッ……!」 「あ、あれは……御伽噺に出てくる化け物だ……!」
兵士たちが武器を取り落とす。 さっきまでの勢いはどこへやら、圧倒的な「死」の気配を前に、本能的な恐怖が彼らを支配した。
『オオオ……。いい匂いがすると思えば……』
アークデーモンが、耳障りな声で喋った。 その視線が、私に向けられる。
『やはり貴様か。我らが宿敵、銀色の悪魔よ』
「ごきげんよう。久しぶりね、デーモンちゃん。顔の傷、治ったの?」
私が手を振ると、アークデーモンは顔を引きつらせ(爬虫類のような顔だが、感情は読み取れる)、怒りで身体を震わせた。
『黙れェッ!! 貴様に受けた屈辱、片時も忘れたことはない! 今宵こそ、貴様を八つ裂きにし、その魂を地獄の業火で焼いてくれるわ!』
『肉ダ……貴様ノ肉ヲ喰ライタイ……』
ドラゴンゾンビがドロリとした液体を垂らしながら近づいてくる。 ヒュドラの九つの首も、シャーッと威嚇音を上げて私を囲もうとする。
さすがに、この三体を同時に相手にするのは骨が折れる。 兵士たちは戦意喪失状態。 ガレイン卿も膝をついている。 ボブたちは勇敢にも前に出ようとしているが、彼らの実力では秒殺されるだろう。
「下がっていなさい、みんな」
私は前に出た。 エプロンを外し、ドラゴン皮の戦闘服のジッパーを上げる。 フライパンを構え、魔力を全身に巡らせる。
「まとめて相手をしてあげるわ。食材が増えるのは歓迎ですもの」
強がりではない。 勝てる自信はある。 ただ、周囲への被害を抑えきれるかどうか。 こいつらが暴れれば、中庭の避難民などひとたまりもない。
『死ねェェェッ!!』
アークデーモンが巨大な爪を振り上げる。 ヒュドラが一斉にブレスを吐こうと息を吸い込む。 ドラゴンゾンビが突進の構えを取る。
三方向同時攻撃。 私が迎撃体勢に入った、その刹那だった。
ヒュゴオオオオオオオオオオッ!!
上空から、閃光のような「何か」が降り注いだ。
ズドォォォンッ!!
それは、ヒュドラの首の一つを貫き、地面に縫い止めた。 白銀に輝く、巨大な槍だ。
『ギャアアアアッ!?』
ヒュドラが悲鳴を上げる。 全員の視線が空へ向けられる。
夜空を切り裂いて現れたのは、編隊を組んだ飛竜(ワイバーン)の騎士団だった。 その数、およそ五十。 それぞれの騎竜には、重厚な鎧に身を包んだ精鋭たちが跨っている。
そして、その先頭。 ひときわ巨大な赤竜に乗り、紅蓮のマントを翻す一人の男がいた。
「待たせたな、我が盟友よ!」
よく通る、朗々たる声。 赤髪を風になびかせ、手には愛剣を携えたその姿は、まさに物語の英雄そのもの。
「ジークフリート殿下!?」
私が驚いて叫ぶと、彼はニカッと笑い、赤竜の背から飛び降りた。 数十メートルの高さをものともせず、私の隣にスタッと着地する。
「遅くなってすまない。通商協定の『緊急時相互支援条項(オプション)』を発動させてもらった」
「そんな条項、ありましたかしら?」
「今、私が勝手に作った」
彼は悪戯っぽくウインクをした。
「それに、マッスル商会の野菜が届かなくなっては、我が国の食卓に関わるからな。……というのは建前で」
彼は剣を構え、三体のボスモンスターを見据えた。
「貴女がピンチだと聞いて、居ても立ってもいられなくてな。加勢するぞ、エレオノーラ!」
背後では、空から降下したドラグノフ帝国の竜騎士団が、次々と着地し、中庭の周囲に防御陣形を展開していく。 彼らの装備は洗練されており、その実力は王国の騎士団を遥かに凌ぐ。
「帝国軍だ……! 援軍が来てくれたぞ!」 「助かった……俺たちは助かるんだ!」
アルカディアの兵士たちが歓声を上げる。 絶望的な戦場に、希望の光が差した瞬間だった。
『ヌウゥ……人間風情ガ、小賢シイ!』
アークデーモンが忌々しげに唸る。
「さて、どうします? 食材は三体。半分こにします?」
私が軽口を叩くと、ジークフリート殿下は楽しそうに笑った。
「いいや、貴女の料理の邪魔はしない。私は露払いを務めよう。……あの腐ったドラゴンと、首の多いやつは引き受ける。貴女は一番の大物(デーモン)を頼む」
「あら、紳士的ですこと。では、お言葉に甘えて」
私はフライパンを握りしめ、アークデーモンに向き直った。 隣には、信頼できる背中がある。 一人で戦うのも悪くないが、こうして肩を並べて戦うのも、また一興。
「さあ、BBQ大会・後半戦の開始ですわ!」
私の掛け声と共に、私たちは同時に地面を蹴った。
ドォォォォォォンッ!!
銀色の閃光と、紅蓮の疾風。 二つの光が交錯し、闇の軍勢へと突き刺さる。 王都決戦は、最強の援軍を得て、最高潮(クライマックス)へと突入した。
――今夜のメインディッシュは、まだまだ終わらない。
王城の最上階からダイブした私は、風を切り裂きながら垂直落下していた。 眼下に広がるのは、魔獣の群れによって黒く塗りつぶされた王都の市街地。 あちこちで火の手が上がり、悲鳴と怒号が渦巻いている。
普通なら、パラシュートなしで飛び降りれば即死確定の高さだ。 だが、今の私には「着地の衝撃」よりも、「今夜のメインディッシュを何にするか」という悩みの方が重大だった。
「オークのローストもいいけれど、せっかくなら大物狙いでいきたいですわね」
私は空中で姿勢を制御し、狙いを定めた。 王城の正門前広場。 そこには、マッスル商会の店員たちと騎士団が、必死の防衛線を張っている場所があった。 そして、その防衛線を突破しようとしている巨大な影――三つの首を持つ巨犬『ケルベロス』がいた。
「あら、いい食材発見。地獄の番犬なら、火の通りも良さそうですわ」
私はニヤリと笑い、右足に魔力を集中させた。 スカートがバタバタと風に煽られるが、鉄壁の防御(見えない壁)があるので問題ない。
「お客様、お席はこちらですわよッ!!」
ズドォォォォォォォォンッ!!
私の踵(かかと)が、ケルベロスの中央の頭蓋骨を直撃した。 隕石落下にも匹敵する衝撃波が広場を薙ぎ払う。
「ギャインッ!?」
ケルベロスは悲鳴を上げる暇もなく、地面にめり込んだ。 周囲に群がっていたゴブリンたちが、衝撃で紙吹雪のように舞い上がる。
土煙が晴れると、クレーターの中心に私が立っていた。 片手にはフライパン、もう片手には先ほど拾った(?)オーガの首を持っているシュールな姿で。
「そ、総長ぉぉぉぉッ!!」
ボブが冷凍マグロを杖代わりにして立ち上がり、涙を流して叫んだ。 彼の周りにいる店員たちも、ボロボロになりながら歓声を上げる。
「待たせたわね、みんな。……あら、随分とやつれているじゃない」
私は周囲を見渡した。 マッスル商会の面々はまだマシだが、共に戦っていた騎士団員たちは限界を迎えていた。 鎧は砕け、剣は折れ、何よりその瞳から「生気」が失われている。 極度の空腹と疲労。 これでは、どんな名剣を持っていても戦えない。
「エレオノーラ嬢……!」
騎士団長のガレイン卿が、血に濡れた顔で駆け寄ってきた。 彼もまた、満身創痍だ。
「助かった……。だが、状況は絶望的だ。城内にはまだ数千の魔獣がいる。我々の体力はもう……」
「ええ、見て分かりますわ。お腹が空いていては、剣も振れませんものね」
私はフライパンをクルクルと回し、ケルベロスの死体(新鮮な肉塊)を見下ろした。
「ガレイン様。王城の中庭は確保されていますか?」
「え? ああ、中庭ならバリケードを築いて、避難民の収容エリアにしているが……」
「よろしい。では、そこへ移動します」
私はケルベロスの尻尾を掴み、ズルズルと引きずり始めた。 推定重量三トンの巨体が、私の細腕で軽々と運ばれていく。
「い、移動してどうするつもりだ? 撤退か?」
「いいえ」
私は振り返り、極上の笑顔で宣言した。
「ご飯にしますわよ」
◇
王城の中庭。 そこは、かつて王族たちが優雅なティーパーティーを楽しんだ美しい庭園だったが、今は避難してきた市民や負傷兵で溢れかえり、野戦病院のような有様だった。 子供たちの泣き声と、負傷者の呻き声が満ちている。
そこへ、私が巨大なケルベロスを引きずって現れたものだから、一瞬にして静寂が訪れた。
「ひぃっ……ま、魔獣だ!」 「いや、あれは……エレオノーラ様!?」
私は中庭の中央、噴水広場にケルベロスをドスンと置いた。 そして、ボブたちに指示を飛ばす。
「ボブ、瓦礫を集めてカマドを作りなさい! ジョニー、倒れている木々を薪にして! マイク、井戸から水を汲んで、大鍋を用意してちょうだい!」
「へっ? あ、はい! 了解っす!」
彼らは条件反射で動き出した。 私は懐から、愛用のミスリルナイフを取り出すと、ケルベロスの解体に取り掛かった。
ザシュッ、ザシュッ。
鮮やかな手並みで皮が剥がされ、肉が切り分けられていく。 ケルベロスの肉は少し獣臭いが、香草(ハーブ)と一緒に焼けば、ワイルドな風味が食欲をそそる絶品となる。
「あ、あの……エレオノーラ殿? 本当に今から食事を?」
ガレイン卿が呆然と立ち尽くしている。 城壁の外からは、依然として魔獣の咆哮が聞こえており、いつ突破されてもおかしくない状況だ。
「もちろんですわ。戦うためにはエネルギーが必要です。それに……」
私は切り出した肉を、ボブたちが用意した鉄板(倒れた城門の鉄扉を再利用)の上に並べた。
「いい匂いは、味方には勇気を、敵には隙を与えますのよ」
ジュウウウウウウウ……ッ!!
肉が焼ける音。 脂が炭火に落ちて弾ける音。 そして、中庭全体に広がる、暴力的までに食欲を刺激する香り。
その効果は劇的だった。
「……くんくん。な、なんだこの匂いは……?」 「肉だ……焼肉の匂いだ……」
死んだ魚のような目をしていた兵士たちが、鼻をヒクつかせ、フラフラと立ち上がり始めた。 泣いていた子供たちが泣き止み、母親の服を引っ張る。 「お母さん、いい匂いがする」と。
「さあ、焼けましたわよ! 早い者勝ちです!」
私が焼きあがった肉をトングで掲げると、そこへ殺到したのは魔獣ではなく、人間たちだった。
「くれぇぇぇ! 肉をくれぇぇ!」 「どけ! 俺が先だ!」
それはまさに飢えた獣の群れだったが、生きようとする力強さに満ちていた。 マッスル商会の店員たちが手際よく肉を配り、スープを注いでいく。
「うめぇ……うめぇよぉ……!」 「力が……力が湧いてくる……!」
ケルベロスの肉には『闘争本能活性化』の効果がある。 食べた者たちの瞳に、再び生命の光が――いや、燃えるような闘志が宿り始めた。
「ガレイン様もどうぞ」
私が串焼きを差し出すと、騎士団長は震える手でそれを受け取り、ガブリと食らいついた。 肉汁が口いっぱいに広がる。
「……ッ!!」
カッ! と彼の目が見開かれた。 全身の疲労が吹き飛び、萎縮していた筋肉がパンプアップしていく。
「美味い……! なんだこれは、全身の細胞が沸き立つようだ!」
「でしょう? さあ、おかわりもありますわよ。……おっと、招かれざる客も来たようですわね」
ズドォォン!!
中庭の入り口のバリケードが破壊され、オークの集団が雪崩れ込んできた。 彼らもまた、焼肉の匂いに釣られてやってきたのだ。
「ブモォォォ! 肉ダ! 肉ヲ寄コセ!」
オークたちが涎を垂らして突進してくる。 避難民たちが悲鳴を上げようとした、その時。
「うるせぇぇぇぇッ!!」
一人の兵士が飛び出した。 彼は口もとに肉汁をつけたまま、折れた剣を振りかざした。
「俺の肉だ! 誰にも渡さねぇぞ!」
ザシュッ!
兵士の一撃が、オークの首を刎ね飛ばした。 通常ならオークの皮膚は硬く、剣など通らないはずだ。 しかし、ケルベロス肉のバフ効果と、食料への執着心が、彼のリミッターを外していた。
「見ろ! オークを倒したぞ!」 「あいつらも肉だ! 倒せば食えるぞ!」 「肉だぁぁぁ! ヒャッハー!」
覚醒した兵士たち(と、一部の元気な市民)が、武器を手にオークの群れに逆襲を開始した。 マッスル商会の店員たちも加わり、中庭は一転して「食材調達会場」と化した。
「素晴らしいですわ。自給自足の精神、これぞスローライフです」
私は満足げに頷き、さらに肉を焼き続けた。 私の役割は、この「熱狂」の火を絶やさないこと。 フライパンを振るいながら、近づいてくる魔獣を「ついで」に蹴散らし、現場の指揮を執る。
「右翼、火力が足りないわ! 魔法使い、ファイアボールで援護射撃兼、加熱調理を!」 「左翼、オークが余ってるわよ! 誰かさばいて!」 「避難民の皆様は、デザートのマッスル・プリンをどうぞ!」
戦場と厨房が融合した、カオスだが活気に満ちた空間。 王都の守備隊は、完全に息を吹き返していた。
◇
しかし。 そんなお祭り騒ぎに水を差すような、冷たく強大な「殺気」が、王城の地下から立ち昇ってきた。
ズズズズズズ……。
先ほどまでの地鳴りとは違う。 空間そのものが歪むような、重苦しいプレッシャー。 中庭の空気が凍りつき、兵士たちの動きが止まる。 焚き火の炎さえもが、怯えるように小さくなった。
「……来たわね」
私はトングを置き、フライパンを握り直した。 ダンジョンの主たちが、いよいよお出ましだ。
ドガァァァァンッ!!
王城のメインエントランスが内側から吹き飛び、巨大な影が三つ、中庭に現れた。
一つは、全身が腐肉と骨で構成された、体長三十メートルの『ドラゴンゾンビ』。 一つは、九つの首を持ち、それぞれの口から毒霧を吐く『ヒュドラ』。 そして最後の一つは、漆黒の翼を生やし、禍々しい角を持つ悪魔、『アークデーモン』。
ダンジョン深層を守護する、人類にとっては絶望の象徴とも言える「三巨頭」だ。
「ヒッ……!」 「あ、あれは……御伽噺に出てくる化け物だ……!」
兵士たちが武器を取り落とす。 さっきまでの勢いはどこへやら、圧倒的な「死」の気配を前に、本能的な恐怖が彼らを支配した。
『オオオ……。いい匂いがすると思えば……』
アークデーモンが、耳障りな声で喋った。 その視線が、私に向けられる。
『やはり貴様か。我らが宿敵、銀色の悪魔よ』
「ごきげんよう。久しぶりね、デーモンちゃん。顔の傷、治ったの?」
私が手を振ると、アークデーモンは顔を引きつらせ(爬虫類のような顔だが、感情は読み取れる)、怒りで身体を震わせた。
『黙れェッ!! 貴様に受けた屈辱、片時も忘れたことはない! 今宵こそ、貴様を八つ裂きにし、その魂を地獄の業火で焼いてくれるわ!』
『肉ダ……貴様ノ肉ヲ喰ライタイ……』
ドラゴンゾンビがドロリとした液体を垂らしながら近づいてくる。 ヒュドラの九つの首も、シャーッと威嚇音を上げて私を囲もうとする。
さすがに、この三体を同時に相手にするのは骨が折れる。 兵士たちは戦意喪失状態。 ガレイン卿も膝をついている。 ボブたちは勇敢にも前に出ようとしているが、彼らの実力では秒殺されるだろう。
「下がっていなさい、みんな」
私は前に出た。 エプロンを外し、ドラゴン皮の戦闘服のジッパーを上げる。 フライパンを構え、魔力を全身に巡らせる。
「まとめて相手をしてあげるわ。食材が増えるのは歓迎ですもの」
強がりではない。 勝てる自信はある。 ただ、周囲への被害を抑えきれるかどうか。 こいつらが暴れれば、中庭の避難民などひとたまりもない。
『死ねェェェッ!!』
アークデーモンが巨大な爪を振り上げる。 ヒュドラが一斉にブレスを吐こうと息を吸い込む。 ドラゴンゾンビが突進の構えを取る。
三方向同時攻撃。 私が迎撃体勢に入った、その刹那だった。
ヒュゴオオオオオオオオオオッ!!
上空から、閃光のような「何か」が降り注いだ。
ズドォォォンッ!!
それは、ヒュドラの首の一つを貫き、地面に縫い止めた。 白銀に輝く、巨大な槍だ。
『ギャアアアアッ!?』
ヒュドラが悲鳴を上げる。 全員の視線が空へ向けられる。
夜空を切り裂いて現れたのは、編隊を組んだ飛竜(ワイバーン)の騎士団だった。 その数、およそ五十。 それぞれの騎竜には、重厚な鎧に身を包んだ精鋭たちが跨っている。
そして、その先頭。 ひときわ巨大な赤竜に乗り、紅蓮のマントを翻す一人の男がいた。
「待たせたな、我が盟友よ!」
よく通る、朗々たる声。 赤髪を風になびかせ、手には愛剣を携えたその姿は、まさに物語の英雄そのもの。
「ジークフリート殿下!?」
私が驚いて叫ぶと、彼はニカッと笑い、赤竜の背から飛び降りた。 数十メートルの高さをものともせず、私の隣にスタッと着地する。
「遅くなってすまない。通商協定の『緊急時相互支援条項(オプション)』を発動させてもらった」
「そんな条項、ありましたかしら?」
「今、私が勝手に作った」
彼は悪戯っぽくウインクをした。
「それに、マッスル商会の野菜が届かなくなっては、我が国の食卓に関わるからな。……というのは建前で」
彼は剣を構え、三体のボスモンスターを見据えた。
「貴女がピンチだと聞いて、居ても立ってもいられなくてな。加勢するぞ、エレオノーラ!」
背後では、空から降下したドラグノフ帝国の竜騎士団が、次々と着地し、中庭の周囲に防御陣形を展開していく。 彼らの装備は洗練されており、その実力は王国の騎士団を遥かに凌ぐ。
「帝国軍だ……! 援軍が来てくれたぞ!」 「助かった……俺たちは助かるんだ!」
アルカディアの兵士たちが歓声を上げる。 絶望的な戦場に、希望の光が差した瞬間だった。
『ヌウゥ……人間風情ガ、小賢シイ!』
アークデーモンが忌々しげに唸る。
「さて、どうします? 食材は三体。半分こにします?」
私が軽口を叩くと、ジークフリート殿下は楽しそうに笑った。
「いいや、貴女の料理の邪魔はしない。私は露払いを務めよう。……あの腐ったドラゴンと、首の多いやつは引き受ける。貴女は一番の大物(デーモン)を頼む」
「あら、紳士的ですこと。では、お言葉に甘えて」
私はフライパンを握りしめ、アークデーモンに向き直った。 隣には、信頼できる背中がある。 一人で戦うのも悪くないが、こうして肩を並べて戦うのも、また一興。
「さあ、BBQ大会・後半戦の開始ですわ!」
私の掛け声と共に、私たちは同時に地面を蹴った。
ドォォォォォォンッ!!
銀色の閃光と、紅蓮の疾風。 二つの光が交錯し、闇の軍勢へと突き刺さる。 王都決戦は、最強の援軍を得て、最高潮(クライマックス)へと突入した。
――今夜のメインディッシュは、まだまだ終わらない。
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